第百十六話 いざ、ドラゴン討伐
ドラゴンの目撃情報はメシュガロスから少し離れた樹海の奥地にある山の頂上で、依頼の為に訪れていたアーツハンターが『あっ? ドラゴンだ!』と認識した時には、問答無用に炎のブレスを吐かれたそうだ。
辛うじて生き延びたアーツハンターは、ドラゴン討伐斡旋所に報告、問答無用に襲いかかってくるドラゴンは超危険な為、討伐ランクはSと認定されていた。
“……って初心者に、いきなり討伐ランクSのドラゴンを依頼してくるなよな……”
ベイウルフからの説明を聞きながら、最初に俺はそう思ってしまった。
難易度は高いが、俺が欲しているアイテムは純度が高ければ高い程いい物が出来、純度の高いアイテムを手にする為には、やはり強いドラゴンを倒さなくてはならなかった。
それも、黒のアーツで簡単に消し去るのではなく、闘気のみでドラゴンをひれ伏せなければならない。これは、黒のアーツで消し去ってしまえば勿論簡単であっという間に終わってしまうのだが、ドラゴンの存在その物を消し去ってしまうと言う事は、アイテムすらも消してしまう為アイテムを手にする事は当然出来ないのである。
“面倒いなぁ……”
と思う一方。基礎訓練の成果を発揮させるいい機会かもしれないと思い始めていた。
確実に体力はついてきたと言う認識はあったが、実際闘気を使った戦闘で俺はどこまでやれるのか? と言う事を認識する為にも、闘気のみで倒そうと思い始めていた。
そして、ドラゴン討伐斡旋所に俺を登録する為に推薦してくれたベイウルフは、一切の手出しを禁じられているみたいだった。
これは、推薦人が手助けしないで俺だけの力でドラゴンを退治する事で、俺には単独でドラゴンを退治する力を兼ね備えていると言う証明になり、今後正式にドラゴン討伐斡旋所に登録出来るとの事だ。
“口出しはいいみたいだけどな……”
「所でセルビアには何と言って来たんだ?」
「何も行って来ていませんけど……?」
「お前っ!? これで、お前の身に何かあったら怒られるのは俺だぞ!」
「と言われましても……セルビアさんには秘密なのに、なんでわざわざ行き先を告げてこないと行けないんですか!?」
「くそっ! 頼むから怪我するなよ!!」
ベイウルフの言い分は無茶苦茶だ。Sランク規模のドラゴン相手に闘気だけで、しかも俺一人で戦わなくてはならないのに、怪我するなと言うのが無理があると思うのだが、ベイウルフに引き返すと言われるのも困るので一応……
「善処します」
とだけ言っておいた。
◆◇◆◇◆
ドラゴンを目撃された場所は、樹木は緑豊かな樹木がお生い茂っていた。
この場所は元々魔物が多く生息している筈なのだが、ドラゴンがいるからなのだろうか? 魔物に一度も出くわす事もなく、俺とベイウルフは樹海を超え山の頂上へと目指して行く。
「そろそろ頂上だ。気を引き締めろよ」
「……」
黙ったまま頷き、俺は闘気を密かに溜め込み始める。
「グォォォォォォォッ!!」
周りにある木を揺るがす程の咆哮と共に、目の前に。いや、見上げる程でかいドラゴンが現れたのである。それは、パラケラルララレ学校の合宿の際に出会ったはぐれドラゴンよりも遥かに大きく、対峙しているだけで脚がすくみそうになっていた。
「こいつは……!?」
俺たちを見下ろしているドラゴンは、黄金色をした強固な鱗に身を包まれ、見惚れてしまう程の綺麗な黄金の翼を持っていた。
「……って、なんで……?」
ベイウルフが対面した瞬間理解したように、流石の俺ですら目の前にいる黄金鱗と翼を持っているドラゴンが何なのかは知っている。
アルディスがくれた本の中で何度も登場してきていたし、三百年前の黒と白のアーツの先代の持ち主ヴィンランド・ガーゼベルトの時代から今も尚、生き延びていると語り継がれている伝説のドラゴン。
“皇龍ドラゴンじゃないかっ!?”
最早、Sランク討伐どころではなかった。
皇龍ドラゴンは、ドラゴンの中で王とも言える存在。
なぜ、はぐれドラゴンとなってこの地にいるのかはわからないが、本来ならば手を出さずにドラゴンの意思で巣に戻るのを待つのが得策だと思う。だが、皇龍ドラゴンは俺たちを視認しどうやら逃がす気はないらしい。
炎のブレスが、瞬く間に俺たちの逃げ道を防いでいた。
「ちょ、ベイウルフさん!?」
「逃げ道は経たれたな。倒すしかないだろう?」
「俺一人でですか!?」
「当たり前だ。俺は見届け人だ」
「そんなっ無茶苦茶だっ!」
仮に……運良く……辛うじて倒す事が出来たとしてもだ。ドラゴンの王を倒したとなれば……
ガルガゴス帝国領にあるドラゴンの巣から王の仇と表して、大量のドラゴンがヴィンランド領に攻め込んでくる事だってかんがえられる。そうなれば、ヴィンランド領に住む者たちはアーツバスターにではなくドラゴンの大群によって滅んでしまう。
「そう慌てるな。どうやら正気じゃないみたいだからな、まずは正気に戻すのが得策だな」
「正気じゃない……?」
「あぁ、目が血走っているだろう?」
ベイウルフの指摘を確認するかのように皇龍ドラゴンの目を確認してみると、確かに目の色が違う。本で見た時には綺麗な金色の目をしていたのだが、実際目の前にいる皇龍ドラゴンの目の色は、ドス黒かった。
「確かに……では、どうすれば?」
俺の疑問にベイウルフは耳打ちで作戦を伝えてきたのだが、それは無謀とも言えた。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?? さっき怪我をするなよと言っていたのに、それはなんでも無茶苦茶すぎますよ!?」
「ならば、セルビアのプレゼントは諦める事だな。黒のアーツを発動すれば、退路を経っている炎だけを消し去る事は出来るだろう。それをしてさっさと逃げ出す事としよう」
「うぅっ……」
以前までの俺ならば、消し去る物の対象は一個の個体その物全てを消し去っていた。だが、玄武に封印を解いてもらったお陰で、今では俺の意思で特定の物のみを消し去る事が出来るようになっていた。だから、ベイウルフの言う通り、炎だけを消し去る事は十分可能ではあるのだが……
“逃げるのは、嫌だ。折角、セルビアさんに少しでも恩返しが出来る事が思いついたのに……”
“その対象となるドラゴンが目の前にいるんだ、ここで引き下がるわけにはいかないだろう”
「グォォォォォォォッ!!」
再び皇龍ドラゴンは、雄叫びを上げる。
ビリビリと空気が、肌に当たるのを感じながら決意した。
闘気を全身に纏い皇龍ドラゴンに突進して行くと、大きな腕が振り下ろされていく。轟音が耳元に響き渡る中、飛び上がって回避し皇龍ドラゴンの腕から背中へと回り込み真っ直ぐ頭の上を目指して駆け上がって行く。
「ふぅ……」
空気を新たに肺に取り入れて、全身に纏っていた闘気を拳一点に集中させて行く。
ギレットに負け時劣らない破壊力をイメージしながら、思いっきり拳を皇龍ドラゴンの頭を叩きつける。
そう、ベイウルフの耳打ちした作戦は、皇龍ドラゴンの脳天を揺さぶって正気に戻せ!! だった。
実行する俺も俺だが、こんな無茶苦茶な作戦を立てるベイウルフには、いつか必ず同じ目に合わせてやりたい。
「グォッ!?」
直撃したはずなのに、皇龍ドラゴンは頭上にいる俺を小さき邪魔な者として認識していたのかもしれない。ブンブンと頭を振られてしまえば、しがみつく物がない俺はそのまま地面へと振り落とされて行く。
「うおっ!?」
無意識にクルクルッと二回転ぐらいしながら、地面に着地していた。
「はぁはぁ」
“こえぇよ!!”
「上手いな!」
恐怖を感じている俺に対して、呑気に高みの見物をしているベイウルフは本当に口しか出さないらしい。
“ドラゴンの王相手なんだから、手助けしてくれてもいいのに……”
「後、二、三発正確に同じ所を、叩けば正気に戻るんじゃないか?」
「簡単に言いますけど、鱗硬すぎですよ!」
「そりゃ、そうだろ。最強の鱗だ。あれを一撃で壊せるのはギレット師匠ぐらいだろうな」
ギレットの持つ破壊力と同じイメージを持って叩き込んだのだが、俺よりも付き合いの長いベイウルフにの目からすれば、まだまだ俺はギレットの破壊力に届いていないらしい。
“高めろ、限界まで……そして、ギレット先生を超える闘気を!!”
両足に闘気を込め空高く、皇龍ドラゴンよりも更に高く飛び上がって行く。
「おぉ、それは師匠が良くやっていたな。闘気を脚に集中させての跳躍。お前凄いな……」
呑気な声にイラッとしながらも、勢いに乗ってもう一発皇龍ドラゴンの脳天に拳を叩きつけて行く。
「グガァッ!?」
そのまま地面に着地したのと同時だった。
皇龍ドラゴンの口が大きく開き、赤い炎のブレスが襲いかかってきたのは。
「くっ!!」
すぐ様膝を曲げ腰を落とし防御体制の構えを取り、一呼吸する暇もなく闘気を全開にし炎のブレスから身を守っていく。
「はぁはぁ……」
いつもの俺なら、この攻防を最後に闘気は尽きていただろう。だが、まだ闘気を発動出来そうだった。
ギレットがよく言っていた言葉……
『基礎は大事じゃ!』
改めて俺は、今まで基礎訓練をやり続けて良かったと素直に思えた。
それにしても、皇龍ドラゴンの鱗は硬い。闘気を全開までに高めて叩きつけているのに、叩きつけた拳が痺れ出していた。二回も同じ所を叩かれた皇龍ドラゴンの瞳には、今だ正気に戻る事はなかった。
やはり、硬い鱗が邪魔をしているようだ。先ずは、鱗を破壊した上で思いっきり叩きつけなければ皇龍ドラゴンの意識を刈り取るのは不可能だった。
“ギレット先生ならば、もうすでに終わらせているんだろうな”
少し悔しい思いをしまい込みながら、再び闘気を纏い始めて行く。
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しかし、皇龍ドラゴンは俺に脳天を殴らせてはくれなかった。
隙を作らないかのように左右から繰り出される腕。それを紙一重で避けると、狙ったのかのような絶妙タイミングで振り下ろされる強大な尻尾。
一撃でも避けそこない直撃すれば、即死する破壊力を持つ皇龍ドラゴンの攻撃に地形は次第に変わる中、反撃の糸口を掴めないでいた。
避けるだけで闘気は次第にすり減って行くのが、実感出来ていた。
“このままじゃ……”
闘気が一瞬でも弱まれば忽ち皇龍ドラゴンの爪が突き刺さるか、尻尾が踏み潰す事だろう。
わかっているのに、勝機を見出せないでいた。
「おぃおぃ、お前さぁ。何か難しいこと考えていないか?」
皇龍ドラゴンの攻撃を避け続けている俺に対して、ベイウルフはわけ分からない事を言い出した。
「どっ……どう言う意味ですか?」
「なぁんかさぁ、お前の闘い方を見ていると、ギレット師匠みたいにカッコ良く勝負を決めようとか思っていないか?」
「……」
“確かにギレット先生みたいに一撃で……とは思っていたが?“
「やめとけ、やめとけ。お前には無理だ」
「むっ!!」
かなりカチンッときてしまった。
確かに俺はまだまだ闘気を完璧に扱い切れていない。理想は、ドランゴ戦った時に見せてくれたギレットの闘気。そこまで届いていないと言う事は十分理解しているつもりだし、指摘されたとしてもカチンとはこなかったと思う。
だが、だからと言って口だけしか出さないベイウルフに言われたくない台詞だ。
「おっと、勘違いするなよ。今の時点で師匠を超えるなんて事はまず無理だ。経験と言う名の差があるからな」
「……何が言いたいんですか?」
ベイウルフに質問している間、皇龍ドラゴンが攻撃の手を休めてくれる事はなかった。
成人男性一人分ぐらいの大きさの鋭く研ぎ澄まされ爪が、殺意を持って俺に襲いかかってくる。だが直線的な攻撃だったのが幸いした。
紙一重で爪を避け、反撃に闘気を纏った拳が爪を一本だけ破壊していく。
爪はポキリと折れ地面に転がるも、皇龍ドラゴンにとって痛くも痒くもないらしい。平気な顔をしながら次から次へと攻撃を繰り返されていく。
“俺が欲しいのは、爪じゃないんだよっ!!”
皇龍ドラゴンの爪だって十分高価な代物だ。売ればしばらくの間遊んで暮らせるし、武器や防具の材料にもなるのだが、残念ながら俺の欲している物は爪ではないのだ。
「師匠の戦い方をした所で、永遠に皇龍ドラゴンは倒せないって事だ」
その後ベイウルフは何がアドバイス的な物をくれていたのだと思うが、俺の耳には届いていなかった。
急速に身体が重く感じていた。
“やばっこれって……”
どうやら体力の限界が近いらしい。
体力が尽きれば当然闘気を使う事は出来ない、即ち皇龍ドラゴンの攻撃を直撃してしまうって事だ。そうなる前に、決着をつけなければならなかった。
“だけど、どうやって……”
俺に考える暇を当然皇龍ドラゴンは与えてくれなかった。
「ゴォォォォォォォォォォォッ!!」
皇龍ドラゴンの咆哮が轟き、俺の意思とは裏腹に身体をビクつかせ動きを奪っていく間に黄金の翼は羽を広げ突風を巻き起こしていく。
「くっ!」
吹き飛ばされないように闘気を両足に集中させ、ジリジリと後退してしまったがなんとか踏み止まっている間に、皇龍ドラゴンの姿は黒い影だけを残していた。
皇龍ドラゴンは上空に飛翔し、勢いよく俺を踏み潰そうとしていたのだ。
その腕はスローモーションのようにゆっくりと、俺めがけて振り下ろされていた。
「っ!?」
“逃げるのは、無理っ!?”
なぜ逃げるのではなく受け止めようと、結論を出したのは俺にもわからなかった。
ドラゴンの全身の体重を乗せた腕を受け止めるなんて、馬鹿げている。なのに気がついた時には、既に闘気を両腕に集中させ受け止める体制になっていた。ここから逃げに転じる事は既に遅かった。
ズシリッとギレットよりも強力な重みに両足は地面に食い込み、全身に鈍い音がミシミシと聞こえてくる中、俺は押しつぶされる事はなかった。そして、残り少ない闘気を更に高めていく。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
グググッと俺を踏み潰そうとしていた腕を力一杯押し上げていくと、皇龍ドラゴンはバランスを僅かばかり後方に崩し始めていた。その隙に俺は皇龍ドラゴンの腕から抜け出し、再び脳天を攻撃するべく飛び上がっていく中、皇龍ドラゴンと目と目があう。
“やばいっ!!”
と思った時には、皇龍ドラゴンの大きな口は開き、俺目掛けて炎のブレスを吐き出されていた。
「くっ!?」
咄嗟だった。
アーツを使わないで勝とうと思っていたのに、無我夢中で右手を前に出し白のアーツを発動させていた。
右手は黒焦げ状態になっていたが、炎のブレスを白のアーツに身を包まれる事で防ぎ切った俺は、左手で思いっきり皇龍ドラゴンの頭を叩きつける。
「こっこれで終わりだっ!!」
だが、やはり黄金の鱗によって闘気の攻撃は阻まれていた。
“だめかっ?”
そう思った時だった。黒のアーツが一瞬光ったのと同時に叩きつけていた鱗だけが、消え去っていったのは。
“いまだっ!!”
ありったけの闘気を、皇龍ドラゴンにお見舞いしてやった。
「グォォォォォォォッ!!」
「うわっ!!」
受け身も取れず地面に叩きつけられ、痛みと共にゆっくりと意識が朦朧して行く。
そんな中ベイウルフは、俺を見下ろしていた。
「ふむ、まぁまぁかな。及第点っと言った所か……」
最後まで手伝ってくれなかったベイウルフに対して何か一言言いたかったが、言えずにそのまま意識を手放してしまった。