王女救出
「……見えてきたね……」
マイハが門の前で呟く。
流石王都と言うだけあって、敵が侵攻して来たとしてもある程度は食い止められるように、都をまるっと砦で囲っている。砦の中に門が組み込まれており、王都への入り口はこの門唯一つだけのようだ。
そしてマイハの立つ場所から目視で見えるギリギリの距離にて。門を目指して反乱軍が向かって来ていた。
マイハの役目は、テトがレインを救い、反乱を止める手立てを見つけるまで、何としてもこの門を突破されないように守ることである。
「……全身を火に変えるなんて、何年ぶりだろ……」
マイハはフッと短く息を吐くと、ゆっくり目を閉じた。
「…………」
ゆらりとマイハの身体がブレる……と同時に、あらゆる身体の箇所から炎が上がった。どんどんとマイハの身体が炎に呑み込まれていけば、マイハの姿が完全に消える。
その身を炎へと変えたマイハは、そのまま門を覆い、できる限り炎の範囲を広げ始めた。
……私の炎は物質を燃やすことができない。無限に燃え広がるなんてことはできないけど、まぁ人間の軍団くらいならこれで十分足止めできるでしょ……無理に炎を潜ろうとすれば、身体がズタボロになるだけだし……。
マイハの火は燃やす為の魔力ではなく、炎に当たった者の身体を癒す為の能力だ。その反対、魔力の流れを変えれば、癒しとは全く逆の効果を与えることができる。
少なくとも、反乱軍が門を越える心配はこれで無くなった筈だ。
……国中に漂っていた“瘴気”が消えた。アルテ達は成功したみたいだね。後はテト次第か……。
マイハは意識をテトへと向けるのであった。
* * *
「ゼェ!ゼェ!ゼェ!……ハァ!ハァ!……ハァ……ハァ……」
荒い息を繰り返しながら、テトが城門手前の住宅の壁に身を顰める。
コッソリと様子を窺えば、城の兵士が数名、門前に集まって来て暴れている患者達の相手に勤しんでいた。
この分だと、テトがコッソリ城壁を飛び越えても誰も気付かないだろう。後は、レインが城の何処に居るのかだ。
テトは目を瞑って、レインのコエに集中した。
……苦シイ……苦シイ……。
……誰カ助ケテクレ……。
……許サナイ……絶対ニ……王ヲ許スナ……。
……殺セ……全部全部……。
暴走した患者や、王都まで近付いて来ている反乱軍のコエが頭の中を埋め尽くす。
ガンガンと強烈な頭痛に顔色が悪くなるが、それでもテトはコエに意識を向け続けた。
……守らなきゃ……。
憎悪や苦痛に満ちたコエの中、ふと全く毛色の異なるコエがテトの頭に入って来た。
……レインのコエだ!
テトはレインのコエを追い掛ける。
……必ず……この国を……民を……守らなきゃ……。
……大丈夫だよ。レインの国を滅ぼさせたりなんかしないから……。
聞こえないとわかっていても、テトが応える。
コエの聞こえて来る方角が特定できれば、閉じていた瞼を開いた。
……あっちか……。
テトの見据える先は、城の三階の端の窓。意図的に植えられた木々によって、窓が見え辛くなってはいるが、間違いなくレインはそこに居る。
城壁は翼を出して飛べば、何とかなるとして、問題はどうやって三階の部屋まで行くかだ。
……地面まで飛び越えるんじゃなくて、そのまま木の上にジャンプできれば、木を伝って窓まで行けるかも……。
考えが纏った。
肩でしていた呼吸も、今は少し落ち着いている。何とか動けそうだ。
テトは暴走患者達や兵士達に気付かれないように、城壁まで近付いた。
次いで自身の魔力を昂らせる。背中に純白の翼が現れたのを確認して、テトは大地を真下に蹴った。
翼の力もあって、高度は充分だ。一度城壁の上で止まったテトは、レインの部屋近くまで伸びている木の前まで移動すると、城壁を踏み台にする。
無事木の上に渡れたテトは、木の葉の間に姿を隠しながら、窓まで進んで行った。
……部屋の中に人の気配は一つだけ……でも部屋の外には人の気配があるな……。
窓に張り付いて中の様子を探るテト。カーテンが閉まっているので、部屋の中を見ることはできないが、コエを辿ればある程度のことはわかる。とりあえずは、音さえ立てなければ中に侵入しても大丈夫そうだ。
……窓開かない。鍵が掛かってるんだ……しょうがないか。後でレインに謝ろう……。
心の中で一度詫びれば、テトは窓の鍵の位置を確認し、指先に魔力を溜めた。魔力を使いながら窓ガラスに片手が入る程の円を描き、音を立てることなく窓ガラスを円状にくり抜く。
その穴に右手を突っ込めば、鍵をアッサリと開けてしまった。
……レイン……!
逸る気持ちが抑えられず、急いで部屋の中へと入り込むテト。
豪華な天蓋付きベッドの上に、レインが苦しそうに眉根を寄せて眠っていた。
……レイン!レイン!
思わず声を上げそうになるのを我慢して、テトはレインの側へと寄る。
顔色が悪く、息もか細い。“瘴気”で暴走しなかった代わりに、身体へのダメージが深刻なようだ。
すぐにテトは手の平に水の玉を生成する。
……レイン、この状態じゃ手の平から飲むなんて無理だよね……。
ラキのように意識がある訳ではないので、自分から飲むことはできそうもない。かと言って、本来テトの魔力は“貫波”。その名の通り、貫く波だ。テトが魔力コントロールを一つ間違えれば、レインを救うどころかあの世送りにしてしまう。
少し悩んで「これが一番安全かな」と、テトは自身で手の平の水を口に含んだ。
そのままレインの顔と自分の顔を近付けていく。
……お願い、レイン。元気になって……。
中に入り切らなかった水が、口の端から零れ落ちる。それでもレインの喉が動き、テトの水を多少飲んでくれたことがわかった。
「…………」
含んでいた水を全て口移しすれば、顔を離して、テトがレインの顔を不安げに見つめる。
ピクリとレインの瞼が動いた。
「ウッ……テ、ト……?」
「レイン……!」
二人は厚く抱擁を交わした。
「……信じてた!テトならきっと、約束を果たしてくれるって!ありがとう、テト!」
レインの目尻に涙が浮かぶ。テトも同様に泣いていた。
だが感動の再会をしている暇はない。
テトはレインの身体を離すと、「聞いて、レイン」と涙を拭って表情を引き締め直した。
「まだ終わってないんだ。動き出した反乱軍を止めないといけない。王女の力が必要なんだ」
「ッ……わかったわ!テト、付いて来て!」
そうして二人はコッソリと城を抜け出すのであった。




