アルテ対悪魔
「……な、何も見えませんね…………」
深部に近い、森の表層部にて。目的地である最も暗闇に包まれた場所に、ラキとアルテは到着した。
木も葉も草も、大地との境目どころか触れ合っている筈の互いの姿すら確認できない。一筋の光もない真っ黒さだった。
しかし一番の問題は暗さではない。
……“悪魔”の棲家……つまりは“瘴気”の根源だ。アルテに触れられてる状態でも、心が蝕まれていく感覚がある……。
ラキの額に冷や汗が伝った。
だが尻込みしている余裕はない。ラキは「ワウン!」とアルテに呼び掛けた。
「はい!ラキさん!……ハァッ!!」
アルテが両手を前に突き出し、手の平へと魔力を集中させる。
すると赤い光の玉が現れ、ソレは段々と大きくなっていき、周囲全体を照らす光源となった。眩い光が辺り一面を包み込む……と同時に、闇の奥からモゾリとナニかが蠢き出した。
……アルテの魔力で“瘴気”が祓われた。暗さも多少はマシになったな。……そしてコレが……“悪魔”……!
ラキとアルテの視界の先。
ドロドロとした黒い闇の塊が佇んでいた。人間の身長の四、五倍はある巨体で、何処から何処までが頭で胴体かもわからない。ただ下の方は粘着性の液体のように、周りの大地を飲み込んでブヨブヨと動いている。
明らかに生物とはかけ離れた見た目をしていた。
「……何者ダ?」
口もないのに“悪魔”が喋った。
頭の中に直接流れ込んで来るようで、しかも声と同時に呪詛すら受け取ってしまう。会話をしているだけで心が侵されそうだ。
“七翼の恩災”と言えども、アルテは少し顔を青褪めさせる。しかしそれでも、アルテはラキの背から降りて一歩前に出た。そして臨戦体勢を取る。
「俺は……“七翼の恩災”が一人……“閃光”のアルテ!!アナタを倒す者です!!」
アルテの背に純白の翼が煌めいた。
両手の平を“悪魔”へと翳せば、再びアルテが閃光を放つ。
「ウッ……グァッ……!」
“悪魔”の巨体が悶え始めた。アルテは更に光を強める。
「ッ……コノ能力……小癪ナ……」
呻き声を漏らしたと思えば、突如“悪魔”の足元のブヨブヨから、数十本の腕が出てきた。腕はまるで意思を持つように、アルテ目掛けて襲いかかって来る。
「う、うわぁ!!!」
咄嗟に地面を蹴ってその場から離れるが、伸縮自在らしい腕達は気にせずアルテを追いかける。
そこから鬼ごっこが始まった。
木々を避け、ピョンピョンと攻撃から身を躱しながら逃げるアルテだが、逃げるのに必死で肝心の本体へダメージを与えることができない。
「アルテ、逃げてばかりじゃダメだ!反撃しろ!その腕も“悪魔”からできたモノなら、お前の魔力で消せる筈だ!!」
「は、はい!でも……どのタイミングで反撃すれば良いんですかァア!!?」
アルテが目を見開く。いい加減“悪魔”も面倒になったのか、後方からしか追って来なかった腕達が、二手に別れて前からも迫って来た。
躱せないと判断して、アルテが反射的に上へとジャンプする。しかし鳥じゃあるまいし、空中では恰好の的だ。
「ウワッ!」
素早く振りかぶった腕の一本に、アルテが地面へとはたき落とされる。
木の幹に思いきり背中からぶつかったアルテは「イテテ」と何とかふらふら立ち上がった。
すぐにトドメを刺そうと腕達が猛スピードで移動して来る。
思わずアルテが目を瞑れば、次いでやって来たのは痛みではなく浮遊感。
「……ラキさん!?」
いつの間にかラキがアルテを自身の背に乗せて、腕から避けてくれていたのだ。
「ワオン!!」
ラキが吠える。
言葉はわからなくても、言いたいことなら理解できる。
アルテは「はい!」と頷き、向かって来る腕達への意識を閉ざし、“悪魔”本体へと集中した。
「ハァアアア!!!!」
魔力切れで動けなくなるギリギリのラインまで高めた魔力を、勢いよく“悪魔”へと噴射した。
赤く輝く巨大な光の束は、まるで太陽のように森中を照らし、“悪魔”の身体を溶かしていく。
「グ……ゥオオオオオ!!!」
“悪魔”の断末魔が響き渡った。
アルテは力を緩めることなく、渾身の魔力を注ぎ込む。
襲って来る腕達が消え、足元から段々と“悪魔”の身体が消滅していった。
「……翼ヲ持ツ者達ヨ……我ラノ無念、コレデ終ワルト思ウナヨ…………」
「!?」
そして“悪魔”は跡形も無く消え去ったのであった。
魔力を解けば、今まで薄暗かった森が嘘のように鮮やかな緑へと復活する。
「……勝った……?」
アルテが半信半疑で呟く。
「……最期のあの言葉……一体どういう……?」
アルテは考え込むように、首を傾げた。
しかしマイハに言われている任務はこれだけではない。
ラキは走っていた足を止め、爪先の向きを変えた。
「ワウン!ワオッ!」
「そ、そうでした!まだ終わりじゃないですもんね!暴走してる人達を助けに行きましょう!!」
そしてラキとアルテは無事“悪魔”を倒し、シーナフォレストを後にしたのであった。
* * *
所変わって、王都の中央広場。
反乱軍よりも早く辿り着くことができたマイハは、テトを広場へと降ろす。
「それじゃあ、テト。頑張りなよ」
「うん。ありがとう、マイハ」
会話もそこそこに、マイハは王都の門へと飛び立って行った。
テトはクルリと身体を城へと向ける。
城まで百メートルと言ったところか。理性を失った暴走患者達が、互いに互いへと襲い掛かっている。見たところ、暴走を免れた住民達は何処かに避難しているようで、街の中を徘徊しているのは暴走患者だけだった。
……皆、すごく苦しそうなコエ……急がなくちゃ……。
テトは城に向かって走り出した。
動くモノに反応しているのだろう。テトに気付いた暴走患者達が、拳を振り上げ迫って来る。
「!」
所詮は危篤患者達。大したスピードもなく、テトは軽々と襲い掛かってくる人々を避け進んで行った。
……今行くから。待ってて、レイン!




