確かな思い
負の念に充てられているからか、状況が最悪だからか。テトの顔色がどんどん悪くなる。
「れ、『反乱軍が進撃を開始した』って……何でそんな急に!?」
「どうしましょう!?まだレインさんすら助けていないのに!!」
ラキとアルテも焦り始める。
当然だ。
反乱軍を止める希望である王女は、未だ“祟り”によって昏倒中。もっと言えばレインが復活したところで、国外追放した医者達を呼び戻し、改めて王族からの謝罪でも無ければ反乱は止まらないだろう。
だが、今進撃を開始したということは、どう頑張っても時間が足りない。
「昨日武器を手に入れたからって、いくら何でも行動が早過ぎるだろ!!」
ラキが舌打ち混じりに吐き捨てる。
しかしマイハが「否」と否定した。
「そうじゃない。これだけ“瘴気”が濃い上に、範囲も森の外に広がっている。恐らく国中の人間が“瘴気”に侵されてるんだよ。昨日も言ったけど、“瘴気”は身体に不調を来たすだけじゃなく、人が抱く負の感情を膨張させ、凶暴化させる。だから反乱軍も……」
「“瘴気”によって理性を失っただけ?」
続きをラキが代弁すれば、マイハはコクリと首を縦に振った。
「なら!昨日みたいに一度“瘴気”を祓ってしまえば、とりあえず反乱は止まるんじゃ……」
アルテが提案する。
“瘴気”の所為で暴れているなら、その元凶たる“瘴気”を消してしまえば良い。一応は理に適っている……がしかし。
マイハはフルフルと首を横に振る。
「確かに原因は“瘴気”だろうけど、凶暴化の燃料である負の感情は、間違いなく自分自身の中に在ったもの。一度抑えていた感情を外に出して、今更歯止めが効くわけないでしょ。止まったとしても、精々数人程度だよ」
「そ、そんな……」
アルテが項垂れる。
では一体どうすれば良いのか。
しかもそれだけではない。
「ピィ!ピィ!ピィ!」
「嘘…………」
鳥がテトの眼前で必死に鳴く。その内容に、テトは更に顔を青褪めさせた。
「何ですか!?今度は一体何ですか!?」
慌てるアルテ。
マイハにも鳥のコエが届いたらしい。テトの代わりに口を開いた。
「“祟り”で倒れていた連中が暴れ出した……」
「「えっ!!?」」
ラキとアルテが同時にマイハへと振り返る。マイハは続けた。
「病院に集められていたけど、全員ベッドから抜け出して、見境なく他の人間達に襲い掛かってるってさ」
「そ、それも“瘴気”の影響ですか?」
「半分正解。昏倒してるってことは身体中に“瘴気”が満ちているってこと。“瘴気”に満ちた身体は、“悪魔”によって操作されるんだよ。急に暴れ出したんなら、“悪魔”がそう指示してるんだろうね」
「“悪魔”……でも、ヤバいですよ。レインさんの治療をしないといけないし、動き出した反乱軍も止めないといけないし、加えて反乱軍以外の人達も暴れ出してしまうだなんて……」
「ちなみにもう一つ付け加えるなら、今暴れている元重病人は、早く手を打たないと確実に死ぬよ。当然だけどね」
「「えっ!?」」
再びラキとアルテの声が揃った。
確かに、元々生死の境を彷徨っている危篤患者。無理矢理暴れさせられているのなら、寿命を刻々と削っているのも同然だ。
「ヤバいですよマズいですよ!一体どれから手を付ければ良いんですか!?」
「そもそも今からで本当に間に合うのか!?」
慌てふためく二人。
そんな中、マイハは冷静に「落ち着きなよ」と二人を制する。
「反乱が止まるかどうかはさて置き、とにかくお前らがやるべきことは決まってるんだから、取り乱すな。今からすべきことを伝えるから、私の言う通りに……テト?」
ふと、マイハがテトへと視線を向ける。
テトはずっとガンガンと響く頭を押さえ、地面に蹲っていた。
……殺セ!殺セ!!
……王ヲ許スナ!!
……死ネ!死ネ!!
……苦シイヨ……誰カ助ケテ……。
憎悪、憤怒、狂気、嘆願。
無造作に流れ込んで来るドロドロとした感情に、頭が割れそうになる。
……『でも、私はこの国の王女だから。どれだけ身勝手でも、どんな手を使っても!何に変えたとしても、この国を!国民達を!護る使命がある!!』
ふとレインの言葉が甦った。
国の為、民の為。自分の身も顧みず、今も尚闘っているレイン。
しかし国民達はどうだ。
“瘴気”に……自身の持つ負の感情に負け、“悪魔”に身体も心も支配され、自分達の愛すべき国を破滅の道へと進めている。
……もう止めて……もう止めてよ!!!
テトの目尻に涙が滲んだ。
「テト!!」
「ッ!!?」
テトの両肩が思いきり掴まれる。
無理矢理上げられた視界には、マイハの綺麗な真っ青な瞳が映った。
テトの表情をジッと見つめるマイハは、「はぁ」と一つ息を吐く。
「……何?もう諦めたの?」
ビクッとテトの肩が跳ねた。
「『反乱を止めたい』『オヒメサマとの約束を果たしたい』……私達はテトの願いを叶える手伝いをしてるんだけど?それなのに、お前が一番先に諦めるわけ?」
マイハの言葉は最もだった。
そもそもこの国の人間でもない、シーナの民に知り合いが居るわけでもない。ただ“七翼の恩災”を探す為だけにシーナ国へと来たマイハ達に、この国を救う義理は一切ない。
探し人であるテトが望んだことだからこそ、こうして知恵や能力を貸してくれたのだ。
にも関わらず、そのテト本人が、最悪の状況を前に絶望して、尻込みしてしまっている。
「負の念が頭の中に留め度なく流れて来る……しんどいのはわかるよ。今すぐにでも何処かへ逃げたいよね?コエの聞こえない遠くまで……」
「…………」
テトは応えない。
だがそれが答えだ。
……そう、だよ……本当は逃げたいんだ……自分の国ですら見捨てたのに……そもそも誰とも関わりたくないから……誰のコエも聞きたくないから、ずっとコエの届かない場所を選んで生きてきた……人間のコエはいつだって自分勝手で、負の念に満ちてて……最初からわかってた筈だ……。
テトの決意が揺れる。
フワリとテトの頬をマイハの手が包んだ。見上げた先には柔らかく微笑むマイハの姿。
「良いよ、テト。このままシーナ国もオヒメサマも見捨てて、私達と来る?」
「……え…………?」
テトの瞳が見開かれた。
構わずマイハは続ける。
「言ったでしょ?私達の目的はテトだけ。テトが今すぐここから離れたいなら、すぐにシーナから連れ出してあげるよ。人間のコエ、聞きたくないんでしょ?」
優しい声だ。嘘偽りない。
テトが「行きたい」と言えば、本当にすぐさまシーナを旅立つのだろう。
それでもテトは頷くことができない。
蹲ったまま、足を動かすことができないのに、かと言って逃げ出すことすらできない。
……俺……俺は……。
テトの視界がグニャリと歪む。
絶望した。状況に、人間達に、何より自身の情けなさに。
しかしわかったこともある。
こんな状態になっても、レインのことを見捨てられない。レインの愛するシーナ国を見捨てられない。
マイハの申し出に縋り切れないのが、何よりの証拠だ。
……そっか……俺、逃げたくないんだ……もう二度と……!
テトの瞳に確かな炎が宿る。
小さい灯だが、マイハは「そう」と口角を上げた。
「逃げる気はないわけね。なら……そんな所でいつまでも蹲ってないで、さっさと立ちな。逃げなくても、動かなければ何の意味も無いんだから」
マイハに言われて、テトがグッと足に力を込める。頭がズキッと痛むし、視界はフラつくが、ここで座り込んでは意味がない。
しっかりと自身の足で立ち上がったテト。マイハもそれに合わせて立ち上がり、両者の瞳が交差した。
「力を貸して、マイハ!俺、やっぱりレインとの約束を果たしたい!この国を救いたい!!」
真っ直ぐな眼差しに、マイハはフッと笑う。
「良いよ。最初から言ってるじゃん。私達はテトの手伝いしてるだけだって」
「そうですよ、テトさん!皆で一緒にシーナ国を救いましょう!!」
「王女さんの国ってだけじゃなくて、お前の家でもあるしな」
マイハの背後から、アルテとラキも顔を出す。
テトは滲む視界を拭った。
「ありがとッ!」
「お礼を言うのはまだ早い!今から作戦を伝える。時間との勝負だからね、全員意地でも成功させな」
「「「うん/了解/はい!!!」」」




