ご祝儀とブック
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森からのメールを開いて、私は思わず「ええっ!?」と声をあげてしまった。
『件名:ご祝儀が届きました』
『秋山社長、先日の新国際女子プロレスから、今回の旗揚げシリーズに参戦希望がありました。先方からは、前回秋山社長が対戦したブレイカー桜田、二年目の松山こずえ、立花弥生、そして新国際女子のNO2、岩崎卑弥呼の4人を送りたいとのことです。
先方の山本社長からは、初興行へのご祝儀として、ウチの選手を是非使って下さいとのことでした。
とはいえ、前回、新国際女子プロレスは自団体のマットでウチから三タテをもらってるので、これはお礼参りだと思って間違いないでしょうね。ウチとしてはこの申し出は願ったりかなったりですけどね。秋山社長から、今日中に山本社長にお返事するようにして下さい。よろしくお願いします。』
おいおいおいおい。
森の言う通り、願ったり叶ったりなのだが、これは間違いなくお礼参りだ。
桜田の性格上、前回の負け方は納得いかなかっただろうから、今度は何としてでも勝ちに来るだろう。場合によっては、対戦相手の腕の一つでも折って帰りたいと思っているに違いないので、厄介な奴が来たもんだと思う。
しかも卑弥呼は先日の不知火の首を狙う強者。前回の興行、よっぽど新国際女子プロレスは団体としてのプライドが傷つけられたのだろうと察する。
新人のなみこや緒方のことを考えると外部団体との、しかも潰し目的の団体との接触は不安だが、状況的にも経営的にも逃げる選択肢は無さそうだ。
私は山本社長に承諾と感謝のメールを送ることにした。
本当はプロレスラーらしく、嫌味や挑発の一言でも加えてやろうかと思ったが、最初からそれもまた失礼すぎるかと思い、無難な返答に終始した。
そして、イスにもたれかかって腕を組み、今回のブックを思案し始めた。
プロレス界では、マッチメイクやシナリオ上の台本のことをブックもしくはブッキングと呼ぶ。
プロレスの目玉は何といっても対立構造。理由なく試合をするなら、それはただのスポーツ大会であり練習試合だ。プロレスでは、ただのスポーツライクな試合ではなく、ストーリーが大切になってくる。どういうストーリーの上で、互いにリングに上がり、対決するのか。それが観客の感情移入と熱狂を呼ぶ。そして、次のシリーズに繋がっていく。場合によっては勝敗までブックの時点で決めることもあるが、そうでない場合も多い。このブックは外部に流出してはならない、秘密の中の秘密だ。
わずか二日間の興行期間に、旗揚げ、お礼参り、新人デビュー、それぞれのキャラクター作り、これからへの複線など、様々な要素を試合を通して詰め込んでいかなくてはならない。だからこそ、プロレスラーはただ強いだけでなく、与えられた役割をリング内外で徹底的に演じきる役者ぶりが要求される。試合時間が短いので、それに見合った長さで必要なストーリーを表現しなくてはならない。
今シリーズのブックを考えていると、知らず知らず手には力が入り、手のひらはジトッと汗ばんでいた。
日本一の団体になるためへの第一歩。しかし、最初から団体の顔に泥を塗られそうな、最悪のご祝儀。
でも、だからこそ燃える。
「――ウチのリングで好き勝手は絶対させないから」
頭がグルグル回り出し、リング上の出来事や自分の試合がどんどんシミュレーションされていく。
湧き上がるアドレナリンを抑えることができず、皆が帰ってすっかり暗くなった道場で一人、サンドバックを蹴りまくった。
翌日までかけて、二日間の対戦カードとタイムスケジュールを作り、会場にも色々な予定の変更を連絡しておく。照明や音響などの演出も、事前にリハーサルが必要になるので現地スタッフに連絡しておかなければならない。既に無理を言うタイミングになっているのが申し訳ない。短期日程のおかげで、この数日はいろんな方面に頭を下げっぱなしだ。
そして、選手のプロフィールや今回のブックの内容を、参考としてリングサイドアナウンサーの青木君に連絡しておく。
リングサイドアナウンサー、いわゆる実況席は、私が考える盛り上げの肝である。いつも私たちを見て、研究してくれなければ魂のこもった実況はできない。プロのアナウンサーは費用的にも、時間的にも厳しいので、都内のあちこちの学生プロレスを巡って、一番実況の上手だった、プロレスをわかっていると感じた青木君を専属のリングサイドアナとして口説き落としたのだった。青木君はそれ以来、週に二回、必ず私たちの道場を取材に来てくれている。今度の春に大学を卒業するが、その後はフリーターをしながらアナウンサーの勉強をするそうだ。もちろん、ウチとの契約は続けてもらう予定だ。
今度の興行は、青木君にとってもプロデビュー戦だ。男気をもって私たちと夢を共にしてくれた彼に、最高の舞台を用意してあげられたらと思う。
今回は、スター女子プロレスと新国際女子プロレスの対抗戦を軸に、前田さんと、参戦してくれることになったフリー選手のIORIと加藤ルミが間でかき回す、という流れでブックを作成した。週末二日間の興行。対戦カードは次の通り。
<10月7日(土)>
(タッグとメインイベント以外はいずれも10分1本勝負)
・開幕戦 (SWP)秋山祐子 vs ブレイカー桜田(NIWP)
・デビュー戦 田中なみこ(SWP) vs 緒方ますみ(SWP)
・タッグマッチ
バッファロー山倉(SWP)&IORI vs 松山こずえ&立花弥生(NIWP)
・シングルマッチ ラニーニャ遠藤(SWP) vs 加藤ルミ(フリー)
・メインイベント イーグル前田vs 岩崎卑弥呼(NIWP)
<10月8日(日)>
(タッグとメインイベント以外はいずれも10分1本勝負)
・シングルマッチ 田中なみこ(SWP) vs 松山こずえ(NIWP)
・シングルマッチ 緒方ますみ(SWP) vs 立花弥生(NIWP)
・シングルマッチ ラニーニャ遠藤(SWP) vs ブレイカー桜田(NIWP)
・シングルマッチ バッファロー山倉(SWP) vs 加藤ルミ(フリー)
・シングルマッチ イーグル前田 vs IORI
・メインイベント 秋山祐子(SWP) vs 岩崎卑弥呼(NIWP)
初日から自団体の選手がメインを張らないのもさびしいのだが、今回はシナリオ、私がまず桜田に引導を渡してあげ、スター女子プロレスのスタイルを示す所から始めなければならない。
ここで負けてしまったら翌日に卑弥呼選手と対戦する資格がない。かといって、私が桜田に勝つシナリオなんて作っても絶対に聞いてくれない。実力対実力でやっつけるしかないし、それができると信じてる。
あとはNIWPの若手たちに、なみこと緒方がケガさせられないように願うばかりだ。実鈴と山倉は経験もあるし、問題はないだろう。前田さんは安心してメインを任せられる。卑弥呼選手との試合は私も見てみたいカードだ。
選手たちにも、今回の対戦カードとブックを知らせ、それぞれ打ち合わせを行い、アドリブなども考えさせる。選手たちのプロレス脳が問われる工程だ。ただ戦うだけでなく、どうしたら盛り上がるのかを考え、実践することもプロレスラーの役割だ。
そして、それを効果的に演出し、公開し、売り込んでいくのは経営者の仕事だ。今回は直前ということもあり、だいぶめまぐるしい。しかし、毎週のように興行を行なうのであれば、毎週このような作業を繰り返せなければならない。
様々な手配や調整であっという間に日は過ぎ、ついに当日を迎えた。
10月7日。天気は晴れ。
私たちの、超高速王道プロレスへの挑戦が、日本一への挑戦が、これから始まる。




