“祟り”の原因
「……そんな訳だから、俺はまだここを離れる訳にはいかない。ごめんね……」
テトの話が終わる。テトの声が消えたことで、一人の嗚咽だけが部屋の中を満たしていた。
啜り泣いている人物へと目を向けて、テトは唖然としたように「大丈夫?」と声をかける。
「何でレインの名前を呼びながら泣いてるの?」
テトに心配の眼差しを向けられると、目を真っ赤にして泣いているアルテは「うぅ……すみません」とハンカチで目元を拭いながら謝った。
「うっ……あまりッ、にもッ……レインさんが、健気過ぎてッ……」
嗚咽混じりにアルテが答えれば、「よく当事者でもないのにそこまで……」とマイハから呆れを通り越して感心される。
とりあえずアルテのことはスルーして、ラキが「それにしても」とテトへ視線を向けた。
「国や国民のことをそこまで思っている王族がこの世に存在したんだな」
「うん。レインは変わった娘だから。でも、だからかな。放って置けないし、助けてあげたいんだよね」
テトが少し俯き加減に微笑む。
とそこで、漸く泣き止んだのか、アルテが「任せてください!」とテトの両手を取って、笑顔を見せた。
「俺達も微力ながらお手伝いします!“祟り”の原因と治療法を見つけて、一緒にシーナ国を救いましょう!!ね!?マイハさん!ラキさん!!」
「まあ、仕方ないしね」
「解毒の礼もまだしてないしな」
「…………」
アルテに続いて、マイハとラキも手伝ってくれるようだ。
テトは三人の顔を交互に見つめて、視線を下に落とした。
ギュッと握り締められた自身の手は温かい。
アルテの手を無言で見つめると、テトは不思議そうに「何で」と首を傾げた。
「君達こそ、本当にこの国の事情とは無関係なのに……どうしてそんな風に泣いたり、助けようとしたりしてくれるの?」
純粋な疑問だ。
『君達』と言うが、ここまでお人好しなのはアルテだけである。
マイハとラキは互いに肩を竦め合い、苦笑を漏らした。当のアルテはキョトンと一瞬惚けた表情を浮かべて、すぐにまたニコリと柔らかく微笑む。
「困ってる時はお互い様です。それに……『子供への愛』が原因で国が滅んじゃうなんて、そんなの嫌じゃないですか」
「……そう、だね。ありがとう、アルテ」
アルテに釣られるように、テトも優しく笑んだ。
とそこで、マイハが「それよりも」と口を開く。
「さっきの話に戻るけど……約束さえ果たせば、私達と一緒に来てくれるってことで良いのかな?」
ニコッと口角を上げるマイハ。
先程テトは「約束を果たすまで、一緒に旅に行くことはできない」と言った。つまり、言い換えれば約束……“祟り”問題を解決し、反乱を食い止めることができれば、旅の仲間になってくれると言うことである。
マイハの確認に、テトは「うん、良いよ」と首を縦に振った。
「“恩返し”……だからね。マイハ達の為人は大体わかったし、元々付いて行くつもりだったよ」
「本当ですか!?やりましたね!マイハさん!!無事に二人目勧誘成功ですよ!!」
アルテが無邪気に喜ぶ。
マイハはやれやれと眉を下げて苦笑しながら、「喜ぶのはまだ早いでしょ」と釘を刺した。
「まずは原因解明からだね。一番重要なのは、種族によって影響の強さが違うってことだけど」
マイハが問題提起する。
いよいよ“祟り”の追究だ。
マイハの言葉を受けて、アルテが「えっと……」と口元に人差し指を持って来る。
「俺とテトさん……“七翼の恩災”は“祟り”の影響を全く受けなくて、狼男のラキさんは少しだけ。マイハさんやシーナ国の人達……普通の人間は森の滞在時間が長ければ長い程重症化……ですよね?」
「後、動物や植物にも影響があるみたい。色んな所を飛び回ってる鳥達はそんなに影響受けてないみたいだけど、森に住んでる狼達は理性が無くなって凶暴化しちゃったし。植物達も青々しさが消えて、毒性も上がった。タイミング的に“祟り”の所為だと思う」
アルテの後にテトが続く。
それを踏まえて、ラキが「普通に考えれば」と両腕を組んだ。
「人間にも動物にも植物にも感染する、新種のウイルスとかが原因じゃないのか?種族によって効きが違うのは、ある意味自然なことだしな」
「でもそれだと、“七翼の恩災”だけ影響がない理由がわからないんですよね。俺達の特別な部分って、魔力が昂った時に翼が現れるくらいで、後は普通の魔力持ちの人達と変わらない筈ですし」
「それに“七翼の恩災”は魔力を使えるけど、他の人達は森に入った途端、魔力が使えなくなる。ウイルスの影響なら、魔力にまで効果は出ない筈だよ」
「「「…………」」」
「うーん……」と三人が考え込む。
そんな中、ふとマイハは窓の外の森の風景が気になった。
昼にも関わらず、日が暮れかかっているのかと思う程薄暗い。夜になる頃には、木々の輪郭すらわからない程真っ暗になるのだろう。
……そう言えば、『“祟り”が出始めてから森が薄暗くなった』って、テトの話で言ってたな…………ッ!……まさか……否でも……。
ピンとマイハが何かに気付く。しかし、すぐさま考え直した。
だが、当然コエが聞こえているテトにはお見通しのようで……。
「マイハ?何か気付いたの?」
と声が掛かる。
マイハは言うかどうか一瞬悩み、それから「テト」とテトの瞳を見据えた。
「レイン王女と約束を交わした日、王女はもう“祟り”に罹ってたんだよね?」
「うん、そう言ってた。実際、森に入って来て俺を呼んでるコエがすごく弱ってたし、間違いないと思う」
「でも、テトに会った途端……触れた瞬間、『楽になった』……そう言ったんでしょ?」
「うん。でも、狼に襲われてた直後だったし、気持ちが落ち着いたからだと思うけど……」
「…………」
テトとの問答を終え、マイハは少し口を閉ざす。そして今度はアルテを手招きした。
「アルテ、手を出して」
「??はい」
頭に疑問符を散乱させながらも、アルテはマイハの側まで歩いて行くと、言われた通り右手を差し出す。すると、マイハは何も言わずにアルテの手を握った。
勿論、アルテに女性と手を握った経験など皆無である。
「ま、マイハさん!!?」
突然のマイハの行動に、アルテは顔を真っ赤に染めて動揺した。
しかし当のマイハは何処吹く風。微塵も照れた様子を見せることなく、自身の身体の変化を感じ取っていた。
……さっきまでの息苦しさが消えた。“祟り”の影響がないどころか、一時的に回復する能力すら“七翼の恩災”にあるなら……“祟り”の原因は本当に…………。
「……え………」
マイハが頭に思い浮かべた単語に、思わずテトが反応を示す。その表情は驚愕に満ちており、瞳にはありありと疑心が映っていた。
「マイハ、ソレ……」
「??どうかしたんですか?」
「お嬢?何かわかったんで?」
テトのように心が読める訳ではないアルテとラキが、揃って首を傾げる。
マイハは少し青褪めた表情で「本来なら有り得ない話だけど」と、アルテの手を離した。
「……でも、原因がアレなら、全ての辻褄は合う」
「!原因がわかったんで!?」
「一体何ですか!?」
二人が身を乗り出せば、マイハは眉根を寄せ、硬い声音で口を開いた。
「……“悪魔”……かつて世界中を恐怖のドン底に突き落とした……最低最悪の化け物だよ……」




