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6、約束

誤字報告、ありがとうございます。

投稿前に何度も確認をするのですが、いつも完璧にはできなくて……。

なので凄く助かっています。

本当にありがとうございました。

 王宮夜会の夜を境にして、[トリモチ結界]に付着する不審者の数が5倍になった。


 百舌鳥の早贄のような格好で結界に密着している侵入者たちに、こんな保存食はいらない、とオリヴィアは思う。早贄は百舌鳥の食糧であるが、ローエングリム公爵家ではカロリーヌたちのおもちゃとなっていた。


「ファイアボール」

 カロリーヌが火魔法で火球を作ってバシュンと侵入者に直撃させる。的あて練習なので火傷になる程度の小さな火球だ。

 [トリモチ結界]は内部からの攻撃が自由にできる便利な結界なのである。

「「「ぶざまですわね」」」

 侍女たちが踏み台にのって結界に貼り付いたまま身動きできない侵入者たちを長い棒でつつく。全身が麻痺している侵入者たちはうめき声すら発せない。

「ワン、ワン」

 ニャイケルたちガードドッグたちは、木を利用しての三角蹴りの練習台とばかりに侵入者たちを使ってジャンプ力の競争をしている。蹴って、噛んで、身体を回転させる。シュタッと華麗に着地してはドヤ顔をしていた。


「イケナイ子はお仕置きしてたっぷりとイカセてあげるわ」

 カロリーヌの台詞にオリヴィアが首を傾げる。

 もしかしてカロリーヌったら、隠してあった薄い本を読んじゃった? どうしよう、アレ、王妃様からの特注の騎士団長が部下にア゙ーされるビーでエルな(愛ががっつりある)本だったのに。


 バシュンボシュン。

 ツンツン。

 ドカッバキッ。

 やりたい放題のカロリーヌと侍女たちとガードドッグたち。公爵一家と使用人たちに優しさを期待してはいけない。さらさらないからだ。ゴミはゴミ、害虫は害虫でしかないのである。


「愚かだよね。どの貴族も自分の家を潰す証拠をわざわざ送ってきてくれているんだから」

 カイゼクスが目を細めた。うっすらと嗤う。

「ローエングリム公爵家にとっても、オリヴィアのためにも、悪い膿は出すにかぎるよね」


 この後、侵入者たちはオリヴィアが魔法で創った蜘蛛たちに麻痺糸でグルグルにされて回収されるのである。生きながら蜘蛛たちに群がられて糸で巻かれて運ばれる恐怖は想像に難くない。行き先は地獄の入口だ。熟練の拷問官たちが手ぐすね引いて待っているのである。


 そうして、オリヴィアの知らないところで知らないうちに水面下で全てが解決していくのだ。


 オリヴィアは、枝葉の繁る緑が鮮やかな木の根元に子猫のようにチョコリと座ってまったりとしていた。幹に耳を当てると、根から水を吸い上げる音がかそけく聞こえるような瑞々しい木だ。若葉の隙間をくぐり抜けた光の欠片が金粉のように散って、地上の星みたいに美しい。


 木漏れ日を眺めながらオリヴィアは、くるくると指先を動かす。

 ペリペリと薄皮が一枚剥がれそうな感覚だった。

 蛹から蝶が抜け出すように。

 雪解けの雫が落ちた大地から春の若芽が芽吹くように。

 天の風と地の風が速さの異なる流れとなった瞬間。

 新たな何かが、大気を幾重にも輪を描いて広がる波紋となって、オリヴィアの魔法によって産声をあげた。


「ぷぴー」


 1・5メートルほどの金色の雲が出現した。フォルムは丸っこくて愛嬌のある豚の貯金箱である。


「オリヴィア、何それ?」

 カロリーヌが駆け寄る。

「『竜玉を求めて』の主人公がのっていた筋斗雲と似ているね」

 カイゼクスが近づく。

「金豚雲よ。以前から考えていたのだけれども、ようやく安全な感じで作れるようになったの」

「「キントウンじゃなくてキントンウン!?」」

「ええ、筋斗雲じゃなくて金豚雲よ。この雲も空を飛べるわ、乗ってみる?」

 パッ、とカイゼクスとカロリーヌの顔が輝く。

「「乗る! 乗ってみたい!!」」


「ぷぴー」

「ぷぴー」

「ぷぴー」

「ぷぴー」

 オリヴィアが金の豚型貯金箱の形の雲をさらに4匹作った。前世の遊園地にある動物型の子ども用乗馬式バッテリーカーに似ている。


「こちらは護衛の騎士が乗る金豚雲ね」

 カイゼクスとカロリーヌはローエングリム公爵家のかけがえのない嫡出子である。いくらオリヴィアが安全を保障しても、怪しい雲にカイゼクスとカロリーヌだけを乗せるわけにはいかない。

 筋骨隆々の雄々しい騎士が可愛い豚型貯金箱の雲に乗る絵のギャップに目眩がしそうになるが、オリヴィアはにこにこと騎士たちに勧める。仕方ない。カッコいいペガサスは形的に難しかったのだ。許してね、とオリヴィアは心の中で謝罪する。


 だが、騎士たちは喜色満面である。

 仕事中なので叫べないが、できることならば拳を回して「うおぉ〜〜ッ」と吠えたいくらいだった。

 空を!

 飛べるのである!

「だ、誰が乗る?」

「譲らんぞ!」

「俺が乗るっ!」

「ラスボス戦だっ!」

「よし! じゃんけんだな!」

 最大限の反射神経と戦略と心理戦による凄絶なじゃんけんが開始された。

 騎士たちの眼光が鋭い。ぶち殺す! と目から光線が出ているようだ。

 そして。

 意気揚々と鼻息を荒くする勝者と崩れ落ちる敗者が数分後に決定したのだった。

「俺のバカ……。何故、何故、パーを出してしまったのだ……」

「ちくしょう、動体視力には自信があったのに……。あいつグーだったなんて……」


 かわいそうに思うがオリヴィアとて全員分の金雲豚は出せない。まだ微調整の段階なので、コントロールのために魔力を大量に消費してしまうのだ。許してね、と心の中で再度謝罪するオリヴィアであった。


 カイゼクスとカロリーヌが金豚雲に跨る。護衛の騎士たちも。わくわくとハイテンションな浮かれた表情である。


「金豚雲には網状の結界を張ってあるから落下の危険はないわ。はい、ゆっくりと上げるわよ」

 オリヴィアの言葉とともに金豚雲がフワフワと上昇する。


 侍従・侍女たちがどよめく。

「「「「空を飛んでいるッ!!!」」」」


「「わぁ〜!!」」

 おそらく人間で初めて空を飛んだことになるカイゼクスとカロリーヌが歓喜の声を上げた。騎士たちも歓声を上げたいが仕事中である。精いっぱい真面目そうな顔をしているが口元がニヤけていた。

 

 地上の侍従や侍女たち、残った護衛たちが心配半分羨望半分で金豚雲を追いかける。金豚雲は高さ3メートルを維持しつつふよふよと飛んでいるので走るほどではないから後追いも楽であった。


 とっくに侵入者たちは蜘蛛たちに連れ去られていたので、透明な[トリモチ結界]は空が余さず見られる。金豚雲に乗ったカロリーヌとカイゼクスの背景にあるのは青い空だけだ。蒼穹の神話が息を吹くような深い青の空だった。


「「オリヴィア〜!」」

 カイゼクスとカロリーヌが屈託なく笑って手を振る。オリヴィアも手を振り返した。オリヴィアの周りにはガードドッグたちが睨みを利かしており、専属侍女のアンナもいる。

「なんだか幸せな気分だわ。こんな時間が続けばいいのに……」

 オリヴィアの呟きを聴き逃すカイゼクスではなかった。カイゼクスの魔法属性は風と雷である。


「楽しいね! すっごく楽しい! オリヴィアといるといつも楽しい!」

 ことさら子どもらしくカイゼクスが甘えるように言う。

「これからもずっといっしょにいてね、オリヴィア!」

 カイゼクスの言葉はオリヴィアの幸せな気持ちに沿う言葉だった。だからオリヴィアは心のままに返事をした。

「ええ! ずっといっしょにいましょうね!」


 微笑ましそうな笑みを浮かべる侍従と侍女たち。

 嬉しそうに笑うカロリーヌ。


「約束だよ」

 カイゼクスが風魔法で金豚雲から飛び降りてきて、小指を差し出す。小指と小指が絡む。

「約束ね」


 オリヴィアは知らなかった。

 カロリーヌが三日月の瞳で笑った意味を。

 カイゼクスが小指を絡ませて約束した意味を。


 5年後、15歳になったカイゼクスがオリヴィアに跪いてプロポーズをするまでずっと知ることはなかったのだった。

お休みをもらった3日と半日の間だけの投稿で申し訳ありません。ここで終了としないと、「桜は散る〜」や「カルテット」みたいに時間がなくて未完でずるずるとしてしまいそうだったのです。

オリヴィアが猫パンチで魔獣と戦う戦いになっていない戦いまで投稿できなかったのは残念ですが、作者の力不足とお許しをください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ペガサス、いけるんじゃないですか? 本物の馬が身近にいますよね? あとは翼を生やすだけ! 頑張れ! 何ならガードドッグを参考にして空飛ぶフェンリルと言い張るという手も!
“双子の子供がいる”という段階でこの結末は想定範囲内だけど(笑) 異世界に著作権が無くても、現世の小説には著作権あるから迂闊なことは書けないよね。(特に音楽の著作権協会は歌詞2行分で鮫の如く襲いに来る…
オリヴィアの猫パンチ、是非見たい!! 電子書籍に載るかな~♡ 期待しています!
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