赤髪の青年
「チュンチュン」
「やっと追い付いた……」
小鳥を追い掛けること五分。ようやく建物の屋根に落ち着いた小鳥を見上げて、マイハは軽く口笛を鳴らす。そうすれば、小鳥は自分からマイハの指の上へと腰を下ろした。
やはりマイハのことを嫌がっている訳ではないらしい。
安心したマイハは思う存分、小鳥を撫で回した。
だがしかし。道の往来で立ち止まり、手元の小鳥に夢中になっていればどうなるか。
「キャッ!」
「うわっ!」
当たり前だが、前から人が来ていることに気付かなかったマイハが、山積みの本を抱えて歩いていた青年とぶつかってしまった。
いつもなら例えぶつかりそうになっても、勝手にマイハの身体を通り抜けてくれる筈だが、今は小鳥を触る為に実体化している。
バランスが崩れ、咄嗟に足を踏ん張らせるマイハだが、青年の持っていた何十冊もの本がどんどん傾いているのが見えて、慌てて小鳥を両手で包み込む。
次の瞬間、ドサドサッと盛大な音が道に響いた。
「す、すす、すみません!!前が見えてなかったものですから!お怪我はありませんでしたか!!?」
落ちている本には目もくれず、青年が真っ青な表情でマイハの両肩を掴んだ。
マイハはと言えば、自分のことはどうでも良いのか、手の中の小鳥の様子を確認している。
パタパタと小さな翼を動かし、「チュンチュン」と鳴く様は元気いっぱいだ。どうやら怪我はしていないらしい。
ホッと胸を撫で下ろしたマイハは「驚かせてごめんね、レディ」と小鳥を空へ解放する。
両手が空いたマイハは「別に平気だよ」と自身の肩を掴む青年の手をさっさと払い除けた。大量の本が頭や身体に当たった筈だが、マイハも怪我はないようである。
マイハが無傷だということを知ると、青年は安心したように潤んでいた瞳から涙を引っ込めた。そして……。
「本当にすみませんでしたァア!!!」
膝と両手を地面に着き、ガバッと勢いよく頭を下げる青年。所謂土下座だ。
そのあまりの早業にマイハは一瞬頭がフリーズする。すぐに我に帰ると、「土下座されたの初めてだな」と謎に感動した。
「別に良いってば。前見てなかったのは私も同じだし……」
マイハが告げると、青年は下げていた頭を恐る恐る上げた。
鮮やかな赤髪はサラサラのストレートで、右側だけ前髪が異様に長い。隠れた右目の代わりに、左目からその虹彩が美しい水色だとわかった。間抜けな表情をしているが、端正な顔立ちをした青年だ。
だがマイハに青年の整った顔を見つめる趣味はない。ぶつかった非は互いにあった訳だし、小鳥に怪我がないのであれば、マイハに青年をどうこう言う気は更々なかった。「それじゃあ」と身体の向きを変えると、マイハはそのまま立ち去ろうとする。
しかし青年が「待ってください」と声を掛けた。
顔だけ振り返ったマイハに、青年はあどけない笑顔を向ける。
「俺の名前はアルテって言います。是非ぶつかってしまったお詫びをさせて下さい!」
「……」
* * *
「冷たくて甘い!初めて食べたけど美味しいね、これ。何て言うの?」
あの後、アルテと名乗った青年からアイスクリームを奢って貰ったマイハは、ちょっとした休憩スペースで生まれて初めてのアイスに舌鼓を打っていた。
「え、初めて食べたんですか!?えっと……それはアイスクリームって言います。マイハさんが食べてるのはナッツ味ですね」
「『ナッツ味』……そう言えば色んな種類があったね。人間の作る食べ物って、無駄に美味しくて不思議だなぁ」
言いながら、マイハが最後の一口を口に放り込む。
数回咀嚼して飲み込むと、手をパンパンと払った。
「ご馳走様。それにしても……そんなに沢山、何の本?」
マイハがアルテの隣に置かれてある三十冊はくだらない本の山を見て尋ねる。ぱっと見たところ、本のタイトルは医学関連、大工関連、料理関連とバラバラだ。
これが全てアルテの物だとすれば、一体何の目的で集めたのかわからない。
アルテは「これですか?」と本に目を向けると、山積みになった本の一番上に乗っている本の表紙を撫でた。
「これは資格を取る為に勉強する用で買った本です。今、料理人の資格を取ろうと思ってまして。医学書と建築の本は次の仕事で使う物なんで、また別なんですけど……」
「??お前、何の仕事してる訳?」
マイハが首を傾げる。
医学書と建築の本を使い、尚且つ料理人の資格まで必要な職業など聞いたことがない。
アルテは「えっと」と困ったように後頭部を掻くと、ヘラッと眉を下げて笑った。
「正確に言えば……無職……ですかね?」
アルテが曖昧に答える。
その答えに、マイハは頭の中で更に疑問符が散乱した。
無職なのに、仕事があるとはどういうことなのか。そもそも、無職なのに本を何十冊も買える余裕があるのか。
仮に無職だから資格を取ろうと勉強するのであれば話は理解はできるが、何故複数のジャンルを一遍にやっているのか。
マイハが言葉には出さず、大量のハテナを飛ばすと、アルテが苦笑いを浮かべながら「俺は」と説明を始めてくれた。
「とっても出来の悪い子でして……何をやってもいつも怒られてばかりでした。だから、こんな自分でも出来ることがあるんだって証明したくて……子供の頃片っ端から色んな本を読んで勉強したんですよね。その時の知識が役立って、今医者と大工の資格を持ってるんですけど……ちょっと人付き合いに問題が生じまして、定職してないんです……なので依頼を受けた時だけ、仕事場にお邪魔する形で働いてるんですよ。料理人の資格を取ろうとしてるのは、子供の頃からの癖です。勉強癖的な……」
アルテが気まずそうに目を逸らす。
マイハは「へぇ」と興味なさげに相槌を打った。だがしかし、ふと「あれ?」とあることに気付く。
「じゃあお前、大工なの?」
「まあ、資格は持ってます」
アルテが頷くと、マイハは道中でのラキとのやり取りを思い浮かべた。
この先、仲間が増えても快適に旅ができるよう、移動式家屋……簡単に言えば空飛ぶ船を作ってくれる職人探しをする。それがランゴ街に来た目的の一つだ。
アルテが大工なら、目的の一つは達成したも同然である。
マイハはニヤリと口角を上げると、バッとアルテの両手を掴んだ。
「なら、私達の船を作ってくれない?」
突然お人形のような愛らしい顔に見つめられた上に、生まれて初めて女性から手を握られ、生理的に頬が染まるアルテ。
だが、マイハの言ってる内容を理解した途端、ピシリと固まった。
「………え!?………」