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3. ランプの魔人に会う

 樹の下には守護するかのように獅子の石像があり、丁度その背に足をかければランプに手が届いた。

 古びた金属ランプに手を伸ばし、取手を掴む。するりと抜くとぴいんと枝は跳ね上がり、同時にシャシャン・と頭上で鈴束が鳴った。と、同時にあたりは静まり――今まで空間が歌声に満ちていたことを思い出した。

 ぐらりと足場が急に揺れ、尻餅をつくが石像は柔らかい。ぐる……と低い唸り声が響く。

 シアランは、白い獅子に跨っていた。


「なんで⁉︎」


 またギャ・ギャアと頭上で鳴き声がして動く影を見上げると、巨大な鳥がその翼を広げていた。


「ギャー―――‼︎」


 シアランの叫びと同時に獅子は走り出し、巨鳥はその鋭い鍵爪を向けて追いかけてくる。


「ギャ―――⁉︎」


 そう叫ぶ他ない。駆ける獅子から振り落とされまいと背をつかみ、ヴァッシヴァッシと恐ろしい羽音を頭上に聞く。幸い洞窟は巨鳥には狭く、翼がぶつかりぎゃりぎゃり壁面を削りながら進んでいた。洞窟は曲がりくねり、来る時は真っ直ぐ進んできたつもりだが幾重にも道は分岐して迷宮のようだった。行きは歌声に誘われ帰りは……? 見ればそこらに骨が散らばってはいまいか。キキっと獅子は止まり、シアランは転がり落ちた。行き止まりだった。


「いや迷ったんかーい……ゔぇろろろろろ」


 なんの音かはご想像に任せたい。ただ止むを得なかったとは思う。限界だった。

 

 羽音は遠い。鳥は撒けたようだ。そこらにある髑髏(しゃれこうべ)の落ち窪んだ目と合い、シアランは大の字になった。ぐるる、と獅子が牙を見せる。


「よかろう……食べたまえ。ただし頭からいってくれ。痛いのはいやだ」


 獅子は要領を解したかそれとも喉に噛み付く狩猟本能か、言われた通り顔に近づく。生温かい息がかかり、そして舌がべろりと舐めた。

(う〜ざらざらする)

 目をつぶっていたがそれきり顔が離れ、薄目を開けると獅子はただ座っていた。それでシアランもまだ食事の時ではないのだろうと合点した。恐怖の峠は越したのだ。


「これが人生最後の日……濃ゆい一日だったなぁ」

 

 分岐が色々あったとしたら最悪のルートを選んでいる気がする……

 シアランは寝転がったままランプを見上げた。特に使命感はなかったが、恐怖で硬直したまま手に握りっぱなしになっていた。

「あのご老人、許すまじ」と呟いてみたがさほどの感情は沸かなかった。お腹がすくために怒りは遠ざけるくせが体にしみついていたのだ。

 

 ランプは古びたデザインだが蔓草と花のアラベスク紋様が細工され、見事な工芸品だった。よく磨かれて色も飴色に輝いている。


「飴……」


 どんな味かなぁ。シアランはそっと舌を這わせてみた。


「油を注がれなければ火も点けない。お前のように怠惰に生きたい」


 そんな戯言(たわごと)を曰うと、差し口の先からむわり、むわむわと煙が吹き出し始めた。次第に濃くなりそれは瞬く間に人の形に収斂していく。


《舐めるて、お前、舐めるて!》


 男の姿になってそれはぞわぞわぁっと身を震わせた。ターバンに長衣、口元までを覆い、ただ紅い、たれ目がちの瞳がランプを手にしたシアランを認めて訝しげにする。


「――て女ァ?」

 

 シアランの手首を掴み、その指にはまる指輪をしげしげ見る。「お前は――」得心いかないようにシアランの目を覗き込むと、しかし居ずまいを正し跪いた。


「間違いなく我が王の器。なんなりとご命令を、ご主人様。ただし、三つまで」


 呆然とするシアランとの間に、沈黙が過ぎる。


「命令って……特にないけど」

「願いは? あるだろ。ここから出るとか」

「いやもういいかな……土葬してもらえる機会ももうないだろうし」

「しゃらくせぇ!」


 ランプの魔人はシアランの襟口を掴むとがくがくと揺すった。


「お前! 怠惰に! 生きたい!って願っただろ! もっと具体的に言えって言ってんだよ、具体的に!」


「はぁ〜……」

 ため息を吐いて、シアランは手を払った。

「無駄無駄、無駄……。例えば大金持ちを願うとするでしょ、すると不運や恐喝、強盗、はたまた浪費の末に更なる不幸に陥るものよ。水は高いところから低いところへ、富は才ある者のところにしか留まらない。今ある状況はみななるべくしてあるの。私ははたらきたくない。なんの努力もしたくない。持ってもなくすだけ……なるべくしてあるクズなの」


「はぁ〜……」

 今度は魔人がため息を吐き、岩壁に背を預けると棒付きの水飴をシアランに差し出した。

「舐めろ」

 シアランは大人しくしゃぶった。


「親は」

「分からない。たぶん小さい時に海賊に攫われて……売られたあと捨てられた気がする」

「たぶんさぁ、お前は知らないんだよ。知らないだけだ。俺は魔人、アル・マ・ラル。俺はお前から奪わない。お前の怠惰を叶えてやる。さぁ俺に名を教え、願え」


 魔人は、シアランから舐めかけの飴を抜く。甘い唾液がぽたりと垂れた。唇は開いたままに



「私はシアラン……アル・マ・ラル、飴がほしいです」



 その瞬間、ごおっと風が起き、竜巻きとなり、その中心にいて――晴れると、星空瞬く砂丘の頂きにいた。「はー、娑婆はいいぜ〜」と魔人は伸びをする。


「外で食べた方が、うまいだろ」

「うん……あまい」


 遠く城壁に囲われたオアシス都市の外は荒涼たる砂漠が広がり、音も人も月すら影を見せない。

 夜闇に紛れてぽたりぽたりと涙が頬を伝った。


「でも、戻れない……葉くずをあさるのも売り買いされるのも情けにすがるのも脅されるのも、もう終わりだと思ったのに……生きてる。いくっ、いくばしょは、ないのに」 


 魔人はよーしよーしと頭を撫でた。


「俺がはじめに仕えた奴も、死んだ魚の目をしていたよ。そして宮殿を願い、国をつくり、今じゃご覧のありさまだ。俺を手にしたなら、あの宮殿はお前のもの」


 魔人は棒付き飴で彼方を指す。その不思議に照らす先に城が聳え立っていた。白く美しく、満月のごとき黄金に輝くドーム屋根と、万里を見通す尖塔を四方に持つ、いまだ世界一と称えられる宮殿が――



「シアラン、お前がこの国の主(スルターン)だ」





       〜☽ひとつめ〜


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