第五十八話 ロールライトへ……
“ディ……ディアルスさんが、アルディスさんになった!!”
その衝撃の事実に俺は、口を半開きにしながらしばらくそのまま何も言えなかった。
気がつけば二、三歩後ろに下がり、よろめきながら尻餅をついていた。
マーシャルは俺の顔を見ながら、口を押さえながら必死に笑いを堪えていた。
シュトラーフェは、まぁ予想通りだな……みたいな顔をしている。
「ルーク坊ゃ、大丈夫……?」
尻餅をついている俺に手を差し出してきたのは、マーシャルだった。
マーシャルの手を無意識に取り、立ち上がったのはいいが……
まだ気が動転していた。
「なっ……なんで……ディアルスさんが、アルディスさんなの……!?」
「……」
アルディスは、何も言わず困ったかのように頭をポリポリとかいている。
「はぁ〜」
とため息をつきながら、マーシャルを睨みつけているアルディス……
それを見て、てへっ♪と悪びれる素振りを見せるマーシャル……
黙ったまま食事を続けているシュトラーフェ……
「もーいいや!! あのな! ルーク、俺は……」
「お前が『水の街ヴァル』に向かって歩いてい姿を俺たちは遠くから見ていたんだ!
そして、俺はセルビアに言ったんだ。
『お前の旅を見守りながら、支える』と、その事をマーシャル殿に話したら……
面白おかしく月光の幻というもので俺の姿形を変えたんだ!」
「面白おかしく……?」
俺は思わずマーシャルを見てしまう。
【月光の幻】……
マーシャルの使う【月光のアーツ】の内、比較的使いやすい技である。
声だけは変える事が出来ないが、姿を別な姿に変える事が出来、主に密偵や侵入操作に役立てられる。
解除方法は、マーシャルが解と言えばたちまち元の姿に戻るのであった。
欠点は一度使うとしばらくの間【月光のアーツ】を発動出来なくなる事だろう。
「だって、ルーク坊ゃ……アルディスに会ったら逃げ出すか、遠慮するんじゃない?」
“確かにそうかも……”
「はぁ……まぁ、きっかけはどうであれ……
俺としては、ヴィンランド領を見て周るいい機会だと思った。
だから、俺は言葉を閉じ名を変えディアルスと名乗る事にしたんだ」
「そして、ルドベキア殿に頼んで、自然にお前に近づく事にした」
アルディスの言葉を俺は理解出来たのだろうか?
きっと半分も理解出来ていないかも……
だって、あまりにも唐突すぎるって………
「ルーク坊ゃ、ディアルスの名前を並び変えてみて」
「えっ……」
“ディアルス……アルディス……”
「………」
「……これ考えたのマーシャルさんですか?」
「うん♪」
「……」
“グーで思いっきり、マーシャルさんを殴りたい……”
「いや、でも、話すぐらい良かったではないですか!? 結構不便でしたよ……」
「声でバレるだろう……」
「うっ……確かに。実際わかりましたからね……」
「さて、どっかの誰かさんのおかげでバレた事だし、今後の事でも話そうか……」
「ルーク、ロールライトに帰るか?」
「……はい」
「意外だな……帰らないと言うと思っていた」
「何故だ?」
シュトラーフェは俺にそう聞いてきた。
「俺が間違っていたから……」
あの時……俺は、背中の烙印のせいで今まで俺の事を大切に思っていてくれた人達に、そう遠くない未来多大なる迷惑をかけてしまう。
だから、俺はもうここにいない方がいいのかもしれない………
そう結論を出したんだ。
でも実際はどうだ?
アルディスさんは、俺の旅を姿を変えてずっと見守り続けていてくれた。
無茶な事をしてもいつも、助けてくれた……
それだけじゃない……
『水の街ヴァル』でもルドベキアさんやペリアさんに手紙のやりとりをしながら、遠くからでも俺を支えてくれていた。
『土の街グランディ』でマーシャルさんたちと再会を果たしたのだって偶然じゃないはずだ……
セルビアさんだって来たかったはずだ……
いつも困ったら、俺を支えていてくれた……
だから、今度は俺がこの背中の烙印に決着をつけて、アーツハンターになって……
セルビアさんに恩返しがしたい……
守られるだけじゃなく、護る立場になりたい……
だから、俺はロールライトに帰る。
そして……
「セルビアさんに会って……謝りたい……」
「ルーク、その覚悟忘れるな」
シュトラーフェには、何もかもお見通しのようだ……
「まぁ、帰るのはいいとして、私には、セルビアが素直に許すとは到底思えませんけどね」
「えっ?」
「あぁ、私もそれには同意見だな……」
「血を見るかもー」
「昔っからすぐ切れやすいからなぁ〜」
「あははははははっ」
と他人事ように笑い飛ばしている、マーシャルとシュトラーフェ……
“笑い事じゃないょ!!”
「まぁとにかく、ロールライトに帰ると決めたのなら早速帰るか……」
「えっ??」
「やっぱりセルビアに会うのが、怖いから帰らないと言われても困るしな……」
「ルーク坊ゃなら言いそう……」
「うむ」
“あなた達が、思いっきり俺を脅すからね!!”
「取り敢えず、俺は馬車の手配をしてくる。ルーク、お前は荷造りでもしてろ」
アルディスはそう言って何処かへ行ってしまったのだ。
あまりにも急過ぎて、決断したのはいいが実際実感できなかった。
某然としながらアルディスに言われるがまま、俺は荷造りを開始した。
先程はかっこいい事を言っていたけど、実際俺はセルビアに会ったらなんて言うんだろう?
ただいま?
それとも、ごめんなさい?
着く前に考えつかないと、本当に血を見る羽目になるかも……
ゾワゾワッと背筋がムズムズしてきた。
“うん……覚悟しないとダメかも……”
荷造りしていると色々な物が出てきた。
札を見ながら、『水の街ヴァル』での事を思い出す。
最初は松葉杖を使いながら歩いていて……
ペリアやルドベキア……シャンマリン。
そしてアーツバスター襲撃事件……
凄く蒸し暑かった砂漠を超えて『土の街グランディ』に着いたんだったな。
鎖帷子は、ドランゴに壊されてもう修理不可と、言われたけど結局直してもらった。
うん、『土の街グランディ』でも色んな事があったな。
マーシャルとヴァルディアの再開は一番嬉しかった。
「………」
“美人のお姉さんの誘惑は気をつけよ……”
そして、『風の街サイクロン』は奴隷の俺を受け入れてくれていた。
ドランゴのお陰だが、俺はアーツバスターにはなりたくない……
ふむ、結構色んな事があったな……
“少しは成長した俺を、セルビアさんに見せる事が出来るかな?”
「荷造りは一通り終わったか?」
出来上がった荷物の前に俺は放けていたようだ。
シュトラーフェが戻ってきたのに、全然気がつかなかった。
「えぇ、一通り終わりました」
「そうか、ならば少し私に付き合え」
「?」
シュトラーフェに言われるがままついて行く俺……
“嫌な予感しかしません!”
中央広場には『ウイッシュ』の門弟たちが沢山並んでいた。
「………」
“うわぁ……予感的中だな”
リーサが俺の姿を見ると、驚いて駆けつけてきてくれた。
「ちょっと、ルークどういう事よ?」
「なにが?」
「なにがって……シュトラーフェ様と本気で戦う気?」
「はぁ???」
リーサの言っている意味すら俺には理解出来なかった。
ただ、俺はシュトラーフェについて来いと言われただけなのだから。
シュトラーフェは屈伸や背筋を伸ばしたりし身体をほぐし始めた。
「よし、では行くか」
「シュトラーフェさん? これは一体どういう事で……?」
「お前が、ロールライトに帰ると言うからな。
餞別がてらアルベルトまでとはいかぬが二刀流を見せてやろうかと思ったんだが、辞めるか?」
「辞めるかって……」
“もう辞められる状態じゃないよ……”
門弟たちの俺に向けられる視線は、シュトラーフェ直々の稽古に嫉妬の嵐の目線しかなかった。
「まぁ、実際の所、私が完全復活した所を門弟に見せつけたいっと言うのが本音でもある」
シュトラーフェは門弟から渡された木刀を一本俺の方に向けて投げてくる。
「ドランゴを超えるのなら見ておいた方がいいぞ?」
“……そう言われるとやるしかないじゃん……”
「リーサ、危ないから下がっていて」
「いや、でも……」
「シュトラーフェさんって門弟以外の人と手合わせする事ってある?」
「ないわよ」
「そうか……なら、光栄と思って頑張るよ」
木刀を拾い上げながらリーサに言い、渋々リーサを後ろに下がらせる。
シュトラーフェは二本の木刀を両手に持ち構えている。
「では、行くぞ」
「……はい」
勝負は一瞬だった。
シュトラーフェの動きは何となく見えた、でも俺は何も出来なかった。
まず、シュトラーフェは右手に握りしめられている木刀を、下から斬り上げてきた。
俺はそれを後ろに下がって避けている間に、シュトラーフェはもう一歩更に踏み込み、左手にある木刀で振り下ろしてきたのだ。
それも右足を軸にし捻りながら避けている間に、シュトラーフェの右手の木刀が再び俺を狙っている。
咄嗟に両手で握りしめている木刀を構え、シュトラーフェ攻撃を防ぐ。
「!」
何故か、シュトラーフェの左手にある木刀が俺の喉元で停止されていた。
“見えなかった……”
右手にある木刀の動きまでは、確かに見えていた。
でも、喉元で停止している左手の木刀の動きは全く見えなかったのだ。
「シュトラーフェさん、反撃する暇ありませんよ……」
木刀を離しながら、俺は両手を上げ降参する。
その間、約八秒……
「ふむ、ではお前から攻撃してこい」
シュトラーフェは木刀を下げ、俺との距離を開けてくる。
落ちた木刀を拾い、俺はシュトラーフェに走り込んで行く。
“えぇーい! なるようになれ!!”
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
シュトラーフェは俺の攻撃に対して、右手に持つ木刀で俺の木刀を叩き落とし、左手の木刀でまた俺の喉元に停止させている。
「いってぇ〜」
ビリビリと痺れる手を押さえながらいる俺の姿を見ながらシュトラーフェは……
「もう終わりか?」
“こうなったら【黒のアーツ】を発動してやる!”
【黒のアーツ】を発動し黒の剣を作り出す。
「ふむ……」
門弟たちのざわめきが聞こえる中、俺はシュトラーフェ向かって黒の剣を振り下ろして行く。
二本をクロスさせながらシュトラーフェは構えている。
シュトラーフェの二本の木刀をあっという間に消し去っていく。
そして、黒の剣がシュトラーフェに当たる瞬間だった。
「あっあれ……?」
シュトラーフェとの距離がいつの間にか離れている。
そして頭もグラングランする……
立ち上がれない。
“いつの間に倒されたんだ?”
シュトラーフェは、俺の持っていた木刀を握りしめながら、木刀を俺に向けてきている。
「ふぅ〜歯が断ちません。参りました」
「今、何が起こったのです?」
「あぁ……」
黒の剣がシュトラーフェに当たる瞬間。
シュトラーフェは黒の剣を避け、足元に落ちていた俺が落とした木刀を拾い、俺の後頭部を思いっきり叩き、その後右足で蹴り飛ばしたとの事だ。
そのまま、二、三回転ぐらい転げ回ったらしい。
道理で頭がクラクラするはずだ。
「勝負ありだ!」
シュトラーフェの言葉に門弟たちは喜んでいた。
「ルーク、大丈夫か?」
「ルーク、大丈夫?」
同時に、ヴァルディアとリーサが俺に駆けつけてきてくれた。
「うん、大丈夫だよ」
「シュトラーフェさん、二刀流でも十分強いですよ」
「フッ……ルーク。お前は、あそこにそびえ建つ風車を剣のみで斬れるか?」
シュトラーフェは、一番高く、そして頑丈な風車を指差していた。
「無理です……」
「ふむ。リーサ、私の大剣を……」
「はい」
シュトラーフェは風車の前に立ちながら、俺に話かけてくる。
「二刀流だと、確かに私でもこの風車を斬る事は出来ん」
“普通に無理でしょ!!”
「だがな……」
「シュトラーフェ様、持ってきました」
「うむ」
リーサが持ってきたのは、ドランゴとの戦闘で折られた柄だけのシュトラーフェ専用の大剣だった。
シュトラーフェが念じ始めると、大剣はそれに応えるかのように元のかたちへと戻っていく……
「!?」
「これは、成長の剣の最終形態だ」
「せっ成長の剣!!?」
「刀身がなくても、成長の剣は己自身が裏切らない限り、再び蘇る……」
“あなた……ギレッド先生の教え子ですか!!”
「僅か三日で、教える事はないと言われたけどな」
「すっすげぇ……」
大気が僅かに振動しているような感じがした……
シュトラーフェは風車に向かって袈裟斬りのように大剣を振り下ろしたのである。
風車は、静かに斜めに斬られ崩れ落ちて行った。
「………」
再び門弟たちは拍手喝采に大喜びしている。
シュトラーフェ完全復帰に……
「これをアルベルトは、二刀流でクロスに斬る事だろう」
「!」
“父さんが……? 信じられない”
「ったく、目を離した隙に、こんな事になっているとは………」
そう言いながら、アルディスは戻ってきた。
気絶している風車のおじちゃんを連れて……
「はぁ……先が思いやられるな」
「シュトラーフェ殿、民間人がいるか確認してから、今度はやってくださいよ」
どうやらシュトラーフェが斬った風車の見張り台におじちゃんが居たらしい。
「すまん! つい調子に乗った」
「さて、ルーク。馬車の準備は出来たぞ。出発していいか?」
“あっ忘れてた!!”
「……はい」
◆◇◆◇◆
「よし、荷物はこれだけだな。そろそろ行くぞ」
「あっちょっと待って下さい」
アルディスは『風の街サイクロン』の出入り口に馬車を用意してくれた。
見送りシュトラーフェと『ウイッシュ』の門弟たち、アーツハンターたち皆が来てくれた。
そして、突然の出発に動揺を隠せないヴァルディアとリーサもいる。
マーシャルの姿は何故か、そこにはなかった。
“仕事忙しいのかな?”
「しかし、随分急だな……」
「俺の気が変わらないうちにらしいよ」
「そうか」
「ヴァルディア……」
「ん?」
「ロールライトに帰って、ひと段落したら俺……アーツハンターになるよ」
“なれるかは、わかんないけど……”
「おぉっ! そうか。なら次はガーゼベルトで再会出来るかもな」
「うん」
俺はヴァルディアと握手を交わし、その後リーサの方を振り返る。
「ふんっ!」
“相変わらず素直じゃないなぁ〜”
リーサは俺の方に振り返る事はなかった。
「リーサ、そろそろ行くね。会えて嬉しかったよ」
「……」
そう言葉をかけるが、リーサは振り向いてはくれなかった。
「行くぞ、ルーク」
「あっはい……」
アルディスに言われるがまま、俺は馬車の荷台に乗り込もうと踏み台に足を乗せた時だった。
「待ちなさいよ!!」
リーサは下を向きながら、肩で風を切りながら俺に向かってきた。
「?」
「『ウイッシュ』にいつか来るのよね?」
「うん、いつになるかはわからないけど……」
「わかったわ。それまでに私は、今よりもっともっと強くなっているわ。
そして、ルークに一生消えないトラウマになるぐらい強くなっているから覚悟しなさい!!」
“うっうへぇ……”
「返事は??」
「はっはい!!」
「だから、必ず来なさい。いいわね!!」
リーサは涙を堪えながら、真っ赤にして俺にそう言っていた。
「わかったよ。必ず行くね」
リーサの髪を触りながら、俺は荷台に乗り込む。
「おいっルーク」
「はっはい……」
今度はシュトラーフェだ。
「リーサとの約束破るなよ」
「はい……」
“行かなかったら、シュトラーフェさんに一生消えないトラウマ刻まれそう”
「フッ……わかっているじゃないか……」
「!!」
“心、読まれてる……”
「もーいいかぁ!!!!」
アルディスも我慢の限界らしい……
怒りのオーラがチクチクと俺に突き刺さっている。
「はっはい!! ごめんなさい」
「ったく……行くぞ」
アルディスは御者に合図を送り、御者は馬の手綱を引くと馬車は出発し始めた。
「みんな〜元気でー!!」
見送る皆に俺は荷台から身を乗り出し手を振る。
『風の街サイクロン』……
沢山の思い出と出会いをありがとう。
いつの日か、また再会できる日を!!
「まってぇールーク坊ゃ!」
「!!」
マーシャルが馬車を目掛けて走ってきていた。
「マーシャルさん!?」
「ちっ!!」
アルディスは、舌打ちしながら渋々馬車を止めてくれた。
「はぁはぁ……」
「マーシャルさん? 大丈夫ですか?」
「仕事……結局終わらなかったんだけど、どうしてもルーク坊ゃに言いたくて……」
「何をですか?」
マーシャルはニヤリと笑っている……
「セルビアが一発でルーク坊ゃを許してくれる。
そんな魔法の言葉があるんだけど……?」
「!?」
「知りたい?」
「そんな素晴らしい言葉があるのなら、是非教えて下さい」
「ちょっと耳貸して」
マーシャルに耳を傾けると小声で俺に魔法の言葉を教えてくれた。
見る見るうちに俺の顔は真っ赤になり、湯気が出てきそうになった。
「なっ………!!」
「これでバッチリよ!!」
「っ……」
言葉にならなく口を何度も閉じたり開いたりしてしまう……
「っというわけでがんばってねぇ〜」
マーシャルは荷台から降り、笑顔で手を降っている……
マーシャルは俺に魔法の言葉を確かに教えてくれた。
「セルビアに許してもらいたかったら、一言こう言うと良いわよ……」
『お母さん』
「これだけでセルビアは、ルーク坊ゃの事絶対許してくれるわ!」
ウィンク混じりのマーシャルの顔は、俺には背中に黒い羽根が生えた、悪い悪魔にしか見えなかった……
揺れる馬車の荷台に乗りながら両足抱えながらうつむく……
“絶対無理ーーー!!”
馬車は進む……
ロールライトを目指して、止まる事なく……
少年編 ー風の街サイクロンー 完
次章、
少年編 ー火の街ロールライトー
に続きます。




