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七翼の恩災  作者: 井ノ上雪恵
“七翼の恩災”捜索編〜貫波〜
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王女の覚悟

「“悪魔”に“瘴気”……まさか本当に創世記の話が実話だったなんて……」


 暴走患者達に見つからないように、王都の中をレインの案内で走って行く二人。走りながら、テトが状況や“祟り”の正体などについて説明すれば、レインから驚きの声が上がる。


「“悪魔”や“瘴気”の対抗手段を“七翼の恩災”が持ってたり、“七翼の恩災”が本当に実在していたり……色々驚きだけど、一番ビックリしたのは、テトが“恩災”の一人ってことよ!」

「ハァ!ハァ!……黙ってて、ごめん」

「ううん、良いの。立場があるもの。特に私は王族だし……むしろ今、教えてくれてありがとう!」


 レインが後ろのテトにニコリと微笑みを向ける。そしてすぐに、前へと顔を戻した。


「状況はわかったわ。急ぎましょ!」

「うん……ハァ!ハァ!それより、レイン……ハァ!『医者達を迎えに行く』ってどういうこと?」


 テトが尋ねる。

 城を抜け出したきり、テトはレインに行き先を聞いていない。ただコエによって、『医者達の所へ行く』という大まかな目的がわかっているだけだ。

 しかし、場所を把握していたとしても、国外追放した医者達を迎えに行くには国境を渡る必要がある。走って今日中に往復できるような距離ではなかった。

 一体レインはどうする気なのか。

 レインは前を向いたまま「実はね」と話し始めた。


「“祟り”で倒れる前、この先父が何をするかはわかっていたから、信用できる使用人と兵士に頼んで、国外追放された医者や看護師達を保護してもらっているの。父でさえ入って来られない、私の別荘にね。今は、その別荘に向かっているのよ!」


 つまり、医者達は追放されていなかったということだ。既にレインに秘密裏に助けられている……これなら何とかなるかもしれない。


 ……じゃあ後は、レインが医者達を連れて反乱軍レジスタンスに会いに行くだけ……問題は暴走してる患者達だね……。


 理解したテトは「良し」と決意する。


「レイン!……医者達と合流したら、俺は先に広場へ行く。魔力で皆の暴走を止めるから、()が降ったらレイン達も動いて」

「わかったわ!」



 *       *       *



「ハァ!ハァ!ハァ!」


 無事医者達の待つレインの別荘へと辿り着いた後、テトはレインと別れ、一人王都の中央広場へと向かっていた。

 暴走患者達に気付かれないよう隠れ進むのはもう止めて、目立とうが追い掛けられようが、最短距離の道をテトは進む。勿論何度も襲い掛かられるが、森育ちで動体視力が鍛えられているテトには通じない。軽々と攻撃を躱していき、中央広場はもう目と鼻の先だ。


 ……今の内に魔力を集めとかないと……。


 広場の真ん中で、悠々と魔力を両手に集中させる時間は与えて貰えそうにない。

 テトは目を瞑った。


 ……憎イ……苦シイ……。

 ……全員敵ダ……。

 ……助ケテ……助ケテクレ……。


 コエと物の気配を頼りに、障害を避けていく。

 視力を使わない代わりに、より一層感覚が研ぎ澄まされ、自分の魔力も含めた周りの気配全てが、手に取るようにわかった。


 ……もうちょっと……。


 手の平に集まって来た魔力を感じながら、テトが心の中で呟く。

 広場の中心に到着すれば、テトは魔力を解放した。昂らせた魔力の影響で、テトの背に純白の翼が現れる。


 ……やり過ぎはダメ……王都だけに降り注ぐように……。


 テトは両手の平を天へと掲げた。


「ハァア!!」


 勇ましい声と共に、集まり切っていなかった魔力が急速に手の平へと集中する。

 小さな水の玉が手の平から浮き出たと思えば、一気に滝のような水柱が空へと昇って行った。

 その間にも、暴走患者達がテトへと突進して来る。


「ウッ!……ッ!!!」


 揉みくちゃにされながらも、手だけは天へと突き出し、必死に猛攻を耐えるテト。

 十秒くらいだろうか。

 王都に雨が降った。

 テトの魔力でできた、浄化の雨だ。

 ピタリと患者達の動きが止まり、街から狂気が止む。


「ゼェ!ゼェ!ゼェ!…………」


 機能を停止した患者達が一様にその場に倒れ込んでいく。

 慌てて近くで横たわっている老人の脈を確認するテトだが、どうやら皆気を失っているだけらしい。呼吸もコエも正常だ。

 無事王都の人達は救えたようである。

 荒い呼吸を落ち着けながら、テトがホッと息をけば、聞き覚えのあるコエが頭の中に入って来た。


「ワン!!」

「ラキ」


 テト目掛けて一直線で駆けて来たのはラキだ。


「ワン!ワン!(アルテは既に別の町で患者達の暴走を止めている。テトも急ぐぞ)」

「うん、わかった。行こう」


 テトが自身の背に乗ったのを確認して、ラキは地面を蹴る。

 どんどんとスピードを上げて、王都を離れるラキの背から、テトは後ろを振り返った。


 ……レイン、反乱軍そっちはお願い。頑張ってね……。



 *       *       *



 王都唯一の出入り口である門の前。


「クソッ!!水を掛けても一向に消える気配がない!一体何なんだ!?この炎は!!」


 炎へとその身を変えたマイハの防衛により、反乱軍レジスタンスは王都に入ることができず、何とか炎を消そうと躍起になっていた。

 しかし、魔力でできた炎にただの水が効く筈もなく、反乱軍レジスタンスは成す術なく立ち尽くす。


 ……さっきの雨……天候的にも魔力を感じた点でも、テトの“貫波”で間違いないね。ということは、オヒメサマ救助は成功。反乱を止める為に、オヒメサマがここに来る筈……足止めの役割はそろそろ終わりかな……。


 マイハが心の中で呟く。

 テトによる“雨”が降り止んで五分後。


「『マイハ』さん!」


 聞き覚えのない少女の声で名前を呼ばれて、マイハは意識を声の方へと向けた。

 そこには、門前の反乱軍レジスタンスを迎え打つかのように、レインが医者達を引き連れて立っていた。


 ……これが例のオヒメサマね……。


 マイハは門を覆っていた炎の身体を元へと戻す。


「ッな!?炎が消えた!?」

「お、おい!見ろよ!!あれ……“祟り”で倒れた筈のレイン王女じゃねぇか!?」

「後ろに居るのは追放された医者達だ!どうなってんだ!!?」


 ザワザワと戸惑いの声が溢れる。

 気にせず、マイハは反乱軍レジスタンスを背に、レインへと足を進めた。


「「…………」」


 無言で見つめ合うこと数秒。

 マイハは一つお辞儀をすれば、頭を下げたまま道を譲り、レインを前へと促した。

 ここから先は王女レインの仕事だ。

 マイハの意図を汲めたらしいレインは、躊躇うことなく反乱軍レジスタンスに向かって真っ直ぐ歩いて行く。


 ……さぁ、オヒメサマはどうやって不満と怒りに満ちた国民にんげん達を鎮めるのかな……。


 お手並み拝見と言わんばかりにマイハが口角を上げる。


「…………」


 レインは歩みを止めない。

 未だ反乱軍レジスタンスは困惑で騒ついている。

 それでも自分達の目的や状況を思い出したようで、一人二人と叫び始めた。


「……な、何で王女がここに居るんだ!!?」

「お前が倒れた所為で、国が滅び掛けてるんだぞ!!?」

「医者達を独り占めして、自分だけ助かったのか!!?」


 “瘴気”は綺麗さっぱり消えている。にも関わらず、彼らの憎悪は膨れ上がる一方だ。

 少しでもレインが弱気な姿を見せれば、このまま王都に攻め入られることだろう。

 しかし、レインの姿は「気高い」の一言に尽きた。

 レインは反乱軍レジスタンスの一方手前まで近寄ると、漸く足を止める。

 そして大きく息を吸った。


「武器を捨てなさい!!!」


 凛とした声だ。忠誠心関係なく、それだけで命令に従ってしまいそうになる気高い声。

 反乱軍レジスタンスはビクリと肩を跳ねさせ、その場に硬直してしまう。


「“森の祟り”は打ち祓いました!“祟り”で倒れた者達の治療法も発見することができています!見ての通り、国が誇る医者達は全員ここに居ます!国を害する悪夢は全て去りました!皆怒りを鎮め、武器を捨ててください!!!」


 瞬間訪れる沈黙。

「ふざけるな」と誰かが叫んだ。


「俺達は“反乱軍レジスタンス”なんだぞ!!?もう後戻りできない!!」

「そうだ!!ここで一矢報いなけりゃ、全員“神の遣い(アンジェロ)”に殺されて無駄死にだ!!」

「今更“祟り”がなくなったからって、医者達を呼び戻したからって……それで終わりな訳ないだろ!!!」


 怒りと憎悪、そして僅かな後悔。

 負の念がぐちゃぐちゃに混ざった声を、視線を、レインは黙って受け止めていた。

 一呼吸空けた後、レインは「皆の言う通りです」と一言呟いて膝を地面に付く。


「「「!!!??」」」


 その場の全員が一斉に目を見開いて息を呑む。


「この度の王の暴行、王に代わり私が皆様方に心より非礼申し上げます!誠に申し訳ございませんでした!!!」


 土下座だ。

 躊躇なく頭を地面に擦り付ける王族が、一体何処に居るだろう。

 時が止まったかのように、口も身体も動かせずにいる反乱軍レジスタンス


「勝手とは存じますが、どうかお願いします!“神の遣い(アンジェロ)”には報告しません!皆さんの命と生活は私が守ります!どうか武器を捨てて……私にもう一度だけシーナ国を守る機会チャンスをください!!!」


 ガチャンと金属音が響いた。

 次々に、人々の手から武器が溢れ落ちていく。


 ……憤怒が鎮まった。コレがシーナ国のオヒメサマね……。


 マイハがフッと眉根を下げて微笑む。

 こうしてシーナ国の反乱は、一滴の血を流すことなく終結を迎えたのであった――。

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