指名手配犯
「お嬢、終わったんですか?」
マイハがホーテーを殴り飛ばしたすぐ後に、ラキがホーテーの部屋へとやって来た。マイハが「終わったよ」と頷くと、ラキは壁に激突したまま伸びているホーテーをジッと見つめる。
「これがホーテーですか。間抜けな面ですね」
「顔面殴られて気絶してたら、誰だって間抜け面にもなるよ」
ラキの毒舌にマイハが淡々と返す。ラキはすぐにホーテーから興味を失ったのか、「それで」とマイハに向き直った。
「気に食わないという理由でホーテーぶっ飛ばしたのは良いですけど、これからどうするんです?結局“神の遣い”はどうなったんで?」
最もなラキの疑問に、マイハは胸ポケットから例の書類を取り出した。それをラキに手渡すと説明を始める。
「ホーテーがやってた不正貿易の証拠書類だよ。これを“神の遣い”に渡して欲しくなかったら、町の金を返して町民にこれから手を出すなって脅した」
「……『“神の遣い”を呼びたくても呼べない』……なるほど、そういうことですか」
屋敷前でマイハが言っていた意味を漸く理解したラキは「しかし」と口を開く。
「『脅した』と言いますが、その程度の脅しなら、我らが町を出れば何の抑止力にもならないのでは?ホーテーが噂にならないよう町からこっそり徴収したり、町の人間を殺したりしたって、俺達にはわからないんですよ?」
「この私がその可能性に気付かないとでも思うかね?少しでもおかしなことをすれば、私の魔力ですぐにわかると伝えてあるし、ホーテーはこれから先も何もできないよ」
マイハが自信たっぷりに告げる。それに対してラキはジト目でマイハを見つめた。
「お嬢、そんな魔力効果持ってないじゃないですか」
ラキが「何言ってんだ」とばかりに言えば、マイハはフフッと悪い笑みを浮かべていた。
「まあね。でもそれがハッタリだって証拠がない以上、自分の命が掛かってる状況で、ホーテーは町に手出しなんかできないでしょ」
要は嘘を吐いてホーテーを脅した訳である。立派な詐欺行為だが、それを咎める人物はここには居ない。
納得したらしいラキは、「それにしても」とマイハから渡された書類を返す。
「よくホーテーが不正貿易をやってるなんて知ってましたね?調べる前から確信してたんでしょう?」
ラキが首を傾げる。
今回の件は、マイハがホーテーの不正貿易を暴いたからこそ、無事“神の遣い”を呼ばれずに済んだ。だが、マイハはホーテーの屋敷を調べる前からこの作戦を思い付いていた。一体どうして不正貿易のことを知っていたのか。
不思議に思うラキだが、マイハは「否」と首を横に振った。
「確信はあったけど、ただの勘だよ。一切邪な部分のない貴族や王族は居ないからね。徹底的に探せば、何かの不正証拠は絶対見つかるって……まあ賭けだよ」
「賭けって……」
ラキが呆れたように声を漏らした。
もし不正がなかったらどうするつもりだったのか。
しかしマイハはあっけらかんと笑っているだけだ。
「でも不正はしていても、本当にやり手な奴なら証拠一つ残さないから、今回はホーテーが馬鹿で助かったね。まあ、後先考えず目先の欲に捕らわれているような奴だから、賭けにすらなってないけど」
あっさり告げるマイハに、ラキは「そうですか」とツッコむことを止めた。
「それはそうと、これからどうするんで?」
ラキが尋ねる。
怒りのままホーテーに手を出したマイハだが、目的は『七翼の恩災探し』である。こんなところで貴族相手に問題事を起こしている場合ではない。
町に“七翼の恩災”が居ないことは把握済み。もう用がないなら、さっさと次の街なり国なり行くべきだ。
しかし、マイハは「まあ、そう慌てないでよ」と、にこやかに伸びているホーテーに寄っていく。
「ホーテーの意識が戻って、ちゃんと町に金を返すところを見届けないとね。私に嫌な記憶、思い出させてくれたお礼……たっぷりしないと気が済まない」
マイハの返答に、ラキは「『意識が戻る』って」とホーテーの様子を再び確認した。
腫れ上がった顔面は元々太っていたこともあって馬鹿デカく、何かの化け物だと言われても信じてしまいそうだ。
目からは涙、鼻からは血を流し、その意識は今頃三途の川手前にある花畑を彷徨っているのだろう。
どう考えても、目を覚ますまで最低でも一日二日は掛かる。
当然それだけ待ってやれる程、マイハは気が長い訳ではない。
「まさか、お嬢!こんな野郎に魔力をッ……!」
焦って止めようとするラキだが、マイハは構わず手の平で揺らめく炎をホーテーの身体へと近付けた。途端に、ホーテーのグチャグチャになっていた顔面が元に戻っていく。
炎が収まると、ホーテーはハッと意識を取り戻した。
「!わ、私は……ッ!き、貴様は!!思い出したぞ!貴様はあの世界最悪の犯罪者!!世界の破滅を目論んでいるという“青い鳥”の生き残りだろ!!?」
目が覚めるなり煩い男である。
マイハはホーテーの質問に答えることなく、しゃがんでホーテーと視線を合わせた。
「へぇ、馬鹿の割には良く知ってるじゃん。そんな手配書、とうの昔に全員忘れ去ってるかと思ってた。……まあそんなことより、もう動けるでしょ?さっさと貯めたお金、町民に返してくれる?」
「お、お金……何故犯罪者が町民如きの為に……」
「勘違いしないでくれるかね?」
立ち上がったマイハは冷たくホーテーを見下ろす。その瞳に情なんてモノは欠片も映っていない。
「お前ら貴族含めて、何人の人間が死のうが生きようが、私には関係ないし興味もない。町や町民に手を出すなと言ったのは、単にお前への嫌がらせだよ。それ以上でもそれ以下でもない。第一、先に絡んできたのはそっちでしょ。町に入っただけで金払えとか、誰に向かって言ってる訳?喧嘩を売る相手は良く見極めるよう、部下達に言い聞かせな。そんなことよりも……」
マイハが言葉を区切る。
レッグホルスターから鉄扇を取り出せば、刃の切っ先をホーテーへと向けた。
「お前、貴族なんだから何か噂くらい知ってるんじゃないの?“七翼の恩災”について知ってることがあれば、包み隠さず全部教えな」
マイハが当然のように脅せば、ホーテーは「し、“七翼の恩災”」とビクビクしながら口を開ける。
「ほ、本当にそんな存在が……と、特に何も……知りません」
「………」
ホーテーの返答に、マイハは無言で片手を上げた。その合図でラキが鋭い爪を光らせてホーテーに迫っていく。
ホーテーは「ヒィイ」と情けない悲鳴を漏らした後、「本当だ」と喚いた。
「ほほ、本当に知らないんだ!!殺さないでくれぇ!!」
マイハは手を下ろしてラキを止めると、大きく溜め息を吐く。
「はぁー……結局無駄骨か。やっぱり持ってる情報が魔力だけはキツイね。せめて見た目に関する情報一つくらいは欲しいところだよ」
「難しい話ですが……手掛かり零は今に始まったことじゃないでしょう。地道に探して行きましょう、お嬢」
ラキが励ませば、マイハは「それもそうか」と気持ちを切り替える。「それじゃあ」とホーテーを睨み付けた。
「さっさと金を返す準備をしな」
「は、ハイィ!」
そうして数分後、ホーテーは汗だくになりながら、金庫の有り金全てを屋敷の外へ運んだのであった。
* * *
「……本当に、なんてお礼を言えば……ありがとう!!君は町の英雄だ!」
町に入ってすぐマイハが助けた例の男が、涙ながら頭を下げる。
あれからすぐにホーテーは、溜め込んでいた町の税金全てを町民達へと配り返した。当然何も知らない町民達は目を見開いて驚いたものだが、マイハに脅されながらホーテーがちゃんと事の始末を説明した。
そして今現在、マイハによって体調を回復された町民達が全員集まって、マイハ達のお見送りをしているという訳である。
「別にお前らの為じゃないから、礼なんて要らないよ」
ぶっきらぼうに返すマイハだが、町民達は気にせず感謝の気持ちを口にし続ける。
とそこで、例の男が「ああ、そう言えば」と口を開いた。
「君は人探しをしているんだろ?なら、ここから西へ真っ直ぐ行った港街に行くと良い。あそこは“職人の街”と言って、物流も人の流れも活発だ。情報を集めるにはもってこいだろう」
「『職人の街』?街の名前は?」
「ランゴ街だ。この町より遥かに大きい。その分情報収集には手間だが、より多くの情報が集まる筈さ」
「……」
口元に指を持っていくマイハ。数秒悩む素振りを見せたが、どうやら決めたらしい。
フッと笑みを浮かべると、狼の姿に戻っているラキの頭を撫でた。
「行くよ、ラキ。次はランゴだ」
「ワン!」
そのまま町に背を向け、歩き出すマイハ達。
町民達は当然引き止めない。ただ笑顔で大手を振っていた。
「ありがとう!!どうかお元気でー!!」
マイハ達が振り返ることはない。
人々の礼と別れの言葉を背に受け、町から旅立って行ったのであった。