好きだからこそ
「お帰りなさい、マイハさん!」
「お帰り、マイハ」
狼の姿になったラキの背に乗り、シーナフォレストの中央、テトの小屋へとマイハが戻れば、既にアルテ達がソファの上で寛いでいた。
今日一日で、大量に魔力を消費したから疲れているのだろう。
マイハはラキの背から降り、二人に近付くとニッコリと天女の眼差しで微笑む。
「ただいま。お疲れ様。良く頑張ったね、アルテ、テト」
マイハから労いの言葉を受ければ、二人とも嬉しそうに頬を赤らめた。
「はい!マイハさんの指示のお陰です!」
「うん。本当にありがとう、マイハ」
二人が笑顔を見せる。マイハも満足そうに「別に良いよ」と柔らかく応えた。
そんなマイハのことを、背後からジトッと不機嫌そうに見つめている人物が一人。
アルテは苦笑いへと表情を変えると、「ところで……」と言い辛そうに、マイハの後方で立っている人物に手の平の先を向けた。
「ラキさん、一体どうしたんですか?」
アルテの手の平の先、そこには眉根を寄せ、思いきり表情を顰めているラキの姿があった。不機嫌オーラを隠そうともせず、「僕、今拗ねてます」と言わんばかりの様相だ。
初めて見るラキの様子に、アルテは困ったように眉を下げている。
マイハは「あー」と相槌を打つと、両手の平を天井へ向け、肩を竦めた。
「さあ?何か知らないけど、さっきからずっとこうなんだよね。まあ、放って置けばその内直るでしょ」
あっけらかんとしたマイハの答えに、アルテは更に困惑する。
「放って置け」と言われて放って置ける状態には見えないが……。
とそこで、テトが「マイハ」とラキのコエを読んだらしく口を開いた。
「ラキは、マイハがさっき路地裏で一緒に居た青年のことが気になってるみたいだよ」
「ッて、テト、勝手に……!?」
まさかバラされるとは思っていなかったラキが、慌てて焦った声を出すが、マイハの「はぁ?」と言う声に遮られる。
「ちゃんと教えたでしょ?『昔の知り合いだ』って。それ以上でも以下でもないよ」
「あ、否……」
ラキが吃る。
マイハと合流してすぐ、ラキはカナタのことについてマイハに尋ねたのだ。ただそこで偶然会った他人、という風には見えなかったから……。しかし返ってきたのは、『ただの旧知である』とそれだけ。
今回もまた同じ切り返しに、ラキは文句を言うこともできず、心の中だけで「それだけじゃねぇと思うが……」と愚痴った。
当然ラキの心の声はテトに聞こえている訳で……。
「……そんなアッサリした関係に見えなかったらしいよ。本当のことを、教えて欲しいみたい」
「テト!!」
またもやアッサリとバラされてしまったことに、ラキがテトの口を片手で塞ぐ。しかし既に出てしまった言葉に効果はないので、ラキは恐る恐るマイハの様子を窺った。
マイハは何とも言えない表情を浮かべると、「はぁーーーー」と大袈裟なまでに大きな溜め息を吐く。
「そんなに気にすること?主人の対人関係は全て把握しておきたいと、そういうことかね?ラキ君」
「うっ……すみません……」
割と図星の為、否定することなくただただ肩をしょげさせて、ラキは謝った。
「で、でも!俺も気になりますよ!?マイハさん、一体誰と会ってたんですか!?」
ラキが不憫になったのか、アルテも身を乗り出してマイハに尋ねる。
マイハは呆れたように、もう一度だけ溜め息を吐いた。
「……本当にただの昔の知り合いだよ。でも……随分昔に死んだと思ってたから、偶然再会したことに驚いただけ」
「で、でもお嬢……いつもと雰囲気が違ったと言うか……」
「それはあいつが『革命団の団長やってる』とか『私も一緒に革命団に入れ』とか……突飛なことばっかり言うから、相手のペースに呑まれたの。本当にソレだけ!……これで良いかね?諸君」
望みは叶えたと言わんばかりに、マイハは口を閉ざした。
まだ何か言いたげな表情で黙るラキ。対してアルテは「『革命団の団長』と知り合いなんですか!?」とマイハから明かされた事実に目を見開いている。
「偶然ね。あいつと知り合ったのは、あいつが革命団の団長やる前の話だから、私だって今日初めて知ったよ」
「それでも凄いことですよ。しかも団員に誘われたって……どう返事したんですか?」
「“恩災”探ししなくちゃいけないんだから、断ったに決まってるでしょ。そもそもあいつと同じ組織……それも部下になるなんて、絶対御免だから」
ウゲッと目に見えてわかる程、心底嫌そうに舌を出すマイハ。こんなあからさまな態度は珍しい。
アルテもアルテでラキ同様、「あのマイハさんがあんな風に言うなんて……本当に“ただ”の知り合いなんでしょうか?」と心の中だけで疑問に思う。
ラキやアルテの視線に気付いたのだろう。
マイハは「そんなことより」と話題を変えて、テトへと目を遣った。
「テト、オヒメサマから伝言。『明日の朝、小屋に行く』だって」
「!……そっか。うん、わかった。ありがとう」
意図が読めたのか、コエが聞こえたのか。少し目を伏せさせて、テトが微笑む。
アルテも察したようで、「お別れってことですよね」と寂しげに眉を下げた。
「いつ国を発つのか聞かれたから、多分ね」
マイハが応える。
すると、漸く機嫌を戻せたらしいラキが「そう言えばお嬢」と、マイハの顔の側まで自身の顔を持って来た。
「シーナ国をいつ出るつもりか、まだ俺達に言ってませんよね?後、次の行き先はもう決まってるんで?」
「国から出るのは、テトの準備が済み次第すぐだよ。早くて明日の朝には出るんじゃない?オヒメサマにもそう伝えてある。で、次の目的地だけど……まだ決まってない。今まで集めた情報を元に、シーナ国から一番近い所に行こうかなとは思ってるけど……テトは何か有力な情報持ってない?」
マイハがテトを見遣れば、テトは「ううん」と首を横に振った。
「特に知ってることはないけど……でも“恩災”の人が近くに来れば、コエで誰が“恩災”のメンバーかはわかるから、ちょっとは役に立てると思う」
テトが告げれば、アルテが「確かに!」と目を輝かせる。
「テトさんが居れば、“恩災”探しも一気に楽になりますよ!!マイハさんの望みを叶える日も、もうすぐかもしれませんね!!」
「この広い世界で、相手のコエが聞こえる程近付かなきゃいけないのも大変だけど……まあ、確かに効率は上がるね。期待してるよ?テト君」
マイハが不敵に口角を上げる。
テトも「うん、任せて」と、微笑み返した。
「まあ何にせよ、とりあえずは次の行き先を決めねぇと。お嬢、俺一度エール号に戻って、情報を纏めたメモ帳と地図持って来ます」
「うん、頼んだ」
「はい!」
ピシッと背筋を伸ばせば、ラキは狼の姿になって小屋から飛び出す。
とそこで、「あぁそうだ」とマイハが思い出したかのように声を上げた。
「テト、一緒に来て貰う前提で色々話してるけど、一応意志確認しておくよ?私達と来るってことは、犯罪者として日々“神の遣い”に追われ、命を危険に晒し続けるってこと……それでも良い?」
マイハの真剣な眼差しがテトを射抜く。
テトは無表情ながらも、温かな目でコレに頷いた。
「うん、わかってる。それでも俺はマイハ達と行くよ。そう決めてたから」
どうやら確固たる意志のようだ。
しかし、マイハの本題はここからである。
「ならテト」と、やけに重々しく口を開くマイハ。
「これだけは忘れないで。絶対に死なない覚悟を持つこと……そして、もし私やラキの身に何が起きたとしても、いざという時は見捨てる心構えをしておくこと。何があっても、自分の命を一番に行動すること。良い?」
「…………」
暫し沈黙が場を覆った。
以前同じことを言われたアルテも、緊張した面構えでテトの返事を見守る。
テトはソッと、マイハの両手を自身の両手で包み込んだ。
「うん、わかった。絶対に死なない。ソレがマイハへの恩返しなら、俺は俺の命を一番に考えるよ」
テトの返答を受けて、マイハは「そ」と満足そうに笑む。
だが、テトの返しには続きがあった。「でもね」とテトはマイハの手を握る両手に力を込める。
「同じくらい、マイハとラキの命も大切だよ。無理はしない。でも、二人が危ない目に遭ってたら、助けに行くよ。絶対にね」
「…………」
マイハは思わず口を噤んだ。
対して、アルテは嬉しそうに「ですよね!」とテトの意見に同意している。
「……自分の命だけで良いのに……。何でわざわざ他人の命まで大切にするかねぇ……」
マイハがボソッと呟いた。
その声はアルテとテトの耳にも届いたようで……。
「マイハさん」と、アルテが柔らかい笑顔でマイハの傍まで駆け寄る。
「俺もテトさんも、マイハさんとラキさんのことが好きなんですよ。返し切れない恩もあります。いつかはお別れする日が来るかもしれませんけど……できる限り一緒に居たいんです。少なくとも、庇われて死別なんて……俺は嫌です。好きだから……死んで欲しくないし、護りたいって思うんですよ」
「……『好き』、ねぇ……私の周りの男は、悪趣味な奴ばっかりだな……」
「悪趣味でも良い趣味でも……この気持ちは多分ずっと変わりません!なのでマイハさんも、護られる覚悟ちゃんと持っておいてくださいね!」
「後、死なない覚悟もね」
付け足すように、テトがアルテの横から顔を出す。
二人の本気の視線に、マイハは大きく息を吐いた。
そして一言。
「私より強くなってから言いたまえ、諸君」
正論を返すのであった――。




