第百十二話 目指せ九階層! 〜参〜
九階層に降りたヴァルディアとゼーンの目の前では、リーサ、サン、ムーン、ディアの女性陣が優雅にお茶タイムを満喫していたのである。
「……何やっているんだ? お前たち?」
ゼーンの疑問はヴァルディアも同じだった。ただ言葉に出さなかったのはゼーンが先に言ったからである。
「あら? 随分と遅かったわね。待ちくたびれたわよ」
リーサは渋々女性陣に付き合っており、一刻も早く目の前にある扉の中に入りたくウズウズしていたのだが、ムーンが皆が揃ってからと融通を聞かせてくれない為、一人で暴走するわけにも行かずし仕方がなく従っているのであった。
「そいつはすまなかったな、少しトラブった」
そう言いながらゼーンは何事もなかったかのように、ディアから受け取ったお茶を一気に飲み干していく。
「このお茶美味いなっ!!」
「ライトが高級店から仕入れたお茶みたいよ。同窓会の時にお土産と言ってくれたわ」
「ふ〜ん。俺はもらってないんだが……」
「男性陣にお茶を渡した所で、喜ぶ筈がない。って思ったんじゃない?」
「確かにそうかもな……」
アハハハッと笑い声が響き渡る中、ムーンはヴァルディアの元に近づいて行く。
「ねぇっ、トラブったってどう言う事?」
「あぁ……俺が足引っ張ってしまってな」
松葉杖見せながら苦笑いをしているヴァルディアの姿に、ムーンは一気に青ざめていく。
「ちょっと、これ……」
「岩ゴーレムが相手だったんだけど、少しヘマした。俺もまだまだ未熟だよ。マーシャル様に笑われてしまうな」
「これ、完璧に折れているじゃない?」
「あぁでも、ラスティの応急処置のお陰でここまで来れたよ」
「無茶しすぎ……」
「いやぁ……引き返すよりも、ここで皆と合流するルークに白のアーツを発動してもらおうと思って、ここまで来たのだが、まだ来ていなのか?」
「うん」
「そうか」
「……ったく遅いわよ!!」
ディアとヴァルディアの話しに同調するかのようにリーサは言い放ち、イライラは積もるばかりである。
「まぁまぁ、取り敢えずお茶を飲みながら状況を整理してみましょ」
「……だな。ラスティとも合流しないとならないしな」
互いに状況を報告しあった六人は、共通の情報を手に入れ今の現状を整理して見る事にした。
まず、ルーク、ライト、ガイヤッたちは九階層には到着してはいない。
負傷者はドジっ子、ヴァルディアのみ。
ラスティは自らの意志によって八階層に残っている。
「まず、ルークたちが来るのを待とう。そしてラスティもこのまま一人にしておく訳にはいかない」
「だがどうする。ラスティは素直に呼びに行った所で戻っては来ないぞ」
「取り敢えずラスティと合流しよう。俺は動けないから誰かに行ってもらわなければならないけどな」
「はいっ! はいはい!! 私が行くわ!!」
元気良く挙手してきたのは、勿論リーサである。
リーサの実力は皆が知っており、報告の中で単身で七階層に戻り大量に沸いていた岩ゴーレムを余裕で倒した。と言う話しを聞かされた時には、ヴァルディアとゼーンは『なるほど、リーサの仕業か……』と納得してしまった出来事である。そして、いつ我慢の限界を超えたリーサが、何を仕出かすか全く予想も出来なかった為、ラスティと合流するのに反対意見を言う者はいなかった。
「じゃっ行って来まーす」
元気良く、ややスキップ気味にリーサは再び七階層へと戻って行くのであった。
他のメンバーは、再びお茶を飲みながらくつろぎ始めるのである。
「いくら魔物が出現しない場所とは言え、もう少し緊張感を持ってもらいたいものだな……」
ヴァルディアはボソリとそう呟くのであった。
◆◇◆◇◆
リーサたちが、九階層に辿り着く少し前まで時は遡る。
俺とライト、ガイヤッは楽々八階層に辿り着いていた。
六階層はボアベアと言う熊に似た魔物が大量に俺たちを襲いかかってきたのだが、黒のアーツとライトの使う倍々のアーツ、更にガイヤッの剣技の前では敵にすらならず簡単に倒してしまった。
続く、七階層はブラックボアベアでボアベアよりも上位の魔物なのだが、六階層と同様瞬殺である。
「手応えがないなぁ〜」
ガイヤッの呟きに俺もライトも同意見だった。
「八階層も熊だったら、流石にうんざりだな」
「……だなっ」
そんな会話をしながら俺たちは八階層へと降り立つ。
足を踏み入れた瞬間ピリピリ殺気を感じ取る事が出来、明らかに六、七階層とは違った強敵とも言える魔物がいる事がわかった。
“この気配は……”
俺が言葉に出さなくとも、ライト、ガイヤッも勘付いていたようだ。
先程まで浮かべていた余裕の表情は消え去り、油断ならない強敵に挑むそんな顔に変わっていた。
「おいっルーク。倒すか、引き下がるか。今すぐ決断しろ」
ライトは俺を立ててくれている。一応このメンバーではアーツハンターと言う理由で俺がリーダーらしい。ライトが指示を出してくれても俺は全然構わないのだがな……
目の前にいる魔物は感じていた通り、ボアベア系の魔物ではなかった。
この魔物は俺も知っている。
確か、鋼鉄ゴーレム。
石ゴーレムよりも硬い岩ゴーレム。それよりも硬いのが鉄ゴーレム。そして鉄よりも硬くゴーレムの中で最上位に位置するのが、目の前にいる鋼鉄ゴーレムだ。
鋼鉄ゴーレムは確かに剣技や炎や氷といったアーツを一切寄せ付けない完璧な防御力を誇り、大きな刀身の鋼鉄の剣を持っているのが主な特徴だ。Aランクアーツハンター数人が、死に物狂いで戦い勝つか負けるか五分と五分と言われている鋼鉄ゴーレムである。
本来ならば、俺たちは今すぐ引き返すべきなんだと思う。しかし、俺の持つ黒のアーツの前では無意味だし、ライトの持つ倍々のアーツとガイヤッの実力をもってすれば、一体ぐらいなら十分倒す事は出来るはずだ。
「勿論、倒すよ」
「わかった」
「了解だっ!!」
ライトとガイヤッは、俺の決断に軽く了承し飛びかかっていく。半歩遅れて俺もその後を追いかけていく。
「倍々のアーツ、十倍発動!!」
ライトのアーツの発動によってガイヤッの剣技は、普段の十倍の威力を誇る。
高く飛び上がったガイヤッは鋼鉄ゴーレムの脳天にリーサに負けず劣らずの剛剣を振り下ろしていくのだが、鈍い音と共に身体ごと後方に弾かれるのであった。しかし、流石普段の十倍の威力を誇っている攻撃だ。鋼鉄ゴーレムは無傷ではあるものの、脳天を揺らされフラフラと後ろに後退していく。
それだけで十分だった。
「黒のアーツ発動!!」
左手に装着している黒のアーツは、真っ黒い球体を作りだし真っ直ぐに、一直線に突き進み鋼鉄ゴーレムに直撃。一瞬にして消し去っていくのである。
「ヒュ〜見慣れてきたとは言え、一瞬で消し去るってのはおっかねぇなぁ〜」
ガイヤッ皮肉めいた言葉に俺は笑って誤魔化していた。俺だって好きで持っているわけじゃないし、最初は使いこなせないで苦労したんだけどな。
「まだだ!!」
勝利の余韻に浸る暇はなかった。ライトの言葉と共に鋼鉄ゴーレムは再び地面の中から現れるのである。それも今度は一体だけではなく、十体ぐらい一気に……
「おいおい……こいつぁ……」
ガイヤッは溢れ出てきた鋼鉄ゴーレムを見ながら、後退りし始めていた。
「ガイヤッ、大丈夫だ。十体ぐらいなら黒のアーツで消しされる」
「……マジかよ?」
十体ならば、黒のアーツで十分対応出来る。問題は一箇所に集めてもらう事だった。
「ライト、ガイヤッ。出来るだけ一箇所に鋼鉄ゴーレムを集めてくれ」
「「わかった」」
二人は俺の言葉を信じ、鋼鉄ゴーレムの攻撃を何とか避けながら一箇所に集めてくれた。
十体ならば、黒のアーツを先程よりも大きいな球体を作り出せば簡単に、そして一回で消し去る事が出来る。だが、それはライトやガイヤッも巻き添いに消し去ってしまう事だって考えられた。
大きな黒い球体を作り出すのを辞め、俺は黒い矢を十本作り始め鋼鉄ゴーレムに狙いを定める。
しかし、俺の今いる場所からでは矢は途中で失速。地面に突き刺さるのは目に見えていた。あの頃の俺ならば、この時点で諦めて逃げ出していたかもしれない。でも今は違う。俺にはもう一つの武器がある。
ギレットから引き継いだ闘気。
闘気を纏わせる事で失速する事なく、黒い矢は全て鋼鉄ゴーレムに直撃。本来ならば十体現れた時点で逃げる算段を模索しなければならないのだが、余裕の勝利を手に入れていた。
「ふぅ……」
流石に、六、七階層から続く黒のアーツの連発と闘気の発動は体力が増えた今でも、少しばかりきつくなっていた。肩の力を抜き、すり減らした神経を休ませるべくひと段落したい気持ちに駆られていると、再び鋼鉄ゴーレムが、今度は二十体現れたのである。
「なっ……?」
流石にこれは俺もうんざりだった。
二十体増えたとしても、倒す事は出来る。だが、また増えたらどうなる? 今度は三十体とか?
仮に三十体再び湧き出したとしても倒せるだろうが、俺の体力が限界になってしまう事だろう。
となれば、鋼鉄ゴーレムを倒さずに攻撃を避けながら一気にここを駆け抜けて行った方がいいのではないだろうか? と考えだしていた。
「ルーク、この状況をどう見る……?」
「俺自身はまだ余裕があるから、鋼鉄ゴーレム二十体は消し去る事は出来るよ。でも……」
「倒しても倒しても、増え続けるのであれば意味はない」
「うん」
ライトも同じように考えてくれていたみたいだ。それだけで安心できる。
「じゃどうすればいい?」
ガイヤッの疑問も最もだ。
「多分、鋼鉄ゴーレムを形成させる装置みたいなのがあると思う。でなければ、倒すたびに一分もしない内に出現するのはおかしいから……」
「なるほどな。では俺とライトでそれを探す」
「だが、鋼鉄ゴーレムばかりでどこにあるのか検討もつかん。ルーク、もう一回消し去ってくれ。その間に必ず装置は探しだす」
「わかった。じゃ白のアーツ発動」
ライトとガイヤッの身体に白の波動を纏わり付かせる。これで、大規模に黒のアーツを発動しても二人は消え去る事はない。
「「こっこれは……?」」
まぁ事情を知らない二人が驚くのも無理はないだろうな。白の波動はさりげなく体力がを回復させてくれるし。
「黒のアーツ発動!!」
三度目の黒のアーツの発動は、一番でかい球体を作り出した。
球体には勿論闘気を練り込んでいたので、失速する事もなく次々に鋼鉄ゴーレムを消し去っていく。
発動直後ガクンッと膝をつき目眩がしたが、まだ大丈夫だった。次の発動はやばそうだがな。
ほぼ一瞬で二十体もの鋼鉄ゴーレムは消え去り、ライトとガイヤッは装置を発見。見事破壊してくれたである。
これにより鋼鉄ゴーレムは湧き出す事はなかった。
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「ルーク、大丈夫か?」
「なんとか……」
辺りは静まり返っていた。もう魔物の気配はしないから湧き出す事はないだろう。
「疲れている所悪いが、休むのは先に九階層に行ってからにしよう」
「あぁ、そうだな」
ライトの進言に、立ち上がるとまだ目眩が残っていた。
足元は少しフラフラしたが、二人に悟られないよう俺を先頭にライト、ガイヤッは歩き出す。
魔物は考えていた通り湧き出す事もなく、八階層の出口が見えてきた頃だった。
「ぐはっ!!」
突如、ライトの声が響き渡り、後ろを振り返ると返り血をあびたガイヤッの剣からポタポタと血が滴り落ちていたのは。
「ガイヤッ? 一体、なっ何を……し……て」
言葉の途中でガイヤッはライトに剣を向けてくる。
そして、黙ったまま天敵に漸く巡り会えた。そんな風にライトを睨みつけていたのであった。