第百十五話 忘れていた目的
同窓会が終わり、ロールライトに戻ってきた俺は依頼をこなしながら平和な日々を送っていた。
と言っても、Sランクの依頼自体あまり少なく、Aランクの依頼ばかりではあった。本来Sランクアーツハンターともなれば、最前線に行きアーツバスターたちと戦わなければならないのだが、協会長であるマーシャルは俺にガーゼベルトに来いとは命令してこなかった。
「ルーク坊ゃ、あなたの力が必要になる時はこれから先、幾度となくあるわ。必要に応じて招集を命じます。その時に拒否しなければ、私は自由に息抜きして構わないと思っていますわ」
と、話してくれた。
マーシャルの言葉に甘え、俺は今日もロールライトで自由気ままに過ごしている。
「天気いいなっ……」
依頼を終え、家に帰る途中で空を見上げながら思わず呟いていた。
本日の依頼は、貴族から発注された物で盗賊団の殲滅もしくは捕縛と言う依頼だった。
ロールライトから西の山脈の奥の方に盗賊団のアジトは存在し、道行く行商人を襲い金品や命までも奪って行くアーツバスターのなり損ないを集めた集団だ。
大きな馬車を一人で操りながら、行商人に見せかけて西の山脈の街道をひたすら突き進んで行くと、五人ほどの盗賊団は馬車を囲むように現れた。四人の盗賊団をあっという間に気絶させると、残りの一人は慌ててアジトへ戻って行くので、後をつけて行くと簡単にアジトを発見してしまった。
いいのかな? こんなんで……
と、疑問にも思ったが、とりあえず依頼を完遂させる事にした。
アジトの中には、感じられるだけで二、三十人程いたが俺には関係なかった。単身でアジトに侵入しアーツを発動するのではなく、闘気を使って盗賊団を一人残らず捕縛していく。これは、殲滅するよりも捕縛した方が得られる報酬が多いし、仮に黒のアーツで消し去ってしまったら俺が盗賊団を壊滅させたって言う証拠がなくなる。それに最悪、逃亡の手助けをしたのでは? と疑われる事だってある。
気絶した盗賊団を縛り上げ、三十人程いたが無理矢理押し込みながら馬車に乗せた俺はロールライトへと戻って行く事にした。
ロールライト出入り口における本日の門の守衛は、ライトとラスティだった。
「おっルーク、随分早かったな」
「んっ、そうかな?」
ライトとラスティは近衛兵として仕事をしているが、まだ新米とベテランの中間の位置らしく門の守衛も立派な仕事として、勤務しなければならなかった。互いに今は仕事中と言う事もあり、無駄話はしないで簡単な報告を済ませると、馬車の荷台を見たライトとラスティは顔を引きつらせながら依頼完了の受領印を押してくれた。ここから先は俺の仕事ではなく、近衛兵たちが後始末をしてくれるのだ。
「なぁルーク。あまり、目立った行動はしない方がいいぞ……」
「??」
ラスティの忠告めいた言葉を聞きつつ俺が向かう先は、アーツハンター支部である。受付のシュエに受領印を渡し報告を済ませると、彼女もまた顔を引きつらせていた。
どうやら本来盗賊団の殲滅と言う物は、五人ぐらいのアーツハンターと共に行う物であり、単身でやり遂げてしまった俺はかなりの変わり者らしい。
“変わり者……って失礼な話だよな……”
高額の報酬を独り占めした俺は、更なる依頼を受けるのをやめ家に帰る事にした。
家に帰ると最初に出迎えてくれるのは、執事のパトレルだ。
「おかえりなさいませ、ルーク坊っちゃま」
45度に頭を下げながら、俺に怪我がないか気にかけてくれている。そして、俺はいつも通りパトレルに本日の報酬を渡すのだった。
「……ふむ」
パトレルは、俺の渡したお金を見ながら、何やら計算し始める。
「ルーク坊っちゃま、おめでとうございます」
「んっ?」
庭先で屈伸をしていた俺に、パトレルは実に嬉しそうな顔をしていたのだ。
“なんだろう……?”
「これだけの金額があれば、以前お話していた品を購入する事が出来ます」
「……あっ!?」
“忘れてたっ!!”
俺はパトレルに言われるまで忘れていた。何の為に今まで依頼で得たお金を全額パトレルに渡していたのかを……
そもそも事の発端は俺がアーツハンターになって、依頼で稼いだ少額のお金をセルビアに渡した所、涙を流しながら拒否されてしまった事だった。少しでも恩返ししたかった俺は、執事のパトレルに相談に乗ってもらった所、幼き頃よりセルビアのお世話をしているパトレルは、以前からセルビアが欲しいと思っている物は何なのか知っていたのだ。かなりの高額ではあったが俺はそれをセルビアにプレゼントするべく、毎日のように少額のお金を少しずつパトレルに渡し続けていたのだ。
最近では、その事すら忘れ去っていたが、パトレルが言ってくれた事で思い出す事が出来た。
“そうか……遂に目標金額に達成したのか”
「早速購入致しますか? ルーク坊っちゃま?」
「うん。パトレルさん忙しい所悪いんだけど、お願いしてもいいかな?」
「かしこまいりました」
パトレルに買いに行ってもらうようお願いした俺は、本日の日課を始める。日課と言っても、剣の素振り、腕立て伏せ、ランニングと言った基本動作であり、目的は闘気を長く維持する為の体力作りで、毎日続ける事で少しずつだが成果を実感出来ていた。
更に、俺の姿を見ていたセルビアやアルディスも時間を見つけて基礎動作を行うようになった事や、早めにセルビアかアルディスのどちらかが帰って来た時には、組み手見たいな事もやっている。これは、ギレットが突然来訪し問答無用の模擬戦を思い出し、俺たちは今も尚続けていた。
一通りの日課を終わらせ、一休みしているとパトレルが申し訳なさそうな顔をしながら戻ってきた。
「どうしたの?」
「ルーク坊っちゃま。申し訳ありません……早速購入しに行ったのですが、何分レア度が高く現在材料が足りなく、作っていないと言われてしまいました」
「……あらら」
俺とパトレルが購入しようとしていた物自体珍しい物であり、その材料の一部は魔物の中でも最強の位にあるドラゴンからしか採取出来ない物だそうだ。
「力及ばずで……申し訳ございません」
「パトレルさん諦めるのは、まだ早いよ。ドラゴンの素材があれば、作ってくれるんだよね?」
「だとは、思いますが……まさか!?」
「ないのなら、取りに行くしかないでしょ? パトレルさん、 この事はセルビアさんやアルディスさんには秘密ね」
「……かしこまいりました。ですが、相手はドラゴンです。幾らルーク坊っちゃまが強いとは言え、油断なさらぬようお気をつけ下さい」
「ありがとう、パトレルさん」
と言うわけで次の目標はドラゴン退治だ。
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ドラゴンを退治すると決めたのはいいが、俺にはドラゴンに対する知識は本による一般常識しか持ち合わせてはいなかった。アルディスが俺にくれた本によると、ドラゴンの生息する住処は二箇所存在するみたいだ。
先ず一つ目は、ガルガゴス帝国領域の奥地に集団で行動するドラゴンの住処はあるのだが、これには無理がある。
現在アーツハンター協会は協会長であるマーシャルを中心に、メシュガロスを拠点としガルガゴス帝国領を進軍してはいるが、安全圏を確保していない場所への単独で行く事は禁じられている為、ドラゴンの住処とされる奥地に行く事は不可能だ。
更に集団で行動するドラゴンと戦うとなれば、一匹だけのドラゴンを狙わなくてはならない。仮に運良くドラゴンを倒したとしても、報復するかの如く集団でドラゴンが襲って来る為、大変危険を伴っていた。
もう一つの方法は、単独で行動するドラゴン。いわゆるはぐれドラゴンだ。
住処から離れ単独で行動する為、ヴィンランド領でもたまに目撃証言があるがドラゴン退治専門家に尽く倒されていた。
因みに俺がパラケラルララレ学校の時に合宿で出会ったドラゴンは、はぐれドラゴンである。
俺が狙うとしたらはぐれドラゴンなのだが、そう簡単に見つけられる物なら苦労はしないし、ドラゴン退治はアーツハンターの依頼に出る事は殆どなく、ドラゴン退治専門家に委ねられる事が多いのが実情だった。
「ドラゴン退治の専門家か……」
“確かベイウルフさんは、ドラゴン退治を専門にやっている人だったよな……”
あまり気乗りはしなかったが俺は、ベイウルフがいる場所を探す事にした。
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「うわぁ……本当にいた……」
ベイウルフは酒場で浴びる程酒を飲み干し、酔っ払い状態だった。
「ん……? お前はセルビアの所の……?」
「ルークです。何度かお会いしているのですが……」
「で? 本当にいたってどう言う意味だ?」
「ある人に、ベイウルフさんの居場所を聞いたら酒場か武器屋、もしくは宿屋だろうって言ってました」
「ほぉ……?」
「そして、武器屋で笑顔だったら素材が高値で売れた証拠。宿屋だったらもう寝ているから諦めろ、一番最悪なのが酒場だとも言ってました」
「……」
「酒場で酔っ払い状態だった時は超不機嫌だから、近づかない方がいいとも……」
「おい、その話し……セルビアに聞いたのか……?」
「いえ、パトレルさんに……」
「あぁ……納得……」
ベイウルフは、再び酒を飲み干しながらパトレルの言った通り超不機嫌だった。
でも、ここで諦めて引き返すわけにはいかない。どうにかして、ドラゴンの手がかりを掴まなければならない。
「それで、何の用で来たんだ?」
黙って突っ立っていると、目障りだから早く居なくなれと言わんばかりにベイウルフは聞いてくる。確かに黙って突っ立っていれば、いい気分はしないよな。ベイウルフの正面の位置にある椅子に座りおもむろに聞いて見る事にした。
「はぐれドラゴンの居所を知りたいです」
「……はぐれドラゴンは見つける事自体珍しく、競争率も高い。お前に教えたら、俺が報酬を貰えないだろ?」
「やはりダメですか?」
「教えるのに見あった報酬をお前が、俺に提供出来るかどうかだろ?」
「……報酬は気持ち程度しか渡せません」
「話にならんな」
「ですが……セルビアさんの喜んでくれる笑顔は見られます」
「……詳しく話せ」
言われた通りベイウルフに、セルビアが以前から欲しいと思っていた品物をお金を貯めていざ買おうとしたら、素材がなく作れない。でもドラゴンの材料さえあれば作れる事を伝えると、ベイウルフは舌打ちしながら頭をポリポリと掻き出しだ。
「セルビアの笑顔、確かに見られるな。その品は俺も聞いた事がある。だがな……」
「……?」
「お前がセルビアの笑顔見れても、俺がみれないじゃねぇかょ!!」
「どうしても……ダメですか?」
「しゃぁないから、協力してやるよ」
「!?」
駄目と言われると思っていたが、ベイウルフは俺に協力してくれる事になった。
そして、ベイウルフが教えてやるではなく、協力してやると言っていたのには理由があった。
はぐれドラゴンの居場所は、ベイウルフにもまだわからないそうだ。
「まずは、ドラゴン討伐斡旋所に登録しないとな」
「なんですか、それは?」
「言葉の通りだ」
ベイウルフが言うには、ドラゴンを討伐にはまず専門機関『ドラゴン討伐斡旋所』と言う所に登録しなくてはならないらしい。その理由は、先程ベイウルフが言っていたのだが、はぐれドラゴンは見つける事自体珍しく、競争率も高い事から無用なトラブルになりやすい。そう言ったトラブルを回避する為に、共通の意識としてドラゴン討伐斡旋所が存在する。
要するにドラゴンを倒したかったら、ドラゴン討伐斡旋所に登録しろって事だ。
仮に登録しないで、一個人でドラゴンを運良く退治したとしても、報酬を受け取る事も出来ず、当然ドラゴンを倒した時に手に入れたアイテムも強制没収されてしまう。命がけでドラゴンを倒したとしても、それでは何の意味もなさなかった。
更にドラゴン討伐斡旋所は、はぐれドラゴンの目撃証言を得て確認してからドラゴン討伐斡旋所が正式に依頼書を作成し、登録した者に順番に依頼書が回って来る。
ドラゴン討伐は基本一人でやらなければならない。
これは複数人で倒した後に起こり得る、無用なトラブルを避ける為の救済処置であり、横取りした者は登録は抹消されドラゴン討伐の依頼書が回って来る事は二度とないのである。
ベイウルフが俺に協力してくれると言うのは、ドラゴン討伐斡旋所に登録する為に必要な試験や面接など面倒な手続きを省く為、推薦と言う形を取ってくれるそうだ。そして、推薦人が付添すると言う条件付きで、次に依頼書が回ってくる時には、優先的に初討伐の俺が選ばれるのである。
「師匠直伝の闘気。そして、伝説の黒と白のアーツの持ち主。強さ、体力共に申し分ないしな」
「はぁ……?」
「俺の方から手続きしておく。依頼書が届き次第連絡するから、それまでは大人しく待っていろ」
フラフラとしながらも、ベイウルフは立ち上がり酒場を後にするのである。
“あんなに酔っ払っている状態で、記憶に残っているのかな……?”
ベイウルフの去り行く後ろ姿を見ながら、不安しか残らなかった。
しかし、三週間後……
やはり、ベイウルフは酔っ払って忘れているんじゃないだろうか? と疑いながらも、いつも通り依頼を済ませ、帰宅した俺の前にパトレルが一通の手紙を差し出して来たのだ。
そこには……
『準備は全て整った。明日の朝、門の前にて待つ』
とだけ書かれていた。