第百二話 最強のアーツハンターその名は……?(前編)
立ち上がる事もままならない状況可で、唯一元気と言っていいのは『自分はギレッドの弟子ではないから、戦う資格はない』と言っていたマーシャルと、今までたった一人で大多数の弟子たち相手に死闘を繰り広げていたギレッドの二人だけであった。
「……まぁ、これだけの大戦闘。よく死人が出なかった物ですわ」
月光のアーツを発動し、負傷者の手当てをしながらマーシャルはギレッドに聞こえるようにわざと大きな声で呟いていたのである。
それを聞いていたギレッドは笑いながら、己の凄さを誇示していた。
「ふはははははっ! マーシャル殿よ、それはひとえに儂の実力じゃよ!!」
と実に上機嫌であった。
そんな中、ギレッドは何かを思い出したかのようにゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
「あっそうじゃ、ルークよ」
「はっはい?」
ギレッドは既に戦闘態勢は解いており、何処にでもいる優しいお爺ちゃんの顔をしていた。
そう……誰もが、もう戦いは起こらない。とそう思ってしまったのである。
だが、油断をつくかのように運命とも言える一筋の光は、空から降り注がれ俺の目の前に立つギレッドの右肩を正確に貫いていったのだ。
「……くっ!!」
「ギッ……ギレッド先生っ!!!!」
俺の目の前で右肩を貫かれたギレッドの身体から、大量の血がボタボタと流れ落ちいく。
「「師匠!!」」
弟子たちはすぐさまギレッドの側へと駆け寄ろうとしたのだろう。たが、マーシャルの月光のアーツの回復によって漸く意識を取り戻しただけであって、身体を動かずまでは回復してはいなかったのである。
一斉にギレッドの名を呼ぶ事しか出来なかったのであった。
「ふはははははっ心配するなっ。これしき……かすり傷じゃっ!!」
どう見てもかすり傷ではなかった。
苦痛の表情をギレッドは一瞬見せるも、俺や弟子たちに心配をかけまいと倒れる事なく、平気な顔をしながらその場に立ち笑い声を上げていき、ギレッドの視線は放れた方角へと目線は向けられていくのであった。
そして、それに釣られるかのように全員がギレッドの向いている方へと視線を向けていくのである。
放たれたのは、クレーターの上だった。
その先には、幹部であるアーツハンター協会会長代理シドニー・ラーニアと、警備兵連隊長ユンム・ラブウムの姿。そして、大量の全員とアーツハンターたちに見下ろされる形でいつの間にか取り囲まれていたのである。
「貴様っ頭をきちんと狙わんかっ!!」
「……すっすみません」
ギレッドに向けて放ったと思われるアーツハンターをユンムは怒鳴り散らし、弟子たちはクレーターの上にいる者たちを睨みつけている中、マーシャルだけは別行動をとっていた。
「……っギレッド殿!」
まずは回復。と判断したマーシャは負傷したギレッドに近づき、月光のアーツを発動しようとする中、冷酷にシドニーはマーシャルを見下ろし口を開き始める。
「戦闘隊総司令官マーシャル・フォン・フライム。なぜ死刑対象の者の怪我を治そうとするのですか? 貴方もそのローラ会長を殺した者の、味方なのですかな?」
「なっ!!」
「いい機会だから、この場にいるアーツハンターたちにもはっきりと申し上げましょう。アーツハンター協会の名において、只今よりローラ会長を殺害したギレッド・フォン・ゼーケの死刑を執行致します。邪魔する者、反論しようとする者は全て同罪とみなしこの場でギレッド同様に処刑致します」
「!!」
ギレッドの体力を削り、気を許した後の攻撃。シドニーのやり方は実に狡猾で、卑怯であった。
だが、仮にも会長代理であるシドニーに、ギレッドの手助けをすれば同罪とみなし処刑する。と明言されてしまえば、アーツハンターである俺もギレッドの弟子たちは手出し出来なくなっていくかのように思われたのだが……
「ふざけんなぁ!! シドニーっ!!」
「なっなに!?」
一人の弟子であるアーツハンターが不満の叫び声を上げるとそれを、口火し弟子たちは更に反論の異議を唱え始めるのである。
「師匠はローラ会長を殺していないのに、処刑だぁ!? シドニー、ふざけんじゃねぇ!!」
「「そうだっ! そうだっ!!」」
「師匠がローラ会長を殺したなんて馬鹿な話し、この場にいる者たちは誰一人として信じてはいませんわよ?」
反論すれば同罪とみなす言い切った矢先に、弟子たちはそんなのは御構い無しにシドニーに対して反論してきたのである。
「くっ……ではここにいる貴方たちはギレッドの味方をする。そう言う事ですね?」
「「当たり前だっ!!」」
力を振り絞るかのように弟子たちは、ギレッドに負けない程の怒気を放ち始めるのである。
「シドニー、お前の独裁アーツハンター協会に俺たちは何の未練もない!」
「あぁ、全くだ」
「お前が協会長になるぐらいなら、俺はアーツハンターをやめてやる!」
「「俺もだ!!」」
「「私もよ!!」」
「ローラ会長がいたからこそ、俺たちは素直に従い命をかけて戦っていたんだ!!」
「シドニー、お前では役不足だ!!」
「そうね……私たちは、貴方を認めないわ!」
「この場にいる俺たちSランクアーツハンターを全て、処断したければやればいい。その結果、アーツバスターに対抗出来るのか? 俺には滅ぼされる運命しか見えてこないぞ?」
「それでも師匠を殺したいと言うのなら、シドニー。この場にいる全ての者たちを殺せ!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、弟子たちは次々にシドニーに対して不満をぶつけていくのである。
「お前たち……」
収集しきれないぐらいに溜まった鬱憤。
恐れを知らずに反論している弟子たちの姿を目の辺りにして、マーシャルは流石ギレッド殿の弟子たちと感心してしまう程であった。
だが、感心してばかりもいられなかった。
なんとかして、弟子たちの不満を解消しなければ宣言通り弟子たちはギレッドと共に死ぬか、アーツハンターを辞める事だろう。
どちらの結果にしろ弟子たちは生粋のSランクアーツハンターであり、ギレッドに育てられた猛者たちである。
ギレッドと言う例外を除けばかなり強い部類に該当し、そのSランクアーツハンター二十名以上を失うという事は、ローラが常日頃願っていた物が振り出しに戻ってしまい、人手不足と言うこの状況の中からSランクアーツハンターを再び一から育てるという事は、かなりの年月がかかるのは当然の事である。
育成期間に時間を割きさぁここからローラの願いを成就させようと行動をおこしたとしても、その間に取り戻した筈のメシュガロスが、再び奪われてしまう可能性も十分に考えられるのであった。
マーシャルは自らの幹部の立場と言う保身よりも、ローラの描いた未来の為に……
腹を括ったのである。
弟子たちの言葉をまとめるかのように、マーシャルは口を開き始める……
「シドニー……私も貴方に、言いたい事がありますわ……」
「まっマーシャル!! 貴様も裏切るつもりなのか?!」
「ここまで、Sランクアーツハンターたちが反対意見を出してきている中で、一幹部として無視する訳にはいきませんわ。そうではなくて?」
「ぐっ! では、どうすると言うのだ?」
「何も難しく考えなくていいのですよ。基本幹部の決定は覆る事はありませんが、アーツハンターにはある条件を満たせば唯一、幹部の出した結論に対して異議を称える事が出来る。そんな規約が存在している事をご存知ですわよね?」
「なっまさか……!?」
「その条件は、Sランクアーツハンターの者たちが二十名以上、同意見だった時……でしたわよね?」
「ぐっ!!」
「ここには、幹部に対する異議を申し立ててくるSランクアーツハンターが、二十名以上いますわ。規約に基づき我々幹部は拒否する事は出来ませんわよ、シドニー」
「では、どうするというのだ!?」
「ここまで幹部批判をされてしまえば、道は一つ幹部を解散するしかないでしょう?」
「なっ!!」
「「そうだ! そうだ!!」」
「「解散しろっ!!」」
「「アーツハンターに新たな風をっ!!」」
マーシャルの解散と言う言葉に弟子たちは喜び声を挙げている中、シドニーはどんどんと青ざめていき、ユンムが慌ててマーシャルを問い詰めるのである。
「そっそうなれば、マーシャル。貴方も戦闘隊総司令官の任を解かれるのですよ!?」
「えぇ、それも覚悟の上で申し上げましたわ」
「……っ!!」
「「解散っ! 解散っ!!」」
弟子たちによる地鳴り混じりの解散コールが響き渡る中、シドニーは思考をフル回転させていく。そして、瞬時に結論を導き出したのである。
「わかった……マーシャルの言う通り、幹部は解散させる」
「「おぉぉぉっ!!」」
シドニーの決断に弟子たちは喜びの声を上げるが、それは一瞬の出来事だった。
続けて述べられたシドニーの言葉に弟子たちは、再び絶望に陥れられるのであった。
「だが、それはこのギレッドの処刑が終わったのちに幹部は解散する!! よって宣言通りギレッドに組みした物は同罪とみなすっ!!」
「なっ!! シドニー、それは無茶苦茶過ぎるわ!!」
「黙れ、マーシャルッ!! これは覆す事の出来ん決定事項なのだっユンムっ!!」
「はっ!」
マーシャルの言葉にシドニーは耳を貸す事はなかった。
シドニーはユンムに、ギレッドと弟子たち諸共殺すよう命令してきたのである。
そして、その命令に従うかのようにユンムは頷き、待機していたアーツハンターたちに命令を降すべく左手を高々と上げていく。
「狙うは、この場にいる裏切り者たちとローラ会長を殺害したギレッドである……アーツ発動!!」
言葉と共にユンムは、高々と上げた左手を振り下ろしていく。
ユンムの命令に従うしかなかったアーツハンターたちの内心は、ギレッドの弟子たちと同意見であった。
しかし、彼らには刃向かうと言う勇気がなかったのである。
勇気がなかっただけにユンムの命令に従うしかなく、涙をこぼしながらもアーツを発動していく。
火や水、雷と言った最上級アーツをギレッドや弟子たちに向け放たれていくのであった。
「ふはははははっ!! 弟子たちと共に逝けるのだ。お前も本望であろう……さらばだ、ギレッドぉぉぉっ!!」
「シドニーっ!!!」
マーシャルの静止を無視しクレーターに降り注がれる攻撃を俺は只々黙って見届ける事しか出来なかった。
そして、それは弟子たちも同様であった。
大きな声で叫ぶ事は出来たが、放たれたアーツに対して防御する程の体力は回復していなかったのである。
無防備近い状態で攻撃を受けてしまえば、彼らとて無事では済むはずがなかった。
この時、この場にいた弟子たちは『殺られたっ!!』と思わずにはいられなかったのだが、ギレッドだけは違っていた。
不意をついての攻撃とはいえ、ギレッドの傷はかなり深い物で倒れる事なく立っていた事、事態流石と師匠と言うべきだと思う。
負った傷は白のアーツを発動し回復さえしてしまえば、意図も簡単に治癒する事ができるのであったが、何故かギレッドは白のアーツの発動を拒否していたのである。
只々黙って、ギレッドは弟子たちとシドニーの話しを聞いていたのであった。
そんな中……
空から降り注がれる攻撃を何も出来ず見上げている事しか出来なかった俺に、ギレッドは叫んでいた。
「白のアーツっ!!」
と……
ギレッドの声に頭ではなく身体が勝手に反応し、白のアーツを発動。
降り注がれる攻撃に十分耐えられるように、俺や弟子たちクレーターの中にいる全ての者たちの身体に白の波動は覆いつくされていく。
「……くっ」
“流石にこの人数は、きつ過ぎるなっ……”
視界がぐるぐると周り限界を越えている事を知らせる中、抵抗出来ずに意識を手放しそうになっていた。
『チャ〜ン〜スゥ〜〜♪』
どこからともなく声が聞こえてくる中、放たれたアーツはクレーターの中にいる俺やギレッド、マーシャル、そして全ての弟子たちに対して容赦なく降り注がれるのであった……
--- クレーターの中にて ---
(う〜ん、実に素晴らしい戦いだったね。これは、ドランゴ君にいい土産話しが出来たねぇ〜)
(あっでも、この場で殺してしまうから逆に話ししたら、僕が怒られちゃうかな?)
(……しっかし、どんな魔法を使ったのかは知らないけど、やはり超危険人物だねぇ〜この子〜)
などと死神はクスクスと笑いながら、余裕の表情を浮かべながらルークを監視し短期間では考えられない程に、強くなったルークの姿を目の辺りにしドランゴには悪いが『総帥の判断は正しかった』と、そう感じていたのであった。
(今日、この場で確実に息の根を止めなきゃね!)
だが、事態は死神の思惑通りには進まなかった。中々ルークが一人にならないのだ。
電撃のアーツ使いが、側にいて近寄れず。
側から離れたかと思えば、今度は月光のアーツ使いに焔のアーツ使いが現れるのである。
(邪魔だねぇ〜諸共殺ちゃおうかな……)
と一瞬、死神の脳裏にそんな誘惑が芽生え初めていくのであったが、すぐさまその思考は破棄されていくのであった。
(危ない、危ない。対象者以外の暗殺は、報酬から差し引かれるからね。やめとこぉ〜〜)
(それにそろそろ、ユンムが来る頃だし。機会はその時かな?)
そして、死神の狙い通りユンムの手によって紡がれた絶好のチャンスが訪れ、思わず今までの押さえ込んでいた殺気を表に出してしまうのであった。
一瞬の事だったが、クレーターの中にいる者たちの数名は気づいたかもしれない。だが、それはギレッドに向けられている殺気だと普通は感じた事だろう。
(危ない…危ない…殺気が漏れちゃった♪)
死神は再び殺気を内にしまい込み、姿を消しながら静かにルークに背後に忍び寄って行くのであった。