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七翼の恩災  作者: 井ノ上雪恵
“七翼の恩災”捜索編〜貫波〜
29/49

不思議な少年

 ラキとアルテから別れて数分。

 先導する小鳥に付いて行きながら、マイハはふらつきそうになるのを堪えて、狼の群れから逃げ回っていた。

 先程、マイハ達を囲んでいた大半の狼達はラキやアルテの方に行ったらしいが、それでも五匹の狼が全く諦める様子もなく、マイハの背に牙を向けている。



「ハァ!ハァ!ハァ!……」


 荒い息が止まらない。

 木々の位置もぼやけており、不鮮明な視界の中鳥の羽ばたきだけを頼りに足を動かす。

 十分程走っただろうか。

 潮の匂いがマイハの鼻を掠めた。樹木の間から光が見える。森の出口だ。

 森から出ると、そこはすぐ崖になっていた。波の打ち付け方からして、落ちればひとたまりもないだろう。

 どうやら森を抜けて、海岸に出たらしい。


 ……森から出たは良いけど……魔力はまだ使えないな……森から近いと影響は残るのか……。


 つい考え事をしてしまうマイハ。


「ピィ!」

「ッ!!」


 森を抜けて、足を止めてしまったのが悪かったようだ。

 小鳥の鳴き声の後、マイハはすぐ側まで迫って来ていた殺気に反応できなかった。


「ッ!!…………」


 いつの間にやら距離を縮めていた狼が牙を突き出してマイハに突進していた。

 咄嗟に身を捻って、何とか牙を腕に掠める程度でとどめるが、問題はその後だ。


「……あ…………」


「マズい」と、マイハが心の中で毒吐くが、もう遅い。

 狼の攻撃を避けたは良いものの、体勢を崩したマイハは、崖の下へと真っ逆さまに落ちてしまった。


「ピィ!ピィ!!」


 白波の立つ海面に向かって、小鳥が必死に鳴き声を上げる。

 崖を覗き込む狼達も、獲物マイハのことを諦めて帰ろうとする……その時だった。


「ピィ!」


 鼻腔を劈くような匂いに、小鳥は歓喜するかのように森へと振り返った。崖の上では、狼達が焦って匂いの元から逃げ惑っている。

 数秒して森から姿を見せたのは一人の少年だった。

 フワフワと柔らかそうな水色の髪に、海底の砂を思わせる灰色の瞳。女の子と間違えそうな愛らしい顔立ちに、華奢な身体。

 狼を追い払い、小鳥の鼻を今もなお刺激している強烈な匂いは、確かにこの少年から発していた。


「ピィ!ピィ!!」


 小鳥が羽をバタつかせると、少年は淡々とした口調で「大丈夫だよ」と告げた。

 少年の表情にも声色にも、柔らかさは微塵もないのに、不思議と落ち着く声だった。


「案内ありがとう。後は俺が助けるから安心して」


 言うが早いか、次の瞬間。少年は迷うことなく海の中へと飛び込んだのであった。



 〜       〜       〜



『うわぁああああ!!!』


『きゃあああああ!!!』


『助けて!助けてくれぇ!!』


 燃え盛る業火の中、人々の叫喚が響き渡る。

 この世に『地獄』が存在するなら、恐らくこんな風景なのだろう。

 泣き叫ぶ人々の瞳に映っているのは、たった一人の少女だ。何の力も持っていなさそうな華奢な少女。だが、少女を見つめる人々のは、まるで化け物を映しているかの如く、恐怖一色で滲んでいた。


 ……醜い人間共……そうだ、死ねば良い……お前らなんか……全員死ねば良いんだ……お前達が言ったんだ……『人殺し』……お前達がそう呼ぶなら、望み通りなってやる……私は……私()は……。


『もう止めろ!お前、ホントは良い奴なんだろ!!?』


 心の底まで見透かすような真紅の瞳が、こちらを射抜く。

 居心地が悪くて、必死にそのから顔を背けた。


 ……うるさい!黙れ!!


『まだ諦めるな!!俺が絶対に何とかしてやるから!!』


 ……うるさい!うるさい!!


『人間を皆殺しなんて、そんなこと絶対させねぇ!!そんなことしなくても!お前が笑って暮らせる世界に、俺がしてやる!!』


 …………()()()…………。



 〜       〜       〜



 古い記憶を思い出しながら、マイハは海の底へとゆっくりゆっくり沈んでいった。

 一筋の光も見えない程暗く、凍える程冷たいせかい

 まるで記憶の日の再現をしているかのようだ。


 ……結局、私はこのまま……何も変えられず、何もできず……ただ惨めに死んでいくことしか許されないのか……。


 意識が朦朧とする中、マイハは絶望の淵に立たされる。

 そこにふと、光が差し込んだ。

 無意識に伸ばしていたマイハの手を、誰かが確かに掴んでくれる。


「大丈夫だよ」


 酷く落ち着く声だった。


 ……誰?……()()()……?


 マイハが薄らと目を開ける。

 ぼんやりとした視界に映ったのは、見知らぬ少年だった。マイハの身体を優しく抱き寄せて、柔らかく微笑んでいる。


 ……誰?…………。


 いよいよ意識が保っていられなくなったマイハ。

 思考が遠のく中、()()()()がフワリと舞うのを、マイハは最後に見るのであった――。


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