レスラー兼社長、秋山祐子
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「じゃあ、今度は私たちもやろっか。あんなの見せつけられて、ジッとしてられないしね」
「社長、あたしが今日も勝ちますよ!」
「ハイハイ、私はアンタにまだ負けたことないわよ」
私とバッファロー山倉とでのスパーリング(というか練習試合)は、巨体の山倉相手になかなか投げが決まらず、主に打撃でねじ伏せる展開になる。中盤は関節技を中心にスタミナを奪い、最後は無理矢理な形だったがジャーマンスープレックスで決めた。
「千年早いわよ。出直しといで」
「チキショー」
山倉はそれなりに消耗しているが、私はスタミナ的にはまだまだ余裕がある。経験も違うし、元々スタミナや受身には自信がある方なので、長期戦になれば私が圧倒的有利。
「思ったより長びいたわね」
「23分12秒。確かに、ちょっと長いですね。山倉も伸びて来てる、ってことなんでしょうね」
「それもあるのかな。でも、それというよりも――」
実鈴と前田さんは私たちの試合の感想を交換していた。ベテランレスラーに自分がどう映ったのか、ちょっと気になるといえば気になる。最後に前田さんは少し首をひねっていたような・・・・・・。
「ハイ、じゃあ、あとは仕上げのウェイトやって、全体練習はそれで終わり!後は個人練習ね。夜は前田さん歓迎会だから、遅れないように。特に山倉!いつも遅刻しすぎ!明日は新人テストの日だから、遅くならないように早めに切り上げましょう」
そう、明日はSWPの新人テストであり、二週間後には初の自主興行が行なわれる予定だ。収支がどうなるのか、新人経営者としてはハラハラしているのだが、レスラーとしての秋山祐子はワクワクしている。
日本一のレスラーへの挑戦、そして、もう一つ、ゴールデンタイムでのプロレスTV放送に私は挑戦したい。伝説のように語られている数十年前に挑戦したいのだ。そうでなければ、プロレスはどんどんマイナーになっていってしまう。
いろんな想いが頭の中を往来していたが、山倉の一言で我に帰る。
「社長!社長ってば!新人テストって何やるのか決まってるんすか?」
「そういえば、祐子、結局決めたの?ずーっと秘密って言ってたけど・・・・・・」
あ、すっかり忘れてた。やば。
まぁ、適当に体力テストとスパーリングやらせれば何とかなるでしょ。入ってからの方が大変なんだし。
「だぁーいじょうぶ、任せておきなさいって。社長を信じなさいっ!」
高らかに笑ってVサイン。
それ以上突っ込まれないように、いそいそと最後のウェイトトレーニングを始める。
腕立て50回、腹筋100回、スクワット100回を3セットこなし、ストレッチをして今日の練習を終了。本当はもう少しやりたいメニューもあったのだが、午後は事務仕事もしなければならず、ずっと練習もしてられない。
午後は興行のための各種の手続きや確認に追われることとなる。
設備を自前でもたないため、設置用のリングなどもリング屋と呼ばれる専門業者に今回は頼むことになる。社長とはいえ、規模が小さいので、事務的な雑用をほぼ全てやっているようなものだ。
夜は前田さんの歓迎会を食べ放題の焼肉屋で行なった。SWPは三禁(酒・タバコ・恋愛は禁止)のため、お酒を飲みに行くことはない。
前田さんの新人時代や、トップレスラーならではのいろんな話が聞けてとても楽しい時間となった。本当に気さくに話してくれて、親しみやすい。
普通の飲食店では、やはり私達は目立つ。まず、背が高い。そして、山倉がデカい。
見た目も目立つが、食べっぷりも目立ったようだ。体育会男子のように食べまくる女子四人。ひっきりなしに往復する店員。だんだんと、チラチラ振り返る人が増えてきた。最初は気まずかったのだが、途中で開き直って、他テーブルにチラシを配って初興行の営業をさせてもらった。どうせなら、チケットも持って来ておくべきだった。
さて、明日は新人テスト、書類はあくまで参考程度。どんな子が来るのか楽しみだ。
テストの内容を決めるのをすっかり忘れたまま、満腹の私は眠りについてしまった。