第百五話 アーツハンター協会、新会長誕生
今回はマーシャルのお話です
ガーゼベルトにあるアーツハンター協会の一室で、幹部は解散したと言うのにも変わらずマーシャルは書類整理に埋れていた。
それは、幹部の再結成が未だ持ってなされていなかった事が理由であった。
ローラに代わる協会長が決まらない限り、幹部は発足出来ない状況下であったとしても、アーツハンターの力を必要とする依頼は日々増え続けているのである。
溜まりに溜まった書類の山を見ながらも、自分はもう幹部じゃないからと理由をつけて見て見ぬふりをしていたマーシャルではあったが、他の幹部三人である政治専門館長スカンディス・カール、訓練施設長シグルド・ソグン、アーツハンター専門裁判長ヒルヤン・ゴッドは、幹部の認が解かれた今も通常通りの責務を行っていたのであった。
「誰かが、やらねばならんだろう……」
「アーツハンターの育成の手を止めるわけにはいかないしな」
そんな三人の姿を見てしまうと、仕方がなくマーシャルは山積みになっている書類に手を伸ばしてしまったのが、全ての初まりだった。
一日の書類の量がとにかくとんでもない量なのだ。整理しても永遠に終りそうにない書類の山に、マーシャルは嫌気を差してしまうのであった。
「はぁ……ローラ会長は毎日この量を……」
改めて、ローラの凄さにマーシャルは感服してしまうばかりだった。
ガーゼベルトにの依頼全ては一度ローラが目を通し、認印がなければ依頼として受理されないのである。これをローラは一枚ずつ目を通し、不備がないかを確認したのちに認印を押したり、不備があれば再検討印を押していたのである。
更に苦情や人生相談、今後の方針を聞いてくるなどと言った書類も目を通した上に、アーツバスターの件もローラは方針にいれていた。
幹部の意見を聞いたり、現場から流れてくる情報を元に今後どうするかを考え作戦立案を立てていく。
犠牲者を極力出さないように検討に検討を重ねてローラは命令を降していく。
これによって、メシュガロスやラッセルと言った場所を作戦通りに陥落する事が出来たのである。
「早く、新しい協会長決まらないかしら……」
愚痴にも近い状態で今日もマーシャルは、今日も書類と格闘していたのであった。
------
「マーシャル様、少し根を詰めすぎなのでは?」
飲み物を持って現れたのは、現在マーシャルの家で居候をしているAランクアーツハンター、隼のアーツを使うヴァルディア・フォレルーンであった。
「ん〜そうは言っても、我々アーツハンターが依頼を受ける事で解決してくれるのを待っている人たちが大勢いますからね……」
「俺に……手伝える事があればいいのですが……」
「ありがとう、ヴァルディア。気持ちだけ受け取っておくわ」
ヴァルディアはそもそも、戦闘のスペシャリストとしてマーシャルは育て上げていた。
手伝いたいと言う意志があっても書類に関しては無知な為、返って足手まといになってしまうのだ。
その点、セルビアの元で働くアルディスは勿体ないぐらい優秀な補佐役だ。
こっちに回してくれないかな? と本気でマーシャルは願わずにはいられなかった。
「所で、ヴァルディアは月詠みの間には行きましたの?」
「行きましたけど……無反応でした」
「そう……」
「マーシャル様は行かれないのですか?」
「……」
マーシャルが月読みの間に行きたくない理由は明白だった。
そもそもローラの意志を一番多く聞かされ、あまつさえその意志にそうかのように手足となって実行していたのは、他ならない戦闘隊総司令官と言う立場であったマーシャルである。
戦闘隊総司令官と言う重圧でさえ、マーシャルは耐えられずローラに泣き言を言い、裏ではギレッドに支えてもらいながら、今迄なんとか乗り越える事が出来きていたのだ。
しかし、その二人は今は亡き者となってしまった以上、マーシャルは戦闘隊総司令官を辞めようかと真剣に考えていた矢先に、幹部の解散。
内心ホッとしていたのである。
自意識過剰と言わればそれまでだが、マーシャルは自分が月詠みの間に行けば月詠みのアーツは反応し、自分を選んでしまうのではないか? と……
それ故にマーシャルは、月詠みの間に行く事を拒み続けていた。
「私は行かないわ」
「……ですが……後、月詠みの間に行っていない者は少数ですよ?」
「……行っていない者のリストは?」
「えぉとぉ………こちらです」
暫くしてからヴァルディアはなんとか探し出す事が出来、差し出された書類にマーシャルは目を通していくと、そこには僅か数十名のアーツハンターたちであって、どの人物も問題児されている要注意人物ばかりであった。
この中から月詠みのアーツが選ぶとは、マーシャルには到底思えなかった。
ならば、やはり自分なの? 自分を待っているの? とマーシャルは益々深みに入ってしまうのであった。
「はぁ……」
深いため息をつき、マーシャルは再び頭を抱えるしかなかった。
決意か逃げるか……
その二択しか残されてはいなかった。
ローラの意志は継ぎたいと思うし、成就させたいとも思っている。
だがそれは、新たな協会長の元で……
と考えており、自分が協会長になるのだけはどうしても勘弁してもらいたかった。
決心がつかぬまま、更に一ヶ月の月日が経とうとした時、事態は悪い方向に進んでしまうのである。
アーツハンターたちが浮き足立っている所を狙ったかのように、メシュガロスがアーツバスターに襲撃されたのである。
常駐していたアーツハンターたちによって、第一陣は撃退する事は出来たのだが両手を挙げて喜んではいられなかった。
攻め込んできたアーツバスターの中にドランゴの姿はなかったのである。
今回の侵攻はこちらの戦力の把握が主だったのでは?
メシュガロスの戦力を把握した今、アーツバスターたちが次に攻め込んでくるとしたら間違いなくドランゴは、現れるだろうと噂されるのであった。
マーシャルが書類の山で現状動けない事を理解していたヴァルディアはすぐさま『マーシャル様。俺、メシュガロスを守りに行きます!!』と言い旅立ちの準備を始めたのだが、闘気を身につけていない以上、マーシャルの考えではドランゴには歯は立たないだろう。と思わずにはいられなかった。
「……」
早急にアーツハンター協会として対策を練らなくてはならなかった。
それは、代理でもなく副会長でもなく、月詠みのアーツに認められた協会長を誕生させ、その指揮の元でである。
「……でも……私は……」
マーシャルは結局決心がつかず、月詠みの間の前にある扉を見上げながら溜息。
結局その中に足を踏み入れる勇気は湧かず、立ち去っていくのである。
そんな姿をコッソリと見ていたヴァルディアは、歯痒かった。
確かにマーシャルは色々な愚痴をヴァルディアに話ししてくれるが、頼る事なく全て自分の力で解決してしまっているのだ。
愚痴は聞けるが、本音で語れる相手にはまだなれなかった。
「……マーシャル様の悩みを解決出来る人は……あの人しかいないよな……」
マーシャルの腐れ縁でもある人物に助力を求めるべくヴァルディアは、メシュガロスに行く前にある場所に立ち寄る事を決心しマーシャルの元から旅立つのである。
今は、頼りなくともいつか必ず……マーシャルの役に立つ男になって見せる! と心に秘めて……
------
ヴァルディアが、ガーゼベルトを出発してから二週間後……
あれ以来メシュガロスはアーツバスターの攻撃を受ける事なく過ぎ去っていたが、マーシャルは楽観視する事は出来なかった。
「う〜ん、戦力が足りないわね……」
「マーシャル、入るわよぉ〜」
独り言のように呟いている中、ドアをロックもせずに遠慮なく入ってくる人物の心当たりをマーシャルは一人しか思いつかなかった。
彼女は古くからの友人で、気心しれた数少ない人物である。
マーシャルには、彼女の他にも数多く友人と呼べる人物がいた。
だが、その友人らは戦闘隊総司令官と言う幹部に就任と同時に手のひらを返したかのように、マーシャルを利用したり、ゴマをすってあやよくば出世したい。などと言った者たちばかりだった。
しかし、彼女の態度は一切変わらなかった。
言いたい事は御構い無しに言い放ち、無茶苦茶なお願いも数知れず……
そんな彼女をマーシャルは嫌いはなれず、むしろ少なからず救われていたのもまた事実であった。
「いつも言っていますけど、入る前はロックしましょうね」
皮肉を込めた一言に、彼女はクスリと笑って誤魔化すのである。
「私ぐらいしかいないでしょ?」
「まぁ……そうなんですけど。一応……もうわかってくれてもいいでしょ、セルビア?」
「はるばるロールライトから来たって言うのに……」
頬を膨らませながらセルビアは、いじけて見せたのである。
「マーシャル様が正しいです。普通はロックしますよ、セルビア……」
セルビアの背後に立つアルディスはそう言い、マーシャルに対して頭を下げて行く。
本来はアルディスが当たり前の態度である。
それをセルビアに求めたとしても、無駄な事だと知っていたマーシャルは話しを変える事にしたのである。
「所で今日は二人なの? ルーク坊ゃは?」
「ルークちゅんは、メシュガロスに行くって言っていたわ」
「えっ?」
「アーツバスターにメシュガロスが、襲撃された報告を聞いて行ったわ」
「メシュガロスは今、超危険な最前線よ? セルビア、よく許したわね」
「だってぇ〜迷いのない真剣な目でルークちゅんに『セルビアさん、俺行きます!!』って言われたら、私止められないわ」
「なるほどね……」
「……で? マーシャルは決心ついたの?」
「……」
マーシャルにはセルビアが、何を言いたいのかこの一言で全てわかってしまった。
なぜセルビアがこの事に悩んでいるのを知っているのかはわからなかったが、ここに来た目的もマーシャルは理解する事が出来たのである。
「……無理よ」
ヴァルディアにも言えなかった、心の内をマーシャルはセルビアに打ち明けて行くのである。
己には協会長の器はないと……
「ねぇ、マーシャル。根本的に考え方が間違っているわ」
「えっ!?」
「マーシャルが月詠みの間に行けば、協会長になってしまう。そんな事誰が決めたの?」
「誰がって……誰も決めてはいないけど、この状況では必然ではなくて?」
「必ずそうなるって誰が決めたのよ? 入ってもみないで、決めつけるのは良くないわよ?」
「いや……でも……」
この後二時間程、セルビアとマーシャルの平行線の口論は進み、迫力に負けたアルディスは只々黙ったまま立っている事しか出来ず、最終的に根負けしてしまったのはマーシャルであった。
「はぁ……この我儘加減相変わらず凄すぎるわ……」
「この際だから、もう面倒な事務処理とかぜ〜〜んぶ、アルディスちゃんに任せちゃいなさいよ」
「おいっ!?」
「だから、難しい事は考えないで月詠みの間に行くといいわよ……」
「……」
「結果的にマーシャルが協会長になったとしても、助けてくれる人だっているわ」
「……例えば?」
「そうね、アルディスちゃんとかっ!」
「おいっ!!」
敢えて自分と言わない所が、実にセルビアらしかった。
「だから……」
「セルビア」
「んっ?」
セルビアの言葉を遮るかのように、マーシャルはその名を呼ぶのである。
「ありがとう……」
それだけで言ってマーシャルは、部屋を出て行き月詠みの間に歩を進めるのであった。
「痛いっ! 痛いわっ!! アルディスちゃん!!」
「ど〜してそぉ〜あなたは勝手に物事を進めるのですかぁぁぁ〜〜」
「………」
「てへっ♪」
マーシャルの部屋に、咆哮が鳴り響いたのは言うまでもなかった。
------
月詠みの間の扉を開けたマーシャルは、ゴクリと唾を飲み込み奥に安置されている月詠みのアーツの前まで立ち止まらずに進み、ゆっくりと触れていくのである。
『待っていたわ……マーシャル』
頭に直接響く声が聞こえてきたと認識したのと同時に、黄金色に染まった光はマーシャルを取り込んで行く。
目を見開くとそこは、真っ白な空間に一人の女性が立っていた。
マーシャルをここまで育て上げてくれた人物で、尊敬出来る亡き人物……ローラ・フォン・ミステリアであった。
『決意してくれてありがとう……』
「……」
『これを……』
ローラから差し出される物が何なのか、マーシャルは当然理解していた。
半歩後ろに下がりながらも、マーシャルはローラから差し出された手を拒否したのである。
「……」
言葉にはならず、首を横に振る事しか出来ないマーシャルを見ながらローラは、優しく微笑んで行く。
『大丈夫……セルビアが言っていたようにあなたは一人じゃないわ……支えてくれる人が沢山いるもの……』
『さぁ……マーシャル……』
ローラはマーシャルの手を取り握りしめていくのである。
その瞬間、マーシャルの脳裏にはこれから起きるであろう未来図が浮かび上がって行く。
アーツバスターの侵攻によってメシュガロスは陥落。抵抗していたルークやヴァルディアはドランゴに殺され、逆上したセルビアはアルディスの制止を無視し単身でドランゴに挑み返り討ちに……
更に、アーツハンターたちは次々に殺されいき、最後にはガーゼベルトも滅んでしまう。
そんな光景にマーシャルは、自然と涙がこぼれ落ちて行くのである。
『これは、月詠みのアーツの所持者がいなかった場合に起こるであろう最悪の未来よ……』
『でも、覚えておいて未来は変わるわ……』
次にローラが見せてきたのは、月詠みのアーツを持っているマーシャルの姿だった。
マーシャルは先頭に立ちアーツハンターを率いて、ガルガゴス帝国に侵攻。
鷺城するアーツバスターを次々に捉えて行く姿。
かと思えば……違う未来もローラは見せてきたのである。
アーツハンターとアーツバスターは、勢ぞろいしある平地で一戦を迎えている姿。
そんな様々な未来図をマーシャルの脳裏には、走馬灯のように映し出されて行くのである。
『……ねっ? 未来は色々とあって無数に広がっているのよ』
月詠みのアーツは確かに未来を視る事が出来る。
黙っていればその通りになる未来も、実際は変える事が出来る未来だ。
いい例がセルビアだった。
ルークは独り立ちしたのだろうか? セルビアの元から離れ、一人で世界各地を旅して回っている。
そしてガーゼベルトではアッシュは死に、セルビアが女王となり祝福されすぐ後ろでアルディスが立っているのである。
“……セルビアが女王?? ありえないわ………”
『今、ありえない。って思ったでしょ?』
ローラの指摘にマーシャルは素直に頷いていた。
『でもそれは、無限に広がる未来の中の一つよ。そんな未来もあっていいんじゃない?』
ローラの言いたい事はわかるが、マーシャルはセルビアには絶対言わないでおこう。そう思ったのである。
『お願い。みんなで紡いで……』
最後にローラが視せてきた未来図は、実際過酷な物も多かった。
でもその先にたどり着いた時、誰もが幸せに生きている。そんな姿だった。
ローラの願いが込められた未来図を視て、マーシャルはまだこの未来を自分の力だけでは視る事は出来ない。でもローラが視せてきた未来を自分の手でやり遂げたい。そう願わずにはいられなかった。
黄金色に染まった光は、消え失せ再び月詠みの間に戻されたマーシャルの手には、月詠みのアーツが光り輝いていた。
「私は………ローラ会長の視た未来を現実にさせたいですわ」
ローラの意思を継ぐ協会長が、誕生した瞬間である。
 




