3 入学
いつもの様に私と両親で夕食を囲んでいる。私は不自然に聞こえない程に張った声で父に話しかけた。
「ねぇお父様。この前私が寮に入ったら朝起きられないと話していたでしょう?」
「あぁ、したな」
その時の会話を思い出したのか、父が柔らかく微笑んだ。
「私、やっぱり自信がなくなってきてしまって……出来れば1人だけ人を連れて行きたいのだけど……」
照れて見えるように少し俯く。
「まぁメイドを連れて行く貴族もいるだろうからな、それにシエンナのお願いは断れん」
「誰を連れて行くの?年齢が近い方がいいかしらね」
両親は特に反対することもなく、私の意見をあっさりと受け入れた。
「それなんだけど、うちのメイドを連れて行くのも申し訳ないから、ターシャを連れて行こうと思うの」
母がピタリと動きを止めた。空気が少し冷たくなったように感じて背筋がゾクリと粟立つ。
「あの子が役に立つとでも?」
いつも妹に向けているような目で見つめられるが、私は無理やり口の端を持ち上げた。
落ち着け。ここで間違っては妹を連れ出せない。
「お母様、学校ってストレスが溜まるでしょう?」
意味ありげに扇で自分の手をパシリと叩く。それだけで母には伝わったようで、すぐに態度をコロリと変えた。
「そう言う事なら大賛成よ!」
母が愉快そうに笑う。父は会話を聞いているのか聞いていないのか、黙って食事を続けていた。
離れて食事をしていたターシャは会話の内容が気になるようで、怒られない程度にこちらにチラチラと目線を向けている。だが今彼女に話しかけるのは得策ではない。母の機嫌が良いうちに食事を終わらせてしまおう。
私は話がすんなり決まったことに安堵しつつ、早めに夕食を食べ終えた。
******
「入るわよ」
いつぶりだろうか、いつもは通り過ぎるだけの妹の部屋の扉を叩き、声をかける。
「あっ、は、はい」
オドオドした声に顔を顰めながら部屋へ入った。そこは私の部屋より一回り小さく、物置と言われても疑わないほどの狭さの部屋。一応ベッドはあるが、シーツも枕も何年も使い古したように煤けている。
「お、お姉様?」
妹はベッドの隣に立ち私を不安そうに見つめている。幼少に見たことのある妹の部屋は見る影もなく、私はショックでしばらく動けないでいた。
「あ、えぇ、先ほどの話、聞いていたわよね?」
慌てて取り繕う。
「はい、ですが、私なんかが、お姉様のお世話なんて……」
「あなたの意見なんて聞いてないのよ。決定事項なの。準備をしておきなさい」
長話をしていては両親になんと思われるかわからない。私は簡潔に伝え、すぐに妹の部屋を後にした。
******
入学初日、妹は私の隣で絶望したように目を潤ませていた。持たせた荷物を地面に落としてしまっている。
妹は家のメイドのお古を着ていて、髪も整えた姿はとても可愛らしい。普通のご令嬢にしたら屈辱なのだろうが、久しぶりにちゃんとした格好をしたターシャは少し嬉しげにしていた。のだが。
「ど、同室!?」
「えぇ、部屋にも限りがありますからね」
寮を案内してくれる教師が冷たく告げる。私もターシャも、2人は別室なのだと思っていたのだがどうやら考えが甘かったらしい。私は特に困ることはないのだが、ターシャにしたら地獄だろう。
「私は構わないのだけど、どうする?家に帰る?」
そう問うと、ターシャが激しく首を振った。日頃両親に怯えるより、学校で朝夕私の世話をする方がマシだと思ったのだろう。朝夕私に叩かれるとは思わないのだろうか。
「それでは寮を案内しますね」
城と言っても差し支えないほど大きな建物の廊下を先生の後について歩く。迷子にならないように道を覚えておかねば。
食堂や共有浴場など大まかに案内され、脳内の地図がぐちゃぐちゃになり始めた頃に私たちの部屋にたどり着いた。
「こちらがお二人のお部屋です」
「ありがとうございました」
先生に頭を下げる。ターシャも私の礼を見た後に焦ったように頭を下げた。
******
「お、お姉様……本当に良かったんですか?」
「何がよ」
「ど、同室なんて」
「気にしないわ。でも私のお世話をする必要はないから、好きに過ごしなさい」
「え……」
ターシャが困惑して目を見開いた。
「あ、そうですよね、わ、私にお世話なんてされたくない、ですよね……」
気が回らなくて申し訳ない、とターシャの目が涙で潤む。あっという間に妹はグスグスと泣き出してしまった。
私が普段いじめても滅多に泣かないのに。
妹にしたら、いきなり世話をしろと呼び立てられたのに着くや否や何もしなくても良いと言われては混乱するだろう。だが今更妹にどう接したら良いのかが自分でもわからない。
学校に来て両親の目はもう無いのだ。彼女をいじめる理由はない。
それにやりたくもない私の世話をさせる気も最初からなかったのだ。彼女には自由に過ごしていてほしい。
しかしこうも泣かれてしまうとは。
「あ〜えーと、そ、そんなに私の世話がしたいなら好きになさい」
「い、良いんですか?」
なぜか嬉しげな妹がとても可愛い。
「聞こえなかったの?好きにしなさい」
本当はもっと優しく話したいのに、長年の癖が抜けずについ偉そうに喋ってしまう。
「ありがとうございます!」
ターシャが勢いよく頭を下げた。せっかく綺麗に結っていた髪がほつれてしまっていた。
「ターシャ。あなたはアステル家のメイドとしてここに来てるのよ、自覚を持ちなさいね」
「は、はい」
髪を直してあげようかと思ったが、私に触られるのを彼女は嫌がるだろう。飛び出している髪の毛を私は愛おしく思いながら見つめた。
これからの学校生活、妹がこれ以上傷つかないように私が守ろう。そう誓った。
ありがとうございました!