暗躍する陰謀
ラキと別れてから五分。
マイハは森の中を歩いていた。
キョロキョロと辺りを見回して、おかしな所がないか確認して行く。すると、ガサガサと葉の音を立てて、木々の間から狼が一匹現れた。
しかし、今朝のような敵意は一切感じない。呻き声も上げておらず「クゥゥン」と仔犬のような鳴き声を漏らしていた。
「やぁ、レディ。今朝の事なら、謝らなくて良いよ。レディ達が悪い訳じゃない。“瘴気”に侵されていただけ……無事元に戻ってくれて良かったよ」
どうやら今朝、森に入って来たマイハ達を食い殺そうと追いかけ回した事を、謝りに来てくれたらしい。
人間相手では決して見せない優しい眼差しで微笑み掛けながら、マイハは狼の頭をソッと撫でた。
マイハが微塵も怒っていないことを理解した狼は、嬉しそうに自分から頭を擦り寄せて行く。マイハも柔らかい表情と手付きでソレに応えた。
「ところで、レディ。ちょっと良いかな?」
「クゥゥン?」
狼が不思議そうにマイハの目を見つめる。
マイハは続けた。
「レディ達を苦しめ、この森をおかしくさせた元凶……“悪魔”を何処かで見なかった?“瘴気”だけ発生した事例は一度もない。“恩災”の魔力でもう今は消えただろうけど、確かにこの森の何処かにいた筈なんだよね。もし滅んだ筈の“悪魔”が復活したなら、悠長に“恩災”探しをしてる場合じゃなくなる……どんな些細なことでも良いから、気になったことがあれば教えてくれるかな?」
「クゥゥン…………」
* * *
その日の夕方。
ラキは言われた通り情報を集め、森の外に停めてあったエール号へと向かった。
中に乗り込み、展望室へと入れば、既にマイハの姿がある。ラキは「お嬢、遅れてすみません」と一言謝った。
「良いよ。それより得た情報を教えて貰おうか」
早速本題に入れば、ラキが「はい」と頷き、そして表情を顰めさせた。
「あまり朗報とは言えねぇんですけど……まずは追放された医者だが、消息は掴めませんでした。そもそも兵士達に取り押さえられたところを目撃した奴は沢山居ても、国から本当に出て行ったところを見た奴は一人も居ないんで、どっちの方角へ行ったかすらわからねぇ始末です……」
不甲斐なさそうに告げるラキ。
マイハは「ふぅん……」と気落ちしてない様子で相槌を打った。
だがラキに頼んだ情報はそれだけではない。マイハは「他は?」と続きの情報を目線だけで促した。
「……聞いた話によると『革命団』を名乗る連中が、国王に反乱の意思を持ってる奴らに大量の武器を渡してるそうで……ただ反乱軍の真似事をしていただけの一般人が、お陰で一端の軍隊のようになってるそうです。戦争の火蓋が切られるのも時間の問題で……明日王女を救えたとしても、反乱が止められるかどうか……」
ラキが言い辛そうに言葉を濁す。
しかしマイハはアッサリと「止まらないだろうね」と吐き捨てた。
「例え王の乱行が止まったとしても、既に国中殆どの医者が追放された事実は変わらない。“森の祟り”が解決したことだって、まだ誰も知らない訳だし、オヒメサマを助けただけじゃ不完全だよ。“祟り”の脅威が消えたこと、追放した医者を呼び戻すこと……それが反乱を止める絶対条件。それでも止まらない場合は王族からの謝罪だね。まあとりあえず、私達にできることはオヒメサマの救助だけで、後の条件は王族次第。私達がやってるのはテトの手伝いで、テトがやろうとしていることはオヒメサマの手伝い。結局、この国を救うことができるのはオヒメサマだけってことだよ。オヒメサマを助ける手立てが見つかって、“祟り”問題を解決した時点で、私達の手伝いは終わったんだから、そんなに気負う必要ないでしょ」
淡々と述べるマイハは「そんなことより」と、何か考え込むように口元に手を当てる。
「本当に革命団がこの国の人間に武器を渡してる訳?」
「え、ええ、そう聞きました。少なくとも、シーナ国の人間に武器を無料で渡してる連中が居るのは確かです」
ラキの返答にマイハが「そう」と短く呟く。そこからまた考え出すマイハに、ラキは「どうしたんで?」と尋ねた。
一呼吸間を置いて、マイハは「おかしいとは思わないかね?ラキ君」と嘲るように口角を上げる。
「何故、革命団の連中がシーナ国民に武器を提供する?メリットがない」
「えっ、それはほら……いくら団員じゃないと言っても、国王に反乱を起こそうとしてるなら革命団の同志も同然だし、武器が……闘う術がなくて王の暴走に抵抗できないなら、手を貸すのは当然の道理なんじゃ……」
革命団……世界中に散らばっている、政府……否、七賢聖に不満を抱き、反乱の意志を持った逆賊達の組織の名だ。表立って政府と闘り合っている訳ではないが、それでも敵対しているのは事実である。謂れのない罪で処刑されそうになった者や、貴族王族の暴虐武人な振る舞いによって生き場所を失った者達を受け入れ、裏で着々と力を付けている。
ならばシーナの民に手を貸すのは何も不思議なことではない。
だがラキの切り返しに、マイハはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「ラキ君、君はただ武器を持っただけの一般人が、訓練された兵隊に勝てると、本気で思っているのかね?」
マイハが嫌味のように尋ねれば、ラキは「否……」と言い淀む。
結論から言えば、勝てる訳がない。
戦闘訓練をしている訳でもない一般人が武器を持ったところで、闘える筈もない。料理のできない人間に包丁やフライパンを持たせても、無意味であるのと同じことだ。
ラキからの応えを待たず、マイハは続けた。
「素人に武器を持たせても無駄死にさせるだけ。少しでも政府の人間に逆らう素振りを見せたら、即殺されるこの世界で、反乱の意思を持てただけでも奇跡に近しい。私が革命団なら、折角の反乱の芽を潰させたりなんてしないよ。無駄な闘いを避けさせて、自分達の仲間に誘う。仮に誘いを断られたとしても、武器なんて渡さない。生きててさえくれれば、いつ何処で味方になってくれるかわからないからね。わざわざ火種を落とすような行動をする意味がない。ラキの情報が全て事実なら、革命団の意図がわからないんだよね」
「……」
マイハの言う事は最もで、ラキは思わず押し黙った。
……確かにお嬢の言う通りだ。そもそも武器だって簡単に手に入る訳じゃねぇ。それを負けるとわかってる奴らに無料で渡したって、デメリットにしかならねぇ筈だ。なら革命団の目的は何だ……?
ラキが黙り込んでしまうと、壁一面のガラスから見えるシーナフォレストを、マイハが見つめた。
「……さっき狼のレディから話を聞いたけど……“祟り”が起こる前、森に怪しい人物がやって来たらしい」
「『怪しい人物』?」
ラキが首を傾げる。
マイハは狼から言われたことを、ラキにも伝えた。
「全身をマント、顔をフードで覆った人間の形をした物体らしい。レディ曰く『生物の気配を感じなかったけど、姿形が人間のモノだったから人間だろう』だって」
「それでソイツは一体何を?」
「さぁ?レディ達も只者ではないと思って、すぐに逃げたんだってさ。だからソイツが森で何をしてたかはわからない。ただ……」
そこで言葉を区切ると、マイハは神妙な顔付きでラキを見遣った。
「もしラキの言う『革命団』と、森に入って来た怪しい人物が何らかの繋がりを持っていたとしたら……ソイツらの目的は、この国の滅亡だろうね」




