第五話
「どうして魔王になりたいの?」
魔王に殺された桃園涼明は、女神の間に帰還していた。そんな彼の新たな望みは、魔王になることだった。
「この世界の頂にいれば幸せなのかを確かめたいからです。さっきの人生で、上には上がいるというか、そこに不幸の原因があると感じたので、それがない頂上の者はどうだろうと」
「なるほどね。じゃあ魔王にしてあげましょう」
「ありがとうございます。となると、さっき戦った魔王はどうなるんでしょうか?」
「あなたを魔王にするのはさっきの世界とは別のパラレルワールドの話だから大丈夫。さっきの世界も最初の世界とはまた別のパラレルワールドだったのよ?」
「そうだったんですね。わかりました」
「よろしい。それじゃあいってらっしゃーい」
「あの、もうちょっとやさし、」
男の足元の床が消え、イセカイへと落下していった。
*
魔王の一日を覗いてみよう。魔王桃園涼明の朝は早い。午前七時にはシェフが朝食を持ってやってくる。それまでにはベッドから出ていたい桃園であったが、夜型の彼にとっては世界の統治よりも困難なことで、いつもシェフの挨拶が目覚まし時計代わりとなっている。寝室をノックする音が聞こえた。
「失礼します魔王様。朝食をお持ちしました」
「……あ、はい。どうも」
シェフが入ってきた。部屋はまだ薄暗い。幼体のクラーケンがいる水槽がブクブクと音を立てている。
「おはようございます。お食事こちらに置いておきますので」
「……ありがとうございます」
「カーテンをお開けしてもよろしいですね?」
「……あ、お願いします」
カーテンを開けたことで、部屋が明るくなった。椅子の前の机に朝食が置かれている。魔王は上半身だけを嫌そうに起こした。
「それでは私はこれで。今日もお務め頑張ってください」
「……こちらこそよろしくお願いします」
シェフは部屋を出ていった。早速食欲と睡眠欲との戦いが始まった。魔王になるまでは睡眠欲が圧倒的勝利を収めていたのだが、魔王となってから業務があるので、仕方なく食欲に与するようになった。
朝食はパンとスクランブルエッグとベーコン。残ったものはクラーケンの餌にするか、部屋の外で飼っているケルベロスに食べさせるのが通例だ。
朝食なり朝の支度なりを終えると、会議室に移動した。今日のメンバーは、陸軍最高司令官、通称、雷将軍のユピテルと、海軍最高司令官、通称、隕石将軍のガニメデ、最後は空軍最高司令官、通称、梅雨将軍のブルータス、そして魔王だ。ユピテルは白髪に白い髭を生やした老人で、雷を操ることができる。ガニメデは口髭をたくわえた筋骨隆々な中年男で、隕石を降らせることができる。ブルータスは紅一点、若くして最高司令官の座に登り詰めた女性で、天候を操ることができる。ガニメデとブルータスは遠くにいるため、今回は通信系の魔法でリモート参加である。
「南部地方で魔王様討伐を目的に結成されたパーティーの一つに、要注意人物がおるそうじゃ」
ユピテルが報告した。それに対し、魔王が聞いた。
「どんな人なんですか?」
「なんでもそやつがハンマーを振るうと、いかなるものも破壊してしまうらしい」
「それは危険ですね。急いで対処しましょう。その者たちは今何をしているんですか?」
「アエシス川付近のダンジョンに向かって移動しているようじゃ」
「じゃあダンジョンに入ったところで川を氾濫させて、孤立させましょうか」
魔王でありながらうつ病でもある桃園は、心が痛む故、あまり兵を安易に使い捨てにすることを好まないのであった。
「それならたとえいかなるものを破壊できようと、関係ないのう」
「ええ。ただ、ユピテルさんのせっかくの炎の軍勢と相性が悪いのが懸念点ですね」
「そうじゃのう」
そう言いながら、ユピテルはガニメデの方をちらと見た。ガニメデは、そんな年長者の考えを汲み取った。
「私の水の軍勢は今、ガラエスス海に出没する海賊の殲滅に力を入れているので、あまり多くの兵をお貸しすることはできませんよ」
「またメフィストさんに行ってもらうことにしましょうか。彼の妖術で水をかさ増しできます」
魔王の提案を決行することとなった。次はブルータスの報告だ。感情のないロボットのような表情で、簡潔に述べた。
「空の治安を乱す輩は、私の風の軍勢によりおおむね掃討されました。なので、しばらくは魔王城の護衛の人員を増加することといたします」
会議を終えると、桃園は食堂に行った。大きな机が置かれているが、今回は一人の食事である。昼食はステーキだった。箸育ちの桃園は、ぎこちなくフォークとナイフを使い、食べ始めた。部屋の中に、硬いもの同士が擦れ合う音が鳴り響く。
早食いな上に一人の食事だったので、かなり早く食べ終えた。午後の業務まで仮眠を取った。彼は不眠症なのである。スキマ時間に睡眠時間を稼ぐ必要があるのだ。
午後のはじめの業務は各国の有力者との手紙のやり取りであった。伝書烏が執務室に届けてある。有力者たちは高齢のため、通信系の魔法を使えない。だから手紙なのだ。それに、桃園は社交的ではないので性に合っているらしい。もちろん手書きではない。パソコンで入力し、それを魔法で生み出す。中途半端でわけがわからない。
手紙の返事がちょうど終わった頃、それを見計らっていたかのようにメフィストが部屋にやってきた。彼は悪魔で、なぜか桃園に力を貸している。桃園は悪魔と契約した覚えなどない。センター分けの髪型にタキシードの成人男性のような姿をしているメフィストは、いつも胡散臭い微笑みをたたえている。
「お疲れ様です、魔王様」
「ああ、お疲れ様です」
「本日も、巨大なイセカイ全体の見事な統治、お見事です」
「あ、どうも」
二人は机を挟んで椅子に座った。業務に関係のない話は大体メフィストの方から切り出すことが多い。
「魔王様の出版された小説が巷で人気を博しているようで」
「そうですか」
「古代の魔法は根源的なものであるという視点から描く歴史小説。私も読ませていただきました。大変感動いたしました」
「それはそれは」
桃園はまたしても、自身がまだ小説を書けていた時期に完成させた小説を、魔法で生み出して出版していた。現実世界では売れなかった小説が、娯楽不足のイセカイでは大人気となった。承認欲求を満たすためだけの出版であったが、結果的に複雑な感情を抱くにとどまった。また、現実世界ではファンタジー小説の括りに入るものが、こちらでは歴史小説として受け入れられていた。
「文武両道の魔王というのは、なかなか稀有な存在ですよ」
「そうでしょうね」
「それにしても、魔王様はこの世界をあまり信用していないようですね」
「えっ!」
桃園はドキッとした。自分が別世界からやってきた異物だということがバレたか、と。
「いやね、普通我々は、なんとなく人生は好転していくものだと思っているものなんですが、魔王様にはその楽観視のようなものがあまり感じられないなと」
「ああ、そういうことですか。それはそうかもしれません」
常に境遇が悪い方に転じていくのではないかと恐怖感を抱き続けてしまうのはうつ病の典型的な症状だ。だが、うつ病なんです、とは言えない。この世界、この時代にはうつ病なんて言葉は存在しないからだ。精神疾患はただの異常者としてしか見られないほど理解が進んでいない。もっとも、うつ病という定義も不十分極まりないというのは桃園自身、いやうつ病患者皆が感じていることでもあろうが。
話は今朝の会議の内容に移った。
「いかなるものも破壊してしまう、と。また恐ろしい人間が現れたものですね。これほど素晴らしい魔王はそういないというのに」
「あはは……」
「確かに、その相手なら水攻めは相性がいい」
「ええ。そこで水の軍勢を動員するつもりなんですが、大半は別件の任務を遂行中で、数が足りないもので……」
「そうでしたね。海賊の対処に追われていると」
「それで、……メフィストさんの妖術でダンジョンの辺り一体を水没させたように惑わして欲しくて」
メフィストは決して自分から何かをしましょうか、とは言わない。相手が下手に出るのを待ってから施してやるのである。悪魔は魔王の発言を聞いてから微笑んだ。
「魔王様のためとあらば。私にお任せください」
会談が終わると、メフィストは颯爽と立ち去っていった。
それらが終わると大体夕方になっている。ここからはケルベロスの散歩の時間だ。夕焼けで空が赤い時はケルベロスは穏やかになる。故郷の地獄を思い出しているのかもしれない。城の入り口付近で飼っていて、散歩コースは城下町から港町までだ。魔王が外に出るにもかかわらず護衛はいない。なぜならケルベロスが守ってくれるから。首輪は三つの首それぞれにつけてある。彼らは不公平だと怒るのだ。
一人と一匹は、港町に向かって歩き出した。前世でボロボロになっていた町と比較して、今世の町は賑やかだ。魔王が善政を布いているからである。それでも彼は嫌われている。それは彼が魔王だからだ。人々は役割でしか人を判断しない。ケルベロスがいるせいか罵詈雑言を浴びせられることはないが、それでも睨みつけられはする。
『どうかしら。魔王としての人生は』
女神の間からイセカイを眺めているベアトリーチェが、超常的な回線で話しかけた。
「もうちょっと嫌われてない魔王になりたかったです」
『嫌われてない魔王なんて魔王じゃないわ』
「……確かにそうですね。頂上にいる者が憎まれない日は来るんでしょうか」
『もう少し先の話になりそうね。人々が何をもってして幸せかを知る世界では、嫉妬や憎しみや羨望もなくなるでしょうけど。幸福の原因が何かを知らないんじゃ、ねえ』
「かく言う僕も、ちょっと前まで魔王のせいで不幸になっていると思っていた一人ですからね」
『今は何が不幸の原因だと思っているの?』
「この世の全員、ですかね。みんなが敵に見えます」
『それはあなたがうつ病だから? それとも魔王だから?』
「相乗効果だと思います。二つの状態は似てるんでしょうね」
『面白い考察ね。色々考えるのはいいことだけど、肝心なこと、忘れてないかしら?』
「肝心なことですか?」
『あなたがイセカイへ来た理由を見つけるっていうことよ。じゃないとあなた、いつまでもこの世界で転生し続ける羽目になるわ』
「あ、そうだった。すっかり忙殺されてました」
『魔王も大変ね』
桃園とケルベロスは、港町に差し掛かった。彼らは、港町にいるとある人のところに向かって歩いていた。
船着場で、太陽への入り口の門番のごとくたたずむその者は、ガイコツ船長、カロンだった。自前の船の前でパイプ椅子に座っていた。最初の頃に桃園が魔法で生み出したものだ。桃園も隣の椅子に座った。ケルベロスはさらにその隣で大人しくおすわりしていた。
「船長はどうして魔王軍の配下にいるんですか?」
「それを魔王様が聞きますか」
「だって、世間から憎まれるんですよ? たとえいいことをしていたとしても」
「だからですよ魔王様。世間は何が正しくて何が間違っているのかわかっておりません。であるから、どこに属するかではなく、自分が何をするかなのです」
前世で会った時のガイコツ船長は、敬語で話してはいなかった。彼は前世の記憶がない。いや、そもそもパラレルワールドなのだから前世ですらない。桃園は海風による肌寒さと共に不思議な寂しさを抱えながら話していた。
「船長は、幸せとは何だと思いますか?」
「幸せ……。私にとっての幸せは、波を乗り越えることですかねえ」
「波ですか」
「ええ。人生には、いいことも悪いことも起こるものです。それはまるで、海に起こる波のようなもの。いいことに浮かれて人でなしの魔物になったり、悪いことに潰されて生きる屍になったりするのは、波に飲み込まれて溺れてしまうのと同じなのです。それでは不幸だ。だからその荒波を乗り越え、前に進むことこそ幸せだということです」
「……なるほど。だからあなたは船長をやっているんですか?」
「そうかもしれません」
桃園は、そう言ったガイコツ船長が微笑んでいるように見えた。
散歩を終えた魔王に待っているものは入浴である。入浴というものは見た目以上にエネルギーを要するものである。そのため、うつ病患者のようにエネルギーの希薄な状態の者にとっては、優しい顔をした苦難になりかねない。その解決策は、帰宅など、何かしらの行為の勢いをそのまま利用して済ませてしまうというもの。故に、多少の空腹を我慢してでも、先に風呂を済ませるのである。ちなみに、魔王は湯船に入らない。
風呂の後にようやく夕食である。今日はほうれん草のおひたしと鮭のムニエルであった。それらを箸で食べる魔王。もちろん薬を飲むことは忘れない。
就寝までの時間は別に自由時間というわけではない。寝室で勉強の時間だ。頂上に居続けるためには、学びを止めてはならないのだ。桃園は、なんとなく帝王学といえばで『貞観政要』、なんとなく兵法といえばで『孫子』、なんとなく政治といえばで『永遠平和のために』、なんとなく教育といえばで『エミール』を読んでいる。
勉強が終われば待ちに待った睡眠の時間である。といっても、桃園は不眠症なので、睡眠薬がないと眠れない。睡眠薬が効くまで、少しのタイムラグがある。この時間こそ真の自由時間である。その時に彼は何をするか。部屋の電気を消して、布団に入り、目を閉じる。睡眠のフライング、もとい瞑想である。多忙故に心の中が煩雑になってしまいやすい。それでなくてもうつ病でキャパシティが少なくなっているので、毎日心の中を整理整頓する必要があるのだ。自己との対話の時間に、女神が割り込んでくることもある。
『今は何を考えているの?』
「どこで道を踏み外したのかなって」
『それはどこかで人生の選択を誤ったという意味?』
「そうですね」
『どこで誤ったと思う?』
「どこで……。小説家になった時でもないし、児童養護施設を途中で脱走した時でもない。子どもを捨てるような親のところに生まれた時、でもない。きっと、どこの家庭に生まれていても、結局は似たような結果になっていただろうし」
『……』
「やっぱり、生まれるという選択が間違っていたのかも」
『なるほど。まあ死のうとしていたものね』
「ええ。といっても、死ぬのもなんかしっくりきてなかったんですけどね」
『じゃあイセカイに転移して良かったのかもしれないわね』
「死が終わりじゃなくなりましたからね。それに、まさか何度も殺されることになるなんて」
『人生何が起こるか、最後までわからないものでしょ?』
*
ここで、度々話題に上がったいかなるものも破壊することのできる戦士のいるパーティーを見てみよう。メンバーは例の戦士、魔法使い二人、僧侶の四人だ。まだ結成して日の浅い彼らは、戦士を除いては凡庸なチームだと言わざるを得ない。そして戦士もまだまだレベルの低い青二才だ。以上が彼らの基本情報だ。これ以上の説明は必要ない。なぜなら、まもなく彼らは敗北するのだから。
石造りのドーム状のダンジョンをタイムラプスで見てみよう。
川の近くにあるそのダンジョンに、戦士らが入っていった。ダンジョンは地下に広がるタイプのもので、日の光によってかろうじて内部にある階段が見えている。彼らはそれを使って地下に入っていった。
その後、しばらく何も起こらない静止画のような状態が続く。もう少し待ってほしい。ちゃんと事は起こるから。
ほら、川の幅が広くなってきた。上流で魔王軍が堤防をつくり、水の軍勢を用いて別々の川を繋げたのだ。みるみるうちに幅が広くなっていく。それはとうとうダンジョンを囲むほどになった。もっとも、ダンジョンの周りは少し盛り上がった地形になっているため、内部に水が侵入するということはないが。
そうこうしているうちに、周囲50mぐらいが水没した。画面のほとんどが水で覆われてしまっているため、水攻めが完成しているようにも見えるが、まだだ。50mぐらいなら、元気な若者なら泳いで渡ろうとする者もいるだろう。
そこでメフィストの出番である。彼は突然、ダンジョンの真上に現れた。そして両腕を大きく広げ、紫色の妖しい光を周囲一帯に拡散させた。
ズームアウトさせて見てみよう。水に囲まれたダンジョンが小さくなっていく。数秒間そんな映像が続いた後、その、いわゆる湖の端が現れた。メフィストは、この池 湖の半径を幻影で二倍にしたように見せているのだ。半径が二倍なら面積は四倍。つまり、三倍相当の水を誤魔化しているのである。そして、それは泳いで渡ろうという気を起こさせないほど広いものとなっていた。さらにダメ押しに、池の周りにあたかも大勢の兵が待ち構えているように見せた。
ズームインしてダンジョンの入り口付近を見てみよう。そろそろ攻略し終わった戦士らが出てくるはずだ。
まもなく少しだけレベルアップした彼らが現れた。彼らは行きの時とのあまりの光景の変化に絶句していた。
しばらく地上で右往左往した後、諦めて地下に戻っていった。隠し通路を探そうとしているようだがそんなものはない。また、イカダ代わりになるものや耐久戦用の食料もない。
作戦は数日で終了した。夜のダンジョンの目の前にメフィストが現れた。そして、両手をポケットに入れながら奥に進んでいった。
それからメフィストが目の当たりにした光景をグロテスク故、口頭だけで説明しよう。ダンジョンの中腹に、壁や天井にまで血が飛んでいる場所があった。そして地面には、ハンマーを握った右手だけが残っていた。彼らは自害したのである。戦士は、ハンマーで仲間を殺した後、自分で自分を破壊したのであった。
*
水攻め作戦終了から数日後、メフィストは魔王の執務室にいた。
「魔王様の作戦、うまくいきましたね」
「メフィストさんのおかげです。協力ありがとうございました」
「いえいえ、お力添えできて光栄です。それにしても、まさか自害してしまうとは」
「捕まえて仲間にしたかったんですけどね。死んだ方がマシだったなんて、やっぱり僕は嫌われ者ですね」
「本物というのはわかる人にしかわからないものです。さあ、過ぎたことは忘れて、次に進みましょう。次なる危険分子は、いかなるものも一刀両断してしまう勇者でしたね」
「ええ。なので、できるだけ一騎打ちみたいにならないように、数で押し通したくて」
「数なら私にお任せください。私一人で十分です」
*
トート草原は広大な草地である。見晴らしがよく、大空が近くに感じる。そんな土地に、突然ホテルが現れた。都会にありそうな、窓が無数についたビルのような建物。メフィストが生み出した幻影である。
ターゲットである勇者パーティーが洞窟を抜けて、トート草原に入った。遮るものが何もないこの場所で、ホテルメフィストが真っ先に目についた。
勇者パーティーは、好奇心から、ホテルを目指して進み始めた。ちなみに、パーティーメンバーは、例の勇者、魔法使い、僧侶、弓使いだ。勇者の他は特に特徴のない、近接攻撃特化型のチームである。以上。
彼らがホテルの一階に入ってきた。奥のロビーにはメフィストが快い笑顔で待ち構えていた。メフィストは時代感のそぐわないこの建物について、先鋭的な宿屋だと説明した。結局、勇者らは最上階に泊まることになった。獲物は罠にかかったのである。
その日の夜、勇者たちが眠りについている頃、満月が草原を照らす中、メフィストは屋上にいた。端に立ち、この世界を見下ろしていた。そして水攻めの時と同じように両腕を広げ、紫色の妖しい光を拡散させた。すると、ホテルの周りに、無数の首無し兵が出現したのだった。
翌朝、何も知らない勇者たちが目を覚ました。勇者と僧侶、魔法使いと弓使いはそれぞれ別の部屋に泊まっていたわけだが、突然、勇者と僧侶の部屋に扉を叩く音が響いた。隣の部屋に泊まっていた魔法使いと弓使いである。ほんの少し前に目覚めた彼女らは、窓から外を見てしまったのだ。あまりの恐ろしい光景に、思わず部屋を飛び出し、勇者たちに助けを求めたのである。勇者は寝ぼけながら扉を開けた。
バスローブ姿の一行は、窓の前で呆然と外を眺めた。自分たちは包囲されていたのである。よく見ようと部屋の電気を点けようとした彼らに、新たな恐怖が襲った。電気が点かないのである。メフィストが電気を止めていたのだ。ついでに水道もガスも。この作戦は兵糧攻めでもあったのである。
元の服に着替えた勇者らは、階段で一階におりた。ロビーにはメフィストの姿はなかった。武器を構え、恐る恐る外に出ようとした。
自動ドアが開いた。外には、終わりが見えないほど大勢の首無し兵が各々武器を構え、立っていた。
勇気を振り絞って各々の武器を握り、勇者たちは先制攻撃を仕掛けた。攻撃魔法、弓矢、そして何ものをも一刀両断してしまう斬撃で切り抜けようとした。それに伴い、首無し兵たちも攻勢に出始めた。
力の差は歴然であった。まんまと勇者らは押し返されホテルの中に戻った。それでも首無し兵は歩きながら進軍してきたので、勇者らはロビー奥の従業員室に立てこもった。
首無し兵たちは敢えて突入することはしなかった。何もしなくても勝つことができるからだ。従業員室にはこの状況を逆転できるものはない。
メフィストは屋上の端に座っていた。そして、勇者らの戦意喪失を感じ取り、指パッチンで首無し兵らを消滅させた。その直後、屋上から飛び降り、地面に着地した。
静まり返った一階に入り、奥に進んだ。メフィストは鍵のかかった扉を平気で開け、中を覗いた。そこには、四つの頭と四つの体が落ちていた。
*
それから数日後のこと。魔王桃園は会議室に向かっていた。つい女神に本音をこぼした。
「どうしてみんな、すぐに死のうとしてしまうんでしょうか」
『それを死のうとしていたあなたが聞くの?』
「……さっきのは忘れてください」
『それにしても、次も厄介な相手ね』
「ほんとですよ。どうして僕の時だけこんな」
『それはあなたが強力な魔法を使えるからよ』
「そこに原因があったのか……。とはいえ、正義の味方が持っていい能力なんですかね。触れたものの命を奪う魔法なんて」