正反対
「……なるほど、つまり人探しの旅をしている訳ですね」
あの後困惑するアルテに、マイハは自分達が今何をしているのか大まかに説明した。“七翼の恩災”のことは告げていないが、とりあえず大人数で寝泊まりできる空飛ぶ船を作って欲しい旨を伝えると、アルテは「なるほど」と納得する。
「空飛ぶ船……要は飛行船ですね。確かに作れますけど……」
アルテが言葉を濁した。
マイハは「お礼なら何でもするよ?」と更に距離を詰める。
アルテは視線を逸らしながら、恐る恐る口を開けた。
「ほ、本当に俺なんかで良いんですか?工場に行けば、腕の良い職人はもっと沢山居ますよ?自分で言うのもアレですけど、正社員でもない俺に依頼して、本当に後悔しませんか?」
アルテはギュッと目を瞑って顔を俯けさせる。何やら根深い心の問題がありそうだが、マイハはそんなこと気にしない。
不可解そうに小首を傾げながら、マイハは「だって」と口を開いた。
「船、作れるんだよね?だったらお前に頼むよ。腕の良し悪しなんて、プロじゃないんだから、実際に完成した物を使ってみなくちゃわからない。なら、お前で良いよ」
マイハは座っていたベンチから立ち上がると、アルテと正面から向き合った。
「それにお前、『自分でも何かできることがある』って証明したいんだよね?誰に証明したいのかは知らないけど、依頼人に一々『後悔しないか』なんて逃げ道作ってたら、いつまで経っても一人前になれないよ。証明なんてできない」
「!!」
ハッとアルテが顔を上げる。目の前のマイハは、アルテよりも年下の少女に見えるのに、その表情や考え方は大人のように達観していた。
アルテは「あぁ、なんか情けないな」と苦笑を漏らす。
「その通り、ですね……マイハさんの言う通りだと思います。情けないですね、俺。さっき出会ったばかりの女の子に諭されるなんて……マイハさん、俺の方から良いですか?」
アルテが何か決心したように表情をキリリと引き締める。そしてベンチから腰を上げると、そのままマイハに向かってガバッと頭を下げた。
「マイハさん達の船、俺に作らせてください!きっと、素敵な船を作ってみせます!!俺に機会をください!!」
アルテが頭を下げたまま、右手を差し出した。マイハはそれをポカンと見つめると、数回瞬きした後、フッと口角を上げる。
そして、アルテの手を取った。
手を握ってくれた感覚に、アルテが顔を上げる。
目の前のマイハはニッと満足そうに微笑んでいた。
「依頼成立だね。よろしく頼むよ、アルテ君?」
「!!……はい!!」
満面の笑みでアルテは頷くのであった。
* * *
「さて……ラキの奴、私を見つけるのに、一体どれだけ時間が掛かってるんだか……」
アルテと別れた後、マイハは街の散策をしていた。色々な店の商品を横目に流していくが、荷物持ちのいない状態で買い物する気は、マイハには更々ない。
とそこで、「漸く見つけましたよ、お嬢」と呆れた声が天から降ってきた。
マイハが顔を上に向けると、屋根の上でラキが顰めっ面を浮かべて立っているのが見えた。ラキは軽く屋根から飛び降りると、スタッとマイハの目の前で着地する。
「お嬢、いきなり目の前から消えないでください。今度は一体、何の動物を追いかけてたんで?」
どうやら迷子の原因はわかっているらしい。口振りからして、常習犯のようだ。
ラキが文句もそこそこに尋ねれば、マイハは詫びれもなく「小鳥だよ」と告げた。
「中々整った顔立ちをしたレディとジェントルが数羽ね。食べ物に困ってないのか、かなり毛並みが綺麗だったよ。お持ち帰りしたかったな」
「勘弁してください。飼ったところで、危険な旅に付き合わせちまうだけでしょう。キリもないんで、却下です」
「ボスの命令を黙って聞くのが、できた部下だと思うけど?」
「肯定するしか脳の無い……考えなしの無能は、お嬢には必要ねぇんで」
「お前、ホント可愛くない……」
マイハが面白くなさそうに呟けば、ラキから「そいつは良かったです」と、これまた愛らしさの欠片もない言葉が返って来る。マイハは「はぁ〜」と大袈裟なまでに大きく息を吐いた。
これ以上不機嫌になられても困るので、ラキは「お嬢」と話題を変える。
「とりあえず、当初の目的を果たしましょう。もう日が暮れかかってるし、さっさと職人を探して、今日泊まる宿を探さねぇと……」
ラキが言いながら、足の向きを工場などが建ち並ぶ港へ向ける。すると、マイハが「あぁ」と待ったをかけた。
「職人、見つかったから」
あっさり言い放つマイハ。
「………………は?………」
固まるラキであった。
* * *
「……職人にもう船の依頼をしちまったって……一人でそんな重大なこと、勝手に決めないでくださいよ、お嬢……」
フリーズから約数十秒で我に帰ったラキが、マイハから話を聞き出して出た感想がコレである。
正に正論であった。
「お嬢……あんた、運良く職人に会えたから、適当に決めただけでしょ」
ラキが図星を突けば、マイハは動揺も否定もすることなく「そうだよ」とあっさり認めた。
「別に良いでしょ。どうせ誰にするかの決定権は私が持ってるんだから」
「そいつはそうですが……」
反省する気配のないマイハに、ラキはこれ以上の文句を諦めた。
決まったモノはしょうがないと、早々に頭を切り替える。
「それなら、その職人の工場に行ってみましょうか。俺達の船を作ってくれるなら、俺からも挨拶しとかねぇとだし……どうします?お嬢」
ラキが尋ねると、マイハは「ん」と懐から一枚の紙切れを取り出した。
「『人を待ってるから、詳しい話は後で』と言ったら渡された」
言いながらマイハが紙切れを手渡すと、ラキは「預かります」とそれを受け取った。
「工場の住所と連絡先ですね。……お嬢も通信機買いますか?また迷子になられた時用に」
「お前が私から目を離さなきゃ良い話でしょ?要らない」
あっさり拒否するマイハに、ラキが「そうですか」と呆れる。
だがマイハの面倒くさがりは今に始まったことではないので、ラキは「まあ、それは後で良いか」と紙切れに書かれてある住所を再確認した。
「それじゃあ、行ってみましょうか。それで、そのアルテって人間はどんな奴なんで?」
ラキが興味本位で首を傾げる。
マイハは「そうだなぁ」と頭の中にアルテの顔を思い浮かべた。
コロコロと変わる表情、ちょっと頼りげないが真っ直ぐで素直な性格。見た目も中身も好青年な、所謂爽やかイケメンという奴だ。
「……お前と正反対みたいな奴だったかな」