その女たち、あまりにもプロレス的な
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都内、というにはあまりにも埼玉に近い地域に私たちSWP(Star Woman Pro-wrestling:スター女子プロレス)の道場はある。
小さな工場跡のプレハブ小屋をリフォームして、リングとウェイトトレーニング用のダンベル類とサンドバッグを置くと、狭いながらもそれらしくはなった。
「社長!前田さん来るのって今日だっけ?」
リング上で巨体を折り曲げてストレッチしながら、山倉が声をかけてきた。
バッファロー山倉。本名、山倉晴香。20歳。通称、「リングの暴れ牛」。180cm近い身長と、100kg近い体重を持つ、日本でも屈指の重量級レスラーだ。まだ4年目だが、以前から体格のために中堅どころよりもずっと目立っていた。性格の問題さえ無ければ、いろんな団体から声がかかっていただろう。
「ああ。前田さん、今日かららしいよ。いいお手本が来てくれてよかったよ」
前田さん、というのは、以前からフリーで活躍しているベテランレスラー、イーグル前田のことだ。ピークは過ぎたが、魅せるプロレスには定評があり、プロレスの教科書的な選手だと言われている。性格も明朗快活で、どの団体でも重宝され、若手の選手たちに特に人気がある。
森に伝手があったらしく、二つ返事で半年間の契約を結んでくれた。
この半年間の間は、一緒に練習にも参加することになっている。そもそもフリーのレスラーは練習場所が無いことが多いので、参戦する団体で練習場所を借りることが多い。
「ああ、前田さんかぁ。スゲーなぁ。あの人、空中殺法で自衛隊のヘリを落としたらしいよ。どんな技使ったんだろうなぁ」
山倉は嬉々として語っているが、彼女の言うことの7割は嘘と妄想だ。嘘をつくことにためらいが無く、「プロレスラーは軍事兵器や武器を持った軍隊よりも強い」という妄想があってそれを布教してくるので、多くの人は付き合いにくさを感じている。ただ、本人には悪気は無いのだ。慣れてしまえば何でもない。
「そんな人間いないわよ。どれだけ飛ぶのよ。ランボー扱いしたら前田さんに失礼でしょ」
山倉のストレッチの補助に入った実鈴がグッと力を入れた。山倉が「あいたたたた」と軽く声をあげる。
ラニーニャ遠藤こと遠藤実鈴は私のNWPでの同期であり、一番の友人だ。年齢的には私より一つ下だが、同じ5年目。同期の中では最も戦績が良い選手の一人だった。怒りに燃えた相手を冷静に、確実にしとめていく様からマタドール(闘牛士)の異名を持つ。
実は、バッファロー山倉に実鈴は負けたことが無い。山倉はまだ気付いてないらしいが・・・。暴れ牛vsマタドールはさすがにマタドールらしい。
「まあまあ。でも本当楽しみだよね。実鈴も前田さん呼べたらって言ってたよね」
「そうね。ファイトスタイルとかすごい勉強になるの」
三人でストレッチをこなしていると、道場のドアが開き、張りのある声が聞こえてきた。
「こんちわー!今日からお世話になります、前田です!よろしくお願いします!」
招待したフリー選手とはいえ、業界内でも有名なベテラン。プロレスの世界は実力社会でもあるが、上下関係も厳しく指導される。反射的に三人とも起き上がって直立した。
「前田さん!よろしくお願いします!」
三人の声が合わさった。実鈴はともかく、山倉と合うのは何だか気持ち悪い。
「おお、祐子。おっと、今は秋山社長か。これから半年、ヨロシクお願いね!」
「やめてください。祐子でいいですよ、前田さん。こちらこそ、ちっちゃくて弱い団体ですがヨロシクお願いします!一気に日本一の団体にまで駆け上がりますよ」
差し出された右手をギュッと握ると、前田さんは力強く握り返してくれた。
「日本一・・・・・・ね。日本一の団体には、日本一のプロレスラーがいないといけないわよ。あなたたちにその覚悟はあるのかな?敵は多いよ?」
茶化すような口調ではあったが、前田さんの眼光はむしろ鋭い。プロレスの世界はハッタリではなく真剣だ。口にしたことには必ず責任が伴うことをベテランは知っている。
鋭い視線と対峙しながら、三人はそれぞれにうなずいた。そのくらいの気概が無ければ、こんな小さな団体ではやっていけない。
旗揚げ時から「SWPは、世界を獲るつもりだ」と私は宣言してはばからない。この二ヶ月間、取材に来た記者も食事に行った先輩レスラーもみんな笑ったけど、私たちは本気だ。
「まぁ、それならまずは私くらいには勝ってもらわないとね。半年間、いつでも私の首、取りに来な!いつでも挑戦は受けてあげるよ!」
首を掻っ切る仕草をしながら、前田さんは私たちを見回した。日常の振舞いから本当にプロレスラーだなぁと思う。
「――では早速、本日、真剣勝負のスパーリングを申し込みます」
実鈴、大胆不敵。
でも、実鈴、真剣勝負でスパーリングって何だか言葉おかしくないか?
前田さんは軽く笑みを浮かべてOKサインを作りながら、更衣室へと消えて行った。