古い神話
「……あ、『悪魔』……?」
アルテが聞き返す。
そう聞き覚えのある単語ではない。ラキも神妙な表情で首を傾げていた。
マイハは左手の平を天井へと向ける。
「“創世記”知ってる?」
「『創世記』……?……内容までは……」
「俺も……習った筈なんですけど……ちょっと……」
ラキもアルテも中身は知らないようである。それに対して、マイハは呆れたようにジト目を向けた。
「ラキはともかく……貴族の人間なら義務教育として教わっている筈なんだがねぇ、アルテ君?」
マイハに睨まれて、アルテは「あっはは……」と苦笑いで応える。
「す、すみません……本当に貴族関連の授業は何故だか身に付かなくて……あ!でも!詳しいことは覚えてませんけど、アレですよね!?確か『七賢聖がどうやってこの世界を創ったか』みたいなことを書いてる、神話のようなお話……で合ってます?」
自信がないのか、アルテはマイハに確認する。マイハは溜め息と共に「一言で言えばね」と肯定した。
「簡単に言うと、創世記は今から千年以上昔……七賢聖が世界を支配する前の出来事を綴った記録書だよ。だからまあ、アルテの言う通り『どうやって七賢聖がこの世界を創造したか』っていう内容になるんだけど……重要なのはソコじゃない。創世時代……丁度今シーナ国を襲っている“祟り”と良く似た禍事が、当時世界中で起こっていた。その原因……と言うか元凶が、“悪魔”と呼ばれる化け物で……恐らく、この森をおかしくさせているのも同じく“悪魔”である可能性が高いってこと」
「“悪魔”……ソイツらは一体……?」
……「何なんで?」とラキが尋ねる。
森をおかしくさせ、動植物を凶暴化し、果ては人間達を死へと追いやる。そんな事ができるなど、ただの化け物ではない。
“悪魔”の正体とは一体何なのか。
しかしマイハもわからないらしく「さぁ?」と肩を竦めた。
「詳しいことは何も知らない。唯アイツらは暗い所を好んで潜伏し、迷い込んで来た人間達を闇の中へと引き摺り込む。でも一番厄介なのは、アイツらが人間達の負の感情を糧にして“瘴気”を出すこと」
「「『瘴気』?」」
ラキとアルテが揃って首を横に倒す。
すると、今まで黙っていたテトが「“瘴気”……」と口を開いた。
「……生物に害を成す、汚れた空気……植物の毒性を上げ、動物から理性を奪い、人間達の負の感情を増幅させる。特に人間は“瘴気”に侵されると、身体に不調が現れ危篤状態に陥り……最悪そのまま死んでしまう。しかも心の弱い人間だと、“瘴気”に身体を乗っ取られて、死ぬまで暴れさせられるって聞くけど……」
テトの話にマイハが「そうだよ」と頷けば、アルテがゾッと背中の寒気に身体を震わせ、顔を青褪めさせた。
「お、恐ろしい話ですね」
「その『恐ろしい話』が、昔は世界中で蔓延していたって訳。当時、世界中の人間達が絶望してた。でも、負の感情が強くなればなるほど“悪魔”達の思う壺。余計に“悪魔”達が活発化し、“瘴気”が濃くなる。“瘴気”が濃くなれば、人間達は更に負の感情を煽られるから、負のスパイラルだね。“悪魔”への対抗手段も無かったし、逃げる場所も無かったから、本当にお手上げ状態だったんだよ」
淡々と告げるマイハだが、アルテは既に顔面蒼白だ。下手な怪談話よりもよっぽど恐ろしい。しかも実話……本当にあった話なのだから、恐怖も一入だ。
すっかり萎縮してしまったアルテに代わり、ラキが「じゃあ」と口を開く。
「どうやって“悪魔”達を倒したんで?俺やアルテが揃ってピンと来てねぇんだ。今は殆ど“悪魔”なんて居ねぇんでしょう?それとも勝手に滅んでいったんで?」
最もな質問だ。
対処方法もなければ、人間達の恐怖心や絶望心によって、活発化し続ける“悪魔”達。いくら千年以上前の話と言っても、普通に考えれば今現在まで“悪魔”の脅威が残っていてもおかしくない。そもそも千年と掛からず、人類が先に滅んでいることだろう。
しかし、実際は人間に滅びの兆しは一切なく、“悪魔”や“瘴気”なんて存在は知らない者の方が多いくらいだ。“森の祟り”が起こって一ヶ月、誰も“悪魔”や“瘴気”の所為という考えに至らなかったのがその証拠だろう。
つまり、何があったかは知らないが、この千年の中で“悪魔”達は殆ど全て滅んでしまった訳だ。
では一体何故そんな化け物が滅んだのか。
ラキの疑問に、マイハは少しだけ顔を俯けさせる。
「……その昔、唯一“悪魔”や“瘴気”の影響を受けることのない種族が居た。その名も“黒羊族”。彼らは実体のない“悪魔”達の身体を捉え、“瘴気”を祓う能力を持っていた。そんな黒羊族の能力に目を付けたのが神巫族と呼ばれる種族。神巫族は黒羊族全員の命を犠牲にする代わりに、全ての“悪魔”を滅し、“瘴気”を討ち祓った。そして、神巫族は英雄として崇め奉られ、その頂点に立つ七家の長達は、滅び掛けた人間世界の再建に努め、“世界の創造主”とまで呼ばれるようになった」
「ま、まさか……その『七家の長達』って……」
ラキが何かに思い至れば、その思考が読めたのかマイハが「そう」と続ける。
「かつて“悪魔”を滅ぼし、世界を救った英雄……そのトップに君臨する七人の長達こそ、現在の“七賢聖”。これが創世記に記されてる内容。まあ、全てが全て真実じゃないし、創世記は七賢聖がいかに優れているかを伝える為に作られたモノだから、かなり話を大きくしてるところもあるよ。だからアルテの言う通り、真実味のない『神話』って言うのもその通りだけどね」
マイハが小馬鹿にするように両手の平を天井へと向け、鼻で嗤った。
だが重要なのは七賢聖の事じゃない。
「……創世記の内容はわかったが……だが何故、滅びた筈の“悪魔”が再び現世に?」
「それに……“悪魔”への対抗手段を持っている唯一の人達……黒羊族は“悪魔”を滅ぼす為に全員犠牲になったんですよね?“祟り”の原因が“悪魔”なら、一体どうやって解決すれば……」
ラキの疑問の後に、恐怖心が落ち着いたらしいアルテが続く。
マイハはベッドから身体をふらつかせながら起こすと、窓の外の森を見つめた。
「“悪魔”が今頃現れた理由も原因も知らない。千年以上前から“悪魔”のルーツは謎のままだよ。でも……解決法なら多分わかる」
そう言ってマイハは、アルテの目の前まで歩いて行くと、その手を握った。思わず頬を赤らめるアルテだが、マイハは構わず「アルテ、テト」と“恩災”二人に視線を向ける。
「実験に付き合って貰おうか。“七翼の恩災”の能力、試させてもらうよ」
「「??」」




