約束
「……か、“貫波”って……?」
三人分の絶叫が止み、アルテが改めて聞き返す。
テトは「えっとね」と手の平に水の玉を生み出した。
「圧縮した水の塊を手から出せる。威力の上がった水鉄砲みたいなモノかな。人間の身体くらいなら簡単に貫けるから、魔力の使い道は気を付けなきゃいけないけど……」
言いながらテトが水の玉を消散させる。
アルテは「はぁー」と感心したような声を漏らした。
「凄いですね。俺の魔力もそれくらい戦闘向きなら、少しはマイハさんの不安を減らせたかもしれないんですけど……」
「……魔力“閃光”……へぇ、フラッシュか。暗い所なら大活躍だね、海底とか」
「えっ、俺魔力言いましたっけ?……あぁ、心を読めるんですよね。『海底』ですかぁ……確かに暗い所なら役に立つかも……とは言っても、やっぱり限定的ですね」
あははとアルテが苦笑いを溢す。
和気藹々と“恩災”二人が談笑する中、マイハは眉根を寄せてテトを睨んだ。
マイハの視線に気付いたのか、心を読んだのか。テトがマイハへと振り返る。
「ごめんね、すぐに言わなくて。君にとっては大切な探し人かもしれないけど、俺にとっては“七翼の恩災”であることはどうでも良いことだったから……言うのが遅くなった」
口に出してもいない不満を、先に謝られては文句も言えない。
マイハはしばらくジト目を向けていたが、溜め息を一つ溢せば「まあ良いよ」とテトと向き合った。
「目的を知ってるんでしょ?なら話は早い。一緒に“恩災”探しの旅に付いて来てくれない?」
マイハが当然勧誘を持ち掛ける。しかしテトは顔を俯けると、「ごめん」と誘いを断った。
「今は無理。友達と約束してることがあるから」
「『約束』ですか?」
アルテが尋ねる。テトは「うん」と頷いた。
「“祟り”に効く薬を開発して、国の人達を救う。そして……無謀な反乱を止めさせる。そうレインと約束した。だから、約束を果たすまで、俺はこの国を出るつもりはないよ」
淡々とした口調。だがその瞳に宿った意志は強かった。
「『レイン』さん……お友達ですか?その方は今……」
「一週間前、“祟り”で倒れた」
アルテが質問を言い切る前に、テトが答える。
眉を下げて悲痛な表情を浮かべるアルテだが、マイハとラキは冷静に「一週間前?」とデジャヴを感じた。
「一週間前と言やぁ、丁度この国の王女さんが倒れたタイミングと一緒なんじゃ……」
ラキが声に出せば、テトは「そうだよ」と肯定する。
「レインはこの国の王女」
「「一国の王女と友達なのか/なんですか!?」」
ラキとアルテが揃って驚きの声を上げた。
しかしテトは、王族と友人関係を築くことの重大さを理解していないのか、キョトンとした表情で「うん。そんなに驚くことかな?」と小首を傾げる。それに対してアルテが「驚くことですよ」と応えた。
「何処で王女様と知り合ったんですか?」
アルテが尋ねれば、テトは「此処」と短く返す。
「レインは好奇心旺盛で、自分で何でも調べないと気が済まないって娘だから、よく森に一人で来てたんだよね。それで何年か前に、森の奥まで入って来て、狼達に襲われてる所を助けたんだ……」
〜 〜 〜
五年前……。
テトが窓際で読書を嗜んでいる所だった。
「ピィ!ピィ!」
開け放していた窓の枠に小鳥が降り立ち、パタパタと忙しなく羽を動かす。
テトはページを捲る手を止め、「そう」と小さく相槌を打てば、視線を森へと遣った。
「……またあの娘が来たんだ……」
独り呟いて、テトは両目を閉じる。森の中のコエに集中すれば、一人の少女のコエが聞こえてきた。
……わあ!クロマの花にリーブの草!えぇっと……こっちはメッサの実ね!採取採取っと……。
ハツラツとしたコエだ。
いつも通りの内容に、テトは閉じていた目を開いて小鳥を見遣る。
「大丈夫。害はないよ。放っておいても問題ない」
顎の下を指の腹で撫でてやれば、小鳥は「ピィ」と一声鳴いて、天高く羽ばたいた。
その様を見送って、テトは再び本の世界へと戻っていく。
レインという少女が森に来るようになって数ヶ月。王女という立場でありながら付き人の一人も付けず、朝早くに森へと入って、夕方まで何時間と植物図鑑片手に森中を探索するコエは、既に聞き慣れたモノだ。
別に森の動植物達に危害を与えている訳ではないので、テトは特に気にすることなく「変わった娘だな」と軽く思っているだけだった。
今日もいつものように、森の入り口付近を思う存分探検して、夕方近くになったら帰る……そう思っていた。
「ピィ!!ピィ!!ピィ!!」
「ッ!!?」
先程の小鳥が舞い戻って来たらしい。
凄まじい慌て様で小屋の中へと入ってくれば、テトの服の襟を摘み、外へと引っ張ろうとする。
小鳥の言いたいことがわかったテトは、大きく目を見開いた。
……あの娘が森の奥に入って行った……!?
テトは栞を挟むことなく読みかけの本を机に置き、急いで小屋の扉を開けた。
地面を思いきり蹴れば、朝日に照らされている森の中を小鳥の先導で走って行く。
……お願い。間に合って……!
心の中でテトが祈った。
森の奥は、人間が立ち入ることの許されない狼達の縄張りであった。どれだけ森に生えている珍しい薬草を調達する為と言っても、シーナに住む者なら絶対に森の奥までは入って来ない。
テトを拾った爺やも、アノコーの低木の効果がなければ、森の奥に小屋など到底建てられなかっただろう。
今ではアノコーの刺激臭がなくても、テトは狼達と友達になれたので襲われることはないが、それはテトだけに限った話である。森の奥まで人間達が入ることがないのも相まって、狼達は縄張りに踏み込んでくる人間に容赦がなかった。
毒虫用の軽い装備しかしていない少女など、たったの一噛みで致命傷である。
「キャアアア!!!」
少女の悲鳴が森に響き渡る。
……見えた……。
テトは走る足を更に速めた。




