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5、王宮夜会

 空が闇に沈み、天の簪のような星々に飾られた夜。

 

 オリヴィアは王宮の夜会に出席していた。

 煌々と照らされた会場、華やかに奏でられる音楽、着飾った人々、談笑する声がさざ波のごとく広がっていた。

「あの方が……」

「映画というものをご覧になったことがありまして?」

「ええ。公爵家に招いていただいて……」

「夢のようでしたわ」

「素晴らしくて……」


 今、王都で一番の話題の中心人物はオリヴィアである。

 そのオリヴィアに注目が集まっていたが、オリヴィアに近づける者はいなかった。


 オリヴィアの前方には公爵夫妻が、右側にはカイゼクスが、左側にはカロリーヌが、後方にはオリヴィアの専属侍女のアンナや公爵夫妻と双子の侍従や侍女たちが陣形のごとく立っていたからだ。アンナは伯爵令嬢、侍従・侍女も高位貴族の令息・令嬢もしくは自身が爵位保有者である。皆、王宮の夜会に出席できる身分であった。


 入れ替わり立ち替わり頻繁に話しかけられても、公爵夫妻と高位貴族の令息・令嬢の立場で出席している侍従と侍女たちが如才なく対処するので、オリヴィアは礼儀作法に則った礼をするだけでよかった。


 礼儀正しく微笑むオリヴィアだが、夜会のために入れていた気合いはとっくに萎れていた。気概は粉々である。早く帰りたい、と泣き言ばかりが頭に浮かぶ。理由は、オリヴィアがギンギラギンであったからだ。


 公爵夫人イレーネが、どれほどオリヴィアがローエングリム公爵家にて尊重されているかを示すために、家宝を使ってオリヴィアを綺羅びやかドレスアップさせていたのだ―――ギンギラギンに。

 髪飾りもイヤリングもネックレスも腕輪も指輪も、全部が家宝の天文学的金額の宝石である。

 ドレスも、生地の織り方が繊細で光沢が美しい芸術的な布地に小粒の宝石が施されていた。しかも、その超高級品のドレスが同じデザインで2着。ドレスが汚れた時などの予備として、何事もなければ着ることのないドレスが控え室にあるのだ。公爵家の財力、きょわい。オリヴィアは、自分の上から下までの総額に顔面蒼白となった。冷や汗がダラダラと流れる。

 頭の中は、宝飾品を落としてしまったらどうしよう、と危惧でいっぱいであった。


 歩く財産みたいな姿となったオリヴィアは背は高くもなく低くもなく容姿も平凡であったが、真紅の髪と紫眼という派手な色合いであったため、超絶豪華な衣装もそれなりに見える着こなしとなっていたことが唯一の救いだった。

 くわえてイレーネが、ギンギラギンであるがオリヴィアの色とのバランスをとって調和よく全体を仕上げてくれたことも大きかった。


「私、ラスボスだし、ラスボスといったら派手だし、だからギンギラギンでも大丈夫だし宝石も失くすことはない」

 口の中で謎の三段論法を唱えて、オリヴィアは勇気を振り絞って会場をたおやかに進む。

 特別に設置されたステージへとあがった。

「皆様。ローエングリム公爵家第二夫人のオリヴィアでございます。今宵の映画の説明をいたします」

 オリヴィアが裾を持ち上げて挨拶をする。

 頭部のお飾りが重い。宝石は石である、石であるからに大きければ重いのだ。王国では白い結婚をお飾り結婚と言うが、まさしく今夜のオリヴィアはギンギラギンに装飾された正しいお飾り妻。グググッ、と重い頭をオリヴィアは根性で優雅に上げた。


 映画を公爵邸で観たことのある国王と王妃ならびに貴族たちは顔を輝かせていた。

 初めての者たちは興味津々である。

 今夜の夜会は国内の主要な貴族が一堂に会し、国外からの招待客も多数いて盛大であった。しかも公爵邸でのみ上映されていた映画が、王宮でも上映されるのである。期待が膨らみ熱病めいた興奮が会場でうねっていた。


「サヴァラーム王国にも巨人の伝説がありますが、今宵の映画は天穹に住む巨人の物語です。天と地を結ぶ魔法の豆の木、青年と王女の恋、そして下界に降りてきた巨人たちの襲来。巨人と人間との勇ましい戦いと神秘的な巨人の国の世界をどうぞお楽しみくださいませ」


 オリヴィアが片手を振ると、ステージに映画館のような巨大なスクリーンが出現する。


 ドドーン!

 轟音が響く。

 突然、地面が盛り上がり魔法の豆が雲に届くほどに成長した。

 豆の木を登る人々。その中には捕われの王女に恋をする青年もいた。


 天に座する巨人の国。

 巨人の国の森は底なし沼のように深く、うねり這い絡み這う根の木々が緑の樹冠をひろげていた。大気よりも濃い緑の匂い。朽ちた木の樹皮から発芽した細い若木。老木は自らの骸で若木を育て、光と水を糧に若木は歳月とともに巨木となって森の柱のごとくそそり立つのだ。

 ゆらゆらと陽炎のように蒸発する水煙。

 竜みたいな滝は水泡を巻き上げて、水面を境に空にも水中にも白い水簾があるがごとく流れ落ちる。


 巨大で不気味な巨人の城から、飛び立つ鳥のように逃げる青年と王女。


 遠い雷鳴のような足音とともに迫ってくる巨人たち。


 追いかけ、追いつき、踏み潰し、手で砕き、無慈悲な巨人たちが突進してくる。


 王宮の城門を打ち破ろうとする巨人たちと守る騎士団の対峙。

 燃える堀。

 破壊される城。

 勇敢な騎士と兵士たちの献身。

 そして最後には王国が勝利して、豆の木は伐り倒される。


 青年も王女も名もなき英雄たちも夢にとけて運命に失われていっても、未来に、忘れじの物語として語り継がれるのであった―――。


 音楽が流れ、スクリーンが消える。


 令嬢と夫人たちも観るからと残酷な場面は省略されていたが、人々が釘付けになって引き込まれるに値する、まさに衝撃の映像であった。


 感嘆という言葉さえも生易しい。

 人々は度肝を抜かれていた。


 映画を観たことのある者もない者も興奮状態となり、拍手が鳴り止まない。


 無理もなかった。

 様式美的な劇くらいしか観劇の娯楽がない王国で、圧巻の特殊効果を駆使した映像なのである。しかも画面から、豆の木の蔦や炎や水が幻影魔法で飛び出してくるのだ。人々の精神的な驚愕や感動は途轍もないものであった。

 それに、イレーネのアドバイスに従ってオリヴィアが選んだ映画も貴族たちに受け入れてもらいやすい内容だった。暴虐の限りを尽くす醜い巨人と戦い、人間側が勝つ。とても人の心を惹きつける王道ストーリーゆえに、貴族たちも気持ちを同調しやすく賛同できた。


「これが映画というものか!?」

「何と何と凄まじい!」

「目を圧する迫力だ!」

「破格の迫真だ!」

「森も滝も城も実際に目の前にあるみたいに美しかったわ!」

「オリヴィア夫人の才能は天よりの賜物だな。神に愛されているのでは!?」

「単なる魔法の才ではなく恩恵や祝福の類であろうぞ!」


 地鳴りのような大歓声が湧き起こり、会場を揺るがす。

 口々にオリヴィアを褒め称え熱烈に賞賛する。


 しかし、一部の貴族たちと国外からの招待客たちは眼を剥いて顔色を変えていた。餌の匂いを嗅ぎつけた貪欲な獣のような顔つきである。

「何だ!? あの魔法は?」

「欲しい! 欲しいぞ!!」

「是非とも我が手に!!」


 空気を波だて濁流のごとく押し寄せる人々。

 そんな人々に、公爵夫妻と侍従・侍女が鉄壁の壁となり立ち塞がる。笑顔で油断なく対応しているが、目が笑っていない。オリヴィアを守りつつ冷静に観察して、害意ある人物を選別する。今後のオリヴィアの安全のために毒虫を排除する目論みなのだ。そのためにオリヴィアをギンギラギンに目立たせたのだから。


 一方オリヴィアは、人々に殺到されてぶるぶると戦慄していた。息が喉に詰まりそうである。貴族たちの目は血走っているし、視線は肌に刺さりそうだし、はっきり言って恐い。

 オリヴィアの唇が雪のように白くなり、透けて、色が抜けていく。 

「オリヴィア、側にいるよ」

 カイゼクスがオリヴィアの右手を握る。

「オリヴィア、息を吸って」

 カロリーヌがオリヴィアの左手を取る。


 その手のぬくもりに安堵したオリヴィアが、野苺のように赤い唇からホッと息を吐いた。


 パン! パン!

 国王が手を叩き、王座に人々の意識を促す。

「騒がしい。落ち着くがよい。ここは王宮ぞ、王都の広場ではない」

 国王は権力の使い方を熟知していた。

「オリヴィア夫人、こちらへ。良き映画であった。魔法を使って疲れたであろう、誰ぞ、控え室に案内せよ」


 国王の言葉である。

 誰も逆らえない。


 すぐさま王宮騎士がオリヴィアを先導する。カイゼクスとカロリーヌも公爵夫妻に目で合図して、オリヴィアと歩く。後の処理は公爵夫妻に委ねればいい。もう餌は十分に撒いたのだ。


 控え室に入ると、オリヴィアはぐったりとソファに座った。子猫のような目蓋が震える。

「王宮って恐い……」


「オリヴィア様、お水です」

 アンナがグラスを渡してくれた。

「ありがとう、喉が乾いていたの。カイゼクスとカロリーヌもありがとう、側にいてくれて心強かったわ。アンナ、カイゼクスとカロリーヌにもグラスをお願い」

「はい。カイゼクス様、カロリーヌ様、飲み物はいかがいたしましょう?」

「僕も水をちょうだい」

「私はジュースが欲しいわ」

 アンナが水とジュースのグラスを手早く用意する。


「僕たち慣れているけど、オリヴィアには王宮の魑魅魍魎はキツかったね」

「人に群がられるって恐怖よね。あれは数の暴力だわ」

 カイゼクスとカロリーヌがオリヴィアを慰める。

 高貴な血筋のカイゼクスとカロリーヌは、ある意味生まれながらに強者である故に、踏んできた場数も相当なものだった。オリヴィアとは社交の実践経験が違うのだ。


「王宮が嫌になった?」

 カロリーヌが尋ねる。

「たった1回で結論を出すのは早いけど、できればローエングリム公爵邸でのんびりしたい……」

 オリヴィアはポンコツ傾向の自分を知っているので、厄介事は放ってしまいたいのだ。スローライフを目指すと赤ちゃんの頃に誓ったことだし、公爵邸で本を作製したり萌えグッズを作ったりしてゆったりと過ごしたいのである。


 ニマッと上がりかけた口角をカロリーヌがグラスを口にあてることで誤魔化す。

「そうね。今夜は酷かったものね」


 オリヴィアの映画を見た人々の反応は予想できた。

 だから、わざと騎士たちをオリヴィアの近くに配置しなかったのだ。

 オリヴィアが、公爵邸の外は怖いと思うように。

 オリヴィアが、公爵邸に居たいと思うように。

 カロリーヌの作戦にカイゼクスは難色を示したが、オリヴィアを守るためには悪辣であることも必要だ。嘘も真も解らない魔窟のような貴族社会でオリヴィアが搾取されて削られることのないようにカイゼクスは渋々同意して、公爵夫妻を説得したのだった。


「ええ。酷かったし怖かった」

 ちびちびと喉を潤して、オリヴィアが言った。

「私は賞賛されたいわけではないの。いっしょに共感したいの、おもしろかったね、凄かったね、って。いっしょに楽しみたいのよ。公爵邸だと皆で愉しむでしょう、だから公爵邸がいいの」

読んでいただきありがとうございました。

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「ギンギラギンだよな。」 「でも、なんかさり気ないよな。」 「なんと小癪な公爵だ!」って裏で暴れる野心家な上級貴族が、公爵家の設置罠に掛かって(公的かつ社会的に)吊るされるまでがデフォルトでしょう
歩く目黒雅叙園(笑) ギンギラなのにセンスが良い… 公爵夫人、生まれながらの上流階級はさすがですね。 腹黒カロリーヌ、大好きです。
共感したいってのはすごくわかる・・・それがとチクるってYouTubeとかへの無断転載につながったりするのも悲しい現実。そして爵位を保有してる人が侍女ってすげえな
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