過激派エルフは独立した迷惑オークの一派と、彼らを庇護した独善的領主を終焉に導く!
「クルビアは俺たちの土地だ!」
「うおー!」
「ひゃっはー!」
無法者のオークたちを束ねるルードは、独立を掲げて仲間と共に騒いでいた。
クルビアはエルフたちの治める国ウッドリアの属領だ。
本来なら彼らがいるべき土地ではない。
「……」
どんちゃん騒ぎするルード一派。
そんな彼らを物陰から窺う二人のエルフがいた。
「ねぇ、エルティナ聞いた?」
「ああ」
「あはははっ、頭お花畑のリエーテを唆して本当に独立させちゃおうよ」
「アンナ、お前は何を言ってるんだ?」
「もー、エルティナってば鈍いなぁ。これはウッドリアの法を掻い潜るチャンスなのよ!」
ルードたちが独立を果たせば、そこはウッドリアではなくなる。
そうなれば彼らを殺しても、ウッドリアの法律で裁かれない。
それがアンナの狙いだった。
「お前……」
アンナの過激思想は復讐を目論むエルティナから見ても怖いほどだった。
アンナは親族や友人を彼らに殺されたわけではない。
恨みがあるわけでもない。
社会秩序が彼らに蹂躙されるのは耐えられない。
司法が機能していない社会が許せない。
彼女を過激派へと駆り立てていたのは、それだけの理由だった。
「それにあいつらを殺せば、リエーテの掲げる改革論に泥を塗れるじゃん」
「……」
アンナにとってルード一派は真の敵じゃない。
彼女が本当に憎んでいるのは、改革強硬派のクルビア領主リエーテだった。
「ウッドリアは私たちエルフの国だもん。歩み寄るべきはあいつらなんだよ」
リエーテは閉鎖的なエルフ社会が世界から遅れを取っていると主張し、オーク族以外にも様々な種族をクルビアに受け入れていた。
彼女の政策が経済を活性化させ、文明大国に比肩する技術革新をもたらしたのは事実だ。
だが、彼女は技術革新を優先するあまり、領民の生活環境を蔑ろにしていた。
さらに彼女は異種族の文化を受け入れるべきだと主張し、ルード一派を始めとする無法者たちを野放しにしてきた。
そんなリエーテの主張にアンナは憎悪を募らせていた。
異種族の移住者に忖度するあまり、領民を軽んじる彼女の考えは国を明け渡しているのと同義だからだ。
「言いたいことは分かるが……」
エルティナはアンナの主張に理解を示すが、共感はできなかった。
リエーテがいなければ、ウッドリアは世界から取り残されていた。
だからエルティナはリエーテの改革論を否定しきれなかった。
「私はルードさえ殺せればいい」
エルティナは過去に弟が暴行された瞬間を目撃していた。
ルードはその加害者だ。
執拗な暴行を加えられたエルティナの弟は、心身共に障害を負ってしまった。
一人で歩くことさえままならなくなった彼は、狩りに使っていた刃物で自らの心臓を貫いた。
エルティナが復讐を心に決めたのは、その時からだった。
ルード一派は絶えず近隣住民とトラブルを起こしていた。
彼らにとっては自分たちがルールだ。
自分たちの集団を守る仲間意識こそあるが、それ以外の人々のことを微塵も考えようとしない。
さらに彼らはクルビアに滞在していながら、エルフたちとコミュニケーションさえ取ろうとしない。
自分たちがどこの国に滞在しているか、その意識すらないのだ。
無断で木々を伐採する。
無断で土地の開発を行う。
迷惑行為を注意した人物には暴力で返答する。
彼らにとってはそれが当たり前だった。
ルードを中心に盛り上がる彼らは、深夜0時を過ぎても静まる気配がない。
彼らは毎日のように酒瓶を片手にどんちゃん騒ぎを続け、近隣の住民は静かに眠ることさえできなかった。
****
──それから数カ月後……
「クルビアの領主が俺たちの独立を認めたぞ!」
宴の席でルードは声高らかに宣言する。
彼らは望み通り、独立を果たしたのだ。
「うおー!」
「おーっ!」
「ひゃっはー!」
仲間たちは歓声をあげる。
与えられた領土はクルビアのほんの一部分にすぎない。
もっとも、元々活動範囲の狭い彼らにとってはそれで十分だった。
独立したからといって、クルビア領内に入れなくなったわけではない。
クルビア領内の取り締まりが厳しくなるわけでもない。
だから彼らにはメリットしかない──はずだった。
独立記念を祝う宴に終わりが訪れたのは、全員が酔いつぶれた夜中の3時過ぎだった。
「あっははは、みーんな眠っちゃったよ」
アンナが眠りに落ちた彼らを笑う。
独立したにも関わらず自衛の意識すらないからだ。
「アンナ、ルードは私が殺る」
「それなら、飛ばしちゃってよ」
「分かったわ」
エルティナは眠りに落ちたルードを、少し離れた場所へと転送した。
彼女の魔法は対象に一切の感覚を刺激しない。
そのため、泥酔したまま眠ったルードは目を覚まさなかった。
「じゃあ、それぞれやっちゃおうか」
「そうね」
エルティナがルードの元へ向かったことを確認すると、アンナは立ち上がる。
「ふふふっ」
自分自身よりも大きな大鎌を手にしたアンナは、まるで獲物を狙う獣の如く彼らを見定めた。
そして次の瞬間、狩りが始まった。
「ぐおっ……」
「がはっ……」
「ぐふっ……」
眠っていたオークたちは何が起きたかもわからないまま、次々と絶命していった。
「な、なんだ」
「あ、あいつだ。あいつが俺たちの仲間を!」
仲間の断末魔を聞いたオークたちが続々と目を覚ます。
そして、彼らの寝込みを襲ったアンナの姿を捉えた。
「眠ったまま死んじゃえば、苦しまなかったのに可哀想だね~♪」
「寝込みを襲うしかできない卑劣なエルフが、俺たちに勝てると思うな!」
「ボス、指令を!ってあれ?」
「ボスがいない?」
目を覚ました彼らはその場にルードがいないことに気づく。
「まさかもうやられちまったのか?」
「あんたたちのボスなら、アタシの仲間が遊んであげてるよ」
「な、仲間がいるのか」
「えぇい、今はあいつ一人だ!仲間を呼ばれる前に仕留めるぞ!」
「うおー!」
オークたちはアンナを目掛けて一斉に襲い掛かる。
だが、アンナは次々と彼らを返り討ちにしていった。
「ぎゃああああああ!」
「うわあああああ」
「ごおおおお!」
彼らはエルフが脆弱な種族だから、自分たちが野放しにされていると勘違いしていた。
しかし、実態は違った。
法を重んじるウッドリアの秩序が、彼らを守っていたのだった。
オークの死体は次々と積み重なっていった。
一方のアンナは返り血を浴びているだけで、かすり傷すら負っていない。
「な、何でこんなエルフのガキ一人に……」
「こんな化け物みたいなエルフがいるなんて聞いてないぞ!」
「あんたさぁ、何か勘違いしてるんじゃない?」
「な、なんだと!」
「アタシが強いんじゃなくて、なり損ないの下級オークが雑魚ってだけなんだよ!」
「こ、このガキがっ!」
下級オークとは生存競争に敗れ、祖国に居場所をなくした者たちへの蔑称だ。
差別用語として認知されており、オークを嫌う者でさえ本人に向けて発することはそうそうない。
だからこそ彼らを怒らせるには、十分すぎる侮辱だった。
逆上した一人のオークが自らの誇りを守るために立ち上がる。
しかし、力の差は歴然だ。
「ふふふっ」
「ぐわああああ」
アンナの大鎌が逆上したオークの右腕を切り落とす。
「まだまだ!」
「があああああ!」
続けて左腕も切り落とされた彼は、もう武器を握ることさえできなかった。
「お、俺の腕が……」
アンナは切り落とした彼の両腕を拾い上げる。
「お前、何をする気だ?」
「決まってるじゃん」
彼女は拾い上げるとすぐに彼の両腕をゴミ捨て場へと投げ捨てた。
「ゴミはゴミ捨て場にポイってしなきゃね!」
「なっ……」
「こいつ俺たちを何だと思って……」
「あんたたちをどう思ってるかって?社会を荒らすゴミ以外に何があるの?」
「ふ、ざけ……」
両腕を切り落とされたオークはもはや声を荒げるだけの体力すら残されていなかった。
彼はアンナを忌々しげに睨みながら、そのまま正面から倒れて大量の血を吐き出した。
「ごほっ……」
その咳を最後に彼は二度と動くことはなかった。
「そ、そんな……」
「な、なんでこんなことを……」
「そんなことも聞かなきゃ分からないくらい脳みそスカスカなの?」
「……」
アンナに罵られたオークは、自分たちがどれだけ嫌われていたのかを理解した。
「あ、ああ……」
でももう手遅れだ。
謝って許してくれる相手ではない。
彼の瞳に映るアンナの姿は、死神そのものだった。
「うわあああぁぁ……」
彼の足はもう満足には動かせない。
それでも生き延びようと、必死に走り出した。
だが、逃げることなどアンナが許すはずもなかった。
「スロウ!」
「あ、あああ……」
減速魔法をかけられた彼は即座に殺されなかったことに絶望した。
動きを鈍らせて心身共にズタズタに引き裂かれる。
そう確信していたからだ。
彼女に殺されるくらいなら、自殺したほうがいい。
そう考えた彼は手に持ったナイフで、ためらいなく自らの喉元を突き刺した。
「ゴフッ……」
「へぇ、賢いじゃん」
アンナは自害したオークの頭を足でぐりぐり踏みつけると、まだ息のある者たちへと視線を移した。
「ひぃっ……」
「た、たすけて!」
「やめてくれ……」
「な、何でもしますから!」
「じゃあ、お互いに殺し合いなよ!」
「……」
「……」
「そ、そんな……」
「う、うわあああああ!」
死にたくない。
その一心でアンナの言葉に心を揺さぶられた一人のオークが仲間に斬りかかった!
「おごっ……」
彼に斬られた一人のオークがその場に倒れた。
「すまねぇ!すまねぇ!でもこうするしかねぇんだ!」
「あはははっ、こいつほんとにやったよ」
「エルフ様の言う通りにやりました!これで助けてください!」
「ばーっか!誰か助けてあげるって言ったの?」
「えっ……」
アンナはただ「殺し合いなよ」と口走っただけで、命を保証する約束すらしていない。
彼女は最初から誰が何をしようと、生かすつもりなんてなかったのだ。
「この野郎!」
「保身に走りやがったクズ野郎がっ!」
「ぐぶっ、や、やめてくれ……」
仲間に斬りかかったオークは他の仲間から殴られ続け、やがて声の一つすら発しなくなった。
それでも彼らは殴り続けた。
確実に殺すためではない。
彼を殴り続けることで、アンナに殺されるまでの時間稼ぎがしたかったからだ。
「ねぇ、いつまでやってるの?」
「うっ……」
「ち、ちくしょう!」
しかし、その本心はアンナに見透かされていた。
アンナはそんな彼らに更なる残酷な要求を突きつける。
「死んだゴミ共をバラバラにして、ゴミ捨て場に廃棄してよ」
「……」
オークたちはアンナの言葉に背筋が凍り付いた。
彼女の言葉はお前たちもバラバラにして、ゴミ捨て場に廃棄するという宣言だったからだ。
「や、やってやろうじゃねえか!」
生き残ったオークたちは血塗れの体で、すでに息を引き取った仲間の遺体を切断していく。
「だ、だめだ。こいつは……」
一人のオークが仲間の遺体の前で涙する。
すでに息を引き取ったそのオークは、彼にとって一番の親友だった。
どれだけ友人の肉体を冒涜しようと、延命できるのはたった数分間だ。
だったらもう生きるのを諦めよう。
彼は急に肩の力が抜けたように、その場で地に伏せた。
「もう、いいや……」
諦めの言葉と共に横たわった彼に、アンナはゆっくりと近づいた。
そして次の瞬間、アンナは彼の全身をバラバラに切り刻んだのだった。
「もう残りは俺だけか」
今更逃げることなど叶わない。
だったら苦しまないように死ぬことを選ぼう。
絶望に打ちひしがれたオークは、崖に向かって這うように足を進めた。
だが、アンナはその選択を許さなかった。
「だ~め!」
「ひ、ひいいいい!」
アンナは彼の背中を何十回と鎌の先端で突き刺した。
どうせ殺されるなら、即死する方法を選びたい。
そう願って崖から飛び降りようとした彼だったが、その願いすら叶わなかった。
「こんな建物があったから、悪いんだよね!」
住む家がなかったら、彼らはこの地に留まることはなかった。
だからアンナは彼らの住んでいた建物さえも焼き尽くした。
「やっと終わらせたか」
アンナの様子を見ていたエルティナが、物陰から姿を現した。
その隣にはまだ五体満足の状態で生かされたルードがいた。
彼は拘束魔法で縛り付けられ、体を自由に動かせない。
さらに沈黙魔法で口を塞がれていた。
「へぇ、エルティナはそいつに血塗られた宴を見せつけてあげたんだ。いい趣味してるじゃん」
「お前のように趣味でやってるわけじゃない。己の罪をその目に焼き付けてやっただけだ」
「ふーん、まあ理由はどうでもいいけど」
「がふっ!」
エルティナに蹴り飛ばされたルードは、血塗れの仲間の遺体の上に顔面から倒れ込む。
「さて、そろそろ自由に喋らせてやる」
エルティナはルードにかけていた沈黙魔法を解いた。
「や、やめてくれ!」
ルードは魔法で全身を拘束されていたが、まだ掠り傷すら負っていない。
自力で拘束を解こうともがくことはできたが、すでに抵抗する意志はなかった。
ルードは仲間を皆殺しにされた責任感と、下級オークである無力さを自覚していたからだ。
「お前は暴行を加えた者たちに「やめてくれ」と言われてやめたか?」
「……」
「やめなかったはずだ。すぐに暴行をやめていたら、あいつが自害することはなかった」
「す、すまねぇ!」
ルードは必死に謝罪をするが、エルティナの心が揺らぐことはない。
「まずはあいつを殴り続けたその拳だ!」
「ぎゃあああああ!」
エルティナはルードから奪い取ったこん棒で彼の右手を粉砕する。
「その手があったから殴ったのだろう?だったら最初からなければよかったんだ!」
「やめてくぎゃあああ!」
続けて左手も粉砕された。
「お前はエルフより優れた肉体の持ち主として、傲慢の限りを尽くしていたな」
「まさか……」
「両手、両足の発達した筋肉がお前を害獣に仕立て上げたと思わないか?」
「いいいいいぃぃぃぃ」
エルティナの魔法が彼の肉体を蝕む。
彼は肉体が硬直し、筋繊維が委縮し、急激に力が抜けていった。
それはもう自分の足で歩けない老人になったかと思うほどだった。
「そうだ。人の話を聞かないお前に耳は必要ないな!」
「やめてくれ、やめてくれええええ!」
エルティナは懇願するルードを無視して、容赦なく右耳を切り落とした。
「ぎゃああああああ!」
「左耳もだ!」
「いぎいいいいいいいい!」
「まだ死ぬには早いぞ」
「おおぁぁぁ」
ルードはもはや言葉を正しく発せない。
それでもエルティナは手を止めない。
「このまま死んでしまえば、手足を切断された仲間の元へは向かえまい!」
アンナがオークたちの手足を切り刻んだように、エルティナもまたルードの手足を切り刻まんと剣を握った。
「まずは左腕だ!」
「がああああ!」
右腕。
「おおおお」
左足。
「ごおおおおお」
右足。
「!!!!!!」
「……」
容赦のないエルティナの姿に、アンナでさえ後ずさりしていた。
「このクルビアの美しさが分からぬお前には、その目も不要だな!」
彼女のナイフが左目の眼球を突き刺す。
「 !? 」
右目。
「 !!! 」
彼はまだピクピクと動いているが、意識はもうない。
「最後は贅沢三昧の腹に別れを告げよ!」
エルティナは再びルードの持っていたこん棒を握りしめる。
そして、力を込めた彼女はルードの腹部に向けて全力で振り下ろした。
「 」
彼の腹部から破裂した臓器が辺りに飛び散った。
「終わったな」
これほど壮絶な死を味わった者は他にいないだろう。
けれども、彼より長い時間を苦しみ続けた者など無限にいる。
だから、エルティナはこれで彼が罪を全て清算したとは思わなかった。
「……想像してたより、だいぶ過激なんだね」
エルティナは甘い。
だからルードのことも苦しませずにサクッと死なせるだろう。
アンナはずっとそう思っていた。
「リーダーのこいつが部下より生温い死に方をするなど許されまい」
「そうだね」
彼女を敵にしてはいけない。
これまでのアンナは心のどこかでエルティナをみくびっていた。
しかし、そんな彼女はもうどこにもいなかった。
エルティナこそ、もっとも苛烈な復讐鬼であると思い知らされたからだ。
****
「な、なんだこれは!」
「これがあのオークたちの末路なのか?」
ルード一派の末路を見た人々は、誰もがその惨状に目を覆った。
この事件はすぐさまクルビアの領主リエーテの耳にも届いた。
「許せません!」
クルビア領主館で殺害現場の惨状を聞いたリエーテは、犯人を許すまいと意気込んでいた。
しかし、彼女の元に舞い込んできた怒号は想定外のものであった。
「おいこらー!リエーテの野郎出てこい!」
「てめぇルードたちを合法的に殺す目的で、独立を認可しやがったな!」
領主館の前で騒ぎを起こしていたのは、ルード一派とは異なるオークの一派だ。
彼らはルード一派と強い繋がりがあったわけではない。
それどころか無法を働くルード一派をあまり快く思っていなかった。
だが、彼らは同族だ。
ならば、自分たちも彼らと同じ目に遭わされるのではないか?
そんな不安が怒りへと変わり、リエーテを責め立てていた。
「ち、違います」
「嘘を付くな!」
「次は俺たちを皆殺しにするつもりなんだろう!」
「話を聞いてください!」
頭に血の上がった彼らはリエーテの話に耳を貸さない。
領主館に乗り込んできた彼らは、そのまま警備の者たちによって拘束されることとなった。
「どうしてこんなことに……」
リエーテはこれまでエルフ以外の種族を中心に厚遇してきた。
そのため、彼らに殺意を向けられるとは思ってもいなかった。
「おい、リエーテ!出てこい!」
「何が共生だ!」
今度はクルビアに住む獣人の一派が彼女の元を訪れた。
彼らは多文化共生を掲げるリエーテに心酔していた。
だからこそ、強い言葉でリエーテを責め立てた。
「私は何もしていません!」
リエーテを非難する異種族の者たちは、それからも絶えず現れた。
彼女はその都度説得をし、時には法に基づいて拘束をした。
しかし、彼女を非難する声は一向に止む気配がない。
このままでは、外交に悪影響を及ぼす。
リエーテはそうした判断から、クルビアの領主を辞任した。
「はっ、結局あいつは自分が犯人だって認めたんだな」
「とんだ偽善者だ」
「所詮あいつも排外的なエルフ脳だったんだよ」
リエーテが辞任を表明すると、彼女を非難する声は一層強まった。
彼女の真意を汲み取ることなく、罪を認めたから辞任したと思い込む民衆が大勢いたからだ。
街を歩けばそこら中からリエーテへの悪口が聞こえてくる。
リエーテの悪口で盛り上がるのは、共生の理想を信じていた異種族の者ばかりではない。
むしろ同族であるエルフのほうが彼女への悪口で盛り上がっていた。
これまで彼女の政策が原因で、異種族厚遇への不満を堂々と口にできなかったからだ。
「そうだ、全部リエーテが悪い」
「俺たちが嫌われてたのって、変に厚遇されてたせいだもんな」
「厚遇されてた獣人のお前が言うのか」
「建設作業しているオークの友人も、今じゃすっかり反リエーテ派だぜ」
「ははははっ、笑っちまうな」
リエーテの目指していた種族共生は、皮肉にも彼女を共通の敵とみなす形で実現された。
「ふふふっ」
そんな街中の声を聞きながら、アンナは楽しそうに笑う。
『リエーテが部下に命令を下し、ルード一派を皆殺しにした』
そのデマ情報を流した張本人はアンナだ。
彼女はリエーテに反感を持つ同族にしか触れ回らなかった。
人々は信じたい情報を信じるからだ。
アンナとエルティナの犯行現場を見ていた者がいないわけではない。
けれど、同族は皆二人のことを喋らなかった。
それどころか二人を庇うために、架空の犯人像を領主館に告げる者ばかりだった。
二人が近隣住民に特別愛されていたわけではない。
惨殺した彼女たちを積極的に庇いたくなるほど、ルード一派が嫌われていたからだ。
アンナの吹聴したデマはやがて信じたくない者の耳にも届いた。
彼らはリエーテの潔白を信じた。
しかし、時間の経過と共に一人、また一人と心変わりしていった。
ルード一派の独立を認めたのだから、犯人が分かっても司法は殺人犯を裁けない。
その怒りの矛先がリエーテに向けられたためだ。
「どうして、みんな生産性のない主張をするのでしょうか?」
領主を辞任したリエーテだったが、彼女は自分の判断を誤りだと認めることはなかった。
それどころか非難する人々全員を、非生産的だと酷評した。
そうした態度がさらに人々の反感を買った。
「もうこの国は見限りましょう」
やがてウッドリア全域から忌避されるようになった彼女は、エルフ以外の種族が治める異国へ移り住んだ。
しかし、そこで待っていたのは偏見に満ちたエルフへの罵倒だった。
「排外主義のエルフ様が何の用だよ」
「どうせ自分たちのことしか考えてねぇんだろ!」
ステレオタイプのエルフしか知らない彼らは、リエーテを冷たく追い返そうとした。
リエーテはそんな偏見を口にする人々に辛辣な言葉を突きつけた。
「種族や生まれに囚われてばかりですね。だからこの街は発展しないんです」
「こいつっ!」
「お高くとまりやがって!」
リエーテの正論は行く先々でトラブルを起こした。
人々の反感を買い続けた彼女は、幾度となく武器を向けられた。
彼女は向かってくる者すべてを返り討ちにした。
しかし、その先に待っていたのは賞金首として指名手配される現実だった。
リエーテは違法行為をしたわけではない。
彼女の歩み寄らない態度が恨みを買い、噂となり、悪評がどんどん拡散されていったためだ。
その現実に彼女の心は疲弊していった。
「こんな世の中では未来はありませんね」
『この世は非生産的な主張をする人々ばかりです。そんな人々のために私が貢献する義理はありません』
そう綴った手記を残して、リエーテは崖から飛び降りた。
一度たりとも人々の感情に寄り添うことがないまま──




