第百一話 動き出した歯車(後編)
ギレッドと俺の戦いは終わった。
結局引き分けって事にはなったが、今までの俺にはしてみればギレッドと引き分けた。それだけで強くなった自信に繋がっていた。
今は、クレーターの中央で俺とギレッドは体力回復に専念中である。
でなければ、ぽっかりと空いたこのクレーターの底から這い上がるのも至難の技だった。
その間、無言のまま時が過ぎるのも勿体無くギレッドから、ひ孫発言の真相を聞いていた。
元々フォンと言うのは貴族の位を意味し、庶民がフォンを名乗る事を許されていないこの世界で、ギレッドは間違いなく俺の曽祖父との言ってきたのである。
俺の父であるアルベルト・ゼナガイアは、本来アルベルト・フォン・ゼーケと言う名であった。
アルベルトは貴族として、順風満帆な生活を送る予定でスクスクと育っていたのだが、破天荒な祖父。幼い頃からギレッドの悪影響によりアルベルトは、親の反対(俺目線では祖父にあたる)を押し切り『ギレッド爺ちゃんみたいに強くなる! でも先にアーツじゃなくて一流の剣士になるっ!!』と言って剣の聖地へと旅立ってしまったのである。
そこでもアルベルトは、頭角を表し力をつけていき僅か数年で天才二刀流剣士と呼ばれるようになっていくのであった。
当時はギレッド以外、反対していたゼーケ家もこの時ばかりはアルベルトの存在を、誇りに思い何時でも帰ってくるようにと話ししていたのである。
数年後、アルベルトは一人の庶民の女性を連れてきた。
当然、俺の母親だ。
庶民であるが為に、ゼーケ家全ての者たちはアルベルトと女性の結婚を反対、挙げ句の果てに見合いをさせようと企んでいる中、アルベルトは忽然と姿をくらませ貴族の称号でもあるフォンの名を簡単に捨て去り女性の方の名である、ゼナガイアと名乗るようになったのである。
そして、アーツ第一次大戦を経てアルベルトと母は、産まれてくる子の為安全な生活を望みこのロサの村に、永住する事を決めたのであった。
悲劇はここから生まれた。
「ふぅ……儂があの時、結婚を反対せずに祝福しておれば……アルベルトは死なずに済んだのではないか?
と今でも思っておる」
「……」
「まぁ過ぎた話しをし後悔しても、もう遅いんじゃがな……」
“まじで……爺ちゃんなんだ……”
「ルーク」
「はっはい」
「お前には儂の血も混ざっておる以上、ゼーケ家として迎え入れる事も可能なんじゃが、どうする?」
要するにルーク・フォン・ゼーケになるかって話しだ。
そんなの考えるまでもなく、答えは決まっている。
「俺は、セルビアさんと同様。ただのルークでいいですよ」
“貴族とか、なんか面倒くさそうだし……”
「フッ……」
俺の出した答えをギレッドは、予想していたのだろう。
この件について、それ以上ギレッドは何も聞いてこなかったし、言ってもこなかった。
ずざざざざざざざ……
クレーターの上から、つまり地上からベイウルフは砂埃を上げながら降り、ゆっくりと俺たちの側へと近づいてくるのである。
「師匠……」
「ベイウルフか……そろそろか?」
「ですね」
「?」
見えない会話をされていく中、ギレッドはヨロヨロと立ち上がる。
見るからにまだ体力は、完全に回復しきっていないようだ。
「ふむ……儂も歳を取ったもんじゃ。あれしきの戦闘ですぐさま体力が回復せんとは、実に情けないものじゃ」
「「いやいやいや……」」
と同時に俺は、ベイウルフと声を揃えて否定していた。
「ルークすまんが、白のアーツは発動出来そうか?」
「そりゃ勿論、出来ますけど……?」
「では、白のアーツの発動を頼む」
「……」
ベイウルフは黙ったまま頷き、ギレッドの言われた通り白のアーツを発動しろとそんな目配せを送ってきていた。
“やれと言われたか、やるけど後で説明して頂きたい物だ”
白のアーツを発動しギレッドの傷ついた傷や失わられた体力を回復し終わると、回復したていた俺の体力は再び限界を超え、目眩がしてきてしまった。
“睡眠を取らないとダメっぽいな”
「ルーク、すまんな……」
「いっいえ……だっ大丈夫ですよ」
「あっそうじゃ、大事なもんを忘れる所じゃった」
強がりを見せる俺にギレッドは、一本の剣をどこからともなく取り出し差し出してきたのである。
「これは……?」
鞘に収まってはいたが、その形は何処と無く見覚えのある剣だった。
「長年探しておったのじゃが、漸く見つける事が出来た。これはルーク、儂がお前に渡した成長の剣じゃ」
「!!」
“おっおぉぉぉぉ!! そうだ、そうだっ!! 見覚えがあると思ったら、あの時山賊に奪われた俺の剣じゃないか!!”
「実はもう一本……アルベルトの剣も儂は探しておったのじゃが。どうやらガルガゴス帝国に渡ってしまったと、言う情報だけ取り戻す事は出来んかったのじゃ」
奪われた剣が目の前にあった。
本来なら俺が責任をもって、探し出さなければならないのに……
申し訳なさそうにギレッドはそう言ってきたのである。
「受け取れ、ルーク」
「はっはい。でも父の剣は自分の力で探し出しますよ。ギレッド先生」
「うむ」
ギレッドの握りしめられている、成長の剣を受け取ろうとした時だった……
肺が凍りつくような寒気を感じ、ギレッドから目を逸らし周りを見渡していくのだが、辺りは変わらぬクレーターのみ。
“あれ? 気のせいかな?”
再びギレッドに目線を向けると。
そこには凍りついたギレッドが、俺の目に映し出されるのであった。
「……えっ? なっなにこれ……?」
“いっ一瞬で何が起きた!?”
「むんっ!!」
俺の心配を他所にギレッドは、身体を覆い尽くしていた氷を意図も簡単に割っていくのだが、すぐさまマグマの塊による次の攻撃が容赦無く降り注がられていくのであった。
「ギッ……ギレッド先生!?」
「ふははははっ!!」
笑いながらギレッドは、マグマの塊を元気いっぱい力を込めて拳で吹き飛ばしていくのであった。
「どうやら話しは、ここまでのようじゃ……ベイウルフ!!」
「はいはい……」
動けない俺の身体を担ぎ上げたベイウルフはその場から、離れるかのように移動して行く。
「ちょっとベイウルフさん!?」
声をかけてもベイウルフは無視し、ギレッドから少し離れた場所で俺を解放してくれるのであった。
「あの、どういう事ですか?」
「……まぁ、黙って見ていろって」
「黙ってって……」
“そういう訳には、行かないでしょ?”
「かかってこいっ!! 第二ラウンドじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
“だっ……第二ラウンドぉぉ!?”
ギレッドの叫び声と共に大人数のアーツハンターたちが、ギレッドを囲い始めるのである。
「お久しぶりです。師匠」
「おぉ、フュルュか? 先ほどの絶凍のアーツ。ひんやりしていて見事じゃたぞ」
「師匠、俺のマグマはどうでしたか?」
「アルティナ。お前は、もっと熱量を込めるように発動した方がよいぞ」
「相変わらず手厳しいな」
手の届かない範囲で、自分のアーツはどうしたら強くなる? とか、さらに強くなればどうしたらいい? とか、そんな会話が聞こえてくるのである。
「なんじゃ? お前たち? Sランクアーツハンターになったと言うのに、まだ儂と戯れたいと言うのか?」
その言葉に現れた弟子たちは、口を揃えて同じ言葉を発するのである。
「「まだギレッド師匠に一度も勝ってはいない!!」」
と……
「ふはははははははっ!! いいじゃろう、最後の稽古つけてやるわいっ!! お前たち死ぬ気でかかってくるのじゃ!!」
「「はいっ!!」」
一斉にギレッドに戦いを挑むアーツハンターたち。
そしてそれに負け時と、反撃するギレッド。
……っと言うか余裕で大勢に囲まれても平気で撃退している姿に、ギレッドは本当に最強の名に相応しい戦いを繰り広げている。
そんな戦いを動けない俺は、黙って見ている事しか出来なかった。
「相変わらずだなあいつらは……」
「知っている人たちなんですか?」
「あの人たちはさ……」
ベイウルフは遠くを見ながら、俺に語りかけ始める。
「俺もそうなんだけど、みーんなギレッド師匠の教え子だ」
「えっ!? あんなに沢山ですか?」
「そそ……みーんなお前にしてみたら兄弟子と言う事になるな」
「……」
弟子が沢山いるって事は聞いていたから知っていたし、セルビアやベイウルフもそうだ。
でも、ここまで沢山いるとは思ってもみなかった。
「お前は、既にギレッド師匠と思う存分戦っただろ? 今度は兄弟子の戦いぷりを見ているといいぞ」
「……」
第二ラウンドと言っていた意味がよぉ〜〜くわかった。
ギレッドは、弟子たちみんな平等に戦っている。
“だから、ギレッド先生は俺に白のアーツで回復してほしいと頼んできたんだな……”
「ふははははっ!! その程度か!?」
“いやただ単に、全力で弟子たち全てひれ伏したいだけだな……”
「お前はここで休んでいろ」
「えっ?」
「俺も、師匠の最後の稽古受る権利はあるからな」
「ベイウルフさん……」
「……………後は、こわーーいお姉さんに任せる事にする」
「へっ??」
ベイウルフは慌てて、それも逃げるかのようにギレッドの元へと電撃を帯びながら向かって行くのであった。
“怖いお姉さん……??”
ベイウルフが立ち去ったのと同時に、背後から強い殺気を感じた。
それは俺に向けられる物ではなく、ベイウルフに向けられる物であった。
「ったく……ベイウルフは変わらないわね」
聞き覚えのある声だった。
「ルークちゃん……」
俺の事をそう呼ぶのは、一人しか思い当たる節はない。
振り返るとそこには、セルビアとマーシャルがいたのである。
「セルビアさん、マーシャルさん」
思えば数ヶ月以上、俺はセルビアと離れ離れになっていた。
だが、再会を喜ぶという雰囲気にはならずセルビアは、何処と無くギレッドに対してすでに覚悟を決めている。そんな気がした。
「でも、流石ギレッド殿と言った所かしら」
「えぇ……そうね」
大多数の弟子たちを前にして臆する事なく……
いやむしろ余裕で戦っているギレッドの姿を見ながら二人はそう感想を述べていた。
そんな力強いギレッドの姿を見ながら……
“俺もいつか、ギレッド先生みたいな人物になりたいな……”
「私は、ギレッド殿から教わった事がないから、あの場に行く資格はないけどセルビア、貴方は違うわよね? 行かなくていいの?」
「私は……」
セルビアは戸惑っていたのかもしれない。
だが、戸惑っている間にギレッドは全て弟子をあっという間に地面に触れ伏せてしまうのであった。
「ふはははははははははははっ!! まだまだ、儂はお主たちには負けんわぁぁぁ!!」
雄叫びにも近いギレッドの声が、辺り一面響き渡るのであった。
そして、最後の弟子でもあるセルビアは焰のアーツを発動し全身に焰を纏い悠然と、ギレッドに立ち向かって行くのであった。
「んっ?? この気配は、セルビアかぁっ!!」
振り返りながらもギレッドは叫ぶ。
気合にも似た叫びだったが、セルビアは何も言わずその身を宿した焰ごとギレッドに身体ごと叩き込んで行くのである。
纏っていた焰は消え去り、セルビアは涙を流していた。
頬にかすり傷程度の与えられた事にギレッドは気づき、ニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべるのである。
「あの時よりもセルビア、強くなっておるのぉ〜儂は嬉しいぞ!!」
「守るべき者が私には、おりますので……」
「うむ!」
セルビアとギレッド。
二人は親子のように接し、俺とは比べ物にならない程の思い入れがある。
それを二人は言葉には現さず、戦いにおいて語り合っていた。
他の弟子たちでは踏み込む事の出来なかった想いを、越えられない壁をセルビアは越える。そんな戦いを繰り広げていた。
しかし、それでも……ギレッドは強かった。
決めてはやはり闘気であった。
闘気を身につけているのと、いないのとでは格が違い過ぎると言う事をギレッドは全ての弟子たちに、見せつけたのである。
勝敗は決しギレッドは、傷だらけのセルビアを見下ろしていた。
「セルビアよっ今からでも遅くない、闘気を身につけろ!」
「……どっ努力致しますわ。師匠」
苦笑いしながら答えるセルビア。
力の限り戦い、身も心も満足したギレッド。
全て終わったかのように思えた戦いだったが、今までのは布石にすぎなかった。
ギレッドの死を賭けた本当の狙いは、ここから始まるのである。