第三十五話 ルークの機転
俺は、ルドベキアに両腕を後ろに回され紐で縛られていた。
更にその紐は俺の首にも巻かれている。
“アーツバスターが襲撃してきた”
と言うのに、ルドベキアは俺を食堂に置き去りにして、最前線へと戦いに行ってしまった。
“くっくそ………なんとかして抜け出されないだろうか”
縛られている両腕を、動かしてみた。
首にまで紐で巻かれている為、やはり少しでも動くと首を締めつけてしまっている。
「ぐえっ!」
そんな無謀とも言える行動に、だわさおばちゃんは呆れていた。
「それは無理だわさ〜」
「おばちゃん!!お願いです!この紐解いて下さい!!」
「ルドベキアに絶対解くなと言われたから、解かないだわさよ………
無事に帰ってくるまでここで、大人しくしているといいだわさ」
「うぅっ………」
それから二時間ぐらい、経った頃だろうか……
今まで聞こえてこなかった、アーツ同士の激しいぶつかり合い……
悲鳴……
逃げ回る声などが、アジトの中に居ても聞こえてきた。
“どうやら、街中への侵入を許したようだった……”
次第にアジトの玄関ドアを壊そうとする音が、聞こえてきた。
負傷しルドベキアに足手まといと判断され、残されていた者たちは慌ててドアの方に行き、壊れないように抑え始めてくれた。
“しかし、それも時間の問題であった……”
「おばちゃん!お願いです、紐を解いてください!!」
「ダメだわさ!!」
「このままじゃ、玄関のドアは壊されてみんな殺されてしまいますよ!!だから!!」
だわさおばちゃんはしばらく考え込み、俺の紐を解きはじめた。
しかし両腕に縛られていた紐は、硬くきつく閉められていた。
だわさおばちゃんは、紐を解くのに苦戦をしていたのである。
「ぐわっ!!」
と声と共に玄関のドアを破壊された音が聞こえてきた。
ドアを抑えていてくれた人たちは、今のできっと殺されただろう……
そして、ここにはまだ、だわさおばちゃんの他に、賄いの女の人たちが五・六人ガクガクと震えながら身を小さくして座っている。
「おばちゃん!!はっ早く!!」
「硬いんだわさっ!!」
一生懸命だわさおばちゃんは、紐を解こうとしていてくれている。
そんな中、食堂のドアはゆっくりと開いて行く。
開き切ったのと同時に、灼熱の炎が一瞬にして食堂全てを覆い、焼き尽くして行く……
俺は、咄嗟に【白のアーツ】を発動し、身体の周りに白の波動を纏う。
そのお陰で俺は、焼け死ぬ事はなかった。
だわさおばちゃん方に振り返りながら、話しかける。
「ふぅ……おばちゃん無事です………か?」
そう……確かにだわさおばちゃんは、俺の側で紐を解こうとしていてくれていた。
なのに……
俺の目の前に居たのは……
だわさおばちゃんと思われる、変わり果てた姿……
黒い塊の燃えカスに変わっていた。
「あっ………あぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は、咄嗟とは言え自分自身にしか【白のアーツ】を発動していなかった事に気がつく…
だから俺のすぐそばにある、この変わり果てた燃えカスは、間違いなくだわさおばちゃんだ……
涙と共に、果てしない後悔が俺を襲いかかってくる。
そして、風と共に燃えカスは塵も残さず、消えて失くなっていく。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は、その場で泣き叫ぶ……
そんな泣き声を聞きたくないかのように、食堂のドアが倒れ落ちる音が聞こえてきた。
「!?」
その音で我に返り、俺はその音がした方へと振り返る。
俺は一瞬、目を疑った……
しかし、何度見てもプスプスと煙をあげている右手を構えている、ネーヴェがそこにいたのである。
「………ネーヴェさん……何故ここに……?」
「あらあら、ルーク坊やじゃない……」
ネーヴェは、俺に近づいてくる。
「おっかしいなぁ〜ここ一体を焼き殺すつもりで【灼熱のアーツ】を発動したのに、なんでルーク坊やだけが生きているの?」
「焼き殺すつもり……?」
「ネーヴェさん!!なんで……そんな事を……」
その問いかけにネーヴェは、ニコリと笑ながら答えた。
「決まり切った事、聞かないでくれるかしら?
私が、アーツバスターだからに決まっているからじゃない」
「!!」
この状況下で、その答え自身予想は出来た…
予想は出来たけが、俺としては当たって欲しくなかった…
ネーヴェは、ルドベキアを裏切った……
そんな事実、俺は突きつけられたくなかった。
「ネーヴェさん………皆を裏切ったのですか………?」
「あのね、ルーク坊や勘違いしないでほしいのよね。
私は裏切ってなんかいないわよ……
実は私、最初からこちら側の人間なの………」
「なっ!!」
「実に長かったわ……
ここの『プルキブウム』の男連中って、野蛮で汚いでしょ……
それにさっ……ここにいれば、いっつも女たちは手当たり次第にヤレると思っているしさっ!
ほっんと私嫌だったのよね……」
「だから、これからドランゴが直々に処刑するって聞いてせいせいしているわ」
「えっ!?処刑!!」
「そうよ……『プルキブウム』の馬鹿連中は我々アーツバスターが捉えたわ。
そして、これから中央広場でドランゴ自ら処刑する予定よ」
「なっ!?」
「『水の街ヴァル』は、陥落しアーツバスターの支配下になったわ、これは揺るがない事実ね」
「!!」
「そして、生き残りであるルーク坊やを始末すれば、私の任務も終わり」
そう言いネーヴェは【灼熱のアーツ】を発動し、セルビアの【焔のアーツ】よりも高濃度の熱い炎を右手に宿し、小さな球を作り出してきた。
うふっと笑ながら、ネーヴェは俺に近づいてくる。
「だ・か・ら、私の為に大人しく死んでね」
ネーヴェは右手を俺の近くで座り込み、足元付近の地面に触れながら、
「灼熱の炎よ……今こそ、その力を示しこの者を焼き尽くし塵とかしたまえ…『エクスプロージョン!!』」
ネーヴェの言葉と共に、俺の足元から激しい火柱があがり、俺を焼き尽くそうとしていた。
だが、俺は先程と同じように【白のアーツ】を発動し白の波動で全身に纏う。
息苦しさもなく、熱さも感じる事なく、【白のアーツ】は俺を守っていてくれている。
更に、俺を縛っていた紐をあっという間に、焼き切ってくれた。
火柱の中で俺はゆっくりと左手に、力を込め始める。
そして灼熱の炎から身を守る為に【白のアーツ】を発動中にも関わらず、【黒のアーツ】を発動する。
発動した【黒のアーツ】は俺の意思を感じ取り、エクスプロージョンを一瞬で消し去ってくれた。
「なっ!!」
バチバチと激しい音をさせながら、俺は左手を黒い波動を覆うように作り出す。
驚いたネーヴェは数歩後退しはじめていた。
逃げようとしていたネーヴェの左腕を、俺は【黒いアーツ】が発動中である左手で掴み取り、ネーヴェの身体は、徐々にその存在そのものを消し去りはじめていった。
ネーヴェは自分の身体が、黒い波動に吸い込まれ徐々に消えて行く様を見ながら、
「ちょちょっと……!!なっなによ……これ………!!」
「さよなら……ネーヴェさん……」
ネーヴェは俺の姿を見ながら、必死に命乞いをしていた。
やがてその声も聞こえなくなりネーヴェは、黒い波動に飲み込まれ消え去ってしまう。
消え去ったネーヴェの元には【灼熱のアーツ】のみ転がり落ちていた。
深いため息と共に、【灼熱のアーツ】を拾いあげ、俺はポケットの中にしまいこむ。
俺は暫く唖然と惚けていた。
“助けられなかった、だわさおばちゃんたち……
もう少し、俺の判断が早ければ助けられただろう”
そう思うと足は動かなかった………
しかし俺は、ネーヴェが言っていた言葉を思い出す……
水の街ヴァルは陥落し、これから中央広場でドランゴ自ら『プルキブウム』の皆を処刑する……
もしかして今この時、動けるのは俺だけなのでは?
ここで惚けていては、『プルキブウム』の皆は殺されるだけ……
“そんな事、絶対させない!必ず助け出す!”
と心に決めると自然と足は動き出してくれた。
少しクラクラと眩暈がするも、そんなのは御構い無しに俺はアジトから出てルドベキア救出へと、向かう事にした。
◆◇◆◇◆
アジトの外、正門から外に出るともうすでに、街中はアーツバスターと思われる者たちが、うようよと徘徊していた。
正門から出て行くのを断念した俺は、裏口から周る事にした。
裏口から周り見つからないようアジトの屋根に登って行く。
ヴァルの街並みは、あちらこちらから煙があがっていた。
激しい戦闘があった事を物語っていた。
急いで中央広場へと、屋根づたいに走り出した。
中央広場が見える所まで移動し、煙突の影に身を潜めながら顔だけを出し、中央広場の様子を伺う。
噴水のすぐ側にある舞台の前には、鎖に繋がれているルドベキアを初めとした『プルキブウム』の皆、そしてペリア、戦いに参加したアーツハンターたちがその場で座り込んでいたのである。
それを囲うかのようにアーツバスターたちは立っていた。
更に貴族、庶民、スラム街の住民たちは、身分に関係なく一箇所に集められていた。
貴族街の方からドランゴは、ゆっくりと広場まで歩いてきた。
そして捉えられている者たちを品定めしているかのような目で見始め、ルドベキアとディアルス、ペリアそして、二人のアーツハンターたちを指差し、クイッと合図を送っていた。
ドランゴの目の前に立たされた五人に対してドランゴは話しかけていく。
「お前たちを今から『メシュガロス』に連れて行く……
そして死ぬまで、アーツバスター候補生の訓練相手をしてもらおう…」
「ドランゴ総司令官!!
他の者たちは如何いたしますか?」
「役に立たん貴族共や今まで金に物を言わせて踏ん反り返っていた者たちは全て殺せ!
後、商人たちや使えそうな奴らは、奴隷の焼印を押したのち解放しろ」
「はっ!」
「もう一つ、付け加えておく……
無駄な略奪や無抵抗な婦女暴行は、一切禁じる。
俺たちが侵略、打倒すべき場所は、首都ガーゼベルトだ。
この街は単なる足掛だ、無用な問題はおこすな」
「はっ!了解いたしました!!」
そんな様子を見ていた俺は、ドランゴ率いるアーツバスターを追い払い、街のみんなをなんとかして助け出したかった。
そして、両手に装着されている【黒と白のアーツ】を見つめながら、俺は決心した。
薄く薄く誰にもわからないように、アーツバスター以外全ての者たちに白の波動を纏うように【白のアーツ】を発動した。
そして、左手を空の方へとかかげ【黒のアーツ】を発動する。
かなり無茶な、発動なのだろう。
全身がきしむ音が聞こえてきた……
これまで俺は、暴走以外【黒と白のアーツ】を全開まで発動した事は一度もなかった。
俺の考え通りに、うまく発動する事が出来るのなら皆を救う事が出来るはず……
失敗して、俺だけが生き残ってしまう可能性もゼロではない……
でも俺は、今……
皆を助けたかった……
“また、ペリアさんに怒られるのかな?”
とか思いながら………
それでも俺は救いたかった……
今度こそ……
“発動しないで後悔するぐらいなら、失敗して後悔した方がずっといいはず?”
そんな事を考えながら、発動された【黒のアーツ】は『水の街ヴァル』を、全て覆うぐらい大きな黒い雲となり、辺りを暗くしていく。
急に暗くなった事に不思議に思ったドランゴは上を見上げ、真っ黒な物が空に浮いている事に気がつく。
すぐさま号令を言おうとしていた。
ドランゴの号令よりも先に俺は、
「黒い雷!!!」
発動された黒い雷は、白の波動を纏っていない者。
即ち全てのアーツバスターに黒い雷となって直撃していった。
直撃をくらえば、たちまち黒い雷はその者を一瞬で消し去ってくれた。
ルドベキアのすぐ側でも、何十人ものアーツバスターが黒い雷に撃たれ消え去っていた。
「ルークお前…………」
「はぁはぁ……」
中央広場にいた、アーツバスターが消え去ったのを確認し、俺はピンポイントでルドベキアの鎖だけを消し去り自由にした。
自由になったルドベキアは、俺と目を合わせ頷きながら次々と周りの人たちを解放し始めていた。
そんな中、俺は気が向けその場で腰をおろし、煙突を背にしたまま座り込む。
「ふぅ………後はルドベキアさんに任せよう………
つっ疲れたぁ…………」
やがて【黒のアーツ】の副作用でもある眠気が、襲いかかってきた。
瞼は重く、開けるのが難しくなって行く……
“意識も朦朧としてきた”
それもそのはずだ。
俺は、封印を解除されてから、一度も暴走はする事はなかった。
暴走する事はなかったが、俺は発動の際には常に【黒と白のアーツ】の欠点を、補うように心がけていた。
『【黒のアーツ】己の眠気と共に全てを消し去り
【白のアーツ】己の寿命を犠牲に死者以外の者、全ての傷を治癒すべし
同時に発動する事でお互いの欠点を補う。
ゆえに、【黒と白のアーツ】は二つで一つ』
村で見た石碑を忘れずに、今まで俺は発動してきた。
しかし、今回は違う【黒のアーツ】、【白のアーツ】を殆ど全開までに高めていた。
そして、ほぼ同時に発動した為、欠点を補う事は不可能だった。
当然の如く眠気が俺を襲ってくる。
そして、寿命という目には見えない物ではあるが、確実に俺の寿命も減っていることだろう……
でも後悔はしていなかった……
俺は、だわさおばちゃんたちを助けることは出来なかった。
あの時もう少し状況判断を早くしていれば、先程みたいにだわさおばちゃんたちにも白の波動を纏わせ【灼熱のアーツ】から守れたかもしれない。
そんな後悔の中、俺はルドベキアやディアルス、ペリア、そして他の街の人たちを助け出せた事が嬉しかった……
助けられなかった、だわさおばちゃんには悪いが、そう俺は嬉しかったのだ。
今は、それだけで十分とそう思う事にした。
突然、俺の目の前で血吹雪が舞いあがっていた。
「!!!」
驚きながらも俺は、右手を動かし身体を触って見る。
その右手には、血がびっしりとこびりついていた。
そして、目線を下げると、鎖帷子の上からだと言うのに右肩から左腰にかけて一本の剣筋を残し綺麗に斬られ血が流れ落ちていた。
目の前には、消え去ったと思われるドランゴが立っていたのであった。
「ふむ……あの時の小僧か………」
「………なっなぜ?」
“なぜ……ドランゴがここに………
黒い雷で消し去ったはず……
やばい……逃げなきゃ………”
しかし、身体は重く全く動くことはなかった
「先程の攻撃、見事だな……だが、黒い雲は気づいて下さい。と言っているのも同然だな」
「……だから回避する事が、出来たのですか?」
「あぁ、俺の部下の半分以上は消え去ったけどな……」
ドランゴは俺を見下ろしながら、剣を振りあげてきた、
“あぁ……この風景、前にもあったな……
そうだ、あれは……
『メシュガロス』で死にかけた時だ……
あの時は、ギレット先生が助けに来てくれた……
しかし、今回はそう都合よく助けに来てくれるはずもない……
受け入れたくない死……”
そう思うと重く動かなかった身体は自然と勝手に動き、ドランゴの振り下ろされていた剣を左手で受け流していた。
激しい攻撃力を物語っているかのように、剣はそのまま家を真っ二つに割っていた。
それでも眠気と血の気を失い、俺の意識を徐々に刈り取って行く。
「はぁはぁ……」
ドランゴは、俺の襟元を掴み身体を持ち上げ、そのまま剣を胸元に突きたてトドメを刺そうと構えてきた。
「坊主……帰りたい場所には、帰れたのか?」
「はぁはぁ……まっまだです………」
「そうか……」
そう言うとドランゴは戦闘体制を解き、俺を解放し傷口を手当しはじめた。
わけがわからなかった……
傷口が塞がった俺は、なんとか死の危険は回避され辛うじて話せる程度まで、回復する事が出来た。
「………何故、俺を殺さないのですか?」
「俺は、まだお前へのアーツバスターへの勧誘を、諦めちゃいない…
そのアーツ実に強力だ」
「……なんと言われ様が、考えは変わりませんよ……」
「ふっそう言うな……
裏切り者と知ったネーヴェを、なんの躊躇もなく消し去ったその残酷さ……
一瞬にして、敵と認識した者だけを消し去る破壊力……
実にアーツバスター向きだ」
「……俺は、逃亡奴隷ですよ!
なんで傷の手当をするんですか!?
捕まえて連れ戻そうとしたり、この場で殺すのが当然なんじゃないのですか!?」
「理由は簡単だ……
お前に『メシュガロス』は狭すぎる……
だから野放しにお前の成長を待ちつつ、心変わりをするのを待つ事にした……
今はまぁその時じゃないようだがな……
いずれ迎えに来る……
それまでもう少し強くなっていろ……」
それだけ言うと、ドランゴは俺の前から立ち去って行くのであった。
“ドランゴが俺を助けた理由は置いていて……取り敢えずたっ助かった………”
その後ドランゴは生き残っていた軍を引きつれ『メシュガロス』方面へと戻って行くのであった。
『水の街ヴァル』は多数の犠牲者を出したものの、アーツバスターからの侵略を危機一髪で防ぐ事が出来たのである。
『お前は自らの意志で、俺の元に必ずくる………』
ドランゴが去り際に言った言葉だけが、妙に気になっていた。
だが、俺は眠気に勝てずその場で、眠りについてしまうのであった。




