(血)祭りの時間
豪華な門と針葉樹に囲まれた巨大な屋敷。立派な装飾で飾られた城とも言える豪邸だが、どこか暗く感じるのは色合いの所為か、主人による圧政で人々から活気が失われているからか。
所変わってホーテーの屋敷前。
マイハとラキは針葉樹に身体を隠して、屋敷の様子を伺っていた。
「へぇ、こりゃまた豪勢な屋敷だね。流石はお貴族様だ」
皮肉たっぷりに告げながら、マイハが見張りの数を数える。
門前に二人。門の周りを巡回している者が合わせて三人。とりあえず屋敷の外の見張りは全員で五人だけだった。
「五人だけか……中にまだまだ居るね……それじゃあ、ラキ。惹きつけ役頼んだよ」
あっさりマイハが言い放つと、ラキが人間の男へと姿を変えた。
「それは構いませんが……お嬢、わざわざホーテーの屋敷に侵入して、一体何をするつもりで?」
低音ボイスから紡がれるのは人間の言葉。
ラキは狼男の末裔であった。
長い付き合いであるマイハは、当然ラキの正体を知っている。いきなり人型になったラキにも驚くことなく「逆に聞くけど、ラキ君」と口調を変えた。
「何をする為に、この私がわざわざ貴族の屋敷に来たと思うかね?」
質問に質問を返されて、ラキは押し黙った。しばしの沈黙の後、呆れたように溜め息を吐くラキ。
「……奴らに腹立つ気持ちもわかりますが……今貴族に手を出すのは得策とは思えません。政府側の人間に居場所がバレて困るのは貴女でしょう」
「“神の遣い”が来るからって?心配しなくて良い。ホーテーの奴は例え命の危機に陥ったとしても、“神の遣い”を呼ばないさ。と言うか呼べなくなる」
「何故言い切れるんで?」
絶対的な確信を得ているマイハにラキが尋ねる。
どんなに非道で冷徹な貴族や王族であっても、決して人々が逆らわないのは、単に“ 神の遣い”を呼ばれるからだ。どんな些細な反抗でも、貴族達は“ 神の遣い”を呼び付ける。その権限を持っている。だからこそ誰もが彼らに従うのだ。
貴族王族に手を出して、“ 神の遣い”を呼ばれないなど有り得ない話である。
だがマイハに答える気はないようで、「さあ?」とはぐらかした。
「すぐにわかるよ。それじゃあ、ここ任せたから」
言い終わると共に、マイハの姿が瞬く間にその場から消えた。
恐らくはもう屋敷の中に潜入したのだろう。
一人残されたラキは再び大きな溜め息を吐いた。
「やれやれ……勝手な御人だ……」
* * *
フワァと見張りの一人が欠伸を漏らす。
正直見張りなどやるだけ無意味だと思っていた。この世界に貴族や王族に反旗を翻す勇敢な人間など居ない。
だからだろう。見張りの衛兵達は油断しきっていた。
「随分とやる気のないことだな」
「「ッ!!?」」
突如現れたラキの姿に、門前の見張り二人が目を見開く。咄嗟に手にしていた槍を構えるが、その時には既にラキが懐まで忍び込んでいた。
「グアッ!!」
衛兵の一人から悲鳴と血飛沫が上がる。
低姿勢からゆらりと上半身を起こしたラキは、指に付いた血をペロリと舐めた。
「ヒィッ!!」
一気に背中に悪寒が駆け巡った見張りは、首に掛けていた笛を吹き鳴らす。
敵襲の合図だ。
途端に屋敷の中が賑やかになっていき、門へと人の気配が集まってくるのがラキにはわかった。
満足そうにニンマリ笑うと、ラキは「さぁ」と一人呟く。
「祭りの時間だ」
* * *
ラキが門前で暴れ始めた頃。
屋敷の中では何人もの兵士が慌てた様子で門へと急いでいた。
「襲撃者だと!?」
「何でもとんでもなく強いとか!」
「とにかく急げ!絶対に屋敷の中に入れるな!!念の為、“ 神の遣い”に連絡できるよう準備しておけ!」
慌ただしく兵達が廊下を駆け抜けて行く。
ラキの囮作戦は上手くいっているようだ。
廊下から人の気配が消えたところで、マイハは天井裏からスタッと降りて来る。
「……さて、ラキも上手くやってるみたいだし、こっちもぼちぼち始めようか……」
呟くなり、マイハは人に見つからないように屋敷の中を駆け回った。あるモノを探す為に屋敷中の部屋を見回り、ふとある扉を見つける。
「……」
壁に身体を隠しながら、扉の様子を伺うマイハ。扉の前には甲冑を身に纏った衛兵が二人立っていた。この騒ぎの中、冷静に持ち場を守っているということは、扉の中に何かがあるという証拠だ。
……扉の中に人の気配はない……。
マイハがニヤリと笑う。
「……なぁ、襲撃者のところに行かなくても良いのか?すっげぇ、外が騒がしいけど……」
「気にするな。この部屋の中のモノを命に替えて死守する。それが俺達の仕事だ。例え襲撃者がこの屋敷に侵入したとしても、この扉だけは守らなければならない!」
「へぇ。そんなに大切なモノが中に入ってるわけね」
「「ッ!!??」」
衛兵二人が同時に剣を構える。
突如廊下に現れたマイハの姿に衛兵二人は驚いているようだった。
「……な、一体どこから……」
「貴様も襲撃者の仲間か!?」
衛兵二人の問いに答えることなく、マイハは真っ直ぐ二人に近付いていく。
衛兵は構えた剣を更に前へと突き出した。
「と、止まれ!!」
「これ以上この扉に近付くことは許さん!!」
脅しをかけるが、マイハの足は止まらない。
衛兵の一人が痺れを切らした。
「ッこ、このぉ!!」
剣を大きく振り翳して、マイハに突進してくる。マイハはその攻撃をあっさり躱してみせると、攻撃が空回ったお陰で体勢が崩れた衛兵の背中を、後ろ蹴りで廊下の端まで一気に吹き飛ばした。
「な、な……」
常人離れした力に、残った一人がまともに言葉も発せず立ち尽くす。戦意は喪失してしまったらしい。持っていた剣は手から滑り落ちていた。
マイハは意味深な笑みを浮かべたまま相手に歩み寄る。
「ひっ……く、来るな!!」
「安心しなよ。別に取って食う訳じゃないからさ。という訳で、しばらく眠ってもらおうか」
「ガッ!……」
怯える衛兵の首にマイハが手刀を軽く振り下ろすと、衛兵は一瞬で意識を落とした。
見張りを無事片付けたマイハは「さてと」と扉と対峙する。取っ手を掴み、マイハは扉を開けた。