新人テスト
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――新人テスト当日。
SWPの道場に、小柄な二人の女子が立っていた。
田中奈美子。18歳。158cm、55kg。世間では標準サイズだが、女子プロレスの中ではどうしても小柄に見える。私に似た、黒髪のショートカットの子だ。高校2年の時に私の試合を見て、そこでプロレスファンになってひたすらレスラーを目指して体を鍛え始めた。自称「体育会系合唱部員」。何だそりゃ。
緒方ますみ。15歳。151cm、43kg。こっちは黒髪のロング。どこかのアイドルグループに多い髪型をしている。現役女子高生で、陸上部で短距離とハードルの選手をやっているらしい。全国には届かないが、一年生ながら県では決勝まで行くらしい。実鈴がロードワークの最中によく会い、話をするようになって、テストを受けることになったそうだ。プロレスは兄とTVゲームで遊んで知っているという程度。
「――書類審査上は、通知させてもらった通り、二人とも合格です。プロの世界は厳しいので、本当にプロレスができるのか、したいのか。皆さんの体力と気持ちを今日はテストさせてもらいます」
新人テストの進行は、もちろん私が務める。アシスタントに実鈴。山倉はややこしいので休暇を与えておいた。前田さんは後で自主練に来るそうだ。
「では、最初に、体力テストを行ないます」
たいして考えていないので、その場の思いつきで、腕立てと腹筋を100回ずつと、スクワットを200回というメニューに決めた。
ちなみに、私や実鈴の新人テスト時は、腕立てと腹筋、背筋が100回を2セット、スクワットは300回だったと記憶している。
最近は、新人テストは書類と面接だけ、という団体も多くなっているそうだが、SWPにはそういう余裕はない。ある程度基礎体力があって、早くデビューできる選手であってほしい。昔は25歳で引退という暗黙のルールがあったため、15歳や18歳からの入団が多かった。しかし女子プロレス人口の減った現在では、引退制度もなく、年齢も不問になっている団体が多い。そのため、中学生レスラーや40代のベテラン選手まで幅広いレスラーが存在する。
ちなみに、SWPの募集要項は、「15歳~25歳までの、プロレスが好きで、体力に自信のある女性。未成年は親の承諾が必要。経験不問。格闘技経験者は優遇します」だった。
体力テストは一応行なうが、あくまで本気度を見るためのもの。このくらいのウェイトトレーニングは毎日のように行なうので、できないと正直、厳しいのではないかと思う。だが、体力があるからと言ってプロレスが続けられるかというとそうでもない。プロレスラーになってリングに上がろうという気持ちがなければ、簡単に続けられるものではない。
まずは腕立て伏せと腹筋。
1セット目、田中は途中、腕が上がらなくなるものの、気合いで何とか乗り切った。結構根性がありそうだ。緒方は何度も腕立てが止まったものの、腹筋は余裕でクリア。2セット目は田中は腕立ては70回でストップ、腹筋はクリア。緒方は腕立ては30回を過ぎたところで腕が上がらなくなりストップ。腹筋も50回に届かずに終わった。
スクワットは田中が140回でストップ、緒方は210回でストップとなった。
やはり、今日の女子には厳しかったか。さて、どうしよう。
「・・・・・・自分、ダメっスか?秋山さんの団体でプロレスがやりたいッス」
フラフラの状態で田中が顔を上げて私を見つめた。
緒方も、足がガクガクしているが、このままは納得いかないという目でこっちを睨んでいる。
(――最近の子は負けん気だけは強いのねぇ・・・・・・)
さてどうしたもんかと頭をめぐらせる。
私、負けん気と根性のある子好きなんだよね。はてさて。でもテストはテストだし。
プロレス的に面白いのは――よし。
「・・・・・・じゃあ、こうしましょう!二人とも、体力テストは不合格!・・・・・・ただし、これから二人に練習試合をしてもらって、勝った方が合格!」
「ちょ、ちょっと待ってよ祐子!二人ともプロレスの技も受身もできないでしょ。ただのケンカになっちゃうわよ!怪我でもしたら保護者に何て説明するのよ!」
常識ある実鈴が止めに入る。ニヤリ。
「そう?・・・・・・それなら、こうしましょう。二人でこのラニーニャ実鈴選手と戦って下さい。どんな手を使ってでも、実鈴からカウント1を奪えたら、あなたたちの勝ちで二人とも合格。負けたら仕方ないからやっぱり不合格。OK?実鈴も、素人が何やっても大丈夫でしょ?それに、二人で戦わせるより怪我の可能性は少ないでしょ?」
「えぇ!?それなら祐子がやったらいいでしょ!」
「実鈴ちゃん、社長はいろいろ忙しいの。あー忙しい忙しい」
「・・・・・・もぉ!」
――ごめんね、実鈴。私がやると手を抜いちゃいそうだから。適材適所よ。
顔を見ると申し訳なくなるので、目線を実鈴から逸らして新人二人へと向ける。
「さて、どうする、二人とも?やる?これはチャンスよ」
「やるッス」
「やります」
二人とも、心なしか目が生き返ったような気がする。しかし、腕も足もボロボロ。こんな状態でまともに戦えるわけがない。
それでも、私はこの二人を見てみたいと思った。できないとしても、ボロボロになっていても目には力があるし、眼前のプロ選手相手に怯む様子がない。
「じゃあ、無制限一本勝負。美鈴は1カウントで負け、二人は降参かギブアップするまで。関節技は危ないからロープブレイクは有効で」
やれやれといった表情で実鈴がリングに上がった。
「・・・・・・祐子、後で夕食おごってよね」
「はいはい。そこは社長命令で黙って働いてほしいところだけどなんだけどなぁー」
コーナーにもたれながら、リング上のプロレスラーはリングの下の素人二人に手招きした。
「じゃ、二人ともかかっておいで。リングの上では容赦できないわよ」
「よろしくお願いするッス」
「お願いします、遠藤さん」
新人二人vsラニーニャ遠藤。
未完の大器たちが、その片鱗を見せることになる。