第五十九話 帰還
少年編、最終章です。
俺が乗っている馬車は、ひたすらロールライトに向け走り続けていた。
『風の街サイクロン』地方は、崖と山脈、そして深い森が幾つもあった。
その中には、アーツバスターに滅ぼされてしまった村も多数存在していた。
何の目的があってそうしたのか、俺には理解出来なかった。
『風の街サイクロン』を出てから、三日ほど経った頃には検問所にたどり着いた。
検問所を越えれば『火の街ロールライト』地方だ。
検問所を超えるとすぐ近くに村があった。
「今日はこの村で一時間ほど一休みするぞ」
「はい」
「俺は、この間にロールライトに着くまでの食料等必要な物を調達してくる。
お前は適当に暇つぶしして一時間後、ここに集合だ」
「はい、わかりました」
到着した村は小さな農村だった。
女の大人たちは、畑仕事をしている。
子供たちは、無邪気に遊び回っていた。
この村は、俺がいた村によく似ている……
ここにいると俺は、村の事を思い出してしまう……
“あまり、長居したくないな……”
「おいっ、にいちゃん!」
荷台で村を見ていた俺に、五歳ぐらいの男の子と女の子が声をかけ見上げていた。
「?」
「にいちゃんは、アーツ使えるか?」
「使えるけど?」
「なぁ、使い方俺に教えてくれよ!」
「えっ?」
男の子は元気が良く、女の子は男の子の影に隠れてモジモジしていた。
「やめようよ……見ず知らずの人にお願いしたらダメだよ」
「構うもんか!」
ふむ、なにやら事情がありそうだ……
「どうして、アーツを?」
「俺の【火のアーツ】がさっ、最近上手く制御出来ないんだ」
「ヘェ〜そうなんだ。まずは、君たちの名前教えてよ。俺はルーク」
「俺は、シン」
「わっわっ私は、コロンと言います」
「で? ルークにいちゃん、教えてくれるのか?」
“アルディスさんが来るまでまだ、時間あるし少しこの子達に付き合おうかな……”
「いいよ、俺のわかる範囲でいいのならね」
「ありがとう! にいちゃん!」
「あっあっ……ありがとうございます。ルークさん」
“さんは……なんか歯がゆいな……”
馬車から降りた俺は、村の入り口から少し離れた場所へと移動する。
「ここら辺でいいかな」
「でっ? でっ? どうやればいいんだ?」
シンは興味津々に俺に問い詰めてくる。
「ちょ、シン近いよ」
「えっと、まずアーツが上手く発動しないって事だけど具体的にはどう言う事?」
「にいちゃん、まずやって見るから見ててくれよ」
「うっうん」
シンは【火のアーツ】を発動し、右手に火の球を作り出して行く。
「ちょ!!」
でかかった……
シンが作り出した火の玉は【火のアーツ】の限界以上の、大きさを作り出していた。
そもそも【火のアーツ】は焚き火に火をつけるとか、物を燃やすとか……
初歩的なアーツである。
なのに……シンが作り出しているのは、それを遥かに超えていた。
どう考えてもおかしい……
「にっ……にいちゃん……やばい……制御出来ないよ……」
「えっ……」
火の球はドンドン膨れ上がって行く……
「はっ破裂する……」
「!!」
“制御しきれないってこういう事かよ……今までどうしていたんだ??”
【黒のアーツ】を発動し、限界までに膨れ上がった火の球を消していく。
「はぁはぁ……」
シンはその場に座り込んでいた。
コロンは、心配そうにシンに駆け寄っていた。
「シン……大丈夫?」
「大丈夫か? シン?」
「うん、なんとかね」
“シンのアーツ本当に【火のアーツ】なのかな?威力が違いすぎるんだけど……”
「にいちゃん……聞いてる?」
「えっ?」
俺が考え毎をしている間に、シンは俺に話しかけていたみたいだった。
「ごめん、なんだいシン?」
「なんだよ、ちゃんと聞いていてくれよな……
にいちゃん、あのさっ俺とコロンを弟子にしてくれよ」
「………」
「えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「お願いします。ルークさん」
「にいちゃんのアーツかっこよかった!!」
「かっこいいって……」
「俺、弟子一号な!」
「ちょちょっと待って、俺は弟子なんて取る気ないよ」
「なんでだよ!?」
「いや、だって旅の途中だし……俺なんかまだまだ弱いし………」
「十分お強かったです」
“はっ話を変えよう……このままだと師匠にされてしまう……”
「とっとりあえず……シンのアーツは本当に【火のアーツ】かい?」
「あぁそうだよ」
シンは俺に、アーツを見せてくれた。
そこには【火のアーツ】とは刻まれておらず……
【炎のアーツ】と刻まれていた……
「……」
“炎のアーツなら、頷けるな……”
「シン、あのね、これ【火のアーツ】じゃないよ……」
「えっ?」
「【炎のアーツ】だよ。【火のアーツ】が進化したんだよ」
「進化!?」
「うん」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!! いつの間に!!!」
シンは大喜びし、俺とコロンの周りを無邪気に走り回っていた。
「制御出来ないって言っていたのは、きっと【火のアーツ】から【炎のアーツ】に進化したからじゃないかな?」
俺の話しなど聞いちゃいなかった。
「でっ? でっ? どうやったら、制御出来るようになるの?」
「しっ知らないよ……」
「……」
「俺だってまだ、わからない事だらけなんだ。大人に聞くといいんじゃない?」
「それじゃ遅いんだ!」
「?」
「実は村に怪しい人がいるんです」
「怪しい人……?」
「うん」
コロンとシンの話曰く、二.三ヶ月ぐらい前に傷ついた青年が村に運び込まれたらしい。
青年は、傷が癒えると村から出て行かず、助けてもらったお礼に村に恩返しがしたいと話しそれ以来ずっと住み込んでいるとの事だ。
女子供と年寄りが多いこの村では、青年の働きは実に助かり大人たちは皆大層喜んでいた。
「何か問題でもあるの?」
「にいちゃん、最後まで話しを聞いてくれよ」
「……はい」
大人には絶大な人気のある青年だったが、子供たちには冷たかった。
興味本意で青年に近づいたら、すごい剣幕で怒鳴り散らされたらしい。
青年は、村長の計らいで空き家をもらったのだが、そこでなにやら怪しい動きをしている。
村人たちが寝静まった夜中になると、青年のいる家から複数の人影が出てきているのであった。
それを見ていた子供たちが大人たちに話すも、誰一人聞き入れてはくれなかった。
子供の言う事をいちいち真に受ける暇はない!!
と、怒鳴られたらしい。
そこで、シンは青年を問い詰めようと考えていた。
だが、もし青年と戦闘になった場合……
シンがアーツを上手く制御出来ないとなると、計画を実行出来ずに落ち込んでいた所で俺が現れたらしい。
「絶対、あいつ怪しいって! なぁ、コロン」
「……うん、私も怪しいと思います」
“ツッコミどころ満載だな……”
「まず、シンとコロンだけで行くのは、危険だと思うよ」
「大人たちは俺たちの話し、信じてくれないし……」
「子供たちには関係ないの一点張りで……」
「じゃあさっ、俺をその場所に案内してよ」
「えっ? いいの?」
「その代わり弟子の話はなしね」
「わかった」
アルディスとの約束の時間まで後、四十五分……
まぁ間に合うだろう……
村の中を歩く事、五分……
シンとコロンの案内で、俺は青年がいる家に案内してもらった。
しかし、俺が着いた時には事件はもう終わっていた。
アルディスが、青年を連れて家から出てきたのだ。
「アルディスさん!?」
「ルーク? 何故お前がここに……?」
ひとまず、アルディスは捉えた青年を、馬車に乗せ村長からお礼を言われていた。
捕まえた青年はアーツバスターらしい。
アルディスが村に食料を調達していると、村長より怪しい青年が小屋に住み着き、夜中にその家から知らない人影が数名出て来て、子供たちが怖がっている。
だから、調べて出来れば解決して欲しいと話があったらしい。
渋々、アルディスは家に赴き【竜巻のアーツ】で反抗する暇を与えず青年を捉えたのだ。
人影が数名出てきたとの事だったが、家には怪しい所はなく青年一人しかいなかった。
そこに俺が、シンとコロンを連れて現れたのだ。
大人たちはシンたちの話しをちゃんと聞いていた。
もし、村人たちだけで青年を問い詰めたとしたら大人だけではなく、子供たちにも被害が及ぶと判断し機会を待っていた。
と、村長はシンとコロンに話をしていた。
アーツバスターはこのままロールライトまで連れて行くらしい。
アルディスと二人っきりだったから、馬車に入れる余裕はあるけど、あまり気分がいいものじゃないね……
「よし、ルークそろそろ行くぞ」
「はい」
シンとコロンは寂しそうな目で、俺を見てくれていた。
「アルディスさん」
「なんだ?」
「この男の子なんですが、シンと言います」
「あぁぁん?」
「【火のアーツ】が【炎のアーツ】に進化したようなのですが、上手くコントロール出来ないようです。
コントロールするコツ、教えてあげてくれませんか?」
「なんで俺が?」
「大人の対応として……」
「チッ」
アルディスは俺を睨みつけ、少し面倒くさそうにシンと話をしていた。
「わかったか?」
「うん! ありがとう! おじちゃん!!」
「!!」
「ぷっ……」
「あはははははははっ!!!」
お腹を抱えて笑うと、アルディスに思いっきり殴られてしまった……
“だって……おじちゃん……”
「ルークにいちゃん! そしてーおじちゃん! ありがとう!!」
「あっあっあっ……ありがとうございました」
また、吹きそうになったが、今度は【竜巻のアーツ】が発動しそうだったので必死に笑いを堪えた。
それでも目が笑っていたらしく、もう一発殴られたんだけど……
馬車は再出発した。
ロールライトを目指して……
◆◇◆◇◆
捉えたアーツバスターは、目的も、何故あの村にいたのか何一つ話さなかった。
「まぁいい、ロールライトについたら尋問するだけだ」
「……」
更に馬車は走り続ける……
「ふむ、明日の夕方にはロールライトに着くな」
そう教えてくれたのは、アルディスだ。
「なんだ? 嬉しくないのか?」
黙って膝を丸めている俺に、アルディスは不思議そうな顔をしていた。
「セルビアさん、やはり物凄く怒っていますよね?」
「怒っていたとしても、マーシャル殿に魔法の言葉とやらを教えてもらったんだろ?
それを言えばいいじゃないか?」
「!!!」
“絶対無理っ!!”
「?」
耳まで真っ赤にした俺の顔を見ながらアルディスは、不思議そうな顔をしていた。
「まぁ、俺は助けるつもりはないから頑張れ!」
他人事のようにアルディスは、俺の肩を軽く叩いていた……
「えっぇぇぇぇぇ!?」
「嫌だょ。お前のせいで俺まで死にそうな目に会うのは」
「うぅ……」
今の俺の心境としては、はっきり言って……
“セルビアさんに会うのが怖い!!”
この一言に尽きる……
そんな俺の想いとは裏腹に、アルディスの話ししていた通り夕方頃、馬車はロールライトに到着した。
心臓が高鳴る音が激しい。
馬車の中から見るロールライトの街並みは、何も変わってはいなかった。
でも、俺には懐かしさとかそんなの感じる余裕は全くなかった。
緊張で気が狂いそうだった。
馬車は、そのままセルビアの家へと向かっていく……
“着いた……ついに着いてしまった……セルビアさんに、なんて言おう……”
家は灯りがついており、セルビアがいる事を知らせてくれている。
「セルビアさんいますね……」
「そりゃ自分の家だ。普通はいるだろう?」
「……」
「開けろよ……」
アルディスは俺にドアを開けろと言う……
たが、俺はドアノブに手をかけたまま……硬直してしまった。
とてもではないが、開ける勇気はなかった。
「うぅ……」
そんな俺の姿を見兼ねたのか、アルディスはドアを勢い良く開け、大きな声で叫んでいる。
「セルビア! 今、帰りましたよ!!」
“そっそっそっ……そんな大きな声でっ!!”
「あぁん? なんだよ?
ロールライトに帰るって事は、セルビアに会うって事だろ? 何を今更怖気づく?」
「いや、そのまだ……心の準備が……」
「なんの、準備だょ……? ったく堂々としろよな……」
パタパタ………
と足音が聞こえてくる。
しかし、それは待ち望んだ人の帰還を喜ぶ。
……そんな足音ではなかった。
まるで……
待ちくたびれ会った瞬間、怒りをぶつける……
そんな殺気をまとった足音だった。
思わず俺は、アルディスの後ろに隠れてしまった。
“やばいって!”
「あぁ……これは、確かにかなりキレているな……」
冷静にアルディスは、セルビアがくる方向を見ながら呟いていた。
「あらあら、懐かしい声がするから誰かと思ったら、アルディスちゃんじゃない?」
以外とあっさりとセルビアは、アルディスの帰還を受け入れている。そんな気がした。
「はい、只今戻りました」
“あれ? 怒っていない?”
「無事で何よりでしたわ。それで、旅の方はどうでしたか?」
「いやぁ……お守りは、流石に疲れましたよ……」
「詳しい話は中で聞こうかしら」
「すみませんが、俺はこのまま真っ直ぐギルドの方に行こうかとか思っています」
「そうなの?」
「えぇ、アーツバスターを捉えましたので」
「私も行った方がいいかしら?」
「いえ、まずは再会を果たしてください」
「んっ?」
アルディスの後ろの方で隠れていた俺を、アルディスは無理矢理セルビアの前に出そうとしていた。
それでも必死にアルディスにしがみつき、嫌がる俺を見ながら……
「ちゃんと挨拶しろ!」
「まだ、心の準備が……」
「あぁん? ふざけんな、ここまで来て何怖じ気ついているんだ?」
「でも……」
「でもじゃねぇ!!」
嫌がる俺をアルディスは、力ずくで俺をセルビアと対面させた。
「ルッ……ルーク……ちゃん?」
「お久しぶりです。セルビアさん……」




