第百十七話 皇龍ドラゴンとベイウルフ
どれくらい意識を失っていたのかはわからなかった。だが、目が覚めた時には先程とは全く違った景色が広がり、皇龍ドラゴンとの戦いの激しさを物語っていた。
まず、最初に感じたのは、全身の痛みだった。筋肉痛のような痛みが全身を巡り、とにかく痛かった。これは、闘気を使った副作用的な物であり、基礎体力はこれで充分かな? と勝手に思っていたが、まだまだ体力をつけた方が今後の為に必ず生きて来ると感じていた。
次に心配に気になったのは右腕だった。
あの時、無我夢中で皇龍ドラゴンの炎のブレスに対して右腕を前に出し白のアーツを発動したが、炎に焼き尽くされ黒焦げ状態だった右腕は、最悪の場合失ってもおかしくなかった筈だ。だが、後遺症もなく綺麗に完治していた。
きっとベイウルフが手当てをしてくれたのだと思い、グーパーと動かしながら最悪の状態にならなかった事にホッとしていた。
“ふぅ……”
辺りを見渡すと、皇龍ドラゴンの姿は既に見当たらず側にいたのは、俺の目を冷ますのを待っていたベイウルフが暇そうに空を眺めていた。
「ベイウルフ……さん?」
俺の声にベイウルフは、視線を空から俺へと戻していき声をかけてくる。
「おっ、ようやくお目覚めか」
「あの……皇龍ドラゴンは?」
「あぁ、我に返って巣に戻って行ったぞ。お前が意識を失ってしまったからな、俺が事情を説明しておいた」
「……えっ?」
“目的の物は??”
と目を点にさせながら驚くと、ベイウルフは俺に……
「心配するな。お前の目的の物は、ちゃんと俺が代わりに受け取っておいた」
そう言いながらベイウルフが俺に渡してきた物は、俺が欲しくて頑張っていた代物だった。
俺の両手に渡された物は、曇り一つない綺麗な竜玉だった。そして、竜玉の中には炎がメラメラと映し出されていた。
“これがあれば……セルビアさんにプレゼントを贈る事が出来る”
後は一刻も早くこの場から帰りパトレルに渡すだけだったのだが、筋肉痛の影響なのかまだ満足に身体を動かす事は出来ないでいた。
「……つぅ……」
「まだ、無理しない方がいいぞ。計画なしに全開で闘気を使っていたからな」
計画なしにとベイウルフはそう言うが、闘気を全開まで何度も高めなくとも皇龍ドラゴンの攻撃を果たして防げたのだろうか? 俺はまだ、ギレットの足元にも及ばないぐらい弱い。
でも……
俺はベイウルフに手助けをしてもらわずに、闘気を使って皇龍ドラゴンの自我を取り戻す事が出来た。だから、ベイウルフが何を言おうが、それで良かったと思う事にした。
そして、俺が動けるようになるまで待っててくれそうだし、気絶している間に何があったのかベイウルフに教えてもらう事にした。
◆◇◆◇◆
「やれやれ……」
気絶している皇龍ドラゴンをチラッと見た後、ベイウルフは呆れかえりながらもルークの負傷している右腕を治療し始めたのである。もっともベイウルフに出来る事と言えば、回復の札を使っての治療だった。
そんな中、我を取り戻した皇龍ドラゴンは状況が掴めないでいた。
『我は一体……』
無視して敵と見なされても困ると思ったベイウルフは、ルークの手当てをしながらも見上げながら皇龍ドラゴンに話しかけていくのである。
「……どうやら、自我を封印させられていたようですよ」
『我が……? 自我を……?』
「えぇ……」
ドラゴンの頂点に立つ王。皇龍ドラゴンが、我を忘れていた。
そんな事を言ってきた人間に対して、皇龍ドラゴンは最初信じられない。と言った顔をしていた。
それと同時に、ならば何故己の記憶の欠落と見知らぬ大地にいるのか? と言う疑問が浮かび上がっていた。
にわかには信じられなかったが、目の前にいる人間の言葉を皇龍ドラゴンは一先ず信じて見る事にしたのであった。
『……』
「差し支えなければ、教えていただきたいのですが……? なぜ、皇龍ドラゴンでもある貴方が自我を封印されていたのか?」
『……確か……』
皇龍ドラゴンは、思考を巡らせながら思い出していく……
ガルガゴス帝国領の奥地にあるドラゴンの住処。
ここに人が訪れると言う事は滅多になかった。
そんなある日、竜のアーツを宿すドランゴと言う者が訪れたのが始まりだった。
上空から住処を見張りしていた一匹のドラゴンが、ドランゴの姿の視認。
ドランゴの前に降り立ったのである。
『ここは、人間が足を踏み入れて良い場所ではない。怪我をしないうちに立ち去るが良い』
忠告を加えたドラゴンに対して、ドランゴはフッと笑いながら竜のアーツを発動していく。
『それは、竜のアーツか……』
「確か、竜のアーツを持つ者は、姿形違えどもドラゴンの仲間として扱う筈だよな?」
『……』
「仲間が帰ってきたのだ、歓迎してくれよ?」
『……良かろう。先ずは我らの長、皇龍ドラゴンと面会してもらおう』
見張りのドラゴンは、ドラゴンの長とも言える皇龍ドラゴンの元へとドランゴを案内したのである。そして、皇龍ドラゴンと面会したドランゴは、一言……
「俺の目的はただ一つ。竜のアーツを持つ俺にドラゴンの全てが従い、共にヴィンランド領を滅ぼそう」
そう言い放ったのである。
若いドラゴンたちは、ドランゴの言葉に当然怒り狂い始めていた。
『なぜ、我らが人間に従わなければならない!!』
『人間が、調子に乗るなよ。いますぐ、八つ裂きにするぞ!!』
そんな言葉が飛び交う中、皇龍ドラゴンは若いドラゴンたちを一睨み。たちまち黙らせたのである。
『若い連中は元気がありすぎのようだ。失礼な言い振る舞いした』
「いや、一向にかまわん。血の気の多い方が扱いやすいしな」
あくまでも、ドランゴは皇龍ドラゴンに対して上から物を言い放っていた。
「……で!? 俺に従うのか?」
『……我らは、竜のアーツを持つ者を確かに仲間として認識するようにと、古来より言い伝えられてはおる。しかし、だからと言って人間同士の争いに介入するつもりはない。そのような要件ならば、ドラゴンの長としてお主には今すぐお引き取り願いたい』
「……」
一呼吸おいた後、ドランゴは口を開き始めた。
「ならば仕方がないな……力尽くで従わせるまでだ」
ドランゴが竜のアーツを発動させた所までは覚えているが、そこから先の事を皇龍ドラゴンは覚えていなかった。だが、己の意志とは裏腹に操られているような、そんな感覚に囚われながらも、気がつけば見知らぬ地で我に返ったそうだ。
『確かに、お主たちが我を正気に戻してくれたようじゃな』
「正確には俺ではなく、こいつですね」
『そうか。何か礼をしたいのだが……?』
「俺たちは、竜玉が欲しくてはぐれドラゴンの情報を得てここに来たのです。出来れば譲っては貰えませんか?」
『お主たちは、竜玉を手に入れに来たのか……』
僅かばかり、殺気を皇龍ドラゴンはベイウルフに向けていた。
それもそのはずである。
本来竜玉と言う物はドラゴンの核となる物であり、竜玉の色によって炎、氷などといった様々なブレスの属性が決まる大切な代物で、ドラゴンは生を受けた時にドラゴンの王である皇龍ドラゴンから授かり、ドラゴンの内部に埋め込まれるのである。
竜玉を取り出すとすれば、ドラゴン自体が天寿をまっとうするか、倒す事でしか手にする事は皆無であった。
仮に竜玉を奪われてしまったドラゴンが運良く生き延びたとしても、それはブレスの吐けない劣等ドラゴンとして周りのドラゴンから認識されてしまうのてある。
ベイウルフが竜玉を欲していると言う事は、仲間であるドラゴンから無理矢理奪っていく。いわゆる略奪者とも感じ取れた。
だが、皇龍ドラゴンを殺さずに我に戻してくれた事に感謝し、本来ならばドラゴン以外の者に竜玉を授ける事など異例な事ではあったが、気絶しているルークの記憶の中にドランゴと言う人物が存在し、更に恩ある人に恩返ししたいと言う願いを皇龍ドラゴンは汲み取っての行動だった。
皇龍ドラゴンの身体が神々しくも光り輝いた後、ベイウルフの手には焔の竜玉が握りしめられていく。
「こっこれは……?」
見ただけで、ベイウルフは今まで数々のはぐれドラゴンを倒し、奪って来た竜玉よりも力強さを感じ取っていた。
竜玉も願い年月が経てば経つほどその性能は当然衰えて来る。若いドラゴンと年寄りドラゴンの竜玉でも同じ属性だとしても性能が違っていた事をベイウルフはわかっていた。
それ故に、皇龍ドラゴンから直接渡された竜玉の性能のよさに驚きを隠せないでいた。
竜玉を見ながらベイウルフは、この竜玉はとんでもない力を秘めている。そんな感覚に囚われ、俺も欲しいな。と思わずにはいられなかった。
だが、そんな事は言えずにベイウルフは言葉を飲み込んでいくのであった。
『お主たちには感謝しておる。いつか我らの地に来るが良い、今度はお前たちにも竜玉を授けよう』
「!?」
何もかも見透かされている事に気づかされたベイウルフは、頭を下げる事しか出来なかった。
『……では、さらばだ』
皇龍ドラゴンは大きな羽根を広げ、仲間たちがいる巣へと飛び立っていくのであった。
ベイウルフは皇龍ドラゴンの姿が小さくなるまで、頭を下げ続けていた。