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第三話

「自分が殺されたことにも気付かないなんて」

「殺された、って誰に?」

 桃園涼明にとって、人生二度目の女神の間である。いや、少なくとも一度死んでいるのだから、数えるのはもはやナンセンスかもしれない。

「魔王の配下で十四眷属の一人、グラビティ。聞いたことがあるんじゃないかしら」

「……ああ、クエストボードに」

「そう。撃退することがクエストになっていたということは、近くにいたということね」

「その、グラビティ、さんがどうして僕を殺す必要があったんですか」

「グラビティはその名の通り重力を操る魔族。だから、重力に引き寄せられたのね。あなたのブラックホールに」

「……そういうことか」

 男は呆然と呟いた。ブラックホールは光すら脱出できないほど重力の強い天体。たとえトイレの底やゴミ箱の中にあったとしても、気付く者は気付くのだ。

「それで、さっきまでの人生の感想を尋ねていいかしら」

「……悔いがあります」

「あんなに好き放題できて思い通りになったのに?」

「幸せ、じゃなかったので……」

「じゃああなたのいう幸せってなに?」

「ちょっとわからないです」

「仕方ないわね。もう一度チャンスをあげましょう」

「あ、ありがとうございます……」

 申し訳なさそうに礼を言ったものの、男にはあまり先のことが見えていなかった。

「じゃあどうする? 次は生まれ変わって何をする?」

「とりあえず……、魔王を倒そうと思います」

「決定ね。いってらっしゃ〜い」

 男の足元が開き、またしてもイセカイに強制送還となった。

               *

 桃園は知らない宿屋のベッドの上で目覚めた。死からの復活のためかうつ病のためか、目覚めた直後なのに真っ先に疲労を感じた。女神様の配慮かただの偶然か、辺りは真っ暗で、窓から僅かに月明かりが差している程度だ。ということは、もう一度寝ることができる。男は復活の直後の二度寝という、贅沢な経験を味わった。

               *

「あれ……、ここは……」

『あなた二度目でしょ? そんな白々しい演技しなくていいから、早く魔王を倒しなさい』

 二度寝という、復活からワントラップ決めてからの目覚めである。精神疾患患者にとっては悪くない朝を迎えた。

 体を起こし、窓から外を見た。前回とは違う景色。街が廃れている。屋根がない家や、壁に穴が空いた家。地面もめくれている部分がある。

 よく見たら、自分のいる部屋も汚れている。窓ガラスが綺麗なのではなく、そもそも窓ガラスが割れてなくなっているだけだった。

 いや、待てよ? 部屋の中にいるにして、やけに明るい。太陽の光が入りすぎだ。男は上を向いた。

 空だった。天井ではなく。そのままぐるっと回って視線を下げると、外だった。壁ではなく。宿屋は撮影スタジオのように、半分しか残っていなかった。

「これは何の嫌がらせですか?」

『失礼ね。あなたが魔王を倒すと言ったから、近くで復活させてあげたのよ』

「近くって、どのぐらい、って、え?!」

 窓に向き直った男は、視界の端に何かが入り込んできたので、とっさにしゃがんで隠れた。

『魔王はとある島にいるのね。それで、ここはその島へ唯一船を出している港町なの』

「……」

 そうっと顔を上げながら外を覗くと、そこには、ばかでかいハチの後ろ姿があった。

『ちょっと、聞いてるの?!』

 傷を見てから痛みが生じるように、その姿を見て初めて気付いた。目覚めた時から鳴っていた音は、ヘリコプターが上空を飛んでいる音ではなく、近くにいるハチが立てている羽音だったのだ。

 ともあれ、巨大バチは去っていった。音も小さくなっていく。男は一安心して壁にもたれながら座り込んだ。

「あの、人が隠れてる時に普通に話しかけるのやめてもらえませんか?」

『悪かったわね。私の声はあなたにしか聞こえないからつい』

 うつ病患者は常に負荷のかかった頭でひらめいた。

「あそうだ。女神様って僕のこと、どういう風に見てますか?」

『どうって、一人称視点と二人称視点と三人称視点を使い分けてるけど?』

「てことは、僕の目からじゃ見えないものも見えるってことですよね?」

『まあね、って、あなたまさか』

「僕は隠れながら移動するので、僕から見えない敵の位置を教えてくれませんか?」

『あなた、女神をセンサー代わりに利用しようとしてるわね?』

「はい」

『素直でよろしいこと。わかったわ、協力してあげる』

「ありがとうございます。報酬は……」

『あなたが無事現実世界に帰れればそれでいいわ』

「太っ腹ですね」

『女性に太っ腹なんて言わないでちょうだい』

 朝食をさっさと済ませ、朝の薬を飲み、嫌味がてらに虫除けスプレーをかけて、出発した。持ち物は水筒とこの街の地図だけだ。

 女神センサーを活用しつつ、かろうじて残っていた階段を降り、ひとまず隣家との路地に隠れた。

「ひとまず、港の方に行けばいいんですよね?」

『そうね。そこから船に乗ることになるわ』

「こんな荒廃した街なのに、船を出してくれる人なんているんですかね」

『それは……』

「あ、いるんですね」

『あなた女神を有効活用しすぎよ』

 地図を見て方向を確認しながら、路地から路地、時には壊れた家の中を通って移動した。時々休憩しながらも、なんとか最後の大通りを横切るところまで来た。

『ストップ、巨大なアブが移動しているわ』

「アブまでいるんですか。とりあえずこの家の中に隠れますね」

 巨大なアブは、高音の羽音を鳴らしながら、ゆっくり大通りを飛んでいた。しばらくして、桃園がもたれる壁のすぐ後ろを、巨大アブの脚が平行移動していった。桃園本人はこの光景を見ておらず、女神だけが見ていることになるので、一言、気の毒としか言いようがない。

 ようやく巨大アブが通り過ぎた。桃園も、虫の後ろ姿を見た。虫が大の苦手な彼だが、もはや非現実的すぎて案外大丈夫なようだった。虫に気付かれないよう、素早く大通りをわたった。

 三階建ての家々の路地に入り、奥に進んだ。そこで二人は衝撃的な光景を目にした。

「ここが、二種類の虫たちの巣ってことですか」

『そうみたいね』

 先には船着場があった。が、その周り、その上空には、巨大バチと巨大アブが、無数にたかっていた。虫の大群は、大きくても小さくても、人間を絶望させるものである。

「僕人混み苦手なんですよね」

『人なんて一人もいないけどね。ただ、ガイコツが、一体』

「ガイコツ?」

『あなたを船で運んでくれる船長ね』

「味方、なんですか?」

『味方、ではないわね』

「説得しろと。僕営業職向いてないんですよね」

『独特な弱音吐かない! とにかく考えなさい、船まで辿り着く方法を』

 ひとまず壁に空いた穴から家の中に入った。食卓には化石と化したパンが置かれていた。

「虫、ですよね。サイズが桁違いなだけで、虫なんですよね?」

『それは、そうじゃないかな。あんまり頭が良さそうには見えなかったわ』

「いやでもハチって結構頭良いんですよ、実は」

『わかったから。早くなんとかしなさい』

 男の考えた作戦は、こうだ。

               *

 港町を俯瞰して見た時、視覚も聴覚も忙しいったらありゃしない。大群の巨大バチと巨大アブ。もはや違いなんてわからない。

 そんな中、虫たちの翅が鳴らす音を吹き飛ばすように、家屋の方から破裂音が轟いた。

 そして、みるみるうちに端の家に火が上がった。作戦とは、火で追い払う作戦だったのだ。一生に一回ぐらいはやってみたかったらしい。彼はうつ病だけでなく、反社会性パーソナリティ障害もあるのかもしれない。

 端の家だけでなく、そこからリズム良く隣の家、そのまた隣の家にも火が上がった。突然火の壁ができた虫たちは、大慌てで散り散りになった。逃げ惑う者、火に突っ込む者、様々いた。だが、少なくとも各々の注意はバラバラの方向を向いている。それでも、まだまだ巨大虫は大勢飛んでいた。

 そこで次にとった行動はこれだ。地面は火に突っ込んで焼かれた虫の死骸がいくつも落ちていた。その中で、一匹だけ、地面を這って進む巨大バチがいた。低空飛行しているようにも見えるが、翅は動いていない。そう、死骸に紛れて行く作戦だ。

 名もなき小説家は巨大バチを背負って走った。船着場まで行くと、90°方向転換し、ガイコツ船長の方を向いた。そして、その者の前まで走った。

「鬼ヶ島まで船を出してください」

 桃園は巨大バチを背負いながら、片手をガイコツ船長の方に突き出し、拳銃を生み出した。説得の仕方なんてわからなかったから、強硬手段である。いわば、コミュ障なのだ。

「そんなものを向けずとも、おぬしには船に乗る資格がある。さあ乗るがいい」とガイコツ船長。船長はそのまま足場をつたって船の中に入っていった。桃園もハチを置き、急いで追いかけた。男が乗った途端、足場は中に仕舞われた。

 ガイコツ船長はそのまま甲板に上がった。うつ病患者はその一階下の部屋にとどまった。そして、水と酔い止めを生み出し、急いで服用した。まもなく船が動き出した。

『よかったわね。案外なんとかなったじゃない』

「そうですね。ただ、巨大バチを背負ったので、ファーストキスみたいな、何か大事な潔癖さが自分の中で失われた気がします」

『いい経験じゃない。巨大バチを背負ったことのある小説家なんてそうそういないわ』

「ワイルドすぎますよ」

 しばらくは船が出す音だけでなく、虫たちの羽音が聞こえ続けたが、そのうち海を進む音だけになった。なので、男はハシゴで甲板に上がった。後方でガイコツ船長が舵を握っていた。

「あの」

「なんじゃ」

「僕には船に乗る資格があるっておっしゃってましたけど、それはどういう意味ですか? 僕知らない間にチケット買ってましたっけ」

「金でどうこうなる話ではない。たとえ大金を積まれようと、その者が中途半端な生き方をしていれば乗せることはない」

「中途半端な生き方をしているかどうかで決めているということですか?」

「そうじゃ。言ってしまえば、善人か悪人しか乗せないということじゃな。おぬしはそのどちらかに当てはまっておる」

「なら善人ですね」

「……」

 ガイコツ船長、またの名をカロンは、桃園と目を合わせず、海のどこか遠くの方を見ながら話していた。なぜか、強い風が吹いても帽子が飛んでいかない。好奇心から小説家はそのことを聞こうとしたが、結局聞くのはやめた。

「さあ、最初の試練じゃ。おぬしはどう切り抜ける」

「試練?」

 そう聞いた直後、船が大きく揺れた。自然の波が起こしたようにはどうしても思えないほどの揺れ。うつ病患者は後ろの壁に激突してから、また元の場所まで飛んで戻ってきた。いい大人だが、正直泣きたくなった。

 船長に言われ、船首の方へ進んだ。先の方に近づくにつれ、海から大きな三角形が生えてきているのが見えた。もしかすると、自分が前に進むからその物体が伸びていくのではと思い、一旦そこで立ち止まってみた。しかし、それは止まることなく生え続けた。

 前がほとんど見えなくなるぐらい大きくなった辺りで、その三角形はひと時くびれ、またそこからはほとんど真っ直ぐに伸びていった。

「これはもしかしてあれですか。(い)から始まって(か)で終わるあの生物ですか」

『いるかだったら良かったんだけどね』

 二人が予想する通り、図形みたいなものは頭の上の部位で、その下から海洋生物らしいまんまるお目々のついた顔が現れた。桃園は素早く振り返り、船長の元まで戻った。その間にも視界の端の方で、海面から触手がにょきにょき伸びているのが見えた。

「あれはなんですか?」

「クラーケンじゃ、魔王の配下の一人」

「数え方間違ってませんか?」

『今はそんなことどうでもいいでしょ』

「そうだ、それで、そのクラーケンさんはどうすればここを通してくれるんですか?」

「強さを見せい。そうすれば道をあけるじゃろう」

「強さ……。僕大富豪ならそこそこ強いんですけど」

「頼んでみるか? 一緒にやってくれるか」

「いや、大丈夫です……」

 とりあえず桃園は一階下に下がった。逃げたのではない。考えるためだ。甲板では視界にうねうねしたのが入って気が散るのだ。

「どうしましょう。巨大イカを撃退するには」

『さすがに海の上ではさっきみたいに火を使うことはできないからね』

 不安定な揺れの中での作戦会議を終え、桃園が甲板に出てきた。男はそのまま船首の方へ向かった。

 ふらふらしながら辿り着くと、そのままゆっくりと右手を前に出した。すると、目の前に大きな円柱の骨格状に光が集まった。光は、木々が枝をつけるように、円柱の側面に針状の突起が輪になって現れ、枝が葉をつけるように、細長い板状の何かがそこに形作られた。次の瞬間、それは物体となった。

 回転式イカ干し機だった。干されたイカは死んでいるから、無生物扱いで魔法で生み出せる対象だったのだ。その隣で仁王立ちする桃園は、巨大イカの方を向いて言った。

「お前もこんなふうになりたいか」

 内向的でうつ病の割には頑張って大きな声を出した方だったが、海と風の音で、おそらく聞こえてはいまい。ていうかそもそもイカに聴覚はない。男は威嚇のつもりで、イカ干し機を高速回転させた。

 一本、また一本と、触手が水面の中に帰っていく。そして、最後の一本が水の中に消えたかと思うと、次は本体がゆっくりと下降していった。海面に出ている三角形はどんどん小さくなり、とうとう全てが海に入った。

「なんとか効いたみたいですね」

『良かったわ。こんな滑稽な作戦で追い払うことができて』

 勝者はイカ干し機の回転を止め、船長の元に戻ってきた。船長は彼の姿を確認すると、船を発進させた。

「これで、もう大丈夫ですか?」

「いいや、まだじゃ。この海にはまだ行く手を阻む魔物がおる」

「それは、どんな魔物なんですか?」

「現れたらわかる」

「あ……。わかりました」

 ちょっと意地悪しないでくださいよ〜、と言えるような相手ではないし、言えるような桃園ではなかった。彼は黙って下の階に降りていった。

 木のにおい、海のにおい、木が軋む音、波の音、風の音、船の揺れ、木の椅子と壁の硬さ。五感が休まらない。桃園は椅子の上で横になり、目を閉じた。

 キュー、キュー、キュー。カモメの鳴き声だろうか。生き物についての知識に乏しい桃園は、はじめはその音の主が誰だかわからなかった。だが、耳を塞ぎたくなるほどうるさい。思わず耳栓を生み出し、装着した。

 真っ暗で無音な状態になった。そうなると誰しも、自分は本当に存在しているのか、世界は本当に存在しているのかと、考えてしまう。うつ病患者は特に甚だしい。この時の桃園も、深淵に足を突っ込もうとしていた。

 が、それはまぶたの裏側が赤くなったことで遮られた。突然光に照らされたのだ。目を開けると、そこには青い空があった。さっきまで天井だったにもかかわらず。

「これは、夢?」

『だったら早く目覚めなさい。緊急事態よ』

 確かにその通りだった。甲板に大きな穴が空いていた。かろうじて残っていたハシゴをのぼった。落ちないように気をつけながら、何が起きているのかを聞くべく、ガイコツ船長の方へ向かった。

「何があったんですか?」

 船長は微動だにしない。相変わらず、舵を握りながら前を向いている。桃園は聞こえなかったのかと思い、もう一度話しかけた。

「あの、何が起きてるんですか?」

 またしても無反応だった。

『あなた馬鹿なの? 耳栓外しなさい』

「あ、そうだった」

 男は急いで耳栓を外した。

「すいません、耳栓つけたままでした。あの、これはどういう状況ですか?」

「魔王の配下の攻撃じゃ」

「やっぱりですか。今度はどんな敵なんですか?」

「波じゃ。波を操って攻撃しおる」

「波、ですか。やっぱり、追い払わないと進めませんか?」

「おぬしが泳ぐのが得意なら、別に追い払う必要はない」

「やりましょう」

 ちょうどその時、いくつかの影が船を飛び越えた。少々の水しぶきが顔にかかった。魚ではないことはわかったが、はっきりと何者かはわからなかった。それでも、そいつが配下であることは間違いない。だって船を飛び越えてるんだから。

 またキュー、キューという音が聞こえてきた。さっきの謎の生物が泳いでいった方から。酸味が舌を貫くように、高い音は耳を貫く。桃園は素早く耳栓で塞いだ。それでも気を緩めることはできない。残念ながらただ鳴いているだけの奴ではないからだ。甲板に穴を空けるほどの力を持っている。

 足場を広げるために、穴が空いた部分を魔法で修復した。甲板に下り、耳栓を少し緩め、敵が出す音に耳をすました。音が大きくなっていく。来る。

 音が鮮やかになってすぐ、飛び出してくる奴らを視認した。が、その瞬間奴らは何か魔法の弾のようなものを飛ばしてきた。運良く当たらなかったが着弾したところには大きな穴が空いていた。

「敵、(い)から始まって(か)で終わるやつでしたね」

『ごめんなさい、イルカなら良かったのにとか言って』

 二回目の攻撃がやってきた。桃園はとりあえず前方に逃げた。弾は床や柵にあたり、そこを破壊していた。男はやり返しのつもりでそこを修復した。

『大丈夫かしら?』

「ええ。僕、こう見えてドッジボールは得意で、結構最後まで残ってたんですよ」

『それは……、頼もしいわね』

「とりあえず、相手は波を操るんですよね。さっきから鳴ってる音も波、だったらあの弾も波でできてるんでしょう」

『波動の弾ってことね』

「だったらいい考えがあります」

 男は胸の前に手を出し、軽く握った。そこに光が集まっていく。長い棒のようになったかと思うと、持ち手のすぐ上から二つに裂け、U字型になった。

『それは何?』

「刀の刀身を音叉に変えたものです。固有振動数をあの波動弾と同じにしてあるので、あいつらが波動弾を撃ってきたら、共鳴してこちらも撃てるようになります」

『魔法さまさまね。いいと思うわ』

「あとは……」

 矢継ぎ早に盾を生み出した。形はもちろん、世界観に合わせてナイトが持つような逆三角形のもの、ではなく、機動隊が持つような円筒を切り取った形のものだ。

『なんだか光沢がないわね。それは何でできてるの?』

「防振ゴムです。騒音とか防ぐ用の。これで弱まるかなって」

 女神が返事する間もなく、三回目の攻撃がやってきた。イルカは五匹、五発の弾が飛んできた。盾を構えながら、音叉の先をイルカに向けながら応戦した。音叉の共鳴は振動が弱まる分、こちらが撃ち返せたのは二発だけだった。それでも、一発は最後の奴に命中し、撃ち落とすことができた。盾もなんとか、まあ手が少し痛くなりはしたが、弾を防げることがわかった。

 ここからは作業だった。自分の頭上を飛び越えていく的を、相手の弾に当たらないようにしながら、こちらも迎撃する。魔法で船を修復しながら。音叉からは、弾は勝手に発射されるから、桃園はただ変な棒をイルカに向けているだけだ。

 十五回目で全てを撃ち落とすことに成功した。最後の一匹になると、音叉から飛び出る弾の威力も弱まるため、三発当てなければ倒れなかった。お役御免の音叉と盾を早々に床に置き、ガイコツ船長の元へ向かった。

「これで終わりですか?」

「よく生き残った。もうすぐ島に到着じゃ」

「良かったです。ああ、あの大きな城のある島がそれですか」

「そうじゃ。上陸したら、もっと過酷な戦いになる。今のうちに休んでおくがよい」

 言われた通り、甲板の下の階で体を横にして到着を待った。さっきの戦いで木片が散らばっていたため、繊細な男桃園の心はほとんど休まらなかった。

 もう少しで寝れそうなところで船が到着した。ハシゴを降りてきたガイコツ船長に連れられ、下船した。

「ありがとうございました」

「構わん。気をつけるがよい」

「あの、魔王って、どんな人なんですか?」

「人の形をした別の何かじゃ。魔王なぞ、人の務まる役じゃあない」

「……そうですか。まあ、行ってきます」

 ガイコツ船長と別れ、港町を奥に進んでいった。行きの港町と大差ない。ただこっちの方が全体的にくすんでいて暗い雰囲気が漂っている。

 魔王城の方に向かって歩いていると、突然、黒くて巨大な影が目の前を横切った。あまりの不自然さに、小説家は歩みを止めた。

「今のは、また刺客ですか」

『あなた、まだまだ人気者ね』

「向こうの世界にいる時は人気者になりたいと望んでましたけど、決してこういうのではないです」

 鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。はじめは小さな音だったそれは、とどまることを知らずに大きくなり続けた。思わず振り向いてその音の方を向くと、ちょうど影が桃園の体と重なり、追い越していった。もう一度元に戻ると、空中に、そいつはいた。

 巨大なカラスだ。まるで空に影ができているようだ。イライラしてくるぐらいうるさい音を立てて飛んでいる。

「僕、カラス苦手なんですよね」

『大きいなら尚更ね』

 不思議と見つめ合う時間が続く中、桃園はふと、足元に振動を感じた。反射的にそこから後ろに下がった途端、緑色の何かが下から上へと地面を突き抜けて伸びていった。

「これは、ツタ?」

『そうみたいね。ジャックと豆の木クラスの』

 また足元が揺れた。同じように急いで右に避けると、すぐさま地面が割れ、そこから巨大なツタが生えた。

「あの鳥の仕業なんでしょうか」

『魔法が使える動物は、前例があるからね』

「欲張りですね」

 桃園は路地に逃げていった。その後を上空から巨大カラスが追いかける。カラスは男をロックオンすると、容赦なく連続して地面からツタを生やしていった。これではキリがないと、桃園は二階建ての家の中に入った。

「あいつの見えないところにいれば大丈夫でしょう」

『そうだといいけど。カラスは賢いからね』

 束の間の静寂が訪れた。しかしそれも、壁を貫いてきた巨大なツタによって破られた。そのツタは奇妙なことに、勢いよく入ってきたかと思うと、一時停止し、またすぐ身を引いていった。

「帰った?」

『なぜかしら』

 するとまた別の場所から壁を突き破ってきた。そいつも同じように戻っていく。それが数回繰り返された。壁はあちこち大きな穴だらけになった。桃園は嫌な汗をかいていた。

「穴が多い。同じ場所から出てないってことですね」

『何をしようとしてるのかしら』

「このまま続ければいつかは壁がなくなって横から見えるようになる。いや、その前に、重みで二階が落ちてくる。あ、やばいかもこれ」

 慌てて入口から飛び出した。ちょうどその時、横に生えていたツタが一階の壁を囲うように進行していき、壁の一辺を潰した。すると、瞬く間に家は崩れ、二階建てが一階建てになった。隣の家の中で見ていた桃園は青ざめた。

 同じようなことが四回繰り返された。そこでようやく、桃園はいいことを思いついた。

 カラスは桃園の居場所を見失っていた。なので、一度高度を上げて辺りを飛び回らざるを得なかった。そうしているうち、後ろでいきなり凄まじい音が響いた。木が裂ける音、重たい物が落下する音。カラスは後ろを向いた。そこにはなんと、巨大な日本風の城が築城されていた。直感でわかった。人間はそこにいると。

 城の周りを飛び回ってみた。しかし、外からでは奴の居場所がわからない。それに、建物を崩すにはあまりにも大きすぎだ。カラスは意を決して、開け放たれていた入り口から中に入っていった。

 その様子を、桃園は近くの家から見ていた。そして家から出て、城から走って離れながら、片手に握りしめていたスイッチを押した。すると、城の一階があっという間に爆破された。男は、一階に爆弾を仕掛けた城を生み出していたのだ。

 すぐさま城は崩れ落ちていった。さっきまで立派な城が建っていた場所は、すっかりがれきの山に変わり果ててしまった。遠くの方から見ていたうつ病患者は言った。

「これでさすがにもう動けないでしょう」

『大掛かりな罠だったわね』

「相手が大きな体でしたからね」

『そういう問題じゃないでしょ』

「それより、建物を壊すのって、スッキリしますね。うつ病の治療にいいかも」

『あなた、強すぎる魔法を手にして、何か大事なタガが外れちゃったんじゃない?』

「冗談です」

 男は一安心して、また魔王城に向けて歩き出した。次の刺客がすぐ近くで待ち構えているとも知らずに。

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