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不必要な加護  作者: 猫殿
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1 女神の加護


 “シエンナ・アステルは愛の女神の加護を受けている”


 この街の誰もが知っている。


 「シエンナ。もっとこちらにいらっしゃい」


 母の甘ったるい声が体にまとわりつく。


 「今日のドレスもシエンナの美しい髪に映えるな」


 父が誇らしげに、周りに自慢するように声を上げた。


 私はニコリと微笑み、ドレスの重さを感じさせない足どりで両親の方へ向かう。周りには保護者同伴で自分と同じ年頃の子供達がドレスやタキシードに身を包んでいた。そして私を見つめる複数の目。歩き方が分からなくなりそうで、足に力を込めて踏ん張る。


 歩くたび、背中に髪が当たった。腰ほどまでに伸びた私のルビー色の髪は、シャンデリアの光を受けてさぞ美しく輝いているだろう。今日の私はいわゆるデビュタントだ。


 「お初にお目にかかります」


 次々に両親と私に、大人に連れられた恥ずかしげな子供達が挨拶をしていく。伯爵の位を頂いている私の家が今回開かれている社交界では上位の方なので私たちは歩き回る事なく挨拶を済ませられている。


 「このお嬢さんが例の。やはりお美しいですわ。女神に愛されているのは本当なのですね」


 母の知り合いの奥方が私を品定めするように眺めた。彼女と目が合うが、その目線は私を見ていない。私の瞳を見ているのだ。会場の光をキラキラと反射する宝石のような濃い赤の瞳。

 

 「そうでしょう、我が家の家系は代々愛の女神に愛されるんですけど、この子は特に加護が強くて」


 母が私の髪をさらりと撫でる。


 皆んな私の見た目が変わっているので興味を持つが、その実誰も女神の加護の詳細については知らない。


 「誇らしいですわ」

 「羨ましい限りですわ。そういえば、妹さんもすぐに社交界デビューですわね」


 彼女の言葉で、今までニコニコしていた母の顔がピシリと固まる。


 「そ、そうですわね、オホホ」


 母は無理やり作り出した微笑みを手に持った扇で誤魔化した。妹の話題が出たのはそれきりで、その後社交界は滞りなく終了した。


 

 ******


 

 「お、お帰りなさい」


 屋敷に戻った私たちを迎えたのは、見窄らしいドレスに身を包んだ私の妹。髪は濃い茶色で、ボサボサとあっちこっちに跳ね放題。私の髪とは似ても似つかなかった。


 人の顔色を伺う様子は小動物のようで、全てに怯えているように見える。


 「……先に寝ているようにと言っていたでしょう」


 母が冷たく告げる。父は妹のことが見えないとでも言うように、早々に別室へと引っ込んでしまった。


 「あ、あの、パーティーの様子を聞きたくて……」


 妹は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。母が段々とイラついていくのがわかる。メイドに預けようとした上着をバサリと音を立ててソファに投げつけたのだ。


 「ターシャ!お母様の言うことが聞けないの!?あなたが社交界に行くのは2年後なのよ?今知っても仕方がないことでしょう。私たちは疲れてるのよ。早く自室に下がりなさい」


 妹を怒鳴りつけようした母に先んじて声を上げたのは私だ。


 「で、でも……」

 「下がりなさいと言ったのよ。聞こえなかった?」 


 口答えする妹をぎろりと睨んだ。私の目が怖いのだろう、妹は体をビクリと震わせて部屋を出て行った。


 「もう、あの子のグズさには本当嫌になっちゃうわ」


 私は母にやれやれ、と笑いかけた。母はニヤニヤと私たちのやり取りを眺め、いつの間に用意させたのかソファにかけて満足げに酒を傾けている。


 「良い子ね、シエンナ。でもあの子を社交界に出すかはまだ分からないわよ?」

 「ダメよお母様。世間体ってものがあるんですから」

 「ふふ、それもそうね」


 すでにほろ酔いの母は、呪詛のように父の前妻と、先程の私の妹、ターシャへの恨み言を言っている。私は母の連れ子、妹は父と前妻との間の子である。元没落貴族だった母と今の父は恋愛結婚らしいが、実際の所は分からない。女神の加護を受けた私がいたから結婚したのではないかと私は思っている。直接聞くことは出来ないが。


 父の前妻は手に負えなかった、と話に聞いている。父の仕事に口を出してはイラつかせ、結局男児を産むことなく儚くなってしまった。父はその女性を好きになれなかったばかりか、憎んでいたようだ。そして2人の間に生まれたターシャのことも。母も同様に前妻の忘れ形見が気に入らないらしく、事あるごとに怒鳴りつける機会を探していた。


 「シエンナ、もっとその顔を良く見せてちょうだい」


 ソファに座る母が、隣の私の顔に触れる。私の顔は苛烈な母によく似ている。少し釣り上がった目。人を嗤っているように弧を描く唇。違うのは髪と瞳の色だけだ。母の髪も瞳も、黒曜石のように黒々としている。


 「あぁ、あなたが女神に愛されていて私は嬉しい……」


 酔った母の目が私を通り過ぎてどこかを見つめている。


 「えぇ……私も嬉しい」


 笑顔を作りそう返すが、口元がぴくりと引き攣った。


 何が愛されているものか。こんなもの加護でもなんでも無い。


 これは呪いだ。


ありがとうございました!

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