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不必要な加護  作者: 猫殿
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7 再会


 自室に戻り、私は胃の中の物を全て吐き出してしまった。事前に袋を用意しておいて良かった。だがあの軽食はとても美味しかったので勿体無い。いっそ食べなければ良かったか。


 ターシャを叩いた右手がズクズクと痛む。この痛みを一生忘れないようにしよう。妹を自分の手で守れなかった罪の痛みだ。妹の方が私より数倍痛かっただろうが。


 こんなやり方でしかあの子をあの家から出す方法が考え付かなかったのだ。このままプライアー家の後ろ盾を得て家へ帰ることなく学園へ入学してしまえば良い。


 妹を叩いた瞬間の光景が何度もフラッシュバックして頭が痛む。酷いことを言ってしまった。自分も妹も傷つける醜い言葉だ。


 だが、最後まで「お前なんて大嫌いだ」とは口に出来なかった。女神の加護など関係なく、愛する妹にそんなこと言えるはずもなかった。

 

 涙やよく分からない液体で濡れた髪の毛から黒い雫が流れる。


 「今度から少し高い染粉にしないとね」


 今回は街に売っていた少し安い染粉を使ってしまったので髪は傷んでボサボサだ。目の色を変える薄いガラスもかなり良い値段がした。身の回りの物を売って何とか買えたが安定した収入方法を考えなければいけないかもしれない。


 その夜ターシャが部屋に戻ってくることはなかった。あんな事があったので当たり前だ。きっとプライアー様が別室を用意してくれたのだろう。


 2人の間に会話が多かった訳では無いのに、妹の気配が無いこの部屋はとても静かだった。



 

******



 それから妹が学園入学する年齢になるまで、彼女に会うことはなかった。


 そして父から届いた手紙には、もう私とプライアー様との婚約は解消されたとだけ。


 少し前まで贈られていたお小遣いも完全に止められてしまった。このままでは染粉や瞳に付けるガラスが買えなくなってしまう。


 いよいよ真剣に資金調達の方法を考えなくては。


 自室で頭をうんうんと捻っていたが良い案は浮かばない。つい癖で髪の毛を触ってしまい、乾燥した細かい染粉がポロポロと落ちた。


 もっと手軽に、綺麗に髪を染められたら良いのに。


 「もっと手軽に、、、そうよ!」


 私は頭に浮かんだ名案に勢いよく立ち上がった。


 「自分で作れば良いじゃない!それで良く出来たら商品化して資金調達もできる。一石二鳥ね!」

 

 学園を卒業するまでの2年、私は染粉改良にかかりきりで忙しく過ごした。たまに遠くからプライアー様とターシャを見かけることはあったが、彼らも私に会いたくはないのだろう、プライアー様が卒業してからもターシャと顔を合わせることは一度もなかった。


 ターシャと合わなくなった私は、本来の性格を取り戻していくように感じていた。


 ターシャの存在が重荷だったわけでは決して無い。彼女を傷つける必要が無くなったことが単純に嬉しいのだ。


 日々彼女とプライアー様の幸せを願っている。


 そして私は少し軽くなった心で意気揚々と染粉の改良に努めるのだった。



******



 いよいよ後数ヶ月で卒業、と言う時父から手紙が届いた。


 卒業後に家に戻る気は無い旨は伝えてある。何の手紙だろうか。


 「……は?」


 デジャブだ。


 「私が結婚……?」


 助けてターシャ……!


 気が遠くなり、もうここには居ない妹に助けを求め心の中で叫んだ。だが私を助けてくれる人は1人も居ない。私は震える手で結婚相手の名前を確認した。


 ラザ・ボーフォート男爵。聞いたことのない名だ。男爵位と言うことは、何か功績を上げて爵位を賜ったのだろう。


 両親は加護の力を失った娘を早々にどこかへやってしまいたかったのか。随分な手のひら返しだな、とは思うが彼らを責めることは出来ない。こうなるように誘導したのは私なのだから。


 それに幸い私の力は実際に無くなった訳ではない。相手が誰であろうと確実に愛することができる。今まではこの力に抗うことが多かったが、もう我慢しなくても良いと言うことだ。


 何だかそう思うと結婚も良いものかもしれないと思い始めてきた。私は、新しく住むことになる家には何を持っていこうか、と数少ない私物をチェックし始めた。



******



 学園卒業後、結婚相手の家から迎えが来た。一度家に戻らなければいけないかと思っていたので早めの迎えはありがたい。


 昼過ぎからしばらく立派な馬車で揺られ、相手の屋敷に着いたのは夜も近い時刻だった。


 「奥様、お荷物はお部屋に運んでおきます」


 老齢の執事が軽いであろう私の荷物を抱えて消えていく。


 呼ばれ慣れない奥様という言葉にやっと実感が湧いてきて心臓がドキドキと鳴り始める。


 そうか、ここが私の家になるのか。


 見上げた屋敷は男爵の名に相応しく、とてつもなく豪華という訳ではなかった。だがみすぼらしい訳でもない。品の良い装飾が壁の所々に掘り込まれていて、屋敷を作ったもののこだわりが感じられる。私は一目でこの屋敷が気に入ってしまった。


  落ち着いた茶色の木材で出来ている扉を執事が開ける。広い玄関にはメイドと執事数人が並んで私を待っていた。


 「ようこそおいでくださいました奥様。今日からどうぞ、よろしくお願いいたします」


 恭しく礼をされて少し怖気付いてしまう。これからこの人たちと仲良くできるだろうか。それに、周りを見渡しても私の旦那になる人の姿が見当たらない。


 「シエンナよ。こちらこそよろしくね。それで、あの、ラザ様はどちらに?」


 使用人たちは仲間内で困ったな、と目配せをし始めた。


 「奥様、旦那様はただいま仕事中でございまして。お呼びしたのですが……」


 ほう、屋敷にやってきた新しい妻を出迎えもせず仕事に没頭しているとは、そんなに仕事が好きなのだろうか。


 「そう、構わないわ。じゃあ旦那様がお仕事をしている部屋まで案内してもらえる?ご挨拶だけでもしておきたいわ」


 馬車での移動で少し疲れていたが、新しい場所で初日にどう行動するかは非常に重要だ。


 「そ、それでしたらご案内します」


 困ったように執事が私を二階へ案内した。


 ーーコンコン


 「旦那様、よろしいでしょうか」

 「入れ」


 執事が声をかけると、低く短い返事が返ってきた。


 「失礼します」


 ガチャリと重そうな扉を開けると、そこは執務室のようだった。壁には本棚が据えつけてあり難しそうな本が並んでいる。正面には大きな執務机が。そこに座る人もまた体格がいい。


 「奥様をお連れしました」


 執事はそれだけ伝えると礼をして部屋を出ていった。


 「お初にお目にかかります。シエンナ・アステルと申します。あ、今はシエンナ・ボーフォートですわね」


 綺麗なカーテシーを披露する。結婚したので苗字が変わったのだが、口に出すのはこれが初めてだった。


 「初ではない」


 彼の声をどこかで聞いた気がして私は首を傾げた。少し部屋が薄暗いので彼の顔がはっきりと見えないが、確かにどこかであったような気がする。


 「申し訳ありません、もう少し近づいても?」


 無言で頷かれたので執務机に歩みより、彼の顔をまじまじと見つめた。短く刈り上げた茶髪。海のように静かな一つの青の瞳。


 「あぁ!あなたはプライアー様をお守りしてた!」


 最後に会ってから2年ほど経っているだろうか。私が妹とプライアー様を遠目から見ていた時に話したあの騎士ではないか。

 

 「お久しぶりです!まさか結婚の相手があなただとは。不思議な縁もありますねぇ。これからよろしくお願いしますね」

 「俺を見て言うことはそれだけか?」

 「はい?」


 彼の顔?まあ2年前よりさらに精悍になっていて、体格ももっと立派になっている。褒めて欲しいのだろうか。


 「えぇ、と。初めてお会いした時から思っていたのですけど、瞳の色が海のようでとても美しいです。短くしている髪も似合っています」

 「そこじゃない」

 「あ、そのお傷ですか!?すみません、ご本人からしたら不快かもしれないですけど、私が見るとその、魅力的だな、と思ってしまいます」


 照れながら伝えるとラザ様ははあ、と呆れたように息を吐いた。彼の顔の左半分は2年前には無かった傷で覆われていた。きっとその時に左目も失ってしまったのだろう。彼の左目があったところには何もない。眼孔を覆うように皮膚がケロイド状に埋めてしまっている。


 学園で彼にあった時はもう少し柔らかい印象だったのだが、今の彼は何だか張り詰めている弓のようだ。


 「2年で随分と変わりましたね」

 

 つい口走ってしまった私を彼が睨む。


 「お互いにな」


 私は自分の黒い髪を持ち上げ、確かにと微笑んだ。自分で改良した染粉を使っているので昔よりはマシな髪質になっているが、元の姿を知っているものからしたら別人のように見えるだろう。


 ラザ様が咳払いをして話を続ける。


 「分かっていると思うが、今回の結婚は対外的なものだ。もし他所に恋人が出来たらいつでも離縁を申し出てくれ」


 私は驚きで口をぽかんと開け、間抜けな顔を数秒晒してしまった。


 「え、あの、何か理由があるのは知っていたのですけど、離縁って……」

 「言った通りだ」

 「これから夫婦として支えあったりなどは……」

 「俺1人でも仕事は出来る。貴方もこの結婚は本意ではないだろう。必要なら次の嫁ぎ先も手配させる」

 「帰ってきた時に愛する奥様にお出迎えされることに憧れは?」

 「貴方が俺を好きになるとでも?」


 挑発するような目で見られ、私は息を詰まらせた。彼の表情が少し子供っぽいような、傷ついたような顔に見えて胸がざわつく。


 「貴方が加護を失ったことは知っている。無理をするな」


 すげなく返され、私は何も言うことが出来なかった。

ありがとうございました!

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