2、公爵家の第二夫人は白い結婚
公爵夫人イレーネは、降嫁した第一王女である。
国王は公爵夫人の同腹の弟で、イレーネに弱みを握られているために弱腰で逆らうことができないという噂が社交界の一部で囁かれていた。
噂の真偽は不明だが、薔薇のごとく馨しく美の化身のごとく麗しいイレーネが社交界に君臨する女王であることは明白であった。
指の先まで優雅なイレーネに心酔する信奉者は多く、強固で絶大な派閥を形成していた。
「わたしは妻を愛している。だから君とは白い結婚でどうだろうか? 妻と相談したのだ、魔法を使えるならば強い後ろ盾は必須だ。ローエングリム公爵家の第二夫人に手を出す愚か者は皆無ではないが少ないだろう。病死も事故死もしなくていい。いずれ君が恋をして君をきちんと守れる者が現れるまで、公爵家は君が羽根を休める止まり木となろう」
「夫から話を聞いて養女として迎えることも考えたの。でも養女だと、若い貴女を結婚という形で奪い取ろうとする輩も現れるわ。だから貴女が恋する相手ができるまで夫の第二夫人として公爵家が貴女を守護するわ。もちろん離婚して新たな婚姻を結んでも公爵家は貴女の後見となるから安心してちょうだいな。領民のことも任せて。貴女のお父様は夫の命の恩人なのだから」
柔和に微笑み、手を差し伸べてくれる公爵夫妻の温情にオリヴィアは瞳に涙を浮かべる。張り詰めていた心がゆるんだ。背負うべき領民への責任感で、父親を亡くして以来ずっと緊張していたオリヴィアは、真摯に思いやってくれる公爵夫妻の前でポロリポロリと涙を落とす。
魔法を使えるオリヴィアを取り込むための可能性もチラリと思考によぎったが、オリヴィアは公爵夫妻を信頼した。もとより発端はオリヴィアが第二夫人を希望したことなのだから。
ちょびっとブサイクよりな泣き顔だが、平凡な容貌でも猫目のオリヴィアは猫っぽくて可愛い。鼻ぺちゃでブサイクな顔でも猫にはブサカワというジャンルがあるのだ。つまり総じてどんな猫でも可愛いのである。
「……あ、ありがとうございます……」
眉尻がさがり、しょぼしょぼと瞬く涙目が可愛くて公爵夫妻はウッと胸を押さえた。
公爵夫妻も夫妻の子どもである双子も超絶美形である。公爵家にはないレベルとジャンルの異なるオリヴィアの可愛さに、胸を高鳴らせた公爵夫妻であった。
こうしてオリヴィアは、ローエングリム筆頭公爵家に歓迎とともに迎え入れてもらえることとなったのだった。
そう、熱烈大歓迎されたのである。
特に公爵家の10歳の双子の兄妹に。
知る人ぞ知る事実なのだが、ローエングリム公爵家の人間は圧倒的に嫉妬深い。敵対者には冷酷であり、身内には蕩けるほどに甘い性格なのだ。独占欲が強く愛が非常に重い。
その極めて重い愛情が、双子の場合。
慈しんでくれているが多忙で留守がちな両親よりも、寂しさや痛みを理解して充足感を与えてくれるオリヴィアへと矢印の方向が向けられることになったのである。
しかも温かくて心地よいオリヴィアは、未知の楽しみまで贈ってくれるのだ。磁石に吸い寄せられた砂鉄のように全身で夢中になってしまったのであった。
兄は、カイゼクス。
妹は、カロリーヌ。
朝も昼も夜も睡眠中も。
座っても右にカイゼクス左にカロリーヌ、立っても右にカイゼクス左にカロリーヌ、歩いても右にカイゼクス左にカロリーヌ、眠る時も右にカイゼクス左にカロリーヌが離れることなくピッタリと吸着していた。プラス、獰猛で賢いガードドッグたちが。
こびりつきすぎ、とオリヴィアはちょっぴり溜め息をつくが、カイゼクスとカロリーヌは天使のごとく愛らしい。イケメン無罪的にカイゼクスとカロリーヌの容姿は国宝級に極上品なのだ。
「「オリヴィア、大好き!!」」
と笑顔でカイゼクスとカロリーヌから甘えられるとオリヴィアは、メロメロにとけてしまうのである。
手のかかる子が可愛いというのは宇宙の真理かも知れない(諸説は認める)、と思うオリヴィアであった。
広いベッドでもギュウギュウにくっついて眠るので、「うぅ、狭い、暑い、重い、フルコンボだ〜」とオリヴィアは思うものの、カイゼクスとカロリーヌの可愛さが勝り「ちょっと幸せ」とも思って毎晩ふたりを抱きしめていた。ただガードドッグたちまでベッドで眠るので、満員御礼状態でみっちりぎっしりとして、オリヴィアは前世の満員電車を連想してしまうのであった。
原因は、前世の異常なほどによかった記憶力と今世の膨大な魔力にあった。
前世のオリヴィアは自他ともに認める沼の底に沈んだオタクである。映画館で同じ映画を百回以上も見る、アニメも同様、本も漫画も何十回も読み込む、などなど。好きなことに関しては情熱を熱く燃やして萌えあがった。そこに天性の写真のような記憶力が組み合わされて、細部まで暗記して忘れることがない。
しかも異世界なので、文芸、学術、美術、音楽、あらゆる分野に属する著作権法がない。そも、作品はバッチリとオリヴィアの頭の中に存在しているのだが、著作者本人が異世界にはいないのである。
そして今世のオリヴィアには天元突破の魔力があった。
混合混触注意、である。
子ども時代からオリヴィアは。
お小遣いで白紙の紙を束ねた本を作っては、そこに記憶のままに念写をしていた。ただし、今世の世界観に合うように内容を少し変更して、こっそりひっそりと名作漫画や小説を大量生産していたのだ。もちろん前世の言語ではなく今世の言語での作製である。
娯楽的小説は少なく、言うまでもなく漫画本など存在しない世界なので作るだけで誰にも公表せずにいたオリヴィアであったが。叶うならばいつか誰かと楽しみを共有したいとの希望を持ち続けていた。
ずっと一人ぼっちであったが、オタク仲間が欲しかったオリヴィアは公爵邸でそれらを披露したのである。そうしてオリヴィアの溢れる願望を見事にキャッチしたのがカイゼクスとカロリーヌであったのだ。
カイゼクスとカロリーヌだけではない。
公爵邸は公爵夫妻から使用人に至るまで、オリヴィアのファンの塊となってしまっていた。
オリヴィアの部屋には、ドドーンと何千冊もの漫画や小説の本棚が木々のごとく並んでいて、公爵一家ならびに使用人たちに無料開放されていた。持ち出し不可、閲覧のみであるが今までになかった未知のフィクションである。カルチャーショック的大人気であった。
読むには順番が決められていて、最初は馴染みやすいファンタジー系統や歴史ものなどから。ミニスカート等の漫画や挿絵は論外である。徐々に徐々に一般的な初級からジャンルの広がる中級へ。最上級のミニスカートへと到達する勇者は限定された人間だけになるだろう。
それと政治や経済をメインとしたものは除外されている。国王を頂点とする王国なのだ。基本的な教育の普及すらない状態での別系統の政治体制の知識は、国政の混乱を招きかねないからだ。下手をすると国家反逆罪での処刑である。
なので公爵邸では、妖精だの小人だの竜玉だの海賊だの聖剣だの、とファンタジーな話題が花盛りであった。
さらに重要なことが、ラスボス劇場である。
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