第百四話 意志を継ぐ者たち
「シドニーィィィィィィィィ!!」
弟子の一人が怒り狂いクレーターを勢い良く駆け上がって行き、そのままの勢いでシドニーに飛びかかっていく光景を、誰一人として止める者はいなかった。
むしろこの場いる者たちの代表として、シドニーを殴り飛ばしてくれと言った言葉も聞こえていた。
しかし、その想いは虚しくシドニーの目の前に立ち塞がったヒルヤンが、力任せに弟子を触れ伏していまうのであった。
「ぐっ……ヒルヤンなぜ、止める!! こいつがいなければ、師匠はっ!! 師匠はぁぁぁぁぁぁ!!」
「そんな事をして、ギレッド殿は喜ぶのか?」
ヒルヤンは一人の弟子を見下ろしながらそう告げていた。
「なにぃ?」
「ヒルヤンの言う通りですわね。ギレッド殿は、最早戦いは望まないと私は思いますわよ」
クレーターの中で弟子たちに、聞こえるようにマーシャルは諭していくのである。
「くっ……!!」
「この戦いは、終わりだっ!!」
瓦礫と化したロサの村での戦いは、ギレッド死と、弟子たちの暴動寸前までに膨れ上がった不満を、ヒルヤンとマーシャルが無理矢理終息させてしまうのであった。
それは、幹部として最後の仕事と言えた。
「色々と言いたい事は沢山あるだろう、それは全てこのヒルヤンが聞いてやる!! だが、それはこの場ではない。一度ガーゼベルトに帰還するっ!!」
「絶対だなっ!!」
「あぁっ!!」
弟子の声に『必ず守る』と宣言したヒルヤンの言葉に弟子たちは納得したのか黙って頷き、ガーゼベルトへと帰還し始めていくのであった。
“……俺もガーゼベルトに行った方がいいのかな?”
セルビアは俺の隣に座りこんだまま、放心状態だった。
「セッ……」
「黒と白のアーツ使い……確か……ルークだったかな?」
セルビアに話しかけようとした俺に、歩み寄りながら話しかけてきる人物がいた。
「はっはい……」
それは、先程までクレーターの上にいたヒルヤンであった。
「我々はシドニーとユンムを連れ、ガーゼベルトに帰還する。お前とセルビアはどうする?」
「……」
セルビアは、ヒルヤンが来たというのに顔を上げる事はせずに俯いたままだ。
「……ふむ」
そんなセルビアの姿をヒルヤンは困り果てたかのように、頭をポリポリとかきながら俺に話しを振って来るのである。
「あの……その、なんだ。……今はまだ……無理してガーゼベルトに来なくとも良い。ルークよ、先にセルビアを休ませてやれ」
「……」
「なんだったら、馬車も使ってくれ」
ヒルヤンの意味する事を理解出来た俺は、受け入れる事にした。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて一度ロールライトに帰還しようと思います」
「うむ……」
踵を返しこの場から立ち去るのかな? と思ったら、ヒルヤンは俺の耳元で……
「…….すまなかった」
小さく、悔しそうな声で言い何事もなかったかのように、俺たちの前から姿を消して行くのであった。
「……」
“よしっ帰ろう!!”
「……セルビアさん、ロールライトに帰りましょ……」
「……」
無言中のセルビアと共に馬車に乗り込み、御者に出発の合図をしている所にマーシャルが現れたのである。
「セルビア、私もお邪魔するわ」
「……」
いつもなら笑顔で『あらっガーゼベルトに帰還しなくていいの?』とセルビアは返事を返して来るはずなのに、何も語らずただ黙って俯いたままだった。
マーシャルはマーシャルなりに、セルビアを一人にはさせたくなかったのかもしれない。
正直言って俺もセルビアが落ち込んでいるのはわかっていたが、励ます余裕がなかっただけにマーシャルの同行は少しだけ嬉しく思えた。
「おいっ……ルーク」
ベイウルフはセルビアと目を合わさないように、俺だけに語りかけてきた。
“どれだけ、セルビアさんに負い目を持っているのですか……”
「近いうちに俺はロールライトに赴く、そう伝えておけ」
「……はい」
ベイウルフはそれだけ行って、ガーゼベルトへと帰還していくのであった。
ロサの村……
俺が生まれ育った村に、父と母は眠る……
その地に、祖父は土へと返って行った……
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馬車の中でセルビアは、只々呆然とし両腕を黙ったまま見つめていた。
そんな姿を見ながら、俺はなんと言って声をかけたらいいのかわからなかった。
俺だって、ギレッドの死を受け入れるのにまだ時間は必要だった。
目を瞑れば、あの時の光景が今でも鮮明に蘇ってくる。
あの攻撃に対して、こうしていれば……ああしていれば……ギレッドは死なずに済んだのではないか? そしたら、ギレッドもこの馬車に一緒に乗って笑いながらロールライトに帰っていたはずなのに……
と最早、叶わぬ願いだとわかってはいたが、願わずにはいられなかった。
「……」
だが、俺よりもセルビアの方が遥かにギレッドとの付き合いは長い。
もっともっと辛いと思う。
“ふぅ……気まずい雰囲気だ……な”
馬車の中で重たい雰囲気が引き続き流れ、それはロールライトに着くまで続くのかと思っていたのだが、セルビアは深いため息をついた後、顔を上げた。
泣きたくても泣けない。そんな目をしながら……
「ルークちゃん……」
「はっ……はい」
「私に、闘気教えてくださるかしら?」
「えっ……」
一瞬、返答に困ってしまった。
確かに俺は闘気を身につけてはいるが、教えるなんてまず無理。
だが、セルビアの顔は真剣であの時ギレッドの言っていた言葉を、継ぎたいと意志がすぐに理解出来たのである。
「……上手く出来るかわかりませんが、俺でよければ……」
「よろしくね、ルーク先生♪」
「なっなっ……!!」
“勘弁してくれぇぇぇ〜”
気まずかった空気は一変し笑い声が馬車の中に充満して行く中、感じ取っていた。互いにまだ無理していると言う事を……
今はまだ元気な素振りを、見せる事しか出来なかった。
そう……前を向くには、もう少しだけ俺もセルビアも時間は必要だった。
いつか、セルビアと笑ってギレッドの話しが出来る日が来る事を信じて……
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馬車はひたすら走り続け、ロールライトに到着。
家ではなく、真っ直ぐ支部に向かわなければならなかったのは、支部長と言う責務を副支部長であるアルディスに任せきりだからである。
そのまま帰宅すれば、後でネチネチとアルディスに言われる事をセルビアは知っていたのだ。
「疲れている所、悪いわねルークちゃん」
「いえ、大丈夫ですよ。アルディスさんに会うのも久しぶりですし」
アルディスは、既にギレッドの件を知っていたのだろう。
「お疲れ様です、セルビア」
支部長室に入って来たセルビアの顔を見ながらそれだけ言って、アルディスは本来座るべく主にその席を譲っていくのであった。
セルビアのいない間、アルディスは支部長と言う仕事をやり遂げていた。
普段からセルビアは本来の仕事を放棄し、アルディスに任せっきりだったと言うのもあったが、セルビアの目の前にある机は今まで見た事もないぐらい綺麗に整頓されていたのである。
「……散らかさないで下さいよ」
アルディスの皮肉交じりの言葉に、セルビアはクスリと笑いながらアルディスに事の顛末を述べていくのである。その話しをアルディスは最後まで黙って聞いていたのであった。
「……そう……ですか」
短くアルディスは答えてはいたが、彼の中にもギレッドとの思い出は少なからずあった筈だ。
よく家の庭で戦っていたからな。
まぁ一方的にやられていたんだけど……
「ルークちゃん」
「はい」
「疲れたでしょう? 先に家に帰ってくれるかしら?」
こう言った言い回しをして来る時、大抵俺に聞かれたくない内容だと言うのはすぐに理解する事が出来る。それは信頼関係とかではなく、立場の問題であった。
俺は、まだAランクに過ぎないのだから。
「わかりました。無理矢理しないで下さいね」
「は〜い♪」
空元気を見せるセルビアを残し、家に戻ると執事やメイドさんたちに歓迎されながらも、ひさしぶりに食べる美味しい食事を摂り、風呂にも入り綺麗さっぱりとし少しずつ疲れを癒していく。
そして、部屋へと入った途端ベットに寝転がっていた。
「ふぅ……」
見慣れた天井を黙って見つめていると、ギレッドの勇姿が浮かび上がっていく。
「くやしいなぁ……」
ぼそりと呟き、急激な眠気に俺は瞼を閉じていくのであった。
◆◇◆◇◆
あっという間に一ヶ月という歳月が過ぎ去っていく。
この一ヶ月、色々な事があった。
まず、宣言通りアーツハンター協会の幹部たちは解散した。
シドニーやユンムは幹部の誰にも相談せずに、独断でギレッドをローラ暗殺犯に仕立て上げ無実の罪を被せた事や、Sランクアーツハンター二十名以上の者たちを無理矢理処断しようとした。という理由でヒルヤンの命令でシドニーとユンムはすでに捉えている。今後協会長が決まり次第、処分を降すとマーシャルは言っていた。
これもマーシャルから聞いた事なのだが、そもそも協会長になる為には推薦でも選挙でも立候補でもないのだ。
アーツハンターの行く末を詠む事が出来る『月詠みのアーツ』に認められなければ、協会長になる事は出来ない。だからシドニーは、あくまでも協会長代理に過ぎなかったのである。
地位や名誉、強さなどは一切関係なくガーゼベルトにあるアーツハンター協会本部に安置されている月詠みの間に設置されている月詠みのアーツに触れ、発動出来るかどうか。ただそれだけだった。
その為、今ガーゼベルトでは協会長になれるかも? と言う期待を込めかなりの人たちが集まってきているらしい。
月詠みのアーツは、マーシャルの持つ月光のアーツと似ているのかと思ったが、全然違っていた。
纏っているオーラと言うのか? 雰囲気が全然違っていた。
実際俺も月詠みのアーツの目の前に立ってみたのだけど、神秘的な空気だった事をよく覚えている。
発動は勿論しなかったけどな。
俺には、黒と白のアーツで十分すぎる程満足しているし、協会長は大変そうだから勘弁して欲しかったから発動しなくて良かったとも思っている。
だが、連日連夜大勢の人たちが月詠みのアーツの前に立っているそうだけど……
一ヶ月経った今でも、発動はしていないそうだ。
一体、新しい協会長は誰になるんだろう……
俺はと言うと、ラッセルで闘気を覚えたと言う事でつい最近Aランクになったばかりなのだが、マーシャルの進言で新たな協会長が誕生した際に、Sランクにランクアップする事が決まっていた。
理由として、弟子たちが俺を推薦してくれたのだ。
『あの小僧。師匠と互角に戦ったんだろう? 将来楽しみだな!!』
『未熟だとは思うけど、それはそれで凄い事ですわね』
『……と言う訳で、Sランクにしてやれよ』
『さんせー』
そんなやり取りがマーシャルの目の前で行われて、決め手になったらしい。
指摘された通りまだまだ未熟なのに…
一ヶ月経った今でも俺の中で、あの日の出来事はつい昨日のように思い出す事が出来る。
ローラを殺害したという無実の罪で追われ、最後にはセルビアの腕の中で満足そうな顔をしながら消えて行った。
俺の祖父であり、俺の先生であり、そして最強のアーツハンター。
「ぐすん……」
ギレッドの汚名は払拭されたのだろうか?
ローラを殺害したのは、死神だ。
そして、罠に嵌め陥れたのはシドニーとユンムだ。
二人は捕まりヒルヤンは、ギレッドの汚名は必ず晴らすと別れ際に言ってくれた。だから、その言葉を俺は信じようとは思う。
でも……
俺はギレッドに生きていて欲しかった……
後ろを振り返れば、豪快な笑い声で『よぉっルーク』と現れて来そうなのに、待てども待てどもギレッドは、現れる事はなかった。
ロールライトの街外れには海が見える崖があり、そこには一つのお墓がある。
このお墓は、セルビアとベイウルフの間に生まれた子シュラーゼンの墓だと俺は聞いている。
その隣にセルビアは、ギレッドの墓を建てたのだ。
姿形はなくとも魂だけはここに留まり、俺たちを見守ってくれている。
そんな願いをセルビアは、込めているのかもしれない。
ギレッドの墓に触れながら、俺はぼそりと呟くのだ。
「ギレッド先生、セルビアさんは悲しい筈なのに……思いっきり泣きたい筈なのに……今だに泣いてはいませんよ……」
「颯爽と現れて、セルビアさんを抱きしめて上げて下さいよ……」
海風が悲しく頬に当たる中、誰も答えてはくれない。
ギレッドが現れる筈はなかった。
「はぁ……」
墓に触れていた手を離し踵を返すと、そこにはセルビアは立っていたのである。
「ルークちゃん……」
「あ゛っ……」
“今の聞かれたのかな……”
それはそれで、少しだけ気まずかった。
「……」
セルビアは俺に何も語らず、隣に立ち持ってきたお酒の蓋をあけ墓にかけていくのであった。
「このお酒、師匠が大好きなお酒ですわ」
「……そうなんですか……」
「ルークちゃんごめんなさい。少しだけ……一人してくださる?」
「……」
その声は震えていた。
あぁ一人でセルビアは泣くんだな。
俺の前でセルビアは泣かない。
いや泣けないんだ。
と理解した俺は、頭だけ下げその場を後にするのであった。
『誰にも負けるでない!!』
ギレッドの最後の言葉。
その言葉、意志を継ぐ為にも俺は強くなる。
いや、強くならなければならない。
そう決心していくのであった。
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ロールライトの街外れには、海が見える崖がある。
そこには二つのお墓がある。
一つは子供のお墓。
もう一つは、衝撃のアーツを持ち主だった男。
ギレッド・フォン・ゼーケ、享年八十五歳。
今だこの者を越える者はおらず、衝撃のアーツは最強の証としてその墓に永遠に刻まれ続けていく……