1、オリヴィア・ラスボス、誕生
短編作品に加筆して書いてみました。
どうぞよろしくお願いいたします。
オリヴィア・ラスボスは転生者である。
生まれた時から前世の記憶を所有していたオリヴィアは大変あせった。転生者特典なのか膨大な魔力があったからだ。おまけに家名が男爵家なのにエラソーなラスボス。今世では単なる家名でも、前世では有と無の区別の破壊という安楽を齎す名称である。
ヤバイ、とオギャーオギャーとオリヴィアは泣いた。
ラスボスの家名が無関係だとしても、このサヴァラーム王国のトップである王家よりも遥かに強力な魔力は色々とヤバすぎるのでは、と生まれて1年間でこっそり風魔法で声を拾って集めた情報をもとに前世の知識が理路整然と訴える。魔力を皆が持っていても、魔法を実際に使えるほどの魔力持ちは少ない世界なのだ。自由自在に魔法を使えるなんてマズイよね、と今世のオリヴィアも危機感を抱いた。
高笑いする世界征服とか、グハッと剣に貫かれて血を吐く未来とか、前世オタクだったオリヴィアには様々なパターンがありありと想像できたのである。
赤ちゃんなのにバッテンウサギの口でうむむと悩んだ末に、名前がラスボスでも覇王の修羅道よりも流行りのスローライフの方がいい、とオリヴィアは即断即決した。
オリヴィアの誕生したサヴァラーム王国は大陸一の強国であり周辺諸国との関係も安定している。魔獣はいるが騎士団が卒なく対処していて、オリヴィアが討伐に出しゃばる必要もない。稀に魔獣の氾濫がおこるが過去20年間平穏である。
むしろ突出した魔力は平和な世を乱す黒い一滴の雫となり、大きな波紋の原因となる可能性が高い。
ゆえにオリヴィアは普通のぽやんぽやんのふっくら赤ちゃんに頑張って擬態することにしたのだった。あぶぅ。髪の毛はケサランパサランのように爆発していたが、幸いというか容姿は特徴のない可もなし不可もなしの普通レベルであったので、普通の赤ちゃんから普通の幼児となり、普通の少女へとスクスクと成長をしたのだった。
ただし、色彩は派手であった。
真紅の髪に猫のように吊りぎみの紫眼なのである。
凡庸な顔立ちに不調和な色彩であったが、ラスボスの名前には相応しい髪と眼の色であった。
魔法は隠すと決めたオリヴィアであったが。
やはり前世からの憧れの魔法には未練たっぷりだった。
前世オタクであった心も疼き、表面的には魔法を使っていない魔法を使用すればいいのでは、と閃いたのは3歳であった。
「とと様、大釜をくじゃさい」
可愛くおねだりするオリヴィアに父親は、
「おままごとに使うには大釜は大きすぎないかい?」
と尋ねる。
「絵本で読んだ魔女の大釜ごっこをするでしゅ」
魔法も好きだが前世のオリヴィアは錬金術とか魔女の大釜とかも夢だったのだ。
「ほう、楽しそうだね」
と言って父親は子どものオリヴィアの体格にあわせた小釜をくれた。可愛い娘のごっこ遊びと父親は、オリヴィアの熱意ある本気度には気がつきもしていなかった。
くーるくる。
と、小釜を手に入れたオリヴィアは小躍りするが、リズム感が悪く足取りがトロトロのろい。
「おいちいお酒を作れる魔法の小釜に変身ちろ〜」
魔力を全力で注ぐ。
前世は愛酒家であったオリヴィアはただの鉄の小釜を魔改造するつもりであったが、イメージだけで成功できるほどリアルは甘くない。
もちろん失敗した。
小釜とて、無理、知らんがな、と主張したいところだろう。
「桃栗三年柿八年計画でしゅ〜。成果が出るまで頑張るでしゅ〜」
オリヴィアはへこたれない性格だった。オタクなオリヴィアは目的のためには粘り強いのだ。
決意をこめて天に向かってパンチを放つ。
が、へろへろのパンチであった。オリヴィアは運動が苦手なのだ。しかも猫パンチになっている。両手でへなへなの猫パンチ。父親が目撃していたならば、オリヴィアが可愛いと悶えて小釜をもう1個プレゼントしてアンコールしていたであろう。
しかしオリヴィアは知らなかった。
そんな便利で都合のよい小釜に変身するまで12年間もかかることを。
12年間、毎晩「変身ちろ〜」と唱えて魔力を注ぎ続けることになることを。
そしてオリヴィアが、王国の成人年齢である15歳になった春。
淡い月の光で化粧する花々が美しい夜に、父親のラスボス男爵が死んでしまったのである。
ラスボス男爵家の隣の領地は、筆頭公爵家のローエングリム家であった。当然ラスボス男爵家はローエングリム公爵家の派閥に所属していた。
それは神の天秤のごとく残酷で偶然な出来事であった。
とあるパーティーで挨拶の礼を男爵がしていた時に、同じく挨拶のために側にいた貴族が公爵に素早く躍りかかったのである。
それを男爵の視界が捉える。
「死ねっ!!」
と、貴族が隠し持っていた短剣の白刃が伸びた。
護衛の騎士たちが瞬時に動くが間に合わない。
この時、誰よりも公爵の近くにいたのは男爵だった。
運命が変わる。
死の指先がローエングリム公爵からラスボス男爵へと。
ローエングリム公爵に向けられた刺客の刃の前に、とっさにラスボス男爵が身体を滑り込ませる。
ザクッ!
音をたてて絹の布地がはじけた。
庇われたことにより公爵は無事であったが、男爵は背中に致命傷を負ってしまったのである。
「娘を、娘のオリヴィアを頼みます……」
それが男爵の最期の言葉となった。
すでに母は亡くして、父ひとり娘ひとりの生活であったオリヴィアは深く悲しんだ。
けれども悲しむ時間などなく、父親の葬儀の後にオリヴィアには重い現実がのしかかってきたのだった。
王国法では女性の爵位継承は認められていなかったのである。
故にオリヴィアには道が三つしかなかった。
ひとつ目は、爵位と領地を持参金として夫となる者に権利を譲るか。
ふたつ目は、婿をとって夫となる者に爵位と領地を継承してもらうか。
みっつ目は、オリヴィアではなく親族の男性が爵位と領地を継承するか。
ひとつ目もふたつ目も夫となる者次第で、オリヴィアの幸福も領民の生活も人生の吉凶が決まってしまうことになる。しかも父親の死後三ヶ月以内に結婚しなければオリヴィアの継承権は親族に移ることになるのだ。
みっつ目はオリヴィアにとって最悪な道である。
血統的に父親の従兄弟にあたる者が爵位を受け継ぐことになるのだが、この人物、ギャンブル狂の借金持ちであった。オリヴィアは身ひとつで放逐されて、領民たちは生活の保障どころか搾取されて苦しむ未来となることは火を見るよりも明らかだった。
なのでオリヴィアは、オリヴィアの権利の擁護を図るために後見人を申し出てくれたローエングリム公爵に、
「後見人ではなく結婚して、第二夫人にしてほしいのです」
と頭を下げて願った。
筆頭公爵家の第二夫人である。
たかが男爵令嬢風情が願える地位ではない。
「図々しいことは百も承知しています。でも、父だけが知っていましたが私は強力な魔法が使えるのです。たった三ヶ月で私の魔法を利用しないような人格の優れた夫と結婚するなんて無理です。お願いいたします。私を保護するための後見人であるならば、保護のための夫となっていただきたいのです」
オリヴィアは必死で言葉を続ける。
「そして男爵領を公爵領に統合して領民をお願いしたいのです。私は結婚後、不審死にならないような病死か事故死を偽装して公爵家を出ますのでご迷惑をおかけしません。どうか領民の生活を守っていただけませんでしょうか?」
豊かな公爵領に併合されれば男爵領の領民の生活水準も上昇する。優秀で公平な領主である公爵の元、男爵領の領民たちの暮らしも良い方向へ向くだろう。オリヴィアがバクチのような結婚をするよりも百倍も安全安心である。
「病死に事故死? 貴族籍を捨てるつもりなのかい?」
ローエングリム公爵に問われてオリヴィアが頷く。
「私には魔法がありますし、父の遺産もあります。平民になってもなんとか大丈夫だと思うのです」
前世の記憶があるとはいえオリヴィアは生粋の貴族令嬢であり、まだ15歳である。未来の前に立ち竦みそうになるが、それでも領主の娘として領民を守るために考えて考えて。結果、考えついたのが男爵領を恩恵満載の公爵領へと組み込むことであった。
深く頭を垂れるオリヴィアに、
「返事はしばらく待ってもらえるかい?」
と公爵は言って慌ただしく帰って行った。
公爵が戻ってきたのは7日後。
公爵夫人といっしょであった。
読んでいただきありがとうございました。