星のバス
町外れにある、ぽつんと寂しげな古いバス停。
昼間は誰も見向きもしないその場所に、ひとりの女の子が座っていた。
女の子の名前はミナ。
静かな町で、おばあちゃんと二人で暮らしている。
小さな声で話す子で、本が好き。友だちは少ないけれど、空の色の移り変わりをじっと眺めるのが好きだった。
ある日、おばあちゃんが急に倒れてしまった。
病院に運ばれたけれど、なかなか目を覚まさない。
ミナはベッドの横で、おばあちゃんのあたたかな手をぎゅっと握ることしかできなかった。
夜、家にひとり帰る道すがら、ミナはふと思い出した。
町に伝わる、不思議な噂のことを。
「真夜中の十二時、町外れのバス停に行くと、星のバスが空からやってくる。そのバスは、ひとときだけ願いを見せてくれる」
そんな話、誰も本気にしていなかった。
でもミナは、なんとなく、信じていた。
その夜。ミナは家を抜け出して、バス停へ向かった。
夏の終わりの空は深い藍色で、星がいつもよりたくさん瞬いていた。
時計の針が十二時を指したとき、ふいに、空から音もなく降ってくるものがあった。
キラキラと光の粒を散らしながら、それはバス停の前にすっと着地した。
銀色のボディに星模様。窓からは柔らかな光がもれている。 運転席には、ふわふわの毛並みをした大きな猫がいた。帽子をかぶり、金縁の眼鏡をかけている。
「……乗るかい?」
と猫の運転手は言った。
ミナは、おそるおそるうなずいた。
ドアが開くと、あたたかい風がミナを包み込んだ。
中はふしぎな空間だった。
座席は雲のようにふかふかで、窓の外には夜空の星たちがすぐ近くに見える。
ほかの乗客も、みんなどこか寂しげで、それでも優しい顔をしていた。
ミナの隣に座った老婦人が、やさしく話しかけてきた。
「あなたも、大切な人を想ってここに来たのね」
ミナはこくりとうなずいた。
「そう、そういう子が乗ってくるバスなの。ほら、目を閉じてごらんなさい。あなたの願いが、少しだけ形になるから」
ミナはそっと目を閉じた。
すると、そこには元気だった頃のおばあちゃんがいた。
おばあちゃんは笑って、ミナの頭をなでてくれた。
「だいじょうぶよ」
そう言って、そっとミナの手を握ってくれた。
そのぬくもりは、たしかに感じられた。
気づけば、バスはバス停に戻っていた。
猫の運転手が、そっと言った。
「これで全部じゃない。あとは、君自身が進んでいく時間だ。星のバスは、ほんの手助けにすぎないんだよ」
ミナはうなずき、バスを降りた。
空にはひとすじの流れ星が走った。
それから数日後。
おばあちゃんは、ゆっくりと目を覚ました。
お医者さんも不思議がるほど、静かで穏やかな回復だった。
ミナはそれからも、夜空をよく見上げるようになった。
あの星のバスは、もう二度と現れなかったけれど、あのとき感じたぬくもりはずっと心のなかに残っている。
そして、ある晩。
誰かがまた、あの古いバス停に座っていた。
その子もまた、大切な人のことを想っているのだろう。
その想いのもとに、星のバスが空から静かに降りてくる。