第百十三話 友を思う気持ち
ライトは肩口を斬られたようで、出血は多かったが致命的な怪我でもなく白のアーツを発動し、傷口を塞いでいく。
「ライト、大丈夫か?」
「あぁ、サンキュー。助かったよ」
「ガイヤッ、どう言うつもりだ?」
「……」
ガイヤッは俺とは目を合わせず、ライトだけを睨みつけている。
「全く身に覚えはないのだが、どうやら俺に恨みがありそうだな。ガイヤッ……?」
「テオドール・フォン・ウラガと言う名に聞き覚えがあるか?」
「その名は確か父が近衛兵隊長になる時に、互いに競い合った名だな。最終的には親父が近衛兵隊長に任命されその者は没落したと聞かされたが、それが俺を斬るのと何が関係しているんだ?」
「テオドール・フォン・ウラガは俺の実の父だ!! お前の親父の策略によってウラガ卿と言う名は世間から消え失せ、父はウォルト卿を憎みながら死んでいった」
「ふむ……なるほどな。理解出来た」
ライトにはガイヤッの話しを理解出来たようだ。だが、俺にはさっぱりわからん。
「ライト、俺には何が何だがわからんぞ?」
「ルークお前には関係ない事。さっさと九階層に行けよっ」
ガイヤッは既に俺の事は眼中に無いらしい。邪魔だからさっさと九階層に行け。と言われて行く訳にはいかなかった。
「ルーク。悪いが先に行っていてくれ」
「はぁっ?」
ライトまでそう言ってくるとは思わなかった。ガイヤッの目は積年の恨みを今ここで晴らす。そんな目をしながらライトを睨みつけており、そんな状況で俺が離れる訳にはいかない。この場にいて俺が何を言った所でガイヤッの恨みの根本が消えるとは思わないが、俺がいなくなった後、二人は殺し合いをするはずだ。それを知っていて立ち去る事など出来る筈がない。
「大丈夫。殺し合いはしない。ガイヤッは少し勘違いしているようだから、ちゃんと話しして理解してもらう」
「ならば、俺もこの場にいても平気だろ?」
「……この話を聞くと言う事は、ロールライトの貴族に関わる暗黙の話だ。お前はロールライトに住む貴族じゃない、アーツハンターだろ?」
「……」
「ちゃんと二人で九階層に行くから……」
この場は俺の顔を立てて引いてくれ。そうライトは言ってきたのである。
何を言った所で、二人にとって俺は邪魔な存在にしかならないらしい。
「約束は守ってくれよ……」
苦しい決断だった。
ライトの言う通り俺はアーツハンターだ。だからロールライトに住む貴族の深い深い闇の部分に関わると言う事は、ロールライトにいるアーツハンター支部長セルビアに迷惑をかけると言う事になる。
後ろめたい気持ちを抑えながら、俺は一人で九階層に降りて行くのであった。
◆◇◆◇◆
ガイヤッの問答無用の剣がライトに襲いかかるのだが、ライトはそれを幾度とく交わし続ける。
未来の近衛兵隊長を目指すライトにとって、日々の剣の訓練は大変重要なものであった。当然、サボりたいと思う日もあったが、ガイヤッの剣を避けながらライトは訓練をサボらなくて本当に良かったと思ってしまうのであった。
ガイヤッの剣を交わしながらライトは言葉を紡いで行く。
「ガイヤッ、俺の話しを聞け!!」
「言い訳は聞きたくないね」
しかし、ガイヤッは全くと言っていい程、話しを聞こうとしないのである。
「お前の父は俺の父を裏切った、俺はずっとお前たちウォルト卿を恨みながら生き続けていたんだっ!!」
振り下ろされるガイヤッの剣をライトは避けなかった。ガイヤッの剣を避け続けていても、ガイヤッはライトの話しを聞いてくれない。そう思ってライトはガイヤッの剣を素手で受け止めたのである。
「……」
剣を受け止めた手からは血が吹き出していく。
「いいから、黙って聞けっ!! 父はテオドールと言う人を裏切ってはいない。仕向けたのは祖父なんだ」
「ウォルト卿がしたと認めているのと同じ事だろうっ!!」
「では、なぜお前はまだ貴族でいられる?」
「俺を引き取ってくれたツバィツ家の功績が認められて下級貴族になったからだ」
「違うね。ツヴァイ家を貴族に……と進言したのは、俺の父だ」
「……どう言う事だよ……?」
「信じる、信じないのはお前の十分だ。俺も父が酒を浴びる程飲んで帰って来た時に聞かされた話しだから、本当かどうかはわからん」
テオドール・フォン・ウラガと言う人物は、貴族の中では上級階級ではあるが下の方に位置していた。
一方、ライトの父ラグナス・フォン・ウォルトは、上級貴族の中で一番の権力を握りロールライトの領主にも口沿いを出来る身分にもあり、貴族の中で一番上に君臨し誰も逆らう貴族はいなかったのである。
そんな上下関係が厳しい貴族世界で、テオドールとラグナスは幼い頃より共に剣を学び育ち、近衛兵となった時にも共に生と死の狭間の戦いを幾度も乗り越え、いつしか上下関係を超えた心から何で言える親友となっていた。
そんな中、新・近衛兵隊長を選出しなければならなかったのである。
候補として上がったのは勿論、ライトの父ラグナス。
もう一人は、ガイヤッの父テオドールであった。
当時二人は実力、知名度など全てにおいて拮抗しており決め手とはならなかった。決め手となったのは身分の違いだった。ラグナスは貴族の中で一番高い身分をもっていると言う理由で近衛兵隊長に任命はされ、テオドールは副近衛兵隊長として任命されたのである。
近衛兵隊長を巡って競い合ったとは言え、二人の間に亀裂は生まれる事はなかった。変わらず仲の良い二人の間で交わされて言葉は、ロールライトに住む貴族全てにおいて身分なんてものは関係なく平等に接するべきだ。と言う風潮が流れ始めたのである。
当然面白く思わない貴族が大半を占めてはいたが、長い年月をかけ少しずつ浸透し始めていくのであった。そんな中、ラグナスは、息子であるライトを授かり、テオドールもまた息子であるガイヤッを授かる。酒を飲み交わしながら二人が語るのは、親である俺たちと同様に子供たちも手を取り合い、未来の近衛兵隊長となればいいなと話しをしていたのであった。
そんなあの日の出来事だ。
ガイヤッの父は突如領主に呼び出され、その場で有無を言わさず貴族の称号を剥奪一般庶民へと落とされて行くのである。それを知ったラグナスは、何とかしてテオドールに会いに行こうとしたのだが、ライトの父の父。即ち祖父がそれを阻止したのである。
もうお前たちには大きな身分違いと言う壁が存在していると……
言われて、はいそうですか、諦めます。と素直に従うラグナスではなかった。祖父の制止を振り切り仕事の合間を見つけては庶民街に行きテオドールを探し始めるラグナスではあったが、見つけるのには更に年月が必要だったのである。
ラグナスがテオドールを見つける事が出来たきっかけは、祖父の死に間際に語られたテオドール没落の真実だった。
当時、貴族社会において上下関係をなくそうと動いていたラグナスとテオドールに対して、引退した元近衛兵隊長の祖父を筆頭に猛反発が産まれていた。それでも構わず動き続けていた二人に対して、祖父は複数の貴族を引き連れ領主にテオドールが謀反を考えていると進言したのである。領主は祖父の話しを信じ、謀反が起こる前にテオドールから貴族の称号を剥奪。奴隷身分に最も近い庶民へと身分を下げ謀反出来ないように仕向けたのである。
祖父は最後まで自分は貴族社会を守ったと言いながら死んでいき、ラグナスは祖父を心底恨むのであった。
真実を知らされたラグナスは、領主にその事を伝え今すぐにでもテオドールに貴族の称号を戻して欲しいと進言したのである、自分の近衛兵隊長の首をかけて……
その覚悟を領主は汲み取ってくれた。貴族の称号をテオドールに戻すと約束を取り付けたラグナスは、再び探し続ける日々を過ごしていた。
ラグナスがテオドールを見つけた時には既に亡き者となっており、ラグナスの妻と仲良くしていたガイヤッの母も死んでいたのであった。身寄りのなかった息子ガイヤッは、子供を授かる事のなかったツバィツ家の婿養子として生活していたのである。
ラグナスは息子であるライトと同じ年のガイヤッに対して何も言えなかった。
只々、遅かったと後悔しか生まれなかったのである。
ガイヤッがウラガ卿として貴族に戻るには年も若く領主はそれに反対。ならばせめてと、ツバィツ家に下級貴族の称号を与えたいとラグナスは領主に願い出たのであった。
それでもラグナスの心は癒えなかった。
自責の念と後悔に苛まれ続けていたラグナスは、少しでも気を逸らすかのようにライトに厳しく接して来たのである。
「ーーただ父は、今でもテオドールと言う人を最愛の友と思っているみたいだぞ」
「うそだ……そんなの嘘だ。俺は信じない」
「……」
「父は最後まで、お前たちを恨みながら死んでいったんだっ」
「やはり……何を言っても無駄だったか。俺を殺して、お前の気が済むならそうすればいい」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガイヤッの剣が、ライトに向かって振り下ろされた瞬間だった。
本来ならば、壁が壊れるなんてありえない筈なのだ。
ありえない筈なのに、主君の窮地を守るべく同じ八階層にいたラスティは壁を壊し、ライトの前に現れたのである。
「ライト様!!」
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壁を壊して現れたラスティは、すぐ様剣を振り上げているガイヤッを抑え込み抵抗出来ないように後ろから羽交い締めにしていくのである。
「ガイヤッ……お前一体何をしているのか理解しているか?」
「どんな事をしてでも……父の仇は打つっ!!」
「そんな事、させない!!」
ラスティとガイヤッの間で見えない火花が散り始めていた。
なんとかしてでもライトに一死報いたいガイヤッは、押さえ込んでいるラスティから逃げ出したく身体を動かし始める。大人しくしろっと言うラスティの言葉にライトは肩を叩き離してやれと言うのであった。
「ライト様……なにを?」
「俺になにかあった時の手筈は、覚えているな。ラスティそのように動け」
「えっ……? えっ……?」
突然の話しにラスティは戸惑い、ガイヤッを押さえ込んでいた手の力が緩んでしまったのである。その隙にガイヤッは脱出、再びライトに剣を向けていくのであった。
「ガイヤッ!!」
「動くなよっラスティっ!!」
ライトを守るべく今にも飛びかかりそうな体制をしているラスティにライトは、アイコンタクトを送っていく。そして、なにを言っても聞く耳持たないガイヤッにライトは苛立ち始めていた。
「あのさっ……俺を殺した所で、ガイヤッお前に何が残る? 父の名誉の回復か? それとも父の恨みか?『俺たちと同様に子供たちも手を取り合い、未来の近衛兵隊長に……』と語り合っていたお前の父テオドールがそんな事望むとは俺には思えないがな」
「だっ黙れっ……」
「それに俺を殺した所でお前の言葉は誰にも届かないぞ。それでも俺を殺したいなら殺せばいい。ただそんな事をするよりも、正面切って俺の父ラグナスにお前の気持ちぶつけに行けよ!!」
「なっそんな事出来る筈ないだろっ」
「父には、俺が取り次いでやるよ。そこで、何も語らず出会い頭に剣で一突きにすればいいだろ。俺は止めないし、もしそうなったとしても自殺のようにみせかけてやるから、お前の好きにしろよ」
「……お前……父親が嫌いなのか?」
「あぁ、大っ嫌いだねっ!!」
そう言ってライトはガイヤッに背を向け九階層に降りるべく歩き始める。
「ったくあのクソ親父っ、ロクな事しやしないっ!!」
後を追いかけるラスティの耳には小声とも言えるライトの愚痴に、相変わらずだなと思ってしまうのであった。
一人取り残されたガイヤッは途方にくれていた。
この同窓会があると聞かされた時、本当は行きたくもなかった。だが、強制参加と言う事で仕方がなく参加はしたのだ。そして突然決まった洞窟探検。あろう事か一緒に共にするメンバーにライトがいた事でガイヤッ兼ねてより考えていた復讐を決断、そして実行したのである。
結果は失敗に終わったが、ライトはラグナスに会わせてくれると言った。
ならば、そこで……
ガイヤッの復讐が叶うかどうかは、また別な話である。
因みに、ラスティを追いかけて来たリーサは当然誰とも合流する事は出来ず、戦闘を期待していただけに超不機嫌に九階層に引き返していき、ゼーンに八つ当たりするのであった。
◆◇◆◇◆
一人で九階層まで降りて来たのはいいが、まだ誰も到着してはおらずどうやら一番乗りに辿り着いてしまったようだ。
「ここで待つのもなぁ〜」
目の前にある大きな扉を見上げながら一人寂しく誰かが来るのを待つよりは、やはり引き返してライトとガイヤッがどうなっていくのかを見に行った方がいいのではないだろうか? と思い始めていた。
ふと視界の端にある物体を捉えてしまった。
それは小さな山の形をした甲羅を背負っている亀みたいなのだった。
「……あの形、なにか見覚えがあるような……ないような……」
小さな亀は俺の顔をチラリとだけ見て、扉の中に消えていくのである。その亀の行動が俺には妙に気になってしまった。
扉は押してもビクともしない程硬く閉ざされており、ここで待っていなければならない事は十分周知していた筈なのに、どうしても気になってしまったのだ。 闘気を両手に集中させ、重たい扉を押していく。途中ズルズルと足が地面を擦らせてはいたが、扉はゆっくりと開いていき俺はその奥へと迷わず進んで行くのであった。
九階層に先に到着した順番は、ルーク→女性陣→ヴァルディア、ゼーン→ライト、ラスティ、ガイヤッの順です。