不思議なクレヨン
「これはとある夫婦が不審な死を遂げた家にあったクレヨンですぜ」
仕事の付き合いで酒を飲んだ帰り、普段は使わない裏通りに入った私はそこで一軒の怪しげな古道具屋を見つけた。なんとなくその雰囲気に惹かれた私はふらふらとその古道具屋に入り、商品を見ている私に店員はそう声をかけて来た。
それは一見するとどこにでもある古い使いかけのクレヨンにしか見えない。箱の隅になにやら悪魔を戯画的に表したような見たこともないマークががあるのだけが少々気になるが、あとは特に見るべきところもないようなクレヨンだった。
普段だったら絶対に買わないであろうそのクレヨンを、酔った勢いもあったのか私は購入してしまった。新品のクレヨンが二つ三つは買えるであろう代金を支払い終えた私に店員は包んだそのクレヨンを手渡してきて、そして怪しげなニヤニヤ笑いを浮かべてこんな言葉を口にした。
「旦那。あたしはなんだかその夫婦の不審死にはこのクレヨンが関わっているような気がするんでさ。だっておかしいでしょう、子供もいないのにクレヨンだなんて」
その言葉を聞き流しながら私はクレヨンをカバンに放り込み、そして妻のいる家へと帰っていった。
翌日、飲みすぎて頭痛のする頭を振りながら起きてきた私に妻がこう尋ねてくる。
「ねえ、このクレヨンなに?」
どうやら寝る前に放り出したカバンから飛び出してしまったらしい汚らしいクレヨンの箱を妻は不審そうな表情で見つめていた。私は苦笑いを浮かべると昨日の夜に寄った怪しげな古道具屋のことを話す。
すると妻は殺人現場にあったクレヨンなんて、と言ってそのクレヨンを置いた。
午後になり、テレビを見るのにも飽いた私はせっかくだからとクレヨンを使って絵を描いてみることにした。
適当な紙を用意し、妻がおやつにと用意してくれた大福の乗った皿を簡単に描いてみる。クレヨンを使うなんて子供の頃以来で、なんだか妙に楽しいなと思いながら皿と大福を描き終える。大分不出来な絵ではあったが、なんだかんだ満足して眺めていると、突如として紙の上に皿と大福が出現した。
紙は白紙に戻っており、その上に自分がモデルにしたのと寸分違わない皿と大福が乗っている。
そこからしばらく検証してみた結果、このクレヨンで描いたものは実体化するということが分かった。しかもどれだけ下手に描こうとも実体化するときには本物と変わらない色形で出てくるのだ。
私はすぐにこれを妻に話す。このクレヨンを使って金でも描けば、簡単に大金持ちになれるのだ。
最初信じていなかった妻も目の前で実演してみせると手を叩いて大喜びした。そして私と妻は二人で手分けして紙に金塊を描き、大量の金を出現させた。
「明日すぐに辞表を出すよ」
「ええ。これなら働く必要なんてないものね」
妻とそんな話をして私は眠りにつく。すると……。
「ご利用ありがとうございます」
夢の中に礼服のようなものを着た男女どちらともとれる美しい顔をした人物が出てきてぺこりと一礼する。その人物は悪魔であるとなぜか直感できた。
なんのことだ、と言うと悪魔はどこからともなくクレヨンの箱を取り出した。それは私が古道具屋で買ったのと同じものだった。
悪魔は言う。
「これですよ。これのご利用料金の請求に来ました」
私はもう一度なんのことだ、と尋ねる。すると悪魔はこう答えた。
「ええ、ですから、このクレヨンで出現させたものの料金を払ってもらいたいんですよ。ああもちろんこの国の通貨で構いませんよ」
そして悪魔はその金額を告げた。それはとても払えそうにない途方もない金額だった。私の様子を見て払えないと判断したのだろう、悪魔は仕方ありませんねというとそれでは魂でお払いいただきますと言った。
その言葉を聞いて私はあることを思いつく。そして、家族の魂でも大丈夫かと聞いた。悪魔は美しい顔に笑みを浮かべると、もちろん構いませんよと答える。
私は妻の魂を代金として払うと、そう言った。
「妻が夫の、夫が妻の代金を支払う。いやあ、美しい夫婦愛ですねえ」
私と妻両方の魂を地獄へと運びながら、悪魔はバカにしたようにそう言っていた。
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