壊す者
「ウワァアアア!!!」
「な、なんて強さだ!!」
一方その頃。
門前で祭りを始めていたラキは、集まって来た衛兵達を凄まじい勢いで蹴散らしていた。
まるで獣のようなスピードで戦場を駆け抜けるラキの鋭利な爪に、兵達はなす術なく斬り裂かれる。兵達がどれだけ槍を振り回しても、ラキには掠りもしない。
正に一方的な暴力の時間だった。
ある程度兵達が集まってきたのを見計らって、ラキが「こんなものか」と退屈そうに息を吐く。
「随分と質が悪い……お前ら、主人を命に換えても護ろうという気合いがないのか」
「な、何をォ!?」
ラキの挑発に煽られ、兵が声を荒げる。槍を振りかぶって突進し、ラキの脳天目掛けて振り下ろした……しかし。
「ッ!!…………」
思わず目を見開く。
攻撃が漸く当たったことにもだが、それよりもラキのその涼しげな表情にだ。
刃が当たっている訳ではない。それでも成人男性の全力で鉄の塊を叩き付けられた。それも頭の頂点に。普通なら脳震盪を起こすだろうし、最悪死亡だ。にも関わらず、ラキは余裕の表情で兵の槍を頭で受け止めていた。
全く身体が揺らぐことなく、ラキは失笑と言わんばかりに槍の柄を掴む。そのまま槍ごと兵を投げ飛ばした。
「悪いが、時間を掛ける気はない。ここからは一気に終わらせるぞ」
ラキの瞳がギラつく。
宣言通り、五分も掛からず衛兵達を一掃したのであった。
* * *
「クソッ!!まだ襲撃者の首は取れんのか!?兵達は一体何をやっておる!?」
屋敷の最上階の一番奥。一際豪華で広い部屋の中、ホーテーは怒りに震えた表情で護衛に当たり散らしていた。
先程まで町民から搾り取った金を数えて有頂天気分になっていたというのに、すっかり機嫌も最底辺まで落ちてしまった。
「お、落ち着いてください、ホーテー様。ホーテー様の御身は必ず御守り致しますから……」
「そんなこと当然じゃ!!仮に!もし仮に私の金が盗まれでもしたら……!良いか!どれだけの犠牲を払っても構わん!!私の命と金だけは死んでも守れ!!もし一銭ぽっちでも盗まれたら、全員処刑だ!!すぐに“ 神の遣い”に報告する!!」
まるで子供の癇癪のように騒ぐホーテーに、「それだけはご勘弁を」と護衛が焦る。それ程までに“ 神の遣い”は恐ろしかった。
しかしホーテーにはそんなこと関係ない。
「フン!それが嫌なら精々役に立て!貴様ら換えの効く道具如きを使ってやってるだけでも感謝しろ!」
と、その時だ。
ホーテーの部屋の扉が轟音と共に勢いよく吹き飛ばされた。
「な、何だ!!?」
ホーテーが(元)扉の方へと目を向ける。
そこには足を振りかぶった体勢で止まっているマイハがいた。
さっき扉を吹き飛ばしたのはマイハの回し蹴りだったらしい。
マイハは足を降ろすと、躊躇なく部屋に入って来た。
「な、なな、何だ貴様は!!?貴様が襲撃者か!?この私を誰だと思ってる!?」
「この町を治める貴族……ホーテーでしょ?」
喚くホーテーにマイハは何でもないように応えた。そんなマイハに護衛の男が槍の切先を向ける。
「止まれ!報告では襲撃者は男だとあった。貴様はその男の仲間か?」
槍の先端がマイハの首を捉える。後数センチ槍を動かせば、マイハの首を串刺しにできるだろう。
少しでも怪しい動きを見せれば殺すという、わかりやすい脅迫だ。
しかしマイハは一切臆することなく、槍の刃部分を右手で鷲掴みにした。先程町で見せた時とは違って、マイハの手の平から鮮血が垂れ落ちる。
「ッ!!?」
一瞬護衛が動揺すると、マイハはその隙を見逃すことなく、身体を斜めに逸らしながら槍を自分の方へと引き寄せた。槍の柄を持っていた男も一緒にだ。男の腹に思いきり膝蹴りを入れたマイハは、一撃で沈んだ護衛を尻目に槍をポイと放り投げる。
「ひ、ヒィ……!!ま、待て!!近付くな!!わ、私は貴族だぞ!?偉いんだぞ!?そ、そうだ!!私に手を出せば“ 神の遣い”が貴様を殺しに来る!!死にたくなければ……!!」
腰が抜けたらしいホーテーが、無様に尻餅状態で後退る。構わずマイハはホーテーの目の前まで歩いていくと、しゃがんでホーテーと目線を合わせニコッと微笑んだ。
「コレ、何だかわかる?」
一枚の紙をホーテーの目前に突き出すマイハ。先程衛兵に守られていた部屋で見つけたモノだ。
ホーテーはその紙を一目見ると、目を見開いて段々と顔を青褪めさせていった。
マイハは笑顔のまま「コレ」と口を開く。
「お前がやってる不正貿易についての書類だよね?“ 神の遣い”に……七賢聖に内緒で密輸して、勝手に儲けてるんでしょ?七賢聖の預かり知らぬところで勝手な貿易をすることは死罪……勿論知ってるよね?」
マイハが尋ねる。ホーテーは半ば気絶しそうになりながら、ガタガタと身体を震わせていた。
もしこの証拠が“ 神の遣い”に見つかれば、確実に自分は殺されてしまう。
ホーテーは瞳孔の開き切った目でマイハに縋り付いた。
「た、頼む!!見逃してくれ!!金なら幾らでも払ってやる!!その書類だけは“ 神の遣い”に見せないでくれ!!」
「へぇ……幾らでも?でもねぇ……貴族の命を金で買うなんて、烏滸がましい真似とても……」
いけしゃあしゃあと思ってもないことを口にするマイハ。本来ならブチ切れ案件だが、今のホーテーはそれどころではない。何せ自分の生死がマイハの気分に掛かっているのだ。
「何でも!何でもする!!だから助けてくれ!!」
「『何でも』……それは本当かね?」
マイハが応える。ホーテーはこれしかないと思い、一も二もなく頷いた。
「あ、ああ!!誓って本当だ!!どんなことでもしてやる!!だからその書類を……」
……「返してくれ」と叫ぶ前に、マイハが「ほぅ……言ったね?」と悪魔の笑みを浮かべた。
ホーテーが唖然としている間に、マイハは「なら」と口早に告げる。
「町の人達から不当に取った税金を全部返してあげな。後、これからは町の人間を不正に殺すな」
「……は…………」
「お前が町の人間に手を出してないかどうかは私の魔力で逐一わかる。もし一人でも殺せば……不当な徴収をすれば、この書類を“ 神の遣い”に渡す」
「っな!?」
反射的にホーテーがマイハの持つ書類へと手を伸ばす。だが、ヒラリと書類を胸ポケットに閉まったマイハは「それから」と立ち上がって、絶望するホーテーを怒りの籠った目で見下ろした。
「もう二度と“道具”扱いするんじゃねぇよ!!」
マイハが握り拳を振りかぶる。
その姿にホーテーは「ヒィイ」と情けない悲鳴を上げ、涙目でマイハを見上げた。
「き、貴様は一体何者……ッ!!」
怯えながら、ふとホーテーは一枚の紙の情報を思い出す。一番上にはデカデカと『WANTED』の文字が書かれ、その下には顔写真と途方もない金額が記されていた。
額も載っていた顔立ちも定かではないが、一つだけハッキリと覚えている事がある。
写真に写っていた女の目が、この世のモノとは思えない程真っ青な……まるで御伽話に出てくる“青い鳥”のような虹彩を持っていた事だ。
……まさか……。
ホーテーが何かに気付いた瞬間、マイハの拳が思いきりホーテーの顔面を打ち抜いた。
熱くなっていた所為か、その拳には揺らめく炎が数秒浮かび上がる。
「…………」
身体の踏ん張りが効かず、壁まで吹っ飛んでいったホーテーを尻目に、マイハは「ふぅ」と気分を落ち着かせた。
そして、もう既に意識を失っているホーテーに向けて「何者ねぇ」と呟く。
「お前ら世界を……ぶっ壊してやる存在だよ」