第四十五話 連れてこられた風の街サイクロン
ヴァルディアは、宿屋の二階にある部屋で気絶させられていた。
ルークを誘拐した現場に足を踏み入れたヴァルディアは、後ろから突然少年に攻撃を受け気絶させられたのである。
ルークが『風の街サイクロン』に到着した頃、ヴァルディアは意識を取り戻していた。
「いってぇ〜」
少年に殴られた部分をヴァルディアは抑えながら、
「何があったんだっけ?」
ヴァルディアは状況確認を行い、すぐにルークが何者かに攫われた事を認識する事が出来た。
「こうしちゃいられない! すぐに報告しに行かないと……」
ヴァルディアは、宿屋の亭主に二階の部屋はもう大丈夫……とだけ話しアーツハンター支部へ走って行ったのであった。
アーツハンター支部に着いたヴァルディアは、既に玄関の鍵が閉められ支部の中は暗く誰もいない事がわかった。
「いつもなら、マーシャルさんいるのに…… なぜこんな時に限って……!!」
ヴァルディアも少し焦っていたのか、玄関のドアを軽く蹴り飛ばしマーシャルが行きそうな場所をしらみつぶしに探し回る事になったのである。
二時間……
ヴァルディアは、マーシャルを探し続けていた。
マーシャルが寝泊まりしている仮の部屋、行きつけの酒場、仮司令官室……
しかし、マーシャルの姿はどこにもなかったのである。
更にヴァルディアは、商店街のメインストリートに足を運び一軒ずつマーシャルが来ていないかを問うも、来ていないとの返答しか返ってこなかったのであった。
中々見つからないマーシャルにヴァルディアは、少し苛立ちを見せ始めて来た。
「くっそぉ〜どこだょ……!! この間にもルークが………」
周り見渡しながら独り言を呟いていると、空高く伸びている岩の麓辺りから眩い光が刺しているのをヴァルディアは発見したのである。
「あそこか!!」
ヴァルディアはその光の指す方向へ、真っ直ぐ走って行ったのである。
光が刺していたのは、アーツハンター支部の裏側にある訓練施設の広場だった。
広場の中央には、マーシャルが【月光のアーツ】を発動していた。
今日は満月である。
満月は、マーシャルの能力を最大限に発揮してくれる。
すぐ側では息を切らしながら大の字に寝転がっているディアルスの姿があった。
ヴァルディアは、二人の姿を見ながら……
「ここにいるとは予想外だった……」
呟きながら、中央広場へと近づいて行くのであった……
「はぁはぁ……」
激しく息を切らしているディアルスは、真上にある満月を眺めていた。
そう、マーシャルとディアルスは、実践訓練を行っていたのである。
勝負はマーシャルの勝ちだった……
マーシャルの【月光のアーツ】が最大限に発揮されれば【竜巻のアーツ】を使うディアルスも、マーシャルに勝つ事は不可能らしい……
「ディアルス……あなた少し訓練怠けていました?」
息一つ切らしていないマーシャルは、ディアルスにそう話ししていた。
ディアルスは敵わないなと言う顔をしながらマーシャルを見つめていた。
「ここにいたのですか……マーシャルさん……」
「あら? ディアルス、こんな夜遅くにどうしたのかしら?
ルークとの食事はもう終わったの?」
「いゃ……それが、ルーク攫われました」
「!!!」
ヴァルディアの一言はマーシャルに驚きを与え、しばらくの間何も言えず絶句していた……
ディアルスは、ヴァルディアの話を聞いた直後に疲れ果てた身体を起こしあげ、今にも飛び出してルークを連れ戻しに行きそうな勢いがあった。
しかしディアルスの気持ちとは裏腹に身体は言う事を効かず、立ち上がる事すら出来なかったのである。
「ヴァルディア、先ずは詳しく説明して」
「はい……」
ヴァルディアは、マーシャルとディアルスに酒場で起きた一連の事を説明したのであった。
ヴァルディアの話を聞き終えたマーシャルは、深いため息を尽きながら少し呆れ返っていた。
「はぁ〜全く……一人前の男として認めた途端、誘拐されるって……もう一生坊ゃと呼ぶわ!!」
少しマーシャルは、怒っていたかもしれない。
ディアルスは呼吸を整え、マーシャルの方を黙って見ていたのである。
それを勘づいているマーシャルも、ディアルスの方を見ながら話を進めてきた。
「わかっているわよ。ディアルス……ルーク坊ゃは必ず助け出しますわ。
だから……そんなに私を睨まないで下さる?」
マーシャルの言葉にディアルスも納得したのか、黙って頷いていた。
「助け出すと言いますが、ルークが何処に連れ去られたのか……気絶していたので俺知りませんよ」
「あぁ、そうでしたわね………
はぁ〜これ疲れるからあまり使いたくないのですが、仕方が無いわね……」
マーシャルはそう言いながら目を閉じ【月光のアーツ】を発動し始めた。
意識だけを空に浮かべたマーシャルは、そこから地上全てを見渡しルークを探し出す。
次第にマーシャルの意識は簀巻きにされ、『風の街サイクロン』にいるルークの姿を捉えたのであった。
すぅっ〜と【月光のアーツ】の発動をやめたマーシャルは目を開け、
「ルーク坊ゃ、見つけましたわ……」
「えっ如何やったのですか!?」
「私の【月光のアーツ】の能力の一つ……
夜の月灯りを照らす場所なら、私は如何なる場所でも、探し出す事が出来ます」
「つまり……?」
「【月光のアーツ】リチェルカを使ってルーク坊ゃを見つけ出しましたわ」
「おぉ、それでルークは今、何処にいるのですか?」
「………アーツバスターに侵略された街………『風の街サイクロン』に、今ルーク坊ゃはいます」
「ちょっと待って下さい! マーシャルさん!!
今日の出来事なのに、なぜもう『風の街サイクロン』に……!!」
「ディアルスが封印したゲートの他にも『土の街グランディ』と『風の街サイクロン』を繋ぐ、ゲートがある……
そう考えるしかないわね……」
マーシャルの考えにディアルスも頷いていた。
「取り敢えず、ルーク坊ゃにはこのまま『風の街サイクロン』で生活をしてもらいましょう」
「えっ!?」
マーシャルの出した結論にヴァルディアは少し意外だった。
今すぐ救出に行きますわ!
ヴァルディアはそんな結論を期待していた。
だから、マーシャルの出した結論は予想外だった。
「なにかの目的があってルーク坊ゃを攫ったのだとすれば、今すぐ殺されると言う事はないと思います。
我々がまずしなければならない事は、『風の街サイクロン』の奪還作戦、そこにルーク坊ゃも組み込まなくてはならない……
と言う事ですわ……」
戦力外になるのは、はっきり言って予想外でしたけど……
とマーシャルはルークに対して皮肉を込めてそう言いたかった。
まぁ、いいわ。
再開を果たした際には、いっぱい虐める事にいたしましょう。
と、そんな事を考えながらマーシャルは『風の街サイクロン』奪還作戦の人員を、再び考えなければならなかったのである。
マーシャルにとって頭が痛くなる話だった。
それでも大親友であるセルビアの為にも、マーシャルは失敗の許されない作戦を考えなければならなかった。
「マーシャルさん、それでも早くルークを助け出してやりましょう!!」
「えぇ、そうね……」
マーシャルはディアルスとヴァルディアに今日の所はもう休みなさいと、命令を出すマーシャル自身は再びアーツハンター支部の鍵を開け、作戦を練り直していたのであった。
◆◇◆◇◆
青年に抱えられたまま俺は、見上げる程高い風車が幾つも建ち並び、綺麗な花壇で埋め尽くされる広場に連れていかれていた。
間違いない、ここは『風の街サイクロン』だ。
誘拐した三人のアーツバスターは、俺を簀巻きにしたまま一番奥にある大きな風車の中へと、入って行くのである。
ドアの前には、看板が転がり落ち真っ二つに割られていた。
辛うじて読み取れた看板には『アーツハンター支部』と書かれていた。
中は俺が今まで見てきたアーツハンター支部と、全く異なりかなりの改造が施されていた。
目の前にあった、カウンターと掲示板は撤去され、代わりに立派な椅子が一つとテーブルが置かれそこには、大きな地図が広がっていた。
「あれ〜司令官の旦那はぁどこに行ったのかしら?」
女性はキョロキョロと周りを見ながら、ドランゴの姿を探していた。
見張り番のアーツバスターは、俺たちの姿を見ながら近寄って来たのである。
「お前たち、一体何時だと思っているんだ? もうドランゴ司令官は寝たぞ!」
「あらまぁ〜せっかくの待ち人連れてきたのに……」
残念そうに話ししている女性に、少年は青年の方を向きながら話しかけていた。
「なら明日にしますか?」
「あぁ、いないのならしょうがないだろう」
青年は俺を床に降ろし、見張り番のアーツバスターに……
「おい、こいつをここに置いて行ってもいいか?」
「あぁ、いいぞ。どうせ、この状況ではこいつ何も出来ないだろうしな」
そう言ってきた見張り番のアーツバスターに頼む……と話し青年と少年は部屋から出て行き、女性はまったねーん♡と言いながら、出て行ったのである。
暖炉の蒔きがパチパチと音がする中、簀巻き状態の俺と見張り番のアーツバスターの二人だけ取り残されてしまった……
見張り番のアーツバスターは、俺を見下ろしていた。
「余計な事は考えずに、ドランゴさんが来るまで大人しくしていろ」
そう言って、アーツバスターは俺を床に寝転ばしたまま残し、奥の部屋へと入って行くのであった。
一人になった俺は、簀巻き状態ではあるが、考える時間が出来た事が嬉しかった。
取り敢えずドランゴには会いたくない。
そして、ドランゴが来るまでに俺への救出は不可能に近いだろう……
となれば、アーツバスターたちが油断している今がチャンスなのかもしれない。
そう結論を出した俺は、何とかしてこの簀巻き状態から抜け出せる方法を考えていた。
自由に身体を動かす事が出来るようになれば、ゲートまで行き『土の街グランディ』に戻る事も出来るだろうし、ゲートが使えなかったらここから抜け出し国境を目指せばいいだけだ……
簀巻き状態から解放されるには、見張り番のアーツバスターを待つ必要がある……
ひたすら待つ事二時間………
床に置かれたまま、相変わらず放置されたままの状態で見張り番のアーツバスターは、奥の部屋に入ったまま一向に出てくる気配はなかった。
夜明けが近づいてきたのか、空は徐々に薄明るくなってきていた。
“やばいな……ドランゴに会えば、もう逃げだす機会は滅多になくなる……”
ふわぁ〜と言いながら奥の部屋のドアが開き、アーツバスターが背伸びしながら出てきたのである。
“来た!チャンスだっ!!”
アーツバスターは、俺の方を見ながらまだ少し寝ぼけている様子だった。
「ふわぁわぁわ……ねみぃ〜 あれ、お前ずっと起きていたのか?」
「はい……」
「ドランゴさんが来るまでは何も起きないから、寝ててもいいんだけどな。
まぁ、この状況で寝ろと言うのも可笑しな話か……」
「あの……トイレに行きたいです……ここに着いてからずっと我慢していたのです」
「あぁん?」
俺のお願いにアーツバスターは、眉間に皺を寄せながら睨みつけている。
“トイレに行きたいは流石にまずかったかな?”
俺が考えついた作戦は実に簡単だった。
まずトイレに行きたいと言い、アーツバスターにこの紐を取ってもらい簀巻き状態からの解放。
そして、アーツバスターを気絶させ、その隙にゲートまで一気に駆け抜ける。
ゲートを通り俺は、『土の街グランディ』に戻る……
そんな作戦を立てていた。
アーツバスターにこの時点で、疑いをかけられトイレに行く事が不可能なら、俺はドランゴとの再開を覚悟しなければならないかった……
睨みつけていたアーツバスターは、俺の側へと来て紐を解き始めたのであった。
「!!」
「トイレか……そいつは悪い事をした。今すぐ解いてやるから行って来い」
「‥……ありがとうございます」
“いい人だ……でも、ごめんなさい!!
俺は貴方を裏切ります……”
紐が解かれ、漸く簀巻き状態から解放された俺は、身動きとれる状態に戻った。
両腕や背筋、足腰を伸ばし動かせなかった身体をほぐしていく。
「おいっ! さっさとトイレに行け! トイレはあっちだ!!」
アーツバスターは中々トイレに向かわない俺に少しイライラ気味に、左側を向きながらのドアを指差していた。
「はい」
アーツバスターが俺から目線をトイレのドアへと一瞬目を逸らした、一瞬の隙を突き素早く、アーツバスターの死角から後ろに回り首の辺り目掛けて手刀を一発。
アーツバスターは何も言わずその場で、崩れ落ちるように気絶していった。
“俺が逃げ出したら、この人大変な目に合うんだろうな……”
気絶したアーツバスターを見ながら、そう思ったが俺としてはさっさと逃げ出したかった。
「ごめんなさい……」
聞こえないアーツバスターに言いながら俺は、大きな風車から出て行き中央広場にあるゲートを目指し、誰にも見つからないよう歩き始めた。
◆◇◆◇◆
中央広場まで直線にして約五百m……
直線距離的には意外と近い距離なのだが、風車は監視塔も担っておりライトが円形状にいくつも、動きまわっていた。
そして、そのライトの中に入ればたちまち見つかる事だろう。
“さてさて、長くこの場所にいるのも危険だな……
だからと言って地理を知らない以上、遠回りもしたくない……迷子になる自信あるし……
となれば、円の中に入らないよう進むしかないか……”
ライトの中に入らないようタイミングを合わせ中央広場まで、一気に駆け抜ける!
一瞬ライトの光が俺を捉えたかのように思えたが、警報も鳴らず辺りは静まり変えっていた。
ギリギリセーフだったらしい……?
「はぁはぁ……」
大した距離を走っていない筈なのに、神経を擦り減らし過ぎたのか息切れしてしまう。
ふぅ〜と思いっきり息を吐き、呼吸を整え始めた。
「よしっ! 戻るか!!」
連れて来られた時、ゲートは確かに光りを失っていた。
だが、今ゲートは光り輝き明らかに起動しているかのように、俺には思えた。
後ろを振り返り追ってが来ていない事を確認した俺は、恐る恐るゲートの中に入って行った。
徐々に周りの景色が変わって行く……
しかし………ゲート先は『土の街グランディ』ではなかった。
俺が逃げ出した事は、とっくの等にアーツバスターたちに気づかれていたようだった。
飛ばされた先には俺を攫った青年に少年、そして女性……
複数のアーツバスターが、俺を待ち受けていたのであった。
「よぅ坊主……待っていたぜ」
どうやら罠だったらしい……
どうやってゲートの出口を調整したのか、わからないが俺が立っている位置を中心に、アーツバスターたちは俺を囲い始める。
“ふぅ……落ち着け……俺……
ピンチには慣れているはずだ……”
バックンバックンと激しく動いている心臓の鼓動を落ち着かせるように、自分に言い聞かせる。
「ここは……?」
「『風の街サイクロン』から東外れにある小さな村だな。
まぁ最近ここを滅ぼし、空き地にしたんだけどな」
「………滅ぼした場所……?」
「あぁ、そうだ」
ここは、俺の村ではない……
そうわかってはいたが、ここはアーツバスターが滅ぼした村……
俺の村と同じく滅ぼされた村……
脳裏に次々と村で生活していた思い出が次々とプレイバックしているかのよう浮かび上がって行く。
堪らずその場で両膝を尽きながら頭を抑え込む。
「はぁはぁ……」
“父さん……?母さん……?”
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
叫び声と共に、
プッーーーン!!
と、俺の中で何かがブチ切れた音が聞こえて来た。
それは暴走状態に入る合図だという事は、すぐ理解する事が出来た。
身体の奥底から込み上がってくる力……
そして、溢れんばかりの抑えきれない力……
久しぶりに感じるものだった。
俺がブチ切れるという事は、【黒と白のアーツ】が暴走する……
封印される前はいつもそうだった。
久しぶりの暴走か……
まぁ、ここにはアーツバスターしかいないし、まぁいいか……
そんな事を考えながら【黒と白のアーツ】に身を委ねようとしたのだが、俺の意識は飲み込まれる事はなかった。
抑えきれない力を手に入れながらも、冷静にアーツバスターたちを俺は睨みつけていた。
“あれ……なんで暴走しないんだ………?”




