第九十九話 二度目の対決
昨晩と言うよりつい数時間前の事だとは思う。
確かに俺は、寝る前の修行としてリーサと一本勝負を行っていた。
そして、朝方……
初めてリーサから一本取った後の記憶が欠けている所から、嬉しさのあまりに気を許しその場で急速に訪れた眠気に身を委ねてしまったんだろう。
だから当然、目が覚めた時には外にいると思っていたのだが、なぜか俺は布団の中で寝ていたのである。
「どっしてぇ〜?」
思わず独り言を言っていた。
“……きっとリーサが、俺を部屋まで運んでくれたんだな”
と勝手に結論を出していた。
「後でリーサにお礼言わないとな」
むくりと起き上がり、身支度を整えた俺はリーサの元ではなくシュトラーフェが待つ道場へと、赴く事にしたのであった。
そう、リーサに会う前に俺は最後の修行を受けなければならない……
道場では、既に門弟たちが正座をしながら待機。
どうやら俺とシュトラーフェの戦いを見学するようだ。
見るのも修行。とはよく言ったものだ。
「よぉ……昨晩はよく眠れたか?」
「あっはい……」
“あれ? 俺を運んでくれたのはリーサではなく、シュトラーフェさんが運んでくれたのかな?”
ニヤニヤと笑うシュトラーフェにその事を聞くと、『そうだ』とあっさり認めてくれたのであるが、同時にその場にいた門弟たちの怒りの視線を感じ、俺は深々とシュトラーフェに頭を下げていた。
「まぁ気にするな」
今だに門弟たちが俺に向ける視線は痛い。
そんな中、そんなのは御構い無しにシュトラーフェは愛刀でもある大剣を構え始めるのである。
「では、早速始めるか」
「っはい!」
昨日で一ヶ月の修行は、終わりを迎えた。
今日は俺がどれくらい強くなったのかを、見定める為の最終試練となっている。
そして、俺の相手となってくれるのは……
最強剣士と呼ばれるシュトラーフェが不敵に俺の目の前にいる。
死ぬかと思った修行内容の数々が目を瞑れば走馬灯のように蘇り、つい先程のように思い出す事が出来る。
“はっきり言って、ギレット先生以上の過酷メニューだったよな。よく耐え忍ぶ事が出来たもんだ”
と我ながら、感心してしまうくらいだった。
「遠慮はいらぬ、全て出し切るつもりでどこからでもかかってい」
シュトラーフェの言葉に俺も一時的に授かった剣を構え戦闘態勢へと切り替えていくのであった。
あの時は……
風の街サイクロンで俺は、シュトラーフェと手合わせし何も出来ないまま一瞬で負けてしまった記憶がある。
それも本来シュトラーフェが使う大剣ではなく、俺の父が使う二刀流で……
コテンパンにやられた苦い思い出だ。
あの頃とは、違う事を見せつけてやる。
それにシュトラーフェといい勝負が出来ないようでは、俺の一ヶ月の修行は意味をなさなかった事になる。
“それだけは、勘弁してもらいたいな……”
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
気合を込め、先に仕掛けたのは俺だった。
シュトラーフェ相手に手加減は不要。全力をもって挑む。
流れるような闘気を全身に纏い、門弟たちの目に映らぬ速さで一気にシュトラーフェの間合いに詰め寄っていく。
「きっ……消えた!?」
間の抜けた門弟の言葉が道場内に響き渡る中、俺は既に力一杯シュトラーフェ目がけて剣を振り下ろしていた。
ガキィーーン!! と剣と剣がぶつかり合う音が道場内に響き渡ったと同時に、俺の身体は後方へと弾き飛ばされていく。
「……いってぇぇ」
剣と剣がぶつかり合り音が、鳴り響いたその一瞬。
俺の僅かな闘気の綻びを、シュトラーフェは見逃さなかった。
シュトラーフェはその僅かな隙目がけて思いっきり俺の腹を蹴りつけてきたのだ。
「闘気の使い方は一ヶ月前とは比べ物にならない程精度は上がっているが……まだまだ甘いな」
ドヤ顔で、シュトラーフェに言われてしまった。
「ふぅ……」
“闘気の乱れを一瞬で判断し、すぐさま攻撃してくるとは流石、最強剣士”
乱れた闘気を再び整え、今度はその闘気を剣にのみ集中させていく。
纏っていた闘気は身体から剣へと移り変わる。
門下生たちが、よくやっている技だ。
当たれば、威力は十分。
「むんっ!!」
掛け声と同時に真っ正面に剣を振り下ろすと、剣から発射された闘気は轟音と共に三日月状の形をし、シュトラーフェ目がけて襲いかかるのであったが……
シュトラーフェは臆する事なく余裕で大剣を振り下ろし俺と同じように闘気作り出していた。
当然、闘気同士は俺とシュトラーフェの中央でぶつかり合い相殺されていくのであった。
「……」
それを見ていた門弟たちは、冷や汗ものであった。
シュトラーフェが中央で闘気を相殺せずに、避けていた場合。
俺の放った闘気は、間違いなく門弟たちに直撃していた事だろう。
弱い門弟なぞいない。と豪語しているシュトラーフェではあるが、防ぎ切れるかどうかは微妙だった。と後に名前の知らない門弟がこっそりと俺に教えてくれた。
「ほぉ……全開だなぁルーク」
「まだまだ、これからです!!」
そうこれは、序の口。肩慣らしに過ぎなかった。
限界以上の力を、出し切らない限りシュトラーフェは倒せない。
そうわかりきっていた事だった。
しかし『アーツを使わないでの修業』と修業開始時に俺はシュトラーフェと約束を交わしている。
だから、この最後の戦いもアーツを使わずに闘気のみで戦わなければならない。
闘気事態は先程シュトラーフェが、言ったとおり俺は制御出来るようになっている。
だが、シュトラーフェと俺がこのまま何も考えずに闘気をぶつけ合いながらの戦いを行っていれば、最悪の場合……
道場を崩壊させてしまう可能性があるのではないか? と考え始めていた。
流石に門弟たちは死なないとは思うが、道場を破壊してしまったら弁償しろと言われるのではないか?
と不安になってしまった。
「そんなに道場の破壊が気になるか?」
「……はい」
「安心しろ、崩壊した所でお前に弁償しろとは言わん。言うならセルビアに高値で取引するさ!」
「……」
相変わらず、シュトラーフェは俺の心が読めているかのような質問をしてくる。
そんなに顔に出ているのだろうか?
“……ってセルビアさんなら、はいはいと言って出しそうだ……”
「それだけは勘弁してもらいたいです」
「ふむ。ならば、表で存分に暴れる事にするかな」
シュトラーフェはクイクイと外を指指し、俺の戦いは道場から急遽外の訓練場へと場所を移す事になったのであった。
「思いっきり暴れていいぞ」
全部防ぎきってやる。と言わんばかりのシュトラーフェであった。
訓練場の土台は、地面に思いっきり叩きつけられても死ぬ事はないような特殊な作りで出来ていた。
最も死ぬ事はないが、痛い事には変わりはないのだが……
深呼吸し精神を集中させていく。
本来戦闘中ならこのような一連の動作なぞ敵は、待ってくれる筈はない。
だが、今回はあくまでも俺の強さを図る為の戦闘であるので、シュトラーフェは攻撃せずに黙って見ていてくれている。
闘気を先程よりも濃密に、全身にまんべんなく巡らせる。
そして、不死鳥と言う名の焔を闘気を混じり合わせる事によって、ギレットやドランゴが扱っていな闘気を俺はシュトラーフェに見せつけていく。
そもそも、闘気を覚える事自体稀な事である。
俺の知る中で闘気を扱えるのは、ギレッドとドランゴのみ。後はここにいる門弟たち数名。
セルビアやマーシャルも闘気を覚えようとしたが、あと一歩届かなかったそうだ。
俺の場合、不死鳥のお陰でとも言えるけど……
っとまぁ、難易度の高い闘気を自由自在に扱える事が出来れば、立派な闘気使いと認められ剣の聖地ウイッシュでは、この段階で下山するようにシュトラーフェから通達されるらしい。
しかし、残りたいと言う意思をシュトラーフェに見せつける事が出来れば、師範代として残っていいそうだ。
要するに、リーサは闘気を扱えるのである。
師範代となれば、シュトラーフェの代わりに門弟たちに教えながらも自らの修行。
忙しいが、リーサはシュトラーフェに恩返しをしたいらしい。
話しを戻すがアーツを使えない、もしくはアーツを使う事を禁じている剣の聖地ウイッシュの人たちには悪いのだが、アーツを使う事によって闘気は更なる強さを発揮する事が出来、ギレッドとドランゴが扱っていた闘気である。
簡単に説明すると、アーツと闘気の同時発動だ。
それによってドランゴの扱う竜のアーツと闘気は、混じり合い更なる強さを。
ギレッドも同様だ。
メシュガロスでドランゴに放った闘気。あれだって衝撃のアーツと闘気によって産み出された物である。
はっきり言って、俺はそこまでの高みに登りつけるとは思っても見なかった。
精々更なる闘気の精度可ぐらいだろうと予想していた。
だが、全ては不死鳥のお陰だ。
不死鳥の協力によって俺は今、アーツを使わずとも焔の闘気を扱えるようになっていた。
“ブリュットの言うとおり、本当に俺の力になってくれているよ。こいつは……”
因みに焔の闘気に更に黒のアーツを発動するとどうなるのかは、やった事がないのでわからない。
全ては、この一ヶ月。そう、修行の成果と言える。
「ほぉぉぉ……」
シュトラーフェは俺の焔の闘気を見て、何を感じ取っているのかはわからない。
だが、このまま睨み合っているわけにもいくまい。
挑戦者らしく俺はシュトラーフェに対して真っ正面から突進していく事にした。
そんな俺の選択に、凄く嬉しそうな笑みを浮かべるのである。
「ふははははっ! アーツを発動していないと言うのに、セルビアに負けないぐらい良い焰だなルーク!」
上空を見上げるシュトラーフェの手には俺の剣だけが握りしめられていた。
「うをっうわっ!!」
シュトラーフェ目がけて突進した俺は、いつの間にか空高く空中へと投げ飛ばされていた。
そして、背中から地面へと落下していたのである。
“ってどうやったらこうなるんだよ! 訓練場に仕掛けでもあるのか?!”
狙いすましたかのようなシュトラーフェから発せられる闘気が、俺の背中に突き刺さってくる。
“やばい。このまま落下したら、確実に殺られる!!”
空中で体制を反転させ、シュトラーフェと向き合いながらここからどうすべきか?
防御するか? 攻撃するか? の二択に迫られるのであった。
そして、俺が出した結論は……
そのままの勢いで、シュトラーフェに拳を突き出していく。
そう攻撃を選択したのだ。
大剣と拳の激突。
当然、拳である俺の方が分は悪く、拳がシュトラーフェに届く前に纏っていて闘気が真っ二つに斬られるのであった。
“こっこわっ!! 闘気がなかったら今ので終わっていたよ!!”
「もぅおしまいか?」
俺の持っていた剣を足下に落としながら、再びシュトラーフェはドヤ顔をしながらクイクイっと挑発してくるのである。
「まだまだぁっ!!」
「疲れは、ないようだな」
剣を握りしめ、再び闘気を纏うのであった。
少し身体が重たいなと感じながらも、幾度となく俺とシュトラーフェの剣はぶつかり合った。
あの時は一瞬で勝負は決したと言うのに、今は違う。
俺はシュトラーフェの動き。呼吸。剣の速さなどを正確に捉え、一歩も引かない攻防を繰り広げるまでに成長する事が出来ていた。
それはそれで嬉しいく思うのだが、俺には勝負を決める決定的な隙をシュトラーフェから見出せずに攻め上がれないでいると、突如シュトラーフェは大剣を一度鞘に戻し、やや重心を前のめり状態に構え出したのである。
「そろそろ決着つけるかな……」
とその言葉と同時だった。
“剣が光った……!?”
真後ろにあった壁が粉々に砕け散っていく音が響き渡るのである。
「ふむ、外したか。久しぶりだから加減が難しいな。次は外さないが、死んでも恨むなよ」
再び剣を鞘に戻したシュトラーフェは、先程と同じ構えをしていた。
“また、さっきの目に見えない攻撃が来る! 考えろ!!”
“剣が光ってから避けたり、防御体制を取るのは遅すぎる。ならば一か八か……”
すぐ様結論を出し、借り物の剣に闘気を集中させていく。
剣は焔を纏いながら防御力抜群の剣の盾へと変貌を遂げていくが、俺にはこれでもシュトラーフェの先程攻撃は耐え切れないと悟っていた。
でも……それでいいと割り切った。
再びシュトラーフェの剣が光ったのと同時に俺の剣は一瞬、ほんの僅かだけ持ち堪えてくれた。
最終的には剣は砕け落り、シュトラーフェが放った高速の攻撃はそのまま壁に激突していくのであるが、その壁の瓦礫に俺の姿はない。
そう……シュトラーフェの攻撃を、防いでくれるだけで俺には十分だった。
シュトラーフェが放つこの攻撃、多分だけど一撃必殺だと思う。
二発。それも休む暇なく立て続けに放てば、運が良ければ隙も生まれる可能性だってある。
一か八か俺はそれに賭けてみた。
剣が防いでくれている間に、残り少ない闘気を両足に集中させ素早くシュトラーフェの背後へと回り込み、攻撃ではなく足払いをしていく。
ここで攻撃に転じれば、先程道場でやった一連の攻撃方法となりシュトラーフェに読まれている為防がられるだろう。
だからここはまず、シュトラーフェの体制を崩す事を優先したのだ。
「うわっ!!」
背後から足払いされたシュトラーフェは、当然バランスを崩し地面に尻餅をつきそうによろめいた所を、すかさず拳を地面スレスレから振り上げていくのだが……
シュトラーフェにあっさりと受け止められてしまった。
「はぁはぁ……」
「いい攻撃だったんだがな」
悔しい事に、闘気切れであった。
「今後の課題は見つかったか?」
「ハァハァ……体力!!」
体力は限界近くまで疲労し、短く答える事しか出来なかった。
この時点で勝負の勝敗は、決した。
だが、降参は認められていなかった。
明確な勝敗を、つけなければならないのである。
それが剣の聖地ウイッシュに住む者の決まりだそうだ。
「悔しいか……?」
「……悔しすぎます」
“あとちょっとだけ闘気が残っていれば、シュトラーフェさんに一矢報いる事が出来たのに……”
「そうか、その悔しさがあればお前はもっと強くなれるだろう。そして、誇っていいぞ。リーサですら私は本気を出した事はない、その私に本気を出させたんだからな……」
立っているのもやっとな俺にシュトラーフェは言葉をかけた後、容赦なく大剣を振り下ろしていく。
悔しく涙も出なかった。
ただ黙って、シュトラーフェの振り下ろされる大剣の太刀筋を、ジッと見つめる事しか出来なかった。
大剣が斜め上段から俺の肩に触れるか、触れないかその刹那の瞬間だった。
俺とシュトラーフェの間にある僅かな隙間を縫うかのように轟音と共に雷撃が落ちてたのである。
「!?」
大剣は俺の身体に一つも傷をつける事なく、そのまま地面に激突。
衝撃で地面に亀裂が入るのであった。
「……ったく何危ない事やっているんだ? お前……?」
電撃をピリピリとその身に纏いながら現れた青年は、何処かで会った事のある面影を醸し出していた。
そして呆れ果てながらも、俺とシュトラーフェの戦いを悪びれる事なく制止してきたのであった。
「おい、どういうつもりだ? 勝負に対しての横槍は、私とルークに対する侮辱と取るぞ」
「まぁまぁそう怒るなよ、シュトラーフェ」
シュトラーフェの睨みに臆する事なく青年は俺の顔をチラリとだけ見て、再びシュトラーフェの方へと目線を向けていく。
「はぁはぁ……」
「お前の一撃で、そいつが大怪我してしまったら俺が困るんだよ」
「何をふざけた事を!!」
空気は重く、ピリピリと突き刺すような互いの殺気に一触即発だった。
門弟たちはとてもではないが、この空気を止める事は出来ず只々見ている事しか出来ないでいた。
俺とシュトラーフェの戦いから、青年対シュトラーフェとなってしまうかのような状況下で、シュトラーフェは戦いを選ばなかった。
「はぁ……仕方がない、話を聞こう」
大剣を鞘に戻したシュトラーフェからは殺気は消え失せ、今から勝敗を決すると言う事にはならなかった。
俺にしてみれば完敗だった勝負の筈なのに、結局決着はつかず曖昧と言う形で幕を降ろす事になってしまったのであった。
◆◇◆◇◆
「……で? なぜ邪魔をした?」
不機嫌そうに、シュトラーフェは青年を睨みつけていた。
今、俺たちは外の訓練場から場所を移動していた。
それは、青年がどうしても俺とシュトラーフェの三人だけで大事な話しをしたい。との事で、シュトラーフェは渋々了承しシュトラーフェの部屋へと赴いたのであった。
青年は、俺が幼い頃……
パラケラルララレ学校時代、合宿の際に出会ったベイウルフ・デーンだった。
“確か、この人はセルビアさんの旦那さんだったな……
うん。セルビアさんにベイウルフさんと出会った事は内緒にしておこう。
また暴走されたら困るし……”
「おい、シュトラーフェ。俺は、人払いをと……言った筈だが?」
「今ここには、三人しかいないぞ?」
「俺を甘く見ないでもらいたい。……屋根裏と床下に一人ずつ気配がするぞ」
ベイウルフの言葉にシュトラーフェは『相変わらず、食えぬ奴だな』と言い、下がるように合図を送ったのである。
“全然気がつかなかった……”
「では、話すかな。回りくどい話は嫌いだから率直に言うと俺は今、ギレッド師匠と共にいる」
「!?」
ベイウルフがもたらした言葉はシュトラーフェはどうかわからないが、俺を驚かすには十分な一言だった。
「ギレッド先生は今どこに!!」
「まぁ慌てるな。俺は、お前をギレッド師匠の元に連れていく為に、ここに来たんだ」
「ほぉ……ついに覚悟を決めたった事か?」
「あぁ」
「どう言う事ですか?」
「……ギレッド師匠は、アーツハンター協会が発令した処刑命令を全面的に受け入れたって事だ」
「なっ! なっ!!」
「だが、ギレッドの事だ。ただでは逝かんだろ?」
「だと思う。俺の想像を超えた事をして盛大に逝くんだろうな」
そんなやりとりをシュトラーフェとベイウルフはしていた。
他人事のように話ししている二人を見ていると、なぜか無償に怒りが込み上げ気がついたら……
「ふざけるなぁ!!」
と怒鳴り散らしていた。
「あのよぉ……もうこれはどうしょうもない事なんだ。いつまでもガキじゃあるまいし、理解すれよ」
「理解出来る筈ないです。師匠なんでしょ? なぜ、助けたいとは思わないのですか!!」
その一言は、言ってはならない言葉だった。
突如ベイウルフは怒り狂ったかのように怒気を飛ばし、思いっきり俺を殴り飛ばしてくるのであった。
堪らず壁に激突し、その衝撃に視界は掠れていた。
「げほっげほっ……いってぇ」
ベイウルフはそのまま俺の胸元を掴み上げ、鬼の形相で睨みつけていた。
「いいかガキよく聞け。俺だってこの状況どうにかしたかった。だが、もう誰にもどうにも出来ないぐらい自体は深刻に進んでいるんだ。それを止めるのは俺にも出来ないしお前にも出来ない。いつまでもガキみたいに我儘言っているんじゃねぇ!!」
「ギレッド先生の死を受け入れるのが大人になる為だと言うのなら、俺はいつまででもガキのままでいいっ。だからギレッド先生は死んじゃダメです!! ……ダメ……なんです……」
半泣きになりながらも、必死に俺はベイウルフに訴え続けていた。
「ベイウルフ……もう何言っても無駄じゃない? ルークはガキなんだから……」
シュトラーフェの一言にベイウルフは掴んでいた襟元を離し、呆れ果てたかのようにため息をつき再び俺に話しかけてきた。
「お前の気持ちはわかった。だが、師匠と呼び尊敬する最強と呼ばれる男が、人生最大の何かをやろうとし覚悟を決めたんだぞ。それをお前が止める権利がどこにある?」
「っ……」
「俺もお前も……誰もギレッド師匠の想いを止める権利はないと思うぞ……」
「でっでも……俺は!!」
「ギレッド師匠の最後の想いに応える。俺もお前もそれがせめてもの恩返しじゃないのか?」
ベイウルフの言葉は、何も反論出来ず俺を黙らせるのに十分な言葉だった。
◆◇◆◇◆
ルークがベイウルフと共に剣の聖地ウイッシュを旅立ったのと同時刻。
ガルガゴス帝国領において、誰も近寄らないと言われている山奥の山頂に死神は、気配を集中させていた。
総帥から出された沢山のターゲットが、今どこにいるのかを正確に把握する為に……
死神の感知のアーツの手にかかれば、誰がどこにいるのか全て手に取るかのようにわかるのである。
無論ギレッドの居場所も死神は知っていた。
だが、死神の暗殺のリストにギレッドの名は載ってはおらず、ターゲット以外の暗殺は死神のポリシーに反していたゆえに、放置していたのである。
確かにギレッドの存在は死神にとって邪魔な存在ではあるのだが、死神はギレッドに罪を被せていた。
死神自身がローラを殺したのは間違いないが、死神は狡猾にもギレッドを犯人としてしたてあげる事に成功。そこから先は面白いぐらいに話しは進み、最終的にはアーツハンター協会はギレッドに対して処刑命令を出している。
邪魔な存在ギレッドは、アーツハンター協会が勝手に処分してくれる。
それも時間の問題と死神は、結論を出し既に興味はなく別なターゲットの把握に専念していたのであった。
そんなある日、死神は思わずニヤリと微笑んでいた。
「みぃつけたぁ〜」
死神は的確にルークの居場所を感づく事が出来たのと同時に、なぜ感知のアーツを持ってして今まで感づく事が出来なかった訳も、理解する事が出来たのである。
「ほぉ……なるほど、剣の聖地にいたのか。確かにあそこに篭っていれば、感知のアーツが反応する事はないよなぁ」
独り言のように死神は話し、ある疑問が脳裏に浮かび上がってきた。
隠れていれば良かったのになぜ、出てきたのか!?
殺すのは幾らでも出来ると結論を出した死神は、最後の花向けにルークの目的を見届けてから殺そうと決め、その身は行動に移されるのであった。
--- ガーゼベルトにて ---
アーツハンター協会では、今だにローラを殺害したギレッドの足取りは掴めず、協会長代理として着任している元副会長のシドニー・ラーニアは苛立っていた。
「アーツハンターの信頼も失墜してしまう! 早くギレッドを……!!」
とシドニーは周りのアーツハンターたちに苛立ちを八つ当たりしていたのである。
そもそも、幹部以外。即ち一般のアーツハンターたちは一人もギレッドがローラを殺害したとは信じてはおらず、シドニーの暴走と捉え、協会長の器ではないとさえ感じる者も現れ始めたのである。
だが、それを言葉に出せば反逆罪としてギレッドと同じ目に遭う事を知っているアーツハンターたちは、渋々シドニーの言う事に従うしかなかったのであった。
誰もが願っていた。
ギレッドの処刑の阻止を……
しかし、その想いとは裏腹に事態は進んでいく。
幹部である、警備兵連隊長 ユンム・ラブウムがギレッドの居場所を突き止めたと言うのである。
シドニーは決着をつけると意気込み幹部五人全員に一緒に行くようにと伝令を出したのだが……
政治専門館長スカンディス・カール。
訓練施設長シグルド・ソグン。
アーツハンター専門裁判長ヒルヤン・ゴッド。
の三名は、拒否したのである。
理由としてスカンディスは、幹部五人もぞろぞろと行く必要はないだろう。と言い、シグルドは、『ラグナロク』から離れるわけには行かない。と言い放ち、ヒルヤンは呆れた顔をしながら、手がけている書類を放棄する訳にはいかない、勝手に行け。
だった。
三人の意図は他にもありそうに思えたが、シドニーは既にギレッドの処刑に頭が周り深く考える事は出来ず、三人の申し出を受け入れたのであった。
こうして、シドニーは腹心のユンムとアーツハンターたちを率いて、ギレッドの元へと向かうのである。
--- メシュガロスにて ---
取り戻す事に成功したメシュガロスではあるが、今だに問題は山住みであった。
そして、マーシャルはギレッドの件よりも今後のアーツハンター協会について。これを最優先に事を進めていたのである。
ギレッドの件が終息すれば、今後忙しくなるのは明白。新しいアーツハンター協会長の就任は誰になるのか?
副会長のシドニーは『我こそが……』と言いそうだが、副会長だからと言って選ばれるわけではない。
アーツに認められなければ、どんなに正当化しようが……
協会長代理であると言い張ったとしても……
決定権はないのである。
新しい協会長が誕生すれば、次はガルガゴス帝国への侵攻。
アーツバスターたちとは、手と手を取り合う事は不可能である以上……
アーツ第一次戦争以上の戦いが勃発するのも明白。
となれば、ここがアーツハンターたちにとって拠点となっていく。
頭を抱える程重要な内容ではあったが、マーシャルは投げ出さなかった。
ローラの出した最後の指令を成就するべく、毎日不眠不休でやるべき事をやり続けていたのであった。
そんなある日、ギレッドを探しに来たと言うセルビアの来訪にマーシャルは大喜びし、セルビアの大っ嫌いな書類整理を手伝わせようと企んだのである。
これで処理速度は倍となり、少しは休息が取れるだろう。と期待してしまうのであった。
セルビアは、久々に再開するマーシャルに会うべく部屋に入った途端、踵を返し逃げ出そうとしたのだが、今、セルビアが最も知りたい情報を教える。と言われてしまえば、セルビアは大っ嫌いな書類整理だろうと手伝うしかなかったのである。
しかし、マーシャルの思惑通りには事は進まなかった。
倍になるどころか、逆に足を引っ張られる始末。
手伝ってと言った手前無下にも出来ずに、増えた書類に苦笑いするしかなかったそんなある日の事だった。
マーシャルの元にギレッド発見の報は告げられるのである。
さっさと身支度を整え一目散に出て行ってしまったセルビアを見ながら、後で報告を聞こうかと書類に手を延ばすと、セルビアは忘れ物を取りに来るかのように舞い戻り、嫌がるマーシャルの首根っこを掴みギレッドの元へと赴くのであった。
こうして、ギレッドの元には様々な者たちが集まり始めたのである。
殺したい者。
生かしたい者。
ただただ見守り続ける者。
ギレッド、最後の戦いが今、幕を開ける。