第1話 特別編 上 『夜』
第1話は長くて字が多くて読みづらいと思います。D・Dと同時進行していますので、更新が遅いかもしれませんがご了承ください。ライトノベルのように意識したのですが、僕自信、文学等をよく読むのでどうしても固くなってしまいます。すみません(..)
人よりも背が小さいことが悪いことじゃないってのは、物心付いた頃から知ってるし、当然なことだと思う。だからって背が小さくて気にしていないかと言われれば、それはもちろん気になって性がない。入学式の体育館入場、体育の整列も含めていつも先頭だ。かれこれそれを幼稚園から合わせると、もう12年間も続けてきたのは正直、頑張ったと思う。先頭と言うプレッシャーに耐えきったこの12年間は俺にとってはまさに修羅場。つねに恥ずかしさを心の中に備蓄していた俺の精神のすり減りようは、世間一般で言う「チビ」にしか当然わからない。
チビは色々と苦労がある。スポーツしてたって簡単に吹き飛ばされる。ボールに手が届かない。ネットを越えていかない。なのでスポーツはやるのを諦めることにした。そうしたら学校行事の運動会や体育祭がきたときの憂鬱加減ときたら半端ではない。普段の体育の時間の数倍は精神がすり減っているのだ。
それだけじゃない。恋愛もそうだ。俺だってプライドはある。だから自分より背の高い女子と歩くのだって、そりゃあ嫌に決まってる。でも可愛い女子は大抵自分より背が高くて、それを見てまた憂鬱な気分となってしまう。負の連鎖。その一言で片付けられる背が小さいという身体的なハンデ。バレンタインなんて糞くらえだ。自分より背の高い妹からの慈悲なんか、カウントしないだろう?
そして身体的なハンデと精神的な苦痛を持ち合わせた俺は、自分に自信が持てないまま高校へと進学した。
小高い丘の上に建つ西洋を思わせる外観。
「双葉学園高校」
いくら私立だからといって豪華過ぎるんじゃないか。思わず口から溢れてしまう。建物の中央には時計台もありやがる。改めて、何だここは。西洋式の門の向こうには赤茶色の巨大な建造物が学生達を迎え入れている。正面玄関でもこの迫力。中に入ったらたまったもんじゃないだろうなと、心の中で呟きつつ、重い足を動かした。
俺の心を乱したのは何も建物だけじゃない。朗らかな表情で周りを歩く学生の制服もだ。薄い水色で所々に白やら赤やらのラインや装飾が施されたセーラー服の女子、紺色をベースにした赤いネクタイのブレザーの男子。いったいどの過程でこんな制服が許可されたんだか。
教室は外見とは裏腹に何処にでもある教室だ。黒板があって教卓があって席がある。黒板の中央には名前が羅列されてある。どうやら初日の席順なんだろう。取り敢えず、自分の席を捜してみる。何だ、一番前かよ。教卓のすぐ目の前の一番先頭。手持ち鞄を机の横に引っ掛け、席に腰を下ろす。
一時間目は予想通りの自己紹介。
「趣味は・・・、読者です」
なんと当たり障りの無い回答。作業のような拍手が鳴り響き、俺は教卓から席に戻った。見たところ、チャラチャラした調子者や不良はいなさそうで安心した。そんな輩がいたのなら、俺は間違いなくパシりへのスタートラインを切ることになる。
「篠原カオリです」
そんな事を考えていた俺の目の前に降臨した一人の美少女。腰までも伸びる艶やかな長髪。潤んだ瞳は鋭い切れ目で俺達を見下ろしている。端整な顔付きは何処か大人びて、それに加えて・・・
――美人だ。
趣味がどうとか、特技はどうとか、そんなことは頭に入ってこない。ただ、自分の目で見ていたい。心が跳ね返るように鼓動がどくんどくんと動いている。
その美少女、篠原カオリは、軽くお辞儀をして教卓を後にした。拍手が鳴り響き、次の学生が教卓に上ったようだ。そんな事にはまるで興味が湧かない。自らの席に帰る篠原カオリをじっと見続けてしまうのだ。歩く、止まる、座る。一連の動作が全て神々しい。まさに天使だ。席に座った篠原カオリは朗らかな笑みを浮かべて発表を見ている。
「これで自己紹介を終わります。早く友達ができるといいですね」
担任が清々しくそう言った。
部活動を一通り見学しようと、放課後教室を出た。
「よぉ、お前もこの高校に来てたのかよ」
教室を出た途端に背後から話し掛けられた。この声は聞いたことがある。小学校から聞き続けるこの男の声は実に鬱陶しい。話し掛けられたのだから振り替えるしかないだろう。心は拒否しているのだが、体は自然に振り向いた。
「あ、相澤・・・」
相澤トモユキ。やたら図体のでかいこの憎たらしい男。顔なんて男の俺からしたらイケメンかどうかなんてわかるはずないだろ?ただ、俺と違ってバレンタインは妹の慈悲ではないのだ、全く憎い男である。しかし、本当に憎いのは俺よりも圧倒的な高さを誇る、その身長だ。
「お前、また縮んでねえか?」
俺の身長は・・・。あえて伏せておこう。この憎い大木男とは天と地の差を実感してしまう、だからこうして会うのが嫌なのだ。しかし、こいつはそれを知ってか知らずか、いや知らないのだろう。真っ白な歯をこれまでかと言うくらい輝かせていやがる。
「それにしてもこの双葉学園って、やたら豪華じゃん。校舎なんて外国の城みたいだな」
こいつは憎いがそれは賛同する。西洋の古城をまるごと買い取ったみたいな外観は余程の金がつぎ込まれたのか、酷くきらびやかに見える。
「古城だったら亡霊とかいないもんかな?」
はにかみながらトモユキは冗談を言っている。どんな階段話だよ。俺はぎこちない笑みで、いないだろ、と言った。
* * *
最初の1週間はみんな手探り状態だ。どんな人がいて、自分はどう見られているんだろう。そんな好奇心と不安が心の中で葛藤する中、トモユキはそんな事は微塵も感じさせていない。
「相澤君って、何処から来たの?」
「何部に入ってるの?」
「彼女いるの?」
耳にまぶたのような蓋が欲しいと思ったよ。僅か1週間でトモユキはクラスの人気者と成り上がり、俺は今だ底辺をさ迷っている。あまり積極性のない俺は人に話し掛ける事も勇気が必要なのだ。だからと言って話し掛けられたらスムーズに会話をこなす事などまず不可能。だから俺は・・・。
「なぁ、トイレ行こうぜ?」
トモユキに話し掛けられ、行動を共にするしかないのである。
トイレに至ってもこの高校は豪華絢爛だ。装飾品が散りばめられたトイレで用を足す。落ち着くべきトイレは何だか酷くそわそわする。俺だけか?
「お前、友達できたか?」
当然、出来るわけない。
「気にすんな、俺だってまだクラスメイトに気を許してるわけじゃねえよ」
この男は何だかムカつくな。自慢なのか?俺を馬鹿にしてんのか?
「違うって、気を許せるのがお前くらいってことだよ」
悪戯に笑うトモユキ。何だよ、照れるじゃないか。ここは素直に言いたい、ありがとう。
「そう言えばさ、この学校の噂聞いた?」
「うわさ・・・・?」
「何かよ、双葉学園には七不思議があって。それが何だかおかしくてさ。ほら、よく聞く七不思議って、トイレの花子さんだとか階段の数が多いとかだろ? そんなんじゃないんだよ」
じゃあどんなんだよ。トモユキは手を洗いながら真顔でこう言った。
――人が、消えるんだってよ。
そんな馬鹿な。宇宙人でも来て浚っていくのか? そんなオカルトチックな話を信用するこの男はどうやら馬鹿なのかもしれない。
「気を付けろよ、ただでさえちっさいんだからよ」
「馬鹿にすんな」
トモユキの腹を軽く殴り、トイレを後にした。トモユキは笑っていた。
* * *
翌日からのクラスは全くと言って良い程異常だ。いくら頭が悪くても、こんな異変に気が付かないヤツはいない。会話が苦手だとか、人見知りだとかそんな事は気にしてられない。手当たり次第に話し掛けて問い掛ける。
「トモユキは、相澤トモユキは!」
クラスメイトみんな怪訝な顔をして、まるで異常者を見ているように。誰もが同じことを口にした。
「トモユキ君って、だあれ?」
昨日までクラスの人気者だったトモユキ。あんなに親しそうに話し掛けていた女子も男子も、みんなトモユキの存在を知らないと言う。それに・・・。
「机だってないだろう?」
昨日、女子が群がっていたトモユキの机がこの空間には無いのだ。それだけじゃない、朝担任のとった出席にすらトモユキの名前は出てこなかった。
まるでトモユキが今まで存在していないかのような不可思議な現象。机に突っ伏して考え込む。やっぱり、やっぱりトモユキの存在が消えてる。
――人が、消えるんだってよ。
昨日、トモユキがトイレで言ったその言葉を何度も何度も頭の中で繰り返した。だけどそんなオカルトチックな事が起きるはずはないし、でも実際に起こっている。混乱している俺は、机に突っ伏して考え込むしかなかった。
「その・・・もしかしたら、力になれるかも」
机に突っ伏す俺に話し掛ける者がいた。力になれるかも、その言葉に反応して直ぐに顔を上げた。
目の前に立っていたのは以外な人物だ。耳を僅かに通りすぎるくらいの黒いショートヘアー。丸っこい瞳が潤んで今にも泣き出しそうにしている。以外な人物、そう、女なのだ。
「な、何か、知ってるんですか!」
家族を除いて女子と話したことなどほとんどない。だとしても、今この状況を打破してくれる手段を見過ごすわけにはいかない。精一杯の発言なのだ。
「あ、その、私は知らない。でも、彼女なら知っているかも・・・」
顔を赤らめた女子はすっと、指を指した。指し示す方向には窓の外を眺める美しい顔があった。篠原カオリが座っているのだ。女子はそう言い残すと、顔を隠すようにしてその場を去っていく。今の人は確か、新宮マユリとか言った気がする。
立ち去る新宮マユリを見ながらも、意識は既に篠原カオリに移っていた。急いで机から立ち上がり、駆け出す。篠原カオリの前まで行くと、空気を思いきり吸い込んだ。
「あ、あの!」
篠原カオリは目を丸くしている。自分でもおかしな事をしているのはわかっている。だとしても興奮がそれを上回っているのだ。
「新宮さんから聞きました。トモユキ、トモユキのこと何か知っているんですか!」
驚いた表情が徐々に平常に戻る。見透かしたような表情で、薄いピンク色の唇がゆっくりと動いた。
「まだ動くのは早い。早すぎると逃げられてしまうよ」
何を言っているんだ。冷静に妙な事を言う篠原カオリは一直線にこちらを見ている。
「君が異変に気が付くってことは、君にも素質があるようだね」
女子に見つめられたのは初めてだ。鼓動がどんどん早くなる。汗が全身から吹き出るのを感じるが目は離せない。しっかりととらえられたように1ミリも動かないのだ。
「早ければ今日中、異変はここを包み込むよ」
篠原は鞄から1枚の小さな紙を出す。白い小さな紙はどうやら名刺らしい。中央に縦書きで書かれた篠原カオリの文字。そしてそのすぐ横に書かれた奇妙な文字。
「真夜中探偵事務所?」
思わず首を傾げた。