9 騎士舎へ行く
騎士舎までは馬車ですぐの距離だった。
建物は意外にも綺麗に保たれていて、小ぶりの城のようだ。失礼だが、イメージではもっと煤けていてボロボロかと思っていた。
「こんにちは。私ボーフォートの妻なのですが」
門番に声をかける。
「えっ!」
「え?」
驚かれたことに驚いてしまいついオウム返ししてしまう。
「あっ、いえ、申し訳ありません、お話はその、聞いております。ご案内しますのでこちらへどうぞ」
女性騎士に軽く身体検査をされ無事に中に入ったが、先ほどの男性騎士の態度が気になる。
ラザ様は何か私の嫌な噂でも流しているのだろうか。それとも、元加護を受けた乙女ということがもうすでに知られているのだろうか。
「隊長は現在他の隊員と手合わせ中です。別室でお待ちしますか?」
門番は元の配置に戻り、若い騎士へと私の案内の任務が受け継がれたようだ。
「いえ、出来れば彼が働いている所が見たくて……」
照れて答えるが、若い騎士は何か珍しいものを見たような顔で私を見つめている。足が止まってしまっているが、気づいていないようだ。
「あ、あの?」
控えめに声をかけてようやく彼の意識が戻ってきた。
「あっ、いえ、ご案内します」
先ほどより少し足早に廊下を進む。足の長さが違うので追いかけるのが少し大変だ。
「あちらです」
彼が指す方向を見ると、中庭のような場所が見えた。だがそこに植物はなく、土が均等に敷かれている。端には様々な大きさ種類の武器が立てかけられていた。普段彼らが使っている訓練場なのだろう。
ーーガキン!
鉄と鉄がぶつかり合う音が耳に届く。
「どうした。お前には目が二つあるだろう。もっと良く周りを見ろ」
聞き慣れた低い声が聞こえた。訓練場を囲むように隊員たちが立っていて、肝心の彼の姿は良く見えない。
「ちょっと、すみません」
案内してくれた騎士の協力も得て訓練場が良く見える位置まで騎士たちをかき分けていく。
「ま、まいりました」
やっと見えたと思ったら、どうやら訓練はすでに終わってしまったようでラザ様の足元に若い騎士が倒れ込んでいた。若い騎士の方はゼーゼーと肩で息をしているのにラザ様は涼しい顔をしている。
「筋力は問題ない。もっと目を鍛えろ」
「はい!ありがとうございました」
ラザ様が彼に手を貸し立ち上がらせる。2人ともかっこよくてつい見惚れてしまうのだが、特にラザ様は人一倍輝いて見えた。
「か、かっこいい……」
つい口に出てしまったいたようだ。隣に立っていた騎士がまた戸惑った声をあげたのが聞こえた。
「た、隊長!」
隣の彼がラザ様を呼ぶ。こちらに気づいたラザ様は少し目を見開いたように見えた。だがすぐにいつも通りの無表情でこちらにゆっくりと歩いてくる。うっすらと汗をかいているようで、肌がキラキラと光って見える。色気が溢れていて心臓がうるさい。
「来ていたのか」
「はい!差し入れを持ってきました」
「こんな所、来ても君にはつまらないだろう」
「いえ!凄く興味深いです。それに、ラザ様の剣技!は、見逃してしまいました……勿体無い……」
もう少し早く来れば良かった。
「差し入れを持ってきたんだろう?」
言われて思い出した。
「あ、そうでした。あの、お口に合うかわからないですが、クッキーをお持ちしました。汗をかくと思ったので塩を混ぜたものを用意したんですけど」
受け取ってくれるだろうか。手に持っていたバスケットを彼に渡そうと少し高く掲げる。
「あの、甘い方がお好きなら、また別日に違うものをご用意します」
ここに来る前は自信満々でいたのだが、いざ彼を目の前にすると怖気付いてしまう。
「クッキー、お嫌いでした?」
一向に受け取られないバスケットを引っ込めようとした瞬間に、大きな手がバスケットをガシリと掴んだ。
「嫌い、じゃない」
「本当ですか!良かった」
きっと動いたことでお腹も減っているのだろう。ラザ様はじっとバスケットを見つめている。
「今日はラザ様の同僚の方たちにもご挨拶したくて伺ったんですけど……」
同僚、と言う単語に反応したのか、今までこちらを気にしないように作業していた騎士たちが一気にこちらに視線を向けた。
「隊長!その方が奥様ですか!」
「紹介してくださいよ!」
「ばかお前、本人が紹介するまで待つもんなんだよこう言う時は」
「でも気になるじゃないっすか〜」
何だかさっきより随分と砕けた雰囲気だ。
「す、すいません申し遅れました。ラザ様の妻のシエンナと申します」
旦那共々よろしく、と頭を下げる。
「た、隊長にこんな可愛らしい奥様が……」
「こちらこそ隊長をよろしくお願いします」
「隊長はなんで奥様のことを名前で呼ばないんですか〜?」
「ばか、プライベートなことだろ」
口々に返事が返ってきては耳が足りない。だがみんな仲が良いようで、見ているだけで微笑ましくて笑みが溢れた。
「ふふ、みなさん仲がよろしいんですね」
「今まではそんな感じじゃなかっただろ」
ラザ様は何だか不服そうだ。
「だって、なあ?」
「まあ……隊長が怪我してから、塞ぎ込んでるようだったので……」
「それが奥さんをもらったらしいって聞いて俺ら嬉しかったんですよ!」
「隊長が心を許せる人が現れたんだもんな〜」
「ちょっとぎこちないけど、新婚だからそんなもんか」
所々失礼に聞こえる発言もあるが、彼らから悪意は全く感じられなかった。むしろ、ラザ様のことを心配していたのだろう。
「素敵な同僚の方たちですね」
笑顔でラザ様を見るが、彼は何だか不機嫌なようだ。
「傷のことで遠慮していたのなら今日からは本気で向かってくると言うことか?」
隊員たちの顔がピシリと凍りついた。
「え、、っとご結婚おめでとうございます!」
「おめでとうございます!お疲れ様でした!」
「あ、俺も用事が……」
口々に言い訳をしては素早く去っていく。虎に怯える小動物の姿を想像してしまって、私は笑いを堪えられなかった。
「ふっ……ふふふっ、おかしい」
心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。肺に新しい風が入って来たようで気持ちが軽くなっていった。
「それじゃあ、私はそろそろ家に帰ります。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした」
あ、忘れる所だった、とラザへ向き直る。
「ラザ様の騎士然とした姿、とても素敵です。今度来た時は絶対にラザ様が剣を振るっている所を見たいです。同僚の方たちにもとっても慕われていて、さすが私の旦那様!好きです。かっこいい!世界一!と言うことで、家でお帰りをお待ちしていますね」
一方的に愛を告げ、私は騎士舎を後にした。
そして家に着き、私は染粉の話をするのをすっかり忘れていたことを思い出したのだった。
ありがとうございました!