炎の翼
森の中を駆け抜ける影が一つと、その後方に五つ。
青みが掛かった黒い毛並みと、柔らかな赤い髪。ラキとアルテだ。
アルテを背に乗せ、狼の姿になったラキが、“瘴気”で満たされた森の中を縦横無尽に走り回っていた。その後ろには、“瘴気”の影響で凶暴性が増してしまった狼の群れ。
狼達から逃げる為にも、あまりのスピードで走っているので、アルテは飛ばされないよう、必死な様子でラキの背にしがみ付いている。
「うっ……ら、ラキさん!狼達が引いていきます!」
「!」
アルテの言葉に、チラリとラキは後ろを確認した。確かに今まで追いかけて来ていた狼達が、あるラインで一斉に止まって、そのまま方向転換している。
……“瘴気”が一段と濃くなった辺りか……。
狼達が追って来なくなった原因を考えながら、ラキが辺りを見回す。先程まで走っていた所よりも、明らかに暗い。かろうじて物体の輪郭や薄らと色味がわかる程度だ。
ラキはアルテを乗せているお陰で、“瘴気”による影響を最小限に留めているが、普通の狼達が此処に踏み入りたくないのもよくわかる。
……お嬢が言ってる地点は、恐らくこの近くだな……。
ラキは気合を入れ直す。「しっかり掴んでおけよ」と、背中のアルテに「ワウン!」と吠えた。
「はい!お願いします!!」
空気抵抗を少なくする為、アルテがラキの首に腕を回す。両手で左右の肘をしっかり掴んで固定すれば、上半身を限りなく低くした。
〜 〜 〜
遡ること五分前。
マイハから、それぞれのすべき行動が伝えられた。
「アルテとラキは森の中から“悪魔”を探し出しな。互いの輪郭すらわからない程暗闇に包まれてる場所……そこに“悪魔”が居る筈だから。“悪魔”が居そうな場所を見つけたら、閃光ね。アイツらに効くのは、“七翼の恩災”の魔力だけ。アルテが魔力を使えば、否が応でも姿を現すよ。闇から出て来たら、魔力攻撃で消滅するまでダメージを与えて。光が弱点だから、魔力で“悪魔”を照らすだけで良い。ラキはアルテの足代わりやりな。“悪魔”には絶対に近付かず、離れた所で居ること。良いね?二人共」
「「はい!」」
「テトは私と一緒に王都まで行くよ。私が反乱軍を街に入れないよう足止めしておくから、その間に城まで行って、オヒメサマを救ってきな。後は状況説明をしてオヒメサマに反乱を止めて貰うしかない」
「うん、わかった」
「各自やるべきことを終えたら、理性を失くして暴れ回ってる危篤患者達を助けに行くこと。やり方は昨日、私とラキにやってくれたように魔力を使えば良い。ラキはアルテを街まで運んだら、テトと合流してテトの足代わりね」
「でもマイハ」
テトから声が上がる。
「何?」とマイハが振り向けば、テトは「多分」と口を開いた。
「森から王都まで行く頃には、先に反乱軍が城まで辿り着いてるかも。反乱分子は見つけ次第、“神の遣い”に報告される。どうやって間に合わせるの?」
テトが不安そうに眉根を寄せている。
反乱を止めるだけではない。反乱の意思があったことすら、国王に知られないように解決しなければならないのだ。
その為には、反乱軍を王の目の届く王都に入れないようにしないといけない。
だが距離や移動速度を考えても、そう簡単な話ではなかった。
しかしマイハは全く焦らず「大丈夫だよ」と豪語する。
「私の魔力で空を飛んで行くから」
「えっ……マイハさん、今魔力使えないんじゃ……」
アルテが首を傾げれば、マイハは「アルテ」と口元に弧を描く。
「翼、出しな」
「え?……は、はい!」
慌ててアルテが自身の魔力に集中する。
翼を出すことには慣れてきたのか、十秒もしない内にアルテの背に純白の翼が羽ばたいた。
マイハは満足そうに微笑むと、「一羽貰うよ」とアルテの翼から羽を一枚取る。
取った羽を口元へと近付ければ、マイハは羽に口付けた。
「ま、マイハさん!?」
思わず頬を赤らめるアルテ。
だがそれもすぐに驚愕の表情へと変わった。
「……綺麗……」
無意識の内にテトが漏らす。
マイハの背に、炎でできた一対の翼が浮かんでいたのだ。
神秘的かつ美しい姿に、“恩災”二人が一瞬惚ける。だがそんな時間はない。
マイハは「テト!」とテトに片手を差し出した。
「ラキ、アルテ!そっちは任せたから!」
「了解です、お嬢!」
「任せてください!!」
二人同時に強く頷けば、瞬く間に狼姿へと変わったラキの背に、アルテが乗り掛かる。
森の中へと去っていく背を横目に、テトはマイハの手を強く握った。
「お願い!マイハ!」
「良し、行くよ!」
そうして二人は空へと飛び立ったのである。
〜 〜 〜
そして現在、シーナ国上空。
凄まじいスピードで、空を切っていくマイハとテト。
正直テトはマイハの腕を掴んでいるので精一杯な様子だ。変わらず国民達のコエも頭の中に流れ込み続けているので、余計にグロッキーな様である。
……ウッ……頭も痛いし、風で顔全体も痛い……でも、俺の為にやってくれてる事だから、これくらいで根を上げちゃダメ……。
とそこで、より一層聞こえてくるコエが大きくなった。
固く瞑っていた目をゆっくり開ければ、少し先の地上に大きな黒い影が見える。
「!……ま、マイハ!し、下に反乱軍がッ!……」
「うん。間に合いそうだね。それよりも問題は、王都にも当然暴走した患者達が居るって事。流石に元々攻撃性が上がって、暴走してた奴も居るだろうから、反乱とは思われないだろうけど……テト、一人で城まで行ける?」
マイハがテトを送るのは城の手前……少し離れた広場辺りだ。近くまで飛んで行けば、幾らなんでも目立つ。マイハは政府の人間に顔バレするわけにはいかない。
テトを降ろした後は、王都の出入り口近くで反乱軍を足止めしなければならないので、テトを暴走患者達から守ることはできなかった。
だがテトもそんなことは覚悟済みだ。
「大丈夫」と力強く頷くテト。
「体力には自信ないけど、森でずっと暮らしてたから。身のこなしには自信あるよ」
「わかった。下手に患者達に暴れ回られたら、最悪“神の遣い”を呼ばれかねない。オヒメサマ助けたら、魔力量の半分だけで事足りるから、王都全体に降り注ぐよう魔力の雨を降らせな。昨日の要領と同じ。できるね?」
「うん、わかった」
そうこう言っている間に、いよいよ王都に聳え立つ立派な城が見えてきた。
マイハはラストスパートと言わんばかりに、一段とスピードを上げるのであった。




