シーナ出国
「そう言えば、“祟り”問題は解決しましたけど、アレが人為的に起こされたものなら、俺達が出て行った後、また“悪魔”を復活させられて、今度こそ対抗手段が無くなるんじゃ……」
一緒に旅をするにあたっての覚悟をそれぞれ説いたところで、アルテが冷や汗を浮かべて思い至る。
テトも「確かに……」と視線を下へと向けた。
“祟り”……“瘴気”の対抗手段が“七翼の恩災”の魔力しかないのであれば、この地からテトが出て行くことで、今度こそシーナ国は滅びてしまうかもしれない。
そんな憂いがある状態では、テトだって自身の旅に集中できないだろう。
しかしマイハは「心配ないよ」と断言した。
「テト、翼出しな」
「……うん」
言われた通り、テトが魔力を昂らせて翼を顕現させる。
マイハはテトの翼から羽を一つ取れば、手の平の上に乗せ、自身の顔の前まで持って来た。
「“この地に青い鳥の恩寵あれ”」
静かにマイハが唱える。と同時に、マイハの手の平から羽が、一人でにフワリと宙を舞った。
羽は淡く発光すると、光の粒となって弾けてシーナの土地へと降り注ぐ。
ポカンと、その光景を惚けた表情で見守るアルテとテト。その中心で、マイハは仕事は終わったと言わんばかりに、「はい終了」と軽い口調で言ってのけた。
「これでシーナ国に“悪魔”の脅威が来れば、テトに報せが来るよ。何かあれば、また戻って来れば良い。これで安心でしょ?」
クルリと振り返って、マイハがニコリと微笑みかける。
まず反応したのはアルテだ。
「……え、え……えっ!?今の一体何なんですか!?」
驚愕したように大きな声を上げる。
マイハは「おまじないみたいなモノだよ」と応えてくれた。
「土地に魔力を込めることで、その土地を襲う厄災に気付けるようになる。と言っても、“悪魔”関連の事にしか効果がないから、『未知の病で国が危機』……とかになってもわからないけどね。まあ、充分でしょ」
「……それ、俺にもできますか?」
「できるけど、覚える必要ないんじゃない?そもそも“悪魔”の復活自体、本来なら有り得ないイレギュラーな事件なんだから。昔は重宝してた能力だけど、今は殆ど価値のない能力だよ」
「そっか……そうですよね」
アルテが納得する。
とりあえずこれで憂いの種は一つ祓えた。
「良かったですね、テトさん」とアルテがテトに笑いかける。
「うん。明日レインにも伝えとく。ありがとう、マイハ」
「良いよ。それより、旅の準備しなくて良いわけ?そんなに何日も待つ気はないんだけど……」
早くて明日出発と言うのに、一切荷物を纏める様子のないテトにマイハが首を傾げる。
だがテトは「大丈夫」と一言告げた。
「持って行く荷物は殆どないよ。珍しい薬草を少しずつくらいかな。後は森の動物達に挨拶できればそれで良い。挨拶は夜に行くから、今はもうちょっとだけ休みたいかも」
言いながら、テトはソファに横になる。
まだ王都の中を全速力で駆け回った疲れが回復し切ってないようだ。
マイハはそれ以上言うこともなく「そ」とだけ返す。代わりにアルテが「……薬草……」と何かを考え込むように、口元に右手を持って行った。
そして「テトさん」と声を掛ける。
「一つ提案があるんですけど……」
* * *
翌朝七時頃。
約束通りレインはテトを訪ねに、森の中心の小屋へとやって来た。
「……いってらっしゃい、テト。身体に気を付けてね」
「うん。レインも無理しないで。元気でね」
二人が別れの抱擁を交わす。
同時に身体を離せば、互いに向けて柔らかく微笑んでいた。
別れの挨拶はもう充分なのか、レインがテトからマイハへと視線を向ける。
マイハがキョトンとする中、レインは「マイハさん」とニコリと微笑んだ。
「国を救って頂いたお礼、何にするか迷ったんですけど……“恩災”探しの旅をしているんですよね?」
「??そうですが?」
「確証はないのですけど……もしまだ有力な情報が無いようでしたら……」
……「こちらの情報はいかがですか」とレインが笑いかける。
藁にも縋りたいこの旅路。王族からの情報ならどんなモノでも欲しい。
マイハは「お聞かせ願えますかな」と一も二もなく催促した。
「“エンブ王国跡地”をご存知ですか?」
レインは尋ねながらも答えは求めてないらしく、そのまま話を続ける。
「地殻変動により周辺諸国と隔たれ、中々栄えるには厳しい条件の揃った土地ですので、随分と昔に王族からも政府からも見捨てられ……今では無法地帯となっている場所です。主に住んでいるのは取り残された元エンブ国の国民ですが……故郷での肩身が狭くなった者達もこの地に亡命しているという噂を聞きます」
ここまで聞いて、レインの言いたいことがわかった。
「なるほどね」とマイハが心の中でほくそ笑む。
“七翼の恩災”は存在そのものが罪となる。例え法を犯していないとしても、政府から……いや、周りの人間全員から正体を隠して生きていかなければならない。
とするならば、政府の目が届かない安地を求めるのは至極自然なことである。
「つまりは、見放された無法地帯に身を寄せている“恩災”のメンバーが居る可能性があると?」
「はい。あくまで可能性の話ですが……。私が提供できる情報は今のところこのくらいしか……」
「いえ、充分ですよ。確証がないのはどれも同じなのでね。エンブの場所はわかりますか?」
どうやら行くことに決めたらしい。
マイハの切り返しに、レインは嬉しそうに笑って「はい」と答える。地図を用意すれば、「シーナ国からエンブまでは」と場所を指し示し始めた。内陸部……シーナ国から北東におよそ二千百キロと言ったところか。
地図上では、エンブ国跡地をグルリと囲むように地盤沈下が起こっており、エンブ国がまるで海に浮かぶ孤島のようになっている。
エンブと周辺諸国を隔てるこの溝が、レインの言う無法地帯となった所以だろう。地図上でハッキリわかるということは、実際はかなりの断崖絶壁に違いない。
「……空を渡る手段がなければ、入国も出国もできない。その上この辺りの気候は作物を育てるのにもあまり適していないし、何か特産物がある訳でもない……成程ね。政府が興味を失くす程魅力のない土地って訳だ。逆に言えば、身を隠すにはもってこいの環境だね。ラキ、進路変更。次はエンブ国跡地に行く」
「了解しました、お嬢」
ラキが応える。
その隣ではアルテが「三人目見つかると良いですね!」と握り拳を作っている。
「情報提供、感謝しますよ。オヒメサマ」
「感謝はこちらの方です。貴女方の旅路に幸あらんことを願っています」
そう言って、レインは右手を差し出す。
握手だ。
一瞬動揺を見せるマイハだが、フッと表情筋を緩めると「どうも」とその手を取る。
「……出国準備!全員、エール号に乗りな!」
「「「はい/うん」」」
マイハの号令でラキ達がエール号へと乗り込んで行く。
操縦室へとラキが入れば、エール号のエンジンを稼働させた。
ブワッと周囲の草木が強風に煽られる。
エール号の機体が段々と浮かんで行く様を、レインは晴れやかな表情で見守っていた。
ふと窓ガラスからテトが顔を出す。口をパクパクと動かして、手を振っていた。
「……」
声は聞こえないし、レインには心のコエも読めない。それでも伝わっている。
レインは大きく手を振ると、思いきり空気を吸い込んだ。
「テトーーーー!!!頑張ってねーーーー!!!」
レインの声を纏うように上昇して、エール号はシーナ国を後にしたのである。
* * *
マイハ達がシーナ国を発って一日。
シーナ国に政府軍の……“神の遣い”専用の艦が一隻来ていた。
「…………」
ボサボサと撥ねた緑色の髪に真っ青な瞳。白を基調とした衣装は浮世離れした雰囲気があり、背中に生えた一対の紺碧の翼が人外感をプラスしている。更には見る者を威圧する圧倒的なオーラ。
背中の翼に類を見ない民族衣装、そして宝石のような青い瞳は“神の遣い”の印だ。
「「「………ッ…………!」」」
当然街中の往来で“神の遣い”が歩いていれば目立つ。
行き交う人々は彼の姿を目にした途端、歩みを止めて呼吸の仕方を忘れたように息を詰めさせた。人々の額を冷や汗が伝い、鼓動がドクドクと速まる。
そんな中“神の遣い”は国民達には一目もくれず、シーナ中の街や森の中を巡っていた。
「…………」
そして、到頭王都への出入り口たる門の前でピタリと足を止める。その瞳は訝しむように細められていた。
……七賢聖が何を目的としたのかは知らんが……成程。遂に尻尾を掴んだぞ、マイハ……ッ!!
“神の遣い”の一人……桐葉文斗は硬く拳を握り締め、奥歯をグッと噛み締めるのであった――。
読んで頂きありがとうございました!
これにてテト編終了です!
これを持ちまして、書き溜め分が全て無くなったので、暫く休載します。また三十話程書き溜めができれば再開しますので、気長にお待ちください。
それでは次回もお楽しみに!




